ふたりのキモチ
高二になって初めての中間テストが近づいてきた、とある日のこと。
リナとココは、リナの部屋で、二人きり、テスト勉強をしていた。
一緒に勉強をするメリットは、教えあったりすることよりも、サボらないように監視し合えることだな、なんて、リナは思う。
ドキドキして勉強にならないと思っていたけど全然ちゃんと集中してやれたじゃん、と思うココは、リナに自分のカッコいい良いところを見せたいから頑張っていた、という本心には気付いていない。
思うことは別々だけれど、一時間近くもしっかり集中していれば、勉強と関係ないことを考えてしまうくらいには、どちらの集中力も切れてくるみたいで。
「休憩しよっか」
「あ、うん」
「甘いもの持ってくるね。飲み物は紅茶でいい?」
「あ、うん」
二人分のカップを持って部屋を出て行くリナの顔は、同じ言葉を繰り返すだけだったココのせいで笑顔だったけれど、集中が切れたせいでまた緊張がぶり返してきたココは気付かない。
「……どうする?」
いや、どうもしないし、勉強するんだけど。なんて、自分の独り言に心の中でツッコミしているココは、キョロキョロと忙しない。
改めて周りを見れば、整頓されている、というよりは、無駄がない、と感じるようなリナの部屋。
学習机、本棚、タンス、シェルフ、テレビ、BDレコーダ、押し入れ、そして目の前のガラステーブルと座椅子。
ふと、そういえばリナはベッドじゃないんだよなぁ、と思って、同時に、布団に寝る無防備なリナを想像して。そしてその寝顔に――。
(ちょっ! バカか私はーっ)
一人、頭を抱え、静かに身悶えする。
そして、足音が聞こえて来て、ようやくココは我に返るのだった。
「ごめん、ココ、ドア開けてくれる?」
「ふぇっ? ああ、ちょっと待って」
間もなくドアは内側に開かれ、中に入りながらリナが「ありがとう」と言うと。
「あ、うん」
「んふッ!」
ワンクッション置いてからの三度目の「あ、うん」に、咄嗟に堪えようとした笑いも思わず漏れてしまうリナ。
「え? 何で笑ったし?」
「ふふっ。だって、ココ、さっきから『あ、うん』ばっかりなんだもん」
「えぇ? そうだった?」
「そうだった」
そんなやり取りをしながら、テーブルの上にお盆からお皿とカップを移す。
お皿の上には、一口サイズの、チョコでコーティングされたドーナッツ。
「リナの手作り?」
「そうだよ」
なんてことない、という感じで答えるリナに、そういうところなんだよなぁ、と内心思うココ。自分でも何が“そういうところ”なのかは解ってないのだけれど。
そして、口の中に広がる優しい甘さに、そんなことはどうでも良くなるココだった。
「何か、今日のココ、変じゃない?」
「うぇっ? あ、あれー? そうかなー?」
「そう思うけど?」
「……あー、えっと、まあ、そう、かも?」
「どうしたの?」
「うーん、そうだなぁ……。なんて言うか、ほら、二年になってから、教室で話す時間とか減ったからかな? なんか、緊張してるのかも」
「でも、お昼はだいたい一緒に食べてるし、下校だってほとんど一緒じゃない?」
「だけど、それでも去年までとは違うわけだし」
「まあ、そうだけど」
「……何かちょっと、さみしかったりとか、しない?」
「さみしい、か……。それはあまり無いかも」
「……そっか……」
あからさまに落胆するココに、リナは、ちょっぴり申し訳ないような、でも何か温かいような、そんな気持ちを心に感じた。
「……でもね、一緒にいる時間が減ったからかな、こうして二人でいる時間が、前よりも大切に思えるんだ」
そして、気付けばそう、自然に口にしていた。
「あ……、そう、なんだ……」
そう言うココは、その言葉尻に、その表情に、嬉しい気持ちが隠し切れていない。
「だから、こうしてココと、ずっと一緒にいられたらいいな、なんて思うよ」
「それは……私だって……」
「最近ちょっと思ったのは、普通じゃないかもだけど、私にとっては、好き、とか、恋、とか、そういうのって、こんな気持ちなのかな、って」
「えっ……、ちょっ……、えっ!?」
「あ、急にごめんね。でも、私は、普通の恋人がしてるようなことをココとしたいってわけじゃないから、今まで通りでいられるだけでいいの。だから気にしないで――」
「よくない!」
「……ココ?」
「私は……、私は、今まで通りじゃ良くない。……だって私は、したいもん。恋人がするようなこと、リナと……したいもん」
「…………」
「ごめん。やっぱりそこまで行くと、変だよね」
「ああ、変じゃないよ。別に今、ココに引いて黙ったわけじゃなくて……何だろう? ……うん、嬉しかった、のかな」
「そ、そうなの?」
「うん。……私は、ココと一緒にいられるだけで、こう、心があったかくなるけど。でも、ココが喜んでくれたらきっと、もっとあったかくなるから」
「えっ?」
「だから、良いよ?」
ココは、そのリナの言葉の意味を、じっくり咀嚼して、飲み込もうとして、反芻して、そして今度こそ、生唾と一緒に、ゴクリ、と飲み込んで。
ギクシャクと、リナとの距離を詰めていく。
そして――。
鼻と鼻がぶつかって、「あっ」と思った次の瞬間には、その柔らかな感触に、既に過剰に仕事してた心臓が、痛いくらいに跳ね上がった。
それは、ぎこちない、それこそ、“普通の恋人”達から見れば、キスと呼ぶのも烏滸がましいような、ささやかな触れ合いかも知れないけれど。
そっと離れて、お互い見つめ合うと。
なんだかこそばゆいような恥ずかしさと。
じんわりと胸に広がってくる、温かい気持ちに。
「ふふっ」
「あははっ」
二人とも、どうしてだかこみ上げてきた笑いを抑えられずに。
くすくすと、静かに優しく、笑顔の花を咲かせていたのだった――。
――この後めちゃくちゃ勉強した。
というオチは流石に自重しました。
それはともかく。
まずは、当作品をご覧頂き、ありがとうございました。
この作品は、『空想“歴史”小説』というコンセプトで書き始めた作品の執筆がなかなか進捗しないので、その息抜きにそれほど時間をかけずに書いたものですが、その中にも何かしら楽しめる要素が提供できていたなら、嬉しく思います。
その新作の公開は大分先になりそうですが、もし縁がありましたらそちらもご覧頂ければ嬉しく思います。