日頃の感謝を込めて
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日頃の感謝を込めて、家族旅行をプレゼントしよう。
漠然と考え始めたのは、僕がまだ高校3年生の時であり、大学受験のために勉学に励んでいた頃の話だ。
ちょうど数学の勉強に一息つけて、紅茶を飲んでいた時に、頭に浮かんだ。大学受験に成功したら家族旅行をプレゼントしようかなと。
その時は、今自分がすべき事はきっちり大学受験に合格するため、勉強に集中することだと思い直し、意識の片隅に追いやった。しかし、休憩中など、ふとした瞬間に、何度となく思考に上り、想いが強く育っていった。
大学受験に合格すること。
家族旅行をプレゼントすること。
その二つが当時の僕にとって、思考の大半を占めていた。
割合的には、勉強が8割、家族旅行が2割といったところか。
その他の思考については、今はもう思い出せない。まあどうせ、くだらないことでも考えていたのだろう。覚えていなくても全く問題ないに違いない。
僕はふたつの目標を達成するために、ひたすら勉強をしていた。
学校の授業は真面目に聞いていたし、帰宅後も少し休んでから勉強を開始し、夜10時くらいまでは頑張るようにしていた。
その姿を見て母は「偉いね」と声をかけてくれたし、
父は「体調にだけは、気をつけるんだぞ」と気遣い、
弟は「兄ちゃんは、燃えてるなあ」とだけ告げてよく去っていった。
自分自身、勉強は当たり前と思っていたから、自分は偉いだとか立派だとか一切思わなかった。父の言葉を守り、体調にはしっかり気を付けていた。体調を崩して寝込んだら、勉強が遅れるし、周りに心配をかけてしまう。そんな事態にはなりたくなかった。
僕はマイペースに勉強を続け、着実に知識を吸収していった。
☆
そしてついに志望校の受験当日がやってきた。
その日は1月のよく晴れた日だった。
冷たい風に身を震わせ、英単語帳を眺めながら、電車に乗って大学へ向かった。
試験会場に足を運び、受験票を片手に座席について、ほっと一息つく。
コンビニに寄って購入したペットボトルの緑茶を口に含み、のどを潤した。
試験開始時間まで30分ほど時間があったので、座席は半分も埋まっていなかった。
既にいる人は、参考書に目を通したり、静かに着席していたり様々だった。
どの顔もどこか緊張を漂わせ、またやる気に満ちた表情を浮かべていた。
みんな賢そうだな、という感想を抱き、自分も負けられないと気を引き締めた。
僕も参考書を開き、最後の追い込み確認をする。
受験科目は、数学と英語と、理科の選択科目として化学を選択していた。
テストは数学からなので、積分の練習問題に目を通し、最終確認をする。
正直、数学は得意なのでそれほど心配はしていない。僕は根っからの理系人間なので、数学と化学についてはかなり自信があった。しかし反面、英語の能力が乏しいので、どれだけ数学と化学で高得点を取り、英語のカバーが出来るかにかかっている。
英語で合格ラインに達するのは無理だと諦めている。
なので得意な数学といえど気を抜かず、出来うる限りの高得点を叩き出したい。
そう思って数学の勉強に集中していると、続々と受験者が集まり始めた。
気付くと座席がほぼ埋まっており、開始時間が迫っていた。
僕は緑茶を一口飲んで気分を落ち着かせた。
さあそろそろ試験開始だ。
これまでの勉強の成果を見せる時が来た。
僕は一度、周辺を見回し、ライバルたちの姿を目に焼き付ける。
負けないぞ、と決意を新たにし、目の前の参考書を片付けるのだった。
☆
数学、英語、化学と試験が流れるように終了していった。
テストの手ごたえはなかなかのものだったと思う。
数学はすべての問題に答えることができたし、化学も8割くらい正解しているだろうか。 問題は苦手な英語だが、半分もできず、正解は4割くらいだろう。
仮に数学を9割正解とすると、平均して7割の得点を取ることになる。
去年の試験の合格ラインは6割台だったので、予想よりかなり少ない点数を取らないかぎり大丈夫だろう。
僕は試験の出来に満足して、試験会場を後にした。
帰りの電車にガタゴト揺られながら、流れる街並みに目を向け続ける。
家に帰ったら試験の出来を家族に報告しようと考える。それが終わったらまた勉強だ。合格する確率は高いが不確定なので、勉強の手を緩めることはできない。それにまだ滑り止めの大学受験が残っている。また、今日の試験が不合格でも後期の試験が受験可能なのでチャンスは残る。まだ受験勉強の日々は続く。合格発表は2週間程後なので、それまでは机にかじりつく必要がある。結果が出て不合格であれば勉強は続き、合格すれば勉強から解放される。今は解放を夢見て前進するしかない。僕は決意を新たにするのだった。
それからふと家族旅行について想いを馳せる。
両親や弟を温泉宿に連れていく計画を考えている。具体的な場所は決まっていないが、僕が住む東京から電車で数時間の所がいい。行先は後に決めるとして、超えねばならないハードルが一つ存在する。それは単純に金銭的な問題である。現在の自分の貯金をかき集めても、必要とする金額にはまるで足りない。なのでお金を稼ぐ必要がある。僕は今までバイト経験がなく、お金を稼いだことがない。だがこれを機にバイトを始めるのも悪くない。初めてのお給料で家族に恩返するのも面白い使い方だ。コンビニのバイトでも始めようかな。
その時、ちょうど電車が最寄り駅に到着した。
僕は鞄を背負い直し、電車から降りて行った。
☆
我が家へ到着し、玄関の扉を開けて中へ入ると、母が居間から顔を出し近寄ってきた。
「おかえり武志、今日のテストはどうだったの?」
ちなみに武志とは僕の名前だ。
僕は靴を脱いで廊下へと上がり母の問いに答える。
「まあ、ばっちりだったよ。数学と化学は問題なかったし、英語は僕には難しかったけれど、それでも数学と化学でカバーできる範囲内の点数だと思う。ケアレスミスが多くなければ大丈夫じゃないかな」
僕がそう言うと、母は自分の事のように、ほっとした表情を浮かべる。
「そう、それはよかったわね」
「うん、それにしても、今日は疲れたよ。紅茶でも飲みながら一息つきたいな」
僕は台所へと足を向け歩き出す。母もそんな僕の後ろからゆっくりと付いてくる。
台所に入った僕は、やかんに水を入れて、コンロにセットし火をつける。
水が沸騰するのを待つ間、僕はテーブルの椅子に座り、向かいに座る母に話しかける。
「母さん、何か食べるものないかな」
「クッキーとみかんがあるけど、食べる?」
「みかんはいいや。クッキーがほしいな」
「はいはい」
母は立ち上がって、戸棚の前まで歩き、戸棚を開けて中に手を伸ばし、ごそごそ探し出す。
その様子を眺めながら、そんな中のほうに隠すように仕舞われているのかと思う。後でこっそり食べようとしていたのかな。僕が食べて大丈夫なのかなと考えていると、母がクッキー缶を手にしてテーブルに戻ってきた。
「なんか隠すように仕舞われていたけど、僕が食べて大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。もともと武志の勉強の合間にと思って買っておいたものだよ。隠していたのは、見つかると武明が食べちゃうからね」
ちなみに武明とは弟の名前だ。確かに弟は食いしん坊なのでクッキー缶を見つければ一人で全部食べてしまうかもしれない。
僕は手渡されたクッキー缶を手に取り、ふたを開ける。缶の中には沢山の美味しそうなクッキーが入っていた。一つつまんで手に取り、少し形状を眺めてから、クッキーをかじり咀嚼する。口の中いっぱいに上品な甘さが広がり、僕は満足する。クッキーの破片がパラパラとテーブルの上に落ちていく。その様子を見ながら後でふきんでテーブルを拭こうと考える。その時、やかんのお湯が沸き始めたので、僕は食器棚からコップを取り出した。中にティーバッグを入れ、やかんのお湯を注ぐ。しばらく待って、ティーバッグを取り出し、角砂糖を一つ放り込んだ。スプーンで少しかき回し、準備万端。一口飲んだ。
美味い。体から疲れが解けていくようだ。
それから僕は今日のテスト問題を具体的な例を挙げて、どこが難しかったとか、あれが参考書にわかりやすく解説されていたとか、色々な話を母にした。母は相槌を打ちながら聞いてくれていた。
話が一段落付いて話すことも無くなったときに、ふと思いついて聞いてみた。
「そういえば母さん、温泉って行ったことある?」
「温泉? あるよ」
「へぇ、そうなんだ。いつ行ったの? 僕が生まれてからは行ってないよね」
僕がそう尋ねると、母は少し考えてから答える。
「そうだね、あれは結婚してすぐの頃だったから、20年くらい前かな」
「そう聞くと、ずいぶん昔だね。また行きたいとか思わないの?」
「行けるもんならね。近所に温泉が湧いてたら毎日行くんだけどねぇ」
「なるほど。それなら僕も行ってみたいな。温泉には入ったことがないし」
「近所にあればねぇ」
どうやら母は温泉自体は嫌いじゃないみたいだ。僕は情報収集のためにもう少し質問を重ねてみた。
「遠出をするのは嫌なの?」
「別に嫌というわけではないけど。遠いと行って帰ってくるのが大変で、ちょっと夕食後に行ってくるというわけにもいかないでしょ」
「日帰りではそうだね。一泊してくるのはどうなの?」
「一泊するということは家族で行くってこと? そんなお金は家にはないなぁ」
「お金があれば行ってもいいってこと?」
「そうだね。お金が沢山あればね」
「なるほど、金銭的な問題なんだ。じゃあもし仮に、商店街の福引かなんかで温泉旅行が当たったら行く?」
「家族みんなで行けるなら。ぜひ行きたいね」
「そっか」
「さっきから温泉の話ばかりしてるけど、温泉に行きたいのかい?」
「まあ行きたいか行きたくないかと聞かれると、行ってみたいと答えるけどね。行ったことないし。でもまあ無理して連れて行ってくれとは言わないよ。家にはそんなお金が無いんだろ」
「そうだね。そんな余裕はないねぇ。残念だけど」
僕は、うん、と頷いておく。
連れて行ってもらう気は全くないので何も問題はなかった。むしろ温泉に連れて行ってやるなどと言われると大変困ってしまうところだった。僕は家族を温泉宿に自分で連れて行って喜んでもらいたいのだ。そのための情報収集として現在話を聞いているのであって、僕が温泉に行きたいってことを母に告げることは主目的ではない。あまり長くこの話を続けると、僕が凄く温泉に行きたがっていると捉えられるかもしれない。大学合格祝いで少し無理してでも温泉へ行こうなどと両親が考えてもいけないので、この辺りで話題を打ち切っておく。
僕はコップの中の紅茶を飲み干し、立ち上がって告げる。
「それじゃあ僕は勉強に戻るよ」
「そうかい。頑張りなさい」
「うん」
僕はコップを流しに置き、自室へと戻っていった。
☆
志望校の試験日から二週間ほどの時が流れた。
その日は合否発表日であり、前日は緊張してあまり寝られなかった。
眠い目をこすり自室から起きて居間へ来ると、母に「武志に大学から郵便物が届いているよ」と告げられる。
「どれかな?」
僕がはっきりしない頭で返事をすると、母は「これだよ」といってこたつの上にある分厚い封筒に手を伸ばした。それをそのまま僕に手渡してくれる。
ずしりと重い封筒を受けとり、期待に胸を躍らせながら、封筒を開いてみると中に合格通知や振込用紙などが入っていた。僕が無言でちょっとした感動に打ち震えていると、内容が気になるのか母が声をかけてくる。
「どうだったの?」
「合格してたよ」
「そう、それは良かったわね。おめでとう。たくさん勉強してたものね」
「うん、ありがとう」
母の祝福の言葉に、僕は感謝の言葉を返すのだった。
2
アルバイトをしてお金を稼ごう。そう思い立ち行動に移したのは合格通知が来た翌日の事で、さっそく僕はバイトの求人サイトにアクセスし様々な職種とにらめっこしていた。条件としては夕方以降の仕事で、2月、3月は出来ればがっつり仕事が出来て、4月以降は大学が始まるので勉強に支障が出ない程度に抑えられるような、そんな都合の好い仕事がよい。
色々な職種を眺めて考えたけれど、結局無難にコンビニのバイトをすることに決めた。コンビニなら条件が満たせそうだし、バイト経験がない自分でも仕事内容がイメージしやすく不安が少ないという理由もあった。バイトの求人サイトにはコンビニの求人も沢山あり、どこに行こうか迷うけれど、日払い可と書かれた求人を発見し、そこに応募することに決めた。
日払い可というのはありがたい。4月の頭の時点で、2月と3月の働いた分の給料を手に入れることができるので、4月に入ればすぐにゴールデンウィークの温泉宿の予約をすることができる。日払いでない場合は、給料日は翌25日が多いので、4月25日に温泉宿の予約をしようとしても、ゴールデンウィークは既に埋まっている可能性も高くなってしまう。よって日払いであることは、よくよく考えるとほぼ必須の条件といえる。
現在は2月に入って少し日が経つので、2月をフルに働くことはもうできない。なので2月の稼ぎだけで温泉宿に家族4人泊まれるだけのお金を稼ごうとすれば、深夜を含めた長時間労働が必要になってくるだろう。もしくは日程を夏休みにずらす方法もあるが、暑い夏に温泉というのもどうなんだと思う。
一応、夏と温泉というキーワードでネット検索してみると、そういう楽しみ方もあることはあるみたいだけれど。ゴールデンウィークか夏休みか自分がどちらに行きたいかを考えると、ゴールデンウィークに軍配が上がる。なのでやはり日払いの仕事をするのが良いだろう。2月に無理をするという方法も取りたくはないし。
というわけで僕は日払い可のコンビニにバイトの応募をするべく電話をかける。電話に出た店長と会話し面接の日時を決めて電話を切った。面接は3日後の昼からだ。僕は期待と緊張を胸に面接までの日を過ごすのだった。
☆
コンビニバイトの面接当日、接客業なので身だしなみに気を付けて、派手な格好は控え清潔感のある服装を心掛けた。また午前のうちに散髪に行って髪型も整えた。見た目は完全武装され、ばっちり決まっていた。僕は鏡に映る自分自身を眺め満足げに頷く。そろそろ家を出る時間だった。僕は遅刻しないように家を早めに出て、目的地であるコンビニに向かう。まずは最寄り駅まで徒歩で向かい、それから電車に乗って二駅ほど揺られてから下車する。そして駅を出ればもう目の前に目的地であるコンビニが見えていた。腕時計で時間を確認すると約束の時間の15分前くらいだったので、少し時間をつぶそうと周辺を歩いた。5分前にコンビニへ入ればよいだろう。
歩きながら面接で聞かれるだろう事について想いを馳せる。一応ネットでコンビニバイトの面接でよく聞かれる質問をあらかじめ調べておいた。まずは何より大事なのは志望動機だ。これについては正直に家族を温泉宿に連れていくお金がほしいからと答えればよいだろう。別におかしな動機ではないし、むしろユニークな動機で面接官の心に残るかもしれない。選ばれる身としては印象に残るほうが有利に働くだろう。
またシフトの希望もあらかじめ考えておいたほうが良いとの事なので考えてきた。週5で17時から22時までの時間が働きたい時間だ。2月と3月はそれでいいが、4月になって大学が始まったら勉強を重視したいので、頻度を減らしたい事も伝える予定だ。他にはバイト経験の有無を聞かれたり、いつから働けるかを聞かれたり、通勤時間を聞かれたりする場合があるらしい。
自分にはバイト経験はないので、そういう場合は興味があることを伝えればいいみたい。コンビニは接客業でもあるので、接客業に興味があるみたいなことを言っておけばよいだろう。いつから働けるかについては、すぐにでも働きたいと告げるつもりだ。家族4人を温泉宿に連れていく予算として12万円くらいを想定している。3月に1日5時間、週5、時給1050円でバイトするとして月に22日計算で11万5千5百円の稼ぎになる。それでは予定予算に少し届かない。予定ぴったりよりも多めに稼いでいたほうが、不測の事態に対応しやすいし、宿のランクも上がるのでできるだけ多く稼ぎたい。
そんなわけですぐに働きたいと思っているのだ。最後の通勤時間については家から20分くらいで到着するので、そんなにかからないので問題はないだろう。ありのままを答えておけばよい。
などと考えているとそろそろ時間がやってきた。遅刻してはいけないので、僕は足早にコンビニへと向かう。すぐに到着し、自動ドアをくぐると、店員さんにバイトの面接に来たことを告げるのだった。
☆
バイトの面接から1週間が経過して、コンビニの店長から電話がかかってきた。結果は採用で僕は晴れてコンビニ店員になることが決まった。さっそく明日から来てほしいといわれ、楽しみと緊張で鼓動が早くなる。僕は「明日からよろしくお願いします」と告げて電話の向こうへ頭を下げる。それから少し言葉を交わした後、「それでは失礼します」といって電話を切った。
僕は自室の真ん中で小さなため息を一つつく。これでまた一歩自分の計画が前に進んだと思うと気が楽になる。後はもう真面目に働いてお金を稼げば、残りは温泉宿を選んで予約すれば良い。温泉宿への旅行のことを、家族に告げるのはいつくらいが良いだろうか。まだ早い気がする。やはり給料が出て貯金が目標金額に達してからが良いだろうか。時期とすれば4月の頭くらいで、温泉宿の予約をするくらいの時期に告げよう。もしかしたら4月の頭の時点で予約するときに部屋が埋まっていて予約できない可能性もゼロではない。
初めてのことで、一体どれだけ前から予約したほうが良いかなど、まったく見当がつかない。ゴールデンウィーク期間中の部屋を予約するので、余計に人気がある所などは早くに埋まってしまうかもしれない。まあ、そうならないことを祈りつつ、4月の頭くらいに良い温泉宿が予約できそうなら、その時に両親に告げようと考えた。とりあえず今はバイトを始めることだけでも母に伝えておこうと思う。
僕は自室を出て居間へと向かい母を探した。母は居間でこたつに入りテレビを見ながら、せんべいを頬張っていた。ぼりぼりというせんべいを咀嚼する音が聞こえてくる。こたつの上ではせんべいの他に熱い緑茶が湯気を立てていた。
「母さん、ちょっといいかい」
僕が母に声をかけると、一口お茶をすすってから返事をする。
「なんだい武志」
「アルバイトをすることにしたから、言っておこうと思って」
僕もこたつに脚を入れながら告げた。
「アルバイト? 何のアルバイトだい?」
「コンビニのアルバイトだよ」
「いつから働くんだい」
「明日から来てくれと言われてるよ」
「明日? そりゃ急だねぇ」
「今さっき、採用の電話があったんだ」
「そうかい。ところで場所は遠いのかい?」
「別に遠くないよ。電車で二駅なんで、20分もあればいけるよ。もしかしたら自転車で行ったほうが早いかもしれない」
「そうなんだ。ところでまた何でバイトを始めようと思ったんだい」
「ちょっとお金が必要になってね。それにもう僕も大学生になるし、いつまでもお小遣いを貰うってのも悪いしね。これからは自分のお金は自分で稼がないと」
「そうかい。止めはしないよ。アルバイトすることはいいことだからね。社会勉強にもなるし。お小遣いはもういらないのかい」
「いらない。今払ってもらっているスマホ代も自分で払うよ」
「わかった」
話が一息ついたところで、母が湯呑に手を伸ばし、緑茶をすする。
ずずず、という音が居間に響く。
「まあ、がんばりな」
「うん」
それから僕は自室に戻り、明日に向けて気持ちを落ち着けることにした。
3
翌日になり、初出勤の17時が徐々に近づいてくる。
早めの夕食もすでに終え、メモ帳よし、ペンよし、と必要なものを指さし確認して鞄に入れた。
それから遅刻しないため指定時刻より早く着くよう計算して家を出た。
面接時は電車を使ったが、今日は自転車での通勤だ。通勤費は出ないと面接時にいわれ、往復の電車賃がもったいないと感じたからだ。少額でも塵も積もれば山となるように、ひと月分ともなれば馬鹿にできない。働くコンビニは電車で二駅しか離れていないので自転車でも余裕で行ける距離だろう。雨でも降れば面倒かもしれないが、雨の多い季節でもない。すぐには問題にならないだろう。
時間的に余裕があるので自転車のペダルをゆっくりこいで進んだ。
それでも目的地には指定時間の10分前に着くことが出来た。
駐車場に自転車を止めて、何度か深呼吸をし、緊張した心を落ち着かせる。
少し落ち着くと決心しコンビニへと入った。
その時ちょうど店員の女の子がお客の対応をしており、レジを打っていた。
僕は少し待つため店内を見て回り、ぶらぶらしていた。
「ありがとうございました」
お客の対応が終わったようで、明るい声が聞こえてきた。
レジのほうへ目を向けると、お客の男性がレジ袋を提げて帰っていく背中が見えた。
男性が自動ドアをくぐり、店内から出ていく。これで店内には僕と店員さんの二人になった。僕は店員の女の子の前に、ゆっくりと歩み寄った。店員の女の子が僕に気づき目を向けてくる。とても素敵な営業スマイルを浮かべる店員の女の子に僕は明るく告げた。
「今日からこちらでバイトすることになりました中村です。よろしくお願いします」
ちなみに中村は僕の苗字だ。
「あ、はい、店長から聞いてます。こちらにどうぞ」
僕は店員の女の子に案内されて、バックヤードに連れていかれた。
どうやら商品の在庫が置いてある場所のようだった。
しばらく待つように言われ、その場で待機していると、店員の女の子が店長を連れて帰ってきた。店員の女の子はそのまま何も言わず、持ち場へと戻っていく。
僕は店長に向き直って、明るくはきはきと声を出した。
「今日からよろしくお願いします」
「元気でいいですね。こちらこそよろしくお願いします」
それから僕は店長から業務に関わる様々な説明を受けた。制服の着替え場所や、出退勤の仕方を教わり、制服に着替えた後は、2時間くらい店長とマニュアルを見ながら業務内容を確認した。コンビニの業務は徐々に増えてきているようで、覚えることが膨大だった。通常業務をひととおりこなせるまで、3か月ほどかかるのが一般的らしい。なので3か月間の研修期間を設けられていた。研修中の給料は少し安いけれど、目標金額への影響はあまりない。
とりあえず今日はまずレジ打ちを覚えてほしいとのことだった。
店長に付き添われ店内に戻った僕は、先程の店員の女の子とお互い自己紹介をした。
女の子は内田こころさんというらしい。歳はあまり変わらないように見えるが、僕の教育係でこれから先お世話になる先輩だ。自己紹介が終わると店長は内田さんに「それじゃあ、後は頼んだよ」と僕のことを託し戻っていった。
その日の僕の初仕事は内田先輩の横についてレジの操作を覚えることだった。内田先輩はゆっくりレジを操作しながら優しく丁寧に教えてくれた。コンビニでは基本バーコードを機械で読み取るだけなので、横で見ている分には簡単そうに見えた。
「出来そう?」
「はい、何とか」
何度か横で見て流れを把握したころに内田先輩が、じゃあそろそろといって僕に仕事を任せてくる。
「次の人のレジをお願いね。ゆっくりでいいからね。慌ててミスをしないように。それからお客さんに明るく挨拶も忘れないで」
「はい、わかりました」
僕は元気よく返事をし、緊張で顔がこわばらないよう意識して、表情を緩める。
初めてのレジである。笑顔を意識し、高鳴る心臓を抑えて深呼吸をして時を待つ。
内田先輩が横で、この人大丈夫かな、と心配そうに僕を見るがスマイルは崩さない。
穏やかな笑みで僕を見守り、微動だにせず、傍に立っている。
初々しいものを見る目で僕を見ていて、目尻が優しげだ。
思わずといった感じで内田先輩がぽつりと、
「あたしもこんな時期があったな」
「え?」
「中村君の緊張が伝わってくるよ」
そういって、うんうん、と頷いている。
内田先輩に目を向けると、人に安心感を与える雰囲気を発しており、僕の緊張が少し和らいだ。思わず笑みがこぼれる。良い先輩に巡り合えて少し嬉しくなる。
少し心に余裕が出て店内に目を向けると、20代と思われる男性が飲料の棚の前に立って買うもの選んでいた。手にカップ麺を一つ持ち、もう片方の手でペットボトルのお茶をつかんだ。今日の夕食だろうか。男性はそれらを手に持ってレジまで歩き、商品が僕の前に置かれた。
「いらっしゃいませ」
僕は明るく挨拶をしてからバーコードを読み取る機械を手にし、まずはカップ麺を読み取ろうと手を伸ばす。簡単な仕事のはずが、いきなり問題が発生した。
バーコードが見つからない。
上面にはない。側面も一通り見た気がするけれど見つからない。まさか裏面にと思いカップ麺をひっくり返すがあるはずがなかった。やばい、いきなりピンチだ。早く何とかしないと。お客さんを待たせてはならないと思えば思うほど焦り、手が震えてくる。変な汗も噴き出てくる。テンパって心臓が止まりそうだ。見逃したのだろうか。だとしたら側面だ。僕は天に祈りながら、もう一度側面に、今度は慎重に目を通す。すると今度は問題なく発見することができた。助かった。
僕は安堵し、急いでバーコードを機械で読み取る。
続いてペットボトルのお茶を機械で読み取る。今度はすぐにバーコードが見つかった。
商品は2点なので、僕は男性に合計金額を告げる。
「お会計352円です」
男性がお金を取り出す間に、手早くレジ袋にカップ麺とお茶を入れる。特に問題なく行えた。男性が財布から500円硬貨を取り出し僕の前に置く。
「500円お預かりします」
僕はレジに500と打ち込んで、会計確定のボタンでもある、年齢の20代のボタンを押す。ここも順調。次は絶対に間違えられない瞬間だ。おつりの148円をレジから確実に取り出して、レシートを添えて男性に手渡す。緊張で手が震えそうだ。
「148円とレシートのお返しです」
何とか渡すことに成功する。
男性は受け取ったおつりを財布に放り込んだ。
最後に商品の入ったレジ袋を丁寧に手渡し、完了だ。
「ありがとうございました」
レジ袋を受け取った男性が歩き去り、自動ドアをくぐって店を出ていく。
完全に姿が見えなくなって、やっとため息をついた。
そんな僕に内田先輩が声をかけてくる。
「おつかれ。どうだった」
「すごい緊張しました。カップ麺のバーコードがすぐに見つからなくてかなり焦りましたけど、何とか乗り越えました」
「バーコードが見つからない時は、落ち着いて探してね。焦ると余計見つからなくなるよ」
「落ち着く努力をします」
「でもまあ最初は緊張するし、焦るよね。経験を積んだらできるようになるから」
というわけで、どんどん経験を積もうということで、その日の残りもレジを任された。
僕がレジで客を待つ間に、内田先輩は品出しやら、清掃などで多少僕から離れたが、僕が接客をするタイミングでいつの間にか隣にいたので、安心してレジ業務を行うことが出来た。
☆
初めての仕事を終え帰宅し自分の部屋へ入ると椅子に腰かけた。安心で疲れがどっと出て、机の上に突っ伏す。今までに感じたことがない種類の疲労感を感じる。学校に行ったり長時間勉強した時に感じる疲労とは全然違う。僕は普段あまり運動をしないので体力がない。ずっと立ちっぱなしなのも疲れはしたが、それよりも精神的な疲労が大きい気がする。コンビニバイトは接客の仕事でもあるのでお客さんに失礼があってはならないし、レジはお金を扱うので間違いが許されない。それらを考えながら仕事をすると知らず知らずのうちに神経をすりに減らしているのかもしれない。それとも真面目に考えすぎだろうか。もっと気楽に構えて、多少問題があってもいいやと割り切ったほうが疲れないのかもしれない。だが僕は根が真面目だから、そういった考えは似合わず、結局真面目に働いてしまいそうだ。
「続けられるかな」
疲れているせいか弱気な発言が口から出る。
僕は苦笑し、これではいけないと気を引き締める。初日からこんなことを考えていても仕方がない。慣れないことをして疲れが増しているだけかもしれない。慣れれば全然大したことないのかもしれない。そう考えると気が少し楽になってくる。
僕は気合を入れて体を起こし、一度伸びをしてから、立ち上がる。今日は風呂に入ってさっさと寝てしまおう。ぐっすり眠り明日になれば疲れも無くなるはずだ。僕は自分の部屋を出て風呂へと向かった。しっかりと疲れをとるために、少し長めに湯船につかりくつろいだ。お風呂から上がると冷蔵庫に冷やしていた水を飲んで、水分補給をする。それから自室に戻りベッドに入った。
今日は疲れたな。明日も頑張ろ。おやすみなさい。
4
翌日、目を覚ますとベッドから起きて伸びをした。寝覚めの気分としては良い方だ。爽やかな朝日が窓から差し込んでおり、スズメの鳴き声が微かに聞こえてくる。気持ちの良い朝だった。昨日はぐっすり眠れたようで、疲労もほぼ完全回復だ。体調管理がばっちり出来たことに喜びを感じる。さて、今日も一日頑張ろう。
「母さん、ちょっと出かけてくる」
僕は居間のこたつでせんべいを頬張りながら朝のテレビ番組を見ている母に告げた。
「どこにだい」
母は、僕に顔を向けて聞き返してくる。
「ちょっと銀行に」
「そうかい」
本日の予定はバイトを除けば銀行に給料が振り込まれているかの確認である。その後、幾らかの金額をおろして本屋で本を物色したい。本は好きだが月の小遣いが五千円の僕には、気楽に買えるものでもないので、図書館を多く利用していたが、これからは好きなだけ買える。ハードカバーの本だって買えてしまう。働くってすごい。
僕は嬉しくなり、ほくそ笑む。
「じゃあ、行ってくるよ」
「気を付けて、いってらっしゃい」
僕が立ち去ろうと背を向けて歩き始めたところで再び思い出したように母が言った。
「そうそう、銀行から帰ってきたら昨日のバイトがどんな感じだったのか、聞かせておくれよ」
僕はすぐ立ち止まり振り返る。
母は少し心配そうな表情を浮かべている。
「分かったよ」
家族への報告も大事だろう。僕は母にバイトの様子を話すことを約束する。
「じゃあ、今度こそいくから」
僕は踵を返し、部屋を出て玄関へ向かう。スニーカーに足を突っ込んで僕は玄関から外へ出た。
☆
自転車で最寄り駅の周辺にある銀行まで来た。自動ドアをくぐりATMの前まで来てタッチパネルで操作をする。通帳記入を選択して通帳を機械に入れた。じーこじーこと機械が記入する音を聞きながら終わるのを待つ。そして、ついに通帳記入されたものが出てきた。通帳に手を伸ばしさっそく中身を確認する。通帳には本日の日付で5065円の入金を示す記述があった。研修中のバイトの時給1013円が5時間で合計5065円である。入金を確認できで、頬が緩む。たった一日働いただけで自分のこれまでの月のお小遣いの額を超えてしまった。すごく嬉しくなる。働くってすごい。お金を手にしたことで、今日からまた頑張って働こうという意欲が湧いてくる。
とりあえず五千円を引き出して財布に入れた。お金を貯める必要はあるが、初任給くらいは自分のために使ってもいいような気がした。なんだか凄いリッチな気分になる。テンションが上がる。調子に乗って使いすぎないよう注意しよう。
僕は銀行を出て近くの大きい本屋へ向かう。普段よく使う本屋で週に一回は足を運んでいる。頻繁に本を買うことはないけれど、たまに文庫本などを購入する。雑誌の立ち読みもよくさせてもらっている。しかし今日のお目当てはいつもなら高くて手が出ないハードカバーの本だ。今なら心に余裕をもって買うことが出来る。少し大人になった気分だ。ちょっと嬉しい。
僕はハードカバーの本が平積みされているコーナーに向かい、本の表紙を眺めてどれにしようかと悩む。何冊か気になるものをパラパラと中身を確認していく。それだけでワクワクしてくる。本好きには至福の時だ。
結局、10分ほど悩んで1冊に決めた。レジで精算を済ませ本屋を出ると、早く読みたいという衝動に駆られる。家に帰ってすぐ読もうと思うけれど、母がバイトの様子を聞かせてほしいといっていたのを思い出す。まずは母に昨日の報告だな。
僕は自転車に乗って家に向けてこぎ出した。
☆
「母さん、ただいま」
家に帰って居間に顔を出すと母がお気に入りの湯呑でお茶を飲んでいた。僕の声に気が付いてこたつに脚を入れたまま母がこちらに振り替える。
「おかえり武志。何を買ってきたんだい」
僕は手に持つ袋を掲げて見せて、母の問いに答える。
「本屋さんに寄って来たんで、本を1冊買ってきたんだよ。給料が振り込まれてたから奮発してハードカバーの本を買ってきたんだ」
「そうかい。武志は本が好きだもんね。まあそこに座りなよ」
母がこたつの反対側を勧めてくる。僕はこたつに脚を突っ込んで温まると、息を吐いた。
それから母は昨日のバイトがどんな感じだったのかを聞いてきた。僕は昨日のバイトの内容を細かく丁寧に話していった。一通り昨日の流れを説明した後に、僕の教育係の先輩がとても優しくていい人なのだと力説していると、母は安心の表情を浮かべた。
「そうかい。それは良かったねえ」
自分の事のように喜ぶ母を見ていると僕も嬉しくなってくる。
母がお茶を一口飲むと、少し間をおいてから聞いてくる。
「仕事内容は辛くはないかい。続けていけそうかい。正直あたしは武志が接客に向いているとは思ってないんだけどね。でも経験すること自体は悪いことじゃないと思っているよ。ただ少し心配だけどね」
「うーん。辛いかどうかと聞かれると、辛くないと答えるけど。ただ自分が最初想像していたより大変だなとは思う。コンビニのバイトなんて簡単に出来ると思っていたけど。まだ一日しか働いてなくてレジしかしてないけど、緊張したり、焦って手が震えたり、大変だったよ。それに学校に行って勉強するのに比べて格段に疲れる。働くって大変なんだなと感じたよ」
「まあ、遊びじゃないからね」
「うん。でもそのかわり得られるものも大きいなと感じる」
「お給料を貰えたりね」
「お金が手に入るのは大きいよ。自由にできるお金が増えると、これまで買えなかったものが買えるから、すごく嬉しい。毎月のお小遣いだけだとすぐに無くなるのに、給料があると自分が読む本を買うなら何冊でも買えちゃうんじゃないかと思う」
一日働くだけで月のお小遣いとほぼ同じ額なので、ひと月で約20倍くらいの金額差がある。まさに桁が違う額を手にするので、何だか世界が違って見える。しかも親元で暮らしている僕にとっては全額が遊ぶ金といっても過言ではない。まあその遊ぶ金で家族旅行を計画しているわけだけれど。
そこまで考えてふと家にお金を入れる必要があるんじゃないかという考えが浮かんだ。正直、今までまったく考えていなかった。そもそも給料のほとんどは家族旅行に使う予定なので、さらに家にお金を入れるのは過剰なサービスだが、現時点で家族旅行の存在は秘密にしてある。お金が貯まって温泉宿の予約をするあたりで家族に知らせようと思っている。
お金を貯めるのに挫折したり、温泉宿の予約がまったくとれないという最悪のケースを考慮してだ。先に期待だけさせて、やっぱり駄目でしたとはなりたくない。今、家にお金を入れなくても2か月後には家族旅行の件は判明しているので理解を示すかもしれない。しかしそれまでの間家族から、仕事をして稼いでいるのに家にお金を入れない、と思われるのも何か心が穏やかでない。少しでもいいから家に入れておくべきだろう。月に5千円か一万円くらいでいいだろう。それ以上入れると貯金の目標額の達成に響き、本末転倒になりかねない。一応念のため、2月と3月の残り出勤可能日数を調べて、月1万円を家に入れても貯金の目標額を達成できることを調べておくべきだろう。
とりあえず今は家にお金を入れることを母に伝えておこう。
「月末にいくらか家にお金をいれるから楽しみにしてて」
「そうかい。ありがとうね。助かるよ」
母は息子の成長を喜んで、どこか誇らしげだった。しかし急に真顔になって告げる。
「でも無理だけはするんじゃないよ」
「うん。わかった」
僕はその言葉に素直に頷いて返すのだった。
☆
自室に戻った僕はカレンダーをのぞき込み、2月と3月の残り出勤可能日数を調べてみる。
ちなみに今日は2月18日なのでそれ以降では、2月が9日と3月が22日で合計31日の出勤が可能だった。
全部に問題なく出勤したら、15万7千15円稼げる計算になる。
とりあえずの目標金額の12万円を引いたら3万7千15円だ。
2月と3月に1万円ずつ家に入れても1万7千15円が手元に残る。
とりあえず僕は月1万円を家に入れることに決めた。
5
「おはようございます」
僕は4時50分ぴったりにコンビニへ入って、レジにいた内田先輩に挨拶をする。
「おはようございます」
今は接客中でない内田先輩も丁寧に挨拶を返してくれる。それからバックヤードへ行き制服に着替えて、レジに戻った。
「今日もよろしくお願いします」
「はい。今日も頑張ろう。今日は精算以外のレジ業務とレジ以外の仕事も少し教えるね」
そういって内田先輩がレジ業務について話し始めた。僕は聞き漏らさないよう集中する。話の内容を要約すると次のようになる。レジですることは5つ。精算、たばこやファストフードの販売、公共料金や税金等の支払い代行業務、宅配サービス、郵便切手や収入印紙の販売。精算は店内の棚からお客が選んだ商品の精算業務で一般的なレジ打ちだ。弁当の場合は温めたりもする。たばこやファストフードの販売は、レジの内側に存在する商品の販売だ。お客の注文に応じて販売することになる。たばこは銘柄が多いので覚えるまでは番号で注文してもらう。公共料金や税金等の支払い代行業務は、お客が持ってきた支払い用紙のバーコードをスキャンし精算する。宅配サービスは、宅配物のサイズを測り伝票を作成して会計を行う。預かった荷物を保管して宅配業者へ渡す。郵便切手や収入印紙の販売は、これもレジの内側に存在するので客から要望があれば取り出す。
などの話をお客が来る合間を使って行った。それぞれの具体的な手順については少しずつ説明すると言っていた。全てを同時に教えても覚えられないとのことだった。
お客のレジ対応は相変わらず僕が担当し、内田先輩は隣で問題をチェックしている。2、3日は横で見るつもりらしいが、18時から19時の間だけは混雑するので、内田先輩もレジ業務を行うみたい。そういえば昨日レジに入ったのは19時を過ぎていたので夕方のピークを体験していない。19時を過ぎると暇になるそうなので、僕はまだ暇な時間帯しか経験していないことになる。夕方のピークがどれだけの人なのか分からず少し怖いけれど、朝やお昼のピークほど人は来ないらしい。
夕方のピークに挑む心構えとして、いくつかの注意点を内田先輩が話してくれる。
「レジ業務はゆっくりでいいからとにかく焦らず落ち着くこと。君はまだ慣れてないんだから、意識して落ち着かないとパニックになっちゃうよ」
内田先輩がさらりと怖いことをいう。
「お弁当が増えるので、連続でお弁当が来た時、温めたり精算したりする間に誰のお弁当なのか忘れたりしないこと」
ちなみに昨日は食事時を過ぎてからレジに立ったので、お弁当を温める業務をしたのが数回しかない。その時は弁当を温める間に、次のお客の対応をすることがなかったので、目の前にいるお客に何も考えずに渡せばよかった。連続で来られると確かに大変そうだ。パニクりそう。
「それから、これが一番大事なことだけど、分からないことがあればすぐに聞くこと」
「わかりました」
僕は大きく頷いて返事をする。
「後はファストフードの販売の仕方をおさらいしとこっか」
一応昨日も説明を受けたが、肉まんや焼き鳥などの販売の方法を細かく教わった。
あれこれ説明を受けていると徐々に時間が18時に近づいてくる。お客もだんだん増え始め、お弁当やファストフードを購入する人が目立ち始める。
ファストフードの販売はついさっき説明を受けたので緊張しつつ実行できたが、お弁当の精算で基本的なミスをしてしまった。
「温めますか?」と聞くまでは良かったがお客に「お願いします」と言われてすぐ電子レンジの中に入れてしまった。
「先にバーコードを読み取らないとダメだよ!」
少し慌てた内田先輩に指摘されて間違いに気付いた。たしかにこれでは精算作業が先に出来ない。慌てて電子レンジからお弁当を取り出し、バーコードを機械でスキャンする。早鐘を打つ心臓。僕は平常心を装い値段をお客に告げてから、再び電子レンジに入れて時間をセットした。その後お金を受け取り、レジに金額を打ち込んで、おつりを取り出す。気分を落ち着かせ、平常心平常心と心の中で唱えながら、一枚一枚丁寧に硬貨を取り出す。そして優しくお客に手渡した。何とか落ち着いて対応できたと思う。電子レンジが止まると、お弁当を取り出し袋に詰めてお客さんに手渡した。
「ありがとうございました」
立ち去るお客の背中を眺めながら安堵のため息を吐く。
「気をつけなきゃダメだよ」
「うっかりしました。すみません」
「同じ失敗は繰り返さないようにね」
「はい」
「じゃあ、次からも頑張っていこう」
それから何人かのお客を対応していると、徐々にレジ前に列が出来はじめる。本格的にピークに突入したのだろう。内田先輩が「頑張ってね。ゆっくりでいいよ」と僕に声をかけた後、別のレジ前に移動し「次の方どうぞ」とお客をさばき始める。ここから先、約1時間は基本一人で乗り越えなければならない。ミスをしてもすぐ指摘してくれる人は今はいない。緊張感が増してくる。慌てず焦らずゆっくりと慎重にお客の対応をしよう。
僕はひたすら目の前のお客の対応に集中し、淡々と業務をこなしていく。次々にレジに人が来るので他のことを考える余裕もない。時間が思いのほか早く過ぎ去り、一度おつりをお客に渡す際にレジカウンターの上にばら撒いたくらいで、その時は大慌てだったが、その他は問題なくピークタイムを乗り越えることができた。
お客が減ると内田先輩がレジ業務を終えて僕の横までやってくる。
「どうだった? 問題なかったかな?」
「はい。なんとか乗り切ることができました」
内田先輩は満足そうに頷く。
「7時からは暇な時間で、昨日みたいな感じになるから。今日は品出しについて教えるね。ちなみに品出し中はレジも同時にこなさないといけないからお客さんに意識を向けるのも忘れずにね。今ちょうどお客さんがいないから売り場の商品で少なくなったものをチェックしよっか。ついてきて」
内田先輩はそういってレジから出で売り場の商品をチェックし始める。メモ帳を取り出し、ボールペンで商品名と数字を次々と書いていく。
「明日からボールペンを持ってきてね。メモ帳は他のものでもいいよ。お客さんが置いていったレシートの裏とかでもいいよ。とりあえず補充する商品名と補充する数を書いていくの」
一通り売り場を見て回りメモを取り終えたら、今度はバックヤードに向かう。
「あとはここにある在庫から商品を持っていくだけ。まずはこのかごみたいなのに商品を詰めるの」
内田先輩がメモを見ながら手早くかごの中に商品を詰めていく。
「いくつかのかごにジャンルごとに分けて入れていくといいよ」
ある程度詰め終わったら次のかごに詰め始める。
「詰め終わったらそこにある台車を使って持っていくといいよ」
内田先輩が部屋の隅を指さしながら言う。
「台車、近くまで持ってきて」
「わかりました」
僕は台車を動かして増えていくかごの横に並べた。
「ここでいいですか」
「うん。大丈夫だよ。ありがとう」
ひとまずかごに詰める作業を終えたら今度は台車にかごを載せていく。僕も作業を手伝った。
「じゃあ、戻ろっか。早くしないとお客さんが待ってるかも。この台車、棚の前まで移動させて」
「わかりました」
「私ちょっとレジ見てくる」
内田先輩が店内へと戻っていく。僕もゆっくり台車を押しながら店内へと戻る。レジに目を向けるとお客が一人待っていたようで内田先輩が対応するのが見えた。その間に僕はカップ麺の棚の前まで台車を押していった。その場で待機しているとレジを終えた内田先輩がやってくる。
「じゃあ、それぞれのかごを対応する棚の前に降ろそっか」
「了解です」
僕らはかごをそれぞれの棚の前に置いていく。
「空の台車はまたバックヤードに戻しといて」
「わかりました」
僕は台車を押してバックヤードに入り、元の場所に台車を置いて、内田先輩の所に急いで戻る。
「商品の補充方法を説明するね。基本は先入れ先出しだから、まずは残っている商品を一番前まで持ってきて、それから補充するものを後ろに置いていけばいいよ。簡単でしょ。じゃあやってみよっか。カップ麺の棚の補充を任せるね。それと基本レジも任せるからお客さんの様子も見ててね」
「はい。わかりました」
まず手始めに棚に並ぶカップ麺を手前に寄せ始める。一通り寄せ終えたら今度は空いた後ろのスペースにカップ麺を並べていく。黙々と作業を続けながら、これは楽だなと感じる。何かを覚えるということもなく、失敗する要素もほぼないのでとても気楽だ。棚の上の方に補充するときに立ったりかがんだりを繰り返すので多少は体力を使うが辛いと感じるほどでもない。運動不足の僕には、程よい運動と思えてくる。少し楽しくなって頑張って補充をしていると内田先輩が手を動かしながら声をかけてくる。
「そういえば店長が言ってたんだけど、中村君って親に温泉旅行をプレゼントするためにバイトを始めたってほんと?」
「ほんとですよ。家族4人で家族旅行に行くんです」
「へー、そうなんだ。中村君って今高校3年生だっけ」
「そうです」
「まだ高校生なのに偉いね。私なんてそんな親孝行考えたこともないよ」
「まああと2か月もすれば大学生ですけどね」
「私は4月から大学2年生だよ。私の方がひとつお姉さんだね」
「まあ似たような歳だろうなとは思ってました」
「家族旅行のお金が貯まった後も、このバイト続けるの?」
「そのつもりです。4月からは大学が始まるので、バイトは少し減らすかもしれないです。時間を減らすか出勤日を減らすかまだ決めてないですけれど」
「だよね。毎日勉強して仕事するのは大変だよね。クタクタになっちゃう」
「内田先輩は今大学1年生なんですよね」
「そだよ」
「朝昼は大学に行って、夕方近くからバイトに来てるって感じですか?」
「大学はもう春休みだよ。だから朝昼はのんびりしてるよ」
「えっ、そうなんですか。てっきりまだ授業があるのかと思いました」
「大学の春休みは始まりが早くて期間も2か月くらいあるんだ。ちなみに中村君は高校はあと卒業式に行くくらいかな」
「そうです。3月6日に卒業式があります」
「高校生でいられるのもあと少しだね。大学生になったら少し大人になるって気がしない?」
「そのあたりはまだ実感がないです。むしろバイトすることで少し大人になった気がします。それはそうとこの品出しの仕事は楽ですね」
「そう? じゃあ後で大変な品出しをお願いするね」
「大変な品出し? そんなのがあるんですか。重いんですか?」
「寒いの。飲料の補充なんだけど、裏のバックヤードから補充しないといけないから。冬の飲料の補充は大変だよ。あとでお願いするね。その間私はレジにいるから」
バックヤードからの補充は二人では出来ない。レジが空っぽになってしまうからだ。
「寒さには強い方なので任せてください」
「じゃあ、さっさと目の前の仕事を片付けちゃおう」
「はい」
それからも僕らは他愛ない話をしながら品出しを行い、たまにレジの対応も行いながら、飲料以外の補充を終わらせた。その後に飲料の補充を行うのだが、バックヤード内は暖房が効いておらず、2月の夜の室内温度は冗談抜きでやばかった。そして冷蔵庫から微かに流れる冷気がそれに拍車をかけている。内田先輩は最初にどこにどの飲料があるかだけ大雑把に説明して、すぐに店内に戻っていった。今は一人である。極寒の中、微かに震えながら作業を行い、少しでも体を温めようとテキパキと動く。暖房の効いた部屋で楽しくお喋りしながら仕事をしていた環境に比べると、いきなり過酷になった気がする。レジから解放されて気楽さは増すが、一人きりの仕事は少し寂しい。気楽の分レジよりマシかと考え、レジに少し苦手意識があると気づき戸惑う。だが弱気になってる場合ではない。頑張ってレジにも慣れないと。そう心に誓うのだった。
☆
飲料の補充を終えた僕は店内へ戻ると再びレジ業務を任された。今日は新しい仕事として品出しを教わったが、内田先輩からするとまだまだ教えることが山のようにあるらしい。毎日少しずつ新しい仕事を教わる予定だ。何かを覚えることは嫌いではない。どんどん知識を吸収して早く一人前になりたいが、そんな僕でさえ憂鬱になるのは、たばこの銘柄を覚えることだ。数にして200種類以上。僕は高校生なのでたばこには馴染みがない。なのでお客から名前で注文されても現段階ではまったく分からない。徐々に覚えていく必要があるが興味がないものを200種類以上も覚えるのは大変だ。苦手な英語の英単語を200語覚えるようなものだろうか。軽く地獄を感じてしまう。毎日少しずつ覚えようと思いたばこの棚に目を向ける。とりあえずよく売れるたばこから覚えようと思い内田先輩に聞いてみる。
「内田先輩。たばこの銘柄を少しずつ覚えようと思うんですけど、人気の銘柄はどれですか?」
「たばこの種類を覚えるには銘柄より先に覚えないといけないことがあるよ」
そう前置きしてから内田先輩はたばこの種類について説明してくれる。同じ銘柄でもたばこは、タールの量、たばこの長さ、入れ物の種類、の3つで分かれているらしく、まずそれらを理解しなければならない。タールの量はパッケージに分かりやすく数字で書かれていて、しっかり見て確認する。たばこの長さは短いのがショート、長いのがロングといい、長い方のパッケージに100'sと書かれていて、お客の指定がなければ普通はショートとのことだった。入れ物の種類は、柔らかい箱がソフトといい、硬い箱がボックスという。二つの違いは実際に持って比べると全然違うとのことだった。それら3つの違いを説明した後で、内田先輩が人気の銘柄をいくつか教えてくれた。
「ありがとうございます」
「頑張って覚えてね」
それからはレジ業務の合間にたばこの銘柄や種類の判別方法を何度も思い出して記憶する。内田先輩はというと僕のレジ業務を見守りながらも店内清掃などをしていた。店内清掃を手伝おうと思ったけれど、それはまた明日教えるよと言われた。
結局、その日はそのままバイト終了の時間を迎えるまでレジ業務をしていたのだった。
☆
バイトをしている時は気にならなかったが、家に帰り自室に戻って椅子に座っていると、かなりの疲労を感じる。昨日も疲れたが今日の疲労はそれ以上だ。今日も新しく色々な仕事をした。夕方のピーク時間にレジを経験したり、その後品出しをしたり、たばこの判別方法を覚えたり。覚えたことを忘れないようノートにまとめるのも良いかもしれない。今は疲れているので明日にでもそうしよう。とりあえず今日はお風呂に入ってすぐ寝てしまおう。僕は重い体を引きずって脱衣所まで行き、ゆっくり服を脱いで風呂場に入った。湯船につかると一日の疲労が溶け出すようで気持ちがいい。しっかりと長めに湯につかり、それから頭と体を洗って一日の汚れを落とす。再び湯につかって一息ついてから風呂から上がった。パジャマに着替え、水分を取り、自室に戻ってベッドに横たわった。
今日も疲れたな。明日も頑張ろ。おやすみなさい。
6
アルバイトを始めて5日が経過した。まだまだ一人前とはいえないけれど1日の流れは把握した。新たに覚えた仕事としてファストフードの調理や清掃がある。ファストフードの調理とは、からあげやポテト、肉まん、おでんなどの調理である。夕方18時からのピークで品切れにならないよう、あらかじめ調理して補充する必要がある。清掃は、店内の床やトイレ、倉庫、店舗周辺の掃除。またごみ処理などだ。ちなみにトイレ掃除が一番精神的にきついが仕事なのでやらなければならない。他にも店内のコピー機、ATM、チケット販売機などの使い方を教わって覚えたりもした。お客に使い方を聞かれても対応できるくらいにはなっている。レジ業務についても一通り教わった。公共料金や税金等の支払い代行業務や宅配サービスについても教わったし、郵便切手や収入印紙の保管場所も把握した。教わったことは家でノートに纏め、何度も見直しているため忘れずにいる。しかし記憶することと実際に慣れることは大きな違いがある。毎日行なう仕事なら問題ないが、中にはまだ教わっただけで一度も経験していないものもある。教わった仕事は早く経験し慣れたいと思っている。
☆
今日はバイトを始めて初めての休日だった。疲れが溜まっているのか昼まで寝てしまいお腹が凄く空いて寝床から這い出すように起きた。寝癖が付いたままの頭で部屋を出て居間に向かう。居間にはいつものようにせんべいと緑茶を用意した母と弟の武明がこたつに入っていた。
「おはよう母さん、武明」
「おはよう武志」
「おはよう兄ちゃん」
「母さん腹が減ったんだ。昼ご飯あるかな」
「ダイニングのテーブルにお弁当を買ってきて置いてあるよ」
「わかった」
僕は居間を出て食堂に向かいテーブルの上のから揚げ弁当を確認する。台所の冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターのペットボトルを取り出しコップに注ぐ。テーブルの椅子に座り、から揚げ弁当を食べ始めた。空腹だったので美味しく感じる。キレイに完食しコップの水を飲みほした。ごみをプラスチックに分別して捨てた後、居間に戻りこたつに入る。
すると母が話しかけてきた。
「仕事は順調かい?」
「まあね。仕事の覚えが早いって昨日先輩に褒められたよ」
「そうかい。徐々に起きるのが遅くなってるけど疲れてるのかい」
「疲れはあるよ。だから今日は一日ゆっくりするつもりだよ」
「そうするのがいいよ。まだまだ始めてからあまり経ってないから緊張とかで余計疲れるだろうし。2、3か月も続ければ体力的にも慣れてくるんじゃないかい」
「そうだといいね。早く体力的にも慣れたいよ。初出勤の翌朝はそんなに疲れが残っているとは感じなかったんだけど、5連勤するとさすがに疲れがたまってくるみたい。働くのに体力って大事みたいだ。僕は体力があるほうじゃないから少しずつ慣らしていきたい」
「自分のペースを守るってのは大事だね」
母との話がひと段落つくと弟の武明が話しかけてきた。
「兄ちゃん、兄ちゃん、お金どれくらい貯まったの」
「2万円以上だな」
答えると武明は目を丸くして「すげー、すげー」と連呼する。
「大げさだな。まだ5日働いただけだぞ」
「だって僕月に2000円しか貰ってないし」
そう聞くとたしかに2万円は小学4年生の武明には大金なのかもしれない。自分が小学生の時も2万円も貯金を貯めたことはなかったのを思い出した。そもそも僕は貯金を貯めることが好きでも得意でもないので、高校生になってお小遣いが5千円に増えても、2万円の貯金額がある時は稀だった。ちなみに中学生の時のお小遣いは3千円だ。
「まあ5日で2万円ってことを考えると凄いことかもな。これからもっと貯金が増えていくぞ」
「すごいなー。僕も欲しいなー」
「大きくなったら、バイトなり就職なりするんだな」
「今欲しいなー」
「小学生を雇ってくれるところはどこにもないぞ。あきらめろ」
「兄ちゃん、お小遣いちょーだい」
「なんで武明にあげないといけないんだ」
「なんかお金余ってそうだから」
「余ってても武明にはあげない」
実際は金銭的な余裕はあまりないのだけれど。
「お年玉と思って気前よく1万円くらいくれてもいいよ」
「今はもうお年玉の時期じゃない」
「けち」
「けちで結構」
☆
居間でしばらくくつろいだ後、自室に戻ってきた。机の上に置いてあるスマホに手を伸ばし画面を確認すると、友人の山田からメッセージが届いていた。僕は椅子に座り内容を確認する。
『明日遊ぼうぜ』
どうやら遊びのお誘いだったようだ。山田とは二人でよく遊びに行く間柄である。僕の少ない友達の一人だ。初めての出会いは小学2年生の時で、同じクラスになりよく話をして仲良くなった。それから中学高校と同じ学校に通い、何度か同じクラスになり友好を深めて、現在は唯一の親友と呼べるまでになっている。スマホのメッセージアプリで頻繁にやりとりをしており、僕がバイトを始めたことや家族旅行を秘密裏に計画していることも既に伝えてある。その時の山田の反応は「親孝行バンザイ」であった。
とりあえずメッセージを返信する。
『オーケー。遊ぼうぜ』
すると30秒くらいで返事が返ってきた。
『中村もバイト始めたことだし昼飯食いにいこーぜ』
『オーケー。何食べる?』
『ラーメン食いにいこーぜ』
『わかった』
それから待ち合わせ場所と時間をメッセージをやり取りして決めた。駅前のいつもの場所にお昼の12時に集合である。明日の昼食は外食することを母に伝えておく必要があるだろう。
『また明日な』と打って話を終わらせてから再び居間に向かう。相変わらず母と武明がこたつに入って二人でせんべいを頬張っていた。
「母さんちょっといいかい」
「何だい」
「明日の昼ご飯なんだけど、友達と食べに行く約束をしたから僕の分は用意しなくていいよ」
「そうかい。わかった。美味しいものでも食べてきな」
「そうするよ」
それだけ告げると居間を出ていく。背後で武明が「兄ちゃんは外食か。いいなー」と呟いているのが聞こえた。
☆
翌日は朝の9時くらいに目が覚めた。朝食は手軽くトーストと牛乳で済ませて、食事後は自室で読書をしたり母や武明と話をしたりして昼までの時間をつぶした。11時45分になって家を出て自転車で駅前へと向かう。駅前のいつもの場所に到着したとき、友人の山田はまだ来ていなかった。スマホをいじりながら待つことにする。ちなみに基本無料のスマホゲームだ。普段はあまりやらないけれど、空いた時間の暇つぶしにはもってこいだ。しばらくゲームで遊んでいると自転車が止まるブレーキ音が聞こえ、声をかけられた。
「よっ、中村。ひさしぶり」
「おう山田、ひさしぶり」
前回会ったのはいつだったろうか。あまり覚えていないが大学の受験勉強の合間に会って話をしたことは覚えている。もうひと月も前だっただろうか。あの時は毎日家で勉強するのも大変だと山田に愚痴っていた記憶がある。
「じゃあラーメン食いに行くか」
山田がさっそく飯に行こうと提案してくる。
「そうだね。ちなみにどこのラーメン屋に行くんだ」
「ここからそんなに離れてないよ。ついてきてくれ」
そういって自転車を走らせる山田に僕は遅れずについていく。目的地へは5分くらいで着いた。どうやら豚骨ラーメンがメインの店みたいで看板にでかでかと博多豚骨ラーメンと書かれている。店に入ると客入りは7割くらいで待つ必要はなさそうだ。店に入ってすぐ左側に券売機が置かれており、食券を購入するシステムになっている。千円札を券売機に入れてベーシックな豚骨ラーメンを選んでボタンを押す。食券とおつりを回収して、近くに来た店員に食券を渡し、テーブル席に案内された。遅れて山田もテーブルにやってきて椅子に座った。水はセルフサービスになっていてコップの山とピッチャーがテーブルの端に置かれていた。とりあえず僕は二人分のコップを取りピッチャーから水を注ぐ。そして水の入ったコップを山田の方へ滑らせた。
「サンキュー」
山田が礼をいい、さっそく水を一口飲んだ。
「山田はこの店来たことあるのか?」
「あるよ。ひと月くらい前に来たんだ。この店はまだ出来て2か月くらいだから一度しか来てないけど、かなり俺好みの味で美味かったよ。中村も気に入るといいんだけど」
「そうか。それは楽しみだな。ちなみに山田も豚骨ラーメンにしたのか」
「豚骨ラーメンにしたよ。ここのメインだしな。それはそうと中村の始めたバイトの話を聞かせてくれよ。順調なのか」
山田が興味津々といった感じで聞いてくる。昨日母にも聞かれた質問だ。
「仕事内容はレジがちょっと苦手だけどなんとかやってるよ」
「レジが苦手ってコンビニのバイトでそれは致命的なんじゃないのか」
「苦手なのはちょっとだけな。もっと経験を積んだら徐々に苦手意識はなくなるかもな」
「レジなんて簡単じゃないか。俺もバイトでレジ打つけど難しいと感じたことはないし、すぐに慣れたけどな」
ちなみに山田は回転寿司の店で高校2年生の時からバイトをしている。そこでレジの仕事をすることがあるのだろう。
「コンビニのレジはそっちより多分大変だぞ。特に大変なのはたばこの販売じゃないかな。銘柄で注文してくる人はマジで勘弁してほしい。種類が多すぎて直ぐには分からん。番号でお願いしますって言ったら嫌な顔する客もいるしさ」
「なるほど。それはたしかに大変そうだな」
「そういえば山田ってバイトを始めた最初の頃って体力的にしんどかったか? バイトするとなんか凄く疲れるんだけど」
「そりゃ最初はしんどかったよ。中村はまだましなんじゃねえの。今は学校がないし。俺の時は毎日学校が終わってからバイトに行ってたしな」
「今ならその凄さがよくわかるよ」
「とはいっても学校の授業は適当に受けてたけどな。大学に行くつもりは全然なかったから卒業できればそれでいいやって感じだったし。真面目に授業受けて、成績を高水準で維持しながら、バイトに行くのは俺には無理だったかもしれんな。両立できるやつもいるんだろうけど」
「僕も大学が始まってからのことを考えると頭が痛いよ」
「まあ中村は根が真面目なんで両立させる努力をするんだろうけど。無理そうならバイトなんて辞めたらいいくらいに考えてたらいいんじゃないか。もともとバイトを始めるのは親に家族旅行をプレゼントするためなんだろ。それくらいのお金は大学が始まる前に貯まるだろうし」
「出来れば長く続けていきたいけど。そういう考えもあると思うと少し気が楽になる気がするよ」
「気楽にいこうぜ。それより俺の話も聞いてくれよ」
山田は僕に聞きたいことを聞き終えたのか今度は自分の話を始めた。主に就職活動に関する内容で、状況が芳しくないという話だった。しばらく話を聞いていると店員が豚骨ラーメンを持ってきてテーブルに置いた。話を中断して割り箸を取りラーメンを眺める。具はネギとチャーシューとそれからキクラゲだろうか。まずはレンゲでスープを一口飲むと濃厚な豚骨スープの旨味が口の中に広がり非常に美味しい。次に麺を食べるとこちらも美味しかった。少し細麺で豚骨スープとしっかりとなじんでいる。山田が褒めるのも納得の味だった。
「かなり美味いな」
「だろ。中村が気に入ってくれたようで俺も嬉しいよ。連れてきたかいがあるってもんだ」
それから二人は黙々と豚骨ラーメンを食べるのだった。
☆
その日は豚骨ラーメンを食べた後、カラオケに行って3時間熱唱した。
久しぶりに充実した休日を味わうのだった。
7
バイトの日々は順調に過ぎ、2月29日の土曜日がやってきた。今年は2020年なのでうるう年である。月末は家にお金を入れると以前母に伝えているので、今日は初めて家にお金を納める日だ。バイトを始めたころに計算して決めた額は1万円だったけれど、少し考えなおし5千円にすることにした。理由はふたつあって、ひとつ目は今月の頭から働いていないので収入が5万ほどしかなく1万は入れすぎなんじゃないかということ。ふたつ目の理由が、あまり過剰にサービスしすぎると本命の家族旅行を贈るときに、家族が受け取りを躊躇してしまうのではないかと考えたからだ。そうなっては本末転倒になってしまうので、非常に困る。せっかくなら気持ちよく受け取ってほしいので、やはり今は過剰なサービスは控えるべきだ。
というわけで銀行に行って5千円を下ろして今家に帰ってきたところだ。居間へと向かうといつものように母がこたつに入り熱い緑茶を少しずつ飲んでいた。切らしているのか今日はせんべいはこたつの上に置かれてはいない。弟の武明も今日は姿が見えず、外へ遊びに行ったのか、それとも自室でゲームでもしているのかわからない。お金を母に渡す現場にいられるとまた、お金をくれ、とか言い出しそうなので好都合だ。
僕は母の向かい側からこたつに入ると声をかける。
「今日はせんべいがないんだね」
母はそんなことかいといった顔をしてやや不満げに、
「せんべいは武明が全部食べちゃったよ」
なるほど。あの食いしん坊め。僕が納得顔を浮かべていると母が聞いてくる。
「武志はどこかに行ってきたのかい」
「僕は銀行に行ってきたよ。お金を下ろしてきたんだ」
そういって僕は財布から5千円を取り出し、母の前に置いた。
「これ以前約束した家に入れるお金だよ。少ないけどもらっといてよ」
母が嬉しそうに5千円を眺めてから手を伸ばす。
「ありがとうね。5千円でも助かるよ。ちょっと財布を取ってくれるかい。最近腰が痛くてね。動くのが少し億劫なんだ」
「分かった」
母の財布は居間のタンスの一番上に入っている。僕はこたつを出て立ち上がりタンスの前まで歩いて、母の財布を取り出した。母の所まで行き財布を手渡す。
「ありがとうね」
母が財布に5千円をしまうと再び財布を僕に手渡してくる。
「また元の場所に置いておいて」
「分かった」
僕は財布をタンスの一番上に入れておいた。
母の向かいのこたつに戻り、僕は来月の情報を小出しにして話し始める。
「来月はサプライズのプレゼントを用意する予定だから楽しみにしててよ」
「プレゼント? なんだろうね」
「来月になってからのお楽しみということで」
「そういえばプレゼントで思い出したけど、大学の入学祝に何か買ってあげるよ。何か欲しいものはあるかい」
プレゼントをする話をしたら、逆にプレゼントをされる話になってしまった。
「いいの?」
「勉強を頑張ったご褒美だよ」
くれるものなら、貰っておいたらいいだろう。
「今すぐ思いつかないから後で欲しいものを考えとくよ」
「そうしておくれ」
「ちなみにいくらくらいまでのものならいいの」
「高くて3万円台くらいまでならだせるよ」
そういって母は湯呑に手を伸ばすのだった。
☆
3月2日月曜日。バイトに励んでいた僕は、仕事の合間を見て内田先輩に話しかけた。
「内田先輩は大学に入学したとき親から何か買ってもらいました?」
「唐突だね。買ってもらったけど。それがどうしたの?」
「こないだ母に大学の入学祝を買ってあげるっていわれて、欲しいものを考えてたんですけれど。一体何を買ったらいいのか分からなくて」
「何でもいいんじゃないの。自分が欲しいものなら」
「それが特に欲しいものがなくて。ちなみに内田先輩は何を買ってもらったんですか?」
「かばんだよ」
「かばんですか。今も使ってるんですか?」
「使ってるよ。記念のものだからね。今でも大事に使ってるよ。欲しいものがないなら今後必要になるものとかを買ってもらったらいいんじゃない」
内田先輩がそうアドバイスをくれる。僕はそのアドバイスに沿って今後必要になるものを考えてみた。
「スーツとかでしょうか?」
「それもいつかは必要になるけど。まだ少し早いんじゃない。就職活動に必要ってことだよね。体のサイズが変わる可能性もあるからそれは直前に用意した方がいいんじゃない」
なるほど。確かに内田先輩の言うとおりだ。それなら他に必要になるものがあるだろうか。
「革靴とかどうでしょう。足のサイズはそうそう変わらないと思いますけど」
「就職活動からはいったん離れたほうがいいと思うけど。やっぱり直ぐに使うものの方がいいんじゃない? プレゼントする側も送っても全然使われないものより直ぐに使ってもらえる方が嬉しいんじゃないかな」
なるほど。色々と参考になる意見を内田先輩がくれる。
「直ぐに使えて必要なものですか。中々難しいですね」
「難しく考えすぎなんじゃない。スーツや革靴はちょっとあれだけど、別に普通に洋服や運動靴でもいいんじゃない」
「なんかピンと来ないです。それにせっかくなら10年くらいは使えるものがいいですね」
「じゃあもう私と一緒でかばんでいいんじゃない。大切に使えば10年くらい持つんじゃない」
「そうですね。それにかばんなら社会人用を今から買っても、大学で使う分にはあまり変じゃない気がします」
「結局、社会人グッズが気になるんだ。そういうことなら腕時計とかもいいんじゃない。腕時計も社会人に必須のアイテムって聞いたことあるけど。もちろん普段から使えるし」
それは全然考えていなかった。時間なんてスマホを見れば分かるから腕時計なんてわざわざ身に着けようなんて思ったことがない。だから僕は現在ひとつも所持していない。腕時計デビューをするのも悪くないかもしれない。
「腕時計は悪くないですね。検討してみます。色々意見ありがとうございました。とても参考になりました」
「どういたしまして」
☆
そして僕は結局2万円くらいの腕時計を後日母に買ってもらった。
8
3月6日の卒業式がやってきて久しぶりに制服に袖を通し学校へやってきた。教室に足を踏み入れると多くのクラスメイトが既に来ており、談笑している。僕が自席に腰を下ろすと既に来ていた親友の山田がこちらに気づいて歩み寄ってきた。
「よっ、中村。久しぶり」
「おう山田、久しぶり」
ちなみにラーメンを一緒に食べに行った2月23日以来なので、あれから2週間近く経過している。スマホで頻繁にやり取りはしているが顔を合わせるのは久しぶりだ。
「今日で高校生活も終わりだな。俺はまだ就職先が決まらないから先行き不安だぜ。こんちくしょー」
山田があまり不安を感じさせない口調で愚痴る。最近のスマホでのやりとりもずっとこんな調子なので多少は焦ってるのかもしれないが。
「就職活動頑張ってくれ」
僕からいえることはそれくらいだ。僕の進路は進学なので就職活動の苦労を共有することはできない。アルバイトと就職はまた違うだろうし。
「中村は偉いよな。第1志望の大学にきっちり合格して、コンビニのバイトを始めて、なんか順調に人生を進んでる感じで。それに比べて俺は思い切り人生足踏み状態だぜ」
「まあそう悲観するなよ。働くことに関して言えば僕よりも先に進んでるじゃないか。2年近くのバイト経験があるんだからさ。一生フリーターじゃなきゃ大丈夫だろ。その内就職できるって」
そういって山田をなだめる。
「そうだといいけどな。一生フリーターとか嫌すぎるぞ」
「ちなみにサラリーマンの生涯収入は2億から3億円らしいけど。フリーターの生涯収入は5千万から8千万円くらいらしいぞ」
「フリーター終わってるじゃねぇか」
「でもまあ若いうちは給料そんなに変わらないらしいから。フリーターをしつつ就職活動をしてなるべく早く就職したらいいんじゃないの」
「もうそうするしかねぇ」
山田は意欲を燃やしているようだった。
「まあ俺のことは置いといて、中村は高校を卒業することに対して何か感じることってあるのか?」
「僕かい。そうだな、やっぱりこれから先の大学生活が楽しみだね。バイトも始めたことだし自由にできるお金も増えて、生活がどのように変化するのか考えるのは楽しいよ。学業とバイトの両立がきっちりできるか不安もあるけど。不安より楽しみという感情の方が大きいよ」
「それはいいことだな。頑張って学業とバイトの両立を図ってくれ」
僕は大きく頷いて返す。
「なんとか頑張ってみるよ」
「それにしても、中村はまだ大学があるから分からないかもしれないけど。俺は高校卒業したら学校に縁がなくなるわけじゃん。なんか今まで当たり前のようにあった学校にもう今後行かなくていいとなるとなると、なんか妙な感じだわ。別に高校生活に思い入れがあったわけじゃねーんだけど、それでも少し戸惑ってしまう自分がいる。自由な時間が増えてしまってどうしようって感じ。普通は学生より社会人の方が一般的に忙しいからなんか逆なこと考えてる気もするけど」
「山田は2年くらい前からバイトをしてるから社会人に半分足を突っ込んでる感じだからじゃないか、残り半分である学生の負担分がなくなって、楽になったんじゃないか」
「まあ俺の学生としての生活はかなり適当だったけどな」
その後は、近況を報告しあって卒業式の開始を待つのだった。
☆
日は流れて3月17日がやってきた。コンビニのバイトを開始したのが2月17日からなので一月が経過したことになる。朝の7時にスマホのアラームで目を覚まし、ベッドを出て窓際で朝日を浴びながら伸びをした。寝覚めは快調で、今日一日を元気に過ごせそうだ。バイトを一月続けて思うことは、体力的に慣れてきたと感じることだ。バイトを始めた最初の頃は、週末に近づくと疲労が徐々に蓄積して朝の寝覚めが悪くなり、起床時間が後ろによくずれたりした。けれど最近はそういったことがなくなってきて、元気に朝を迎えることが出来ている。良い兆候だ。正直最初はバイトだけでこんなに疲労してたら、大学が始まれば死んじゃうと思っていたけれど、今ではなんとかいけるんじゃないかと感じる。大学の開始まで日数があるので、さらに体力的に慣れることが出来ればと考えている。最終的に余裕を持って学業とバイトを両立させられるくらい体力がつけばいいが、それにはまだ長い時間がかかりそうだ。
服を着替えて自室を出た僕は居間へと向かい、こたつに居た母と朝の挨拶を元気に交わす。
「おはよう母さん」
「おはよう武志。最近調子よさそうだね」
「最近、仕事も体力的に慣れてきたんだ。なんか毎日が充実している感じがするよ」
「それはよかったじゃないか」
母が自分の事のように喜んでくれて、僕も嬉しくなる。
それから僕は居間を出て食堂へ向かい朝食の準備を始める。トーストをトースターにセットし、焼き上がるまでに冷蔵庫を物色して飲み物を探す。今日は野菜ジュースがあったのでコップに注ぎ、テーブルに座って少し待つ。チン、という音とともにトーストが焼き上がり、皿に載せて最後にマーガリンをトーストに塗れば完成だ。
いただきますと心の中で唱え、トーストをかじる。僕は朝食を取りながら、今日はバイトの時間までどう過ごそうかと考える。とりあえず一度銀行に行って預金残高の確認はしたい。バイトを始めて丸一月が経過したので今どれくらいお金が貯まっているのか気になる。銀行で残高の確認をした後はどうしよう。読書もいいが他の事もたまにはしたくなる。考えた末に温泉宿の調査をネットでそろそろ始めるのも良いと考えた。銀行から帰ってきたら調べてみようと思う。
トーストを食べ終え野菜ジュースを飲みほした僕は、居間にいる母に「少し、出掛けてくる」と声を掛けて玄関に向かい、靴を履いて家を出た。
自転車に乗って駅前の銀行に向かう。外の気候はずいぶんと寒さが和らいでいるようで、春の訪れを間近に感じる。天気は晴れ。雲一つない空を見ながら自転車で走るのはとても気持ちが良い。大学生活が始まるのももうすぐなんだなと実感が湧いてくる。
銀行に到着した僕は自転車を止めて入店し、さっそくATMで通帳記入を行う。じーこじーこ、という音を聞きながら大人しく待つと、やがて通帳が出てきた。預金残高を確認すると、9万円台が入っているのが分かった。10万円台に届かなかったか。いくらか引き出して使ったのでそれが原因だろう。本代に消えたり、家に納めたりだ。今月の残り出勤日を考えると目標金額までの達成には問題ない。それだけ確認すると僕は店を出て、家に帰ることにした。
☆
家に帰ると自室に戻りネットで温泉宿を調査する。沢山の温泉宿があるが正直どれが良いかまったく分からない。とりあえず口コミの評価値や感想を眺めていくとイメージが湧いてくるかもしれないと思い目を通す。おすすめ順で温泉宿が表示されていたためか、上の宿から順番に目を通しても、どこも評判が良さそうだった。次に日本の人気温泉地ランキングが分かるサイトにアクセスしてみた。それによると日本で一番人気の高い温泉地は静岡県の熱海温泉となっていた。熱海までは東京都内から新幹線で最短約35分と書かれており、交通のアクセスが良い。人気も高いことだし場所は熱海に決定しても良い気がする。大まかな場所が決まれば温泉宿を決めるのも大分楽になりそうだ。後は口コミの評価値や感想を再び眺め、旅館の写真を見たり予算と相談をしながら決めればいいだろう。おそらく電車で向かうので、宿代とは別に交通費の計算を忘れないようにしよう。今日の所はこれまでにして残りのバイトまでの時間を読書で過ごすことにするか。僕はパソコンの電源を落として最近買った小説を読み始めた。
9
3月31日の朝がやってきて、僕はベッドの中で目を覚ました。スマホのアラームが鳴っているので止めてから、ベッドを出て朝日の差し込む窓際で伸びをする。チュンチュンとさえずるスズメの鳴き声を聞きながら、ついにこの日がやってきたかと感慨にふける。今日は家族に温泉旅行をプレゼントすることを発表する日だ。本当は月の頭の方が発表に向いている気もするが、4月1日はエイプリルフールなので冗談と捉えられるのも面倒くさいので一日早くしたのだ。
ここまで長い道のりだった。初めて家族旅行の計画を思い浮かべたのは今から半年ほど前になるだろうか。その時はまだ受験生で受験勉強に勤しんでいたのを覚えている。2月には第1志望の大学に合格し、コンビニのアルバイトも開始した。アルバイトは中々大変で、初めは続けれるか心配だったが、徐々に仕事内容にも慣れて、今ではかなり様になっている。全てが順調に自分の立てた計画に沿って進んでいっており、日々の生活にとても満足している。
僕は服を着替えて自室を出て、母と朝の挨拶を交わすために居間へ向かう。今日は弟の武明も起きていて母と二人でこたつに入り朝の情報番組を見ている。そろそろこたつ布団は片付ける必要があるなと思いつつ、二人に声をかけた。
「おはよう母さん、武明」
「おはよう武志」
「おはよう兄ちゃん」
「母さん。こたつ布団はそろそろいらないんじゃないか。もう春だし、ずいぶん暖かくなってるしさ。良かったら後で僕が片付けとくけど」
「本当かい。それじゃあお願いしようかしら」
「了解」
「兄ちゃんは働き者だなあ」
武明が茶化すようにいう。そんな武明に僕は無慈悲に言う。
「武明、お前も一緒に手伝うんだ」
武明は嫌そうに顔を歪める。
「やだよ僕。面倒くさい」
そんな武明に母が説得するようにいう。
「そういわず武志を手伝ってあげておくれ。後でお菓子でも買ってきてあげるからさ」
武明は少し逡巡しているようだったが、お菓子の魅力に負けたのか手伝いを申し出てくる。
「しょーがないな。じゃあ僕も手伝ってあげるか」
ちょっぴり偉そうだったけれど。でもまあ手伝うといってるから良しとしよう。
「それじゃあ僕は朝ごはん食べてくるから」
そういって僕は居間を出て食堂に向かった。
朝ごはんはほぼ毎日トーストを焼いてマーガリンを塗ったものを食べているが、たまにはサンドイッチ風にしてみようと考える。冷蔵庫から卵を取り出し、お椀に割り入れて箸で混ぜる。それからフライパンを用意し火にかけ、熱くなってきたら油を入れて油引きでまんべんなくひいた。
卵を投入し、箸でぐるぐると混ぜる。あっという間に炒り卵の完成だ。出来上がった炒り卵をフライパンから皿に移し、味付けを開始する。マヨネーズと塩コショウで味付けしようと思い冷蔵庫を開けると鮭フレークを見つけて、塩コショウの代わりに鮭フレークを入れようと考える。炒り卵に鮭フレークをドバドバ入れて、マヨネーズを投下し、最後によく混ぜたら具材の完成だ。
次はトーストの準備である。トーストをまな板の上に載せて、包丁で半分の薄さに切る。真ん中で切るのが中々難しく少しガタガタになってしまったが構わないだろう。トースト部分も準備完了である。あとはトーストに作った具材を挟むだけである。作った具材をたっぷりとトーストの上に載せ、もう一枚のトーストで蓋をしたら完成だ。我ながら美味しそうにできたと思う。飲み物を探そうと冷蔵庫を開けると牛乳があったので、コップに注いでテーブルに置き準備万端。椅子に座りいただきますと心の中で呟いて食べ始める。さてお味の方は。
美味い。満足の味である。炒り卵と鮭フレークのコラボレーションが意外とトーストに合う。僕は大満足で完食した。牛乳を飲み干し、皿とコップを流しに置いてから僕は居間へ向かう。次はこたつ布団を片付けよう。家の手伝いも大切だ。
居間に戻った僕は母と武明にこたつから出てもらうため声をかけた。
「ちょっとこたつから出ててくれるかい」
「わかったよ」
「うん。わかった」
母と武明が、よっこいしょと掛け声を出して立ち上がり、こたつから出る。
「武明はこたつの上に載ってるものを全部下ろしてくれ」
「はーい」
褒美のお菓子のためか大人しく僕の指示に従い行動を開始する。
僕も口だけでなく武明を手伝う。こたつの上に載っていたのはせんべいの入った袋や湯呑、ティッシュの箱などだ。それほど多くのものがあるわけではない。とりあえずすべて畳の上に置いていく。
「足元の湯呑をひっくり返さないよう注意してくれ」
「わかった」
「じゃあ次はこたつの上に載ってる板を下ろすから、武明は向こう側を持ってくれ」
僕はこたつの傍に立ち、武明に反対側に回るように指示する。
「僕に持てるかな」
武明が不安そうになりながらも僕と反対側の位置につく。確かに小学4年生の武明にとってはこたつの上の板は大変重たい部類に入るだろう。
「なんとかなるだろ」
ちなみに僕一人で持てない重さではないが、家の手伝い習慣を武明につけてもらいたいために、わざわざ手伝ってもらっている。武明は面倒くさがりで自分から手伝うことをしないからな。
「いくぞ。せーの」
掛け声をかけてタイミングを合わせ板を二人で持ち上げる。途端、武明が悲鳴を上げ始める。
「ひぃ、重たい。腕がもげるぅ」
大げさな奴だ。
「無駄口を叩いてないで、そのまま横に移動して下ろすぞ」
僕は武明と息を合わせてゆっくり横に移動し、程よいところで畳の上に板を下ろす。
「ひぃ、重かったぁ」
「乗せるときにもう一回持たないといけないからな」
と釘を刺すと武明はかなり嫌そうな表情を浮かべた。僕はそれを無視してこたつ布団を両手でつかみ持ち上げて折りたたむ。そしてそれを押し入れに放り込んだ。
「さてと、板をもう一回持ち上げるぞ。武明、向こうに回ってくれ」
「はぁい」
武明がしぶしぶ準備をして、言われた通りに向かい側で板に手をかける。逃げ出さないのは報酬のお菓子が出るおかげだろう。
「いくぞ。せーの」
再び掛け声をかけてタイミングを合わせて板を二人で持ち上げる。武明の腕がプルプルし始めて「もう駄目だぁ」と弱音を吐く。
「もうちょっとだ。頑張れ」とエールを送り、さっさとこたつの上に乗せてしまおうと考える。ゆっくりと横移動をしてこたつの上に板を持っていく。
「よし。一度乗せるぞ。ゆっくりな」
まだ半分くらいしか乗らない位置だったけれど、武明の限界が近そうなので板を下ろす。そこで少し休憩。
「最後にもうひと踏ん張りだ武明。頑張れ」
後は板をもう少し横に移動させて綺麗にこたつの上に乗せるだけだ。力で板をスライドさせてもいいが傷がついても嫌なので、もう少し持ち上げて動かそうと思う。
「軽く持ち上げて移動させるぞ」
僕が板に手を添えると武明も同じように板をつかむ。
「せーの」
僕が板に力を加えて少し持ち上げると、武明も遅れて反対側を持ち上げる。そのまま横に移動して今度こそこたつの真上に板を置くことに成功した。後は畳の上に置いたままになっているせんべいの袋や湯呑などをこたつの上に戻したら完了だ。僕は武明と協力しながら最後のひと仕事を終える。
「お手伝いは完了だな」
「もー、兄ちゃんは人使いが荒いなぁ」
「何言ってるんだ。家の手伝いをするのは当たり前の事だろ」
「当たり前じゃないよ」
「いーや。当たり前だ」
僕が強く断言すると、武明は不満そうな表情を浮かべて黙り込む。何を言っても無駄だとでも考えているのだろう。そんな僕らのやり取りをずっと黙って見ていた母がこたつに座りながら口を開く。
「二人ともありがとうね。おかげで片付いたよ」
「お母さん。報酬のお菓子は奮発してよね」
「武明の食べたいお菓子を買ってあげるよ」
「本当? やったー」
武明は先ほどの不機嫌さが一気に吹っ飛んだようで、無邪気に喜んでいる。僕はそれをぼんやり眺めながら座って休憩し、せんべいに手を伸ばして、ぼりぼりと頬張る。家のお手伝いを一つやり終えたことで何だか気分がいい。武明は面倒くさがるけれど、僕は結構家のお手伝いが好きだ。自分が何かの役に立っていると実感できる。母は喜んでくれるし
感謝もしてくれる。それらのことが無性に嬉しくて自分から家のお手伝いをよくしている。
僕は基本的に家族のみんなが好きだ。武明はやんちゃで面倒くさがりで困った一面もあるが、いつも明るく元気で周りの人にもエネルギーを分け与える力がある。僕は冷静で物静かな性格なので自分とは真逆で面白いと思うし、自分にないものを持っていて凄いなと感じる。父と母はいつも僕に優しく接してくれるし、何をするにしても応援したり励ましてくれる。
家は裕福ではないが僕が大学に行きたいと両親に伝えた時も、応援してくれた。正直大学に通うにはかなりお金がかかるので無理かもと考えていたが、金銭面の不安をそれとなく両親に伝えると父が「お金のことはお前が考えることじゃない。俺に任せろ」と力強く断言した。正直とても嬉しかった。父は毎日夜遅くまで働いており、それが僕の大学費を稼ぐためだと思うと感謝の念が湧いてくる。
体にだけは気を付けて仕事をしてほしい。たまに自分は家族に恵まれてると考えることがある。世の中には家族が不仲の場合もあることは知識として知っているが、とても悲しいことだと思う。うちの家族は皆仲良しで、家族の愛情を当たり前のように受けられる。そんな僕だから贈り物として家族旅行を計画し実行しようとしているのかもしれない。
「母さん、話があるんだ」
僕が母に声をかけると、武明との会話を中断してこちらに目を向けた。
「何だい。改まって」
「実は家族に日頃の感謝を込めて温泉旅行をプレゼントしたいと思っているんだ。ゴールデンウィーク期間の熱海への温泉旅行なんだけど。プレゼントなんでもちろん旅費も含めて僕が全額負担する。そのために僕はアルバイトを始めたんだ。受け取ってよ母さん」
母は驚いて言葉を失い、しばらく沈黙が続いたが、僕はゆっくりと母の返事を待つ。母が反応を示す前に武明が僕に聞いてくる。
「兄ちゃん、僕も行ってもいいの?」
僕は力強く頷く。
「もちろんだ。武明と僕、母さんと父さんの皆で行くんだ」
僕が答えると武明はみるみる喜びの表情を浮かべ、母にせがむ。
「ねぇ行こうよお母さん。せっかく兄ちゃんが温泉旅行をプレゼントしてくれるって言ってるんだから。僕、温泉旅行に行きたい」
武明にせがまれ母もぽつぽつと話し始める。
「うーん。そうだねえ。お金は大丈夫なのかい?」
「うん。アルバイトでしっかり温泉旅行に行く分のお金は稼いだよ」
僕が自信満々に言うと、母は一息ついて意を決したように口を開く。
「そうかい。それじゃあ皆で行くかい。温泉旅行に」
「わーい。温泉旅行だ」
武明が大喜びではしゃぎ始める。僕はそれを横目で見ながら人に喜んでもらうのは純粋に嬉しいと感じる。
「父さんには母さんの方から伝えてもらえると助かる」
「自分から言わなくていいのかい」
「父さんは仕事で僕より朝は早いし夜は遅いし、平日だと中々遭遇しないからね。明日の朝にでも母さんの口から伝えておいてよ」
「わかった。そうしておくよ」
母の返事を聞いて僕は胸をなでおろし、一仕事終えた気分になる。家族への報告は終わった。父の反応がまだわからないけれど、喜んでくれることを期待している。後は宿の予約を済ませて、ゴールデンウィークを待つだけだ。思い出に残る家族旅行にしたい。今からとても楽しみだ。
☆
翌日の朝、ベッドで目覚めて服を着替え、居間へと向かい母に挨拶すると、昨日のことを父に話したよと教えられる。
「父さん何て言ってた」
「楽しみにしてるって言ってたよ。それに武志の成長が嬉しいって言ってた」
「そうなんだ」
自分の成長が父に喜んでもらえて素直に嬉しくて顔がほころぶ。父に認められたという感覚が湧きあがり自信につながる。父の同意を得られたので宿の予約を進めても良いだろう。
「ちなみに冗談と思われたりしなかった?」
今日は4月1日のエイプリルフールなのでその点が少し気になる。最悪今でも冗談と思っている可能性も捨てきれない。
「最初は冗談と思ってるみたいだったけど、最後は信じてくれたと思うよ。何度も念を押したからね。エイプリルフールのネタじゃないって」
母はそういうけれど、一応僕からも後日、休日に父を見つけて話をした方がいいかもしれない。
その後、僕は朝食を軽く済ませ自室に戻り、中古で買った安物のノートパソコンを持って居間に戻り電源を入れる。今日は家族の意見を参考にして温泉宿の予約を取ってしまいたい。ちなみに父は仕事で不在なので残り3人の意見をまとめて宿を取りたい。とりあえずは居間にいない武明を呼ぶためにパソコンは放置して部屋に向かう。
「武明、ちょっといいか」
「何、兄ちゃん」
「泊まる温泉宿を今から選ぶから武明も一緒に来てくれ」
「選ばしてくれるの? やったー」
居間に戻るとパソコンが起動していたのでネットに接続し、検索サイトで温泉宿を検索する。宿泊予約ができるサイトがいくつか表示されたので、その一つをクリックしてサイトに移動した。
「こないだ一人で調べたんだけど。日本で一番人気の温泉地は熱海温泉らしい。熱海に行こうと考えてたんだけどかまわないかな。別の場所がいいなら意見がほしい」
「日本一の温泉地? 何それ、ちょー行きたい」
「母さんも熱海でいいかな」
「かまわないよ」
「じゃあ大まかな場所は決まりということで」
僕は宿泊予約サイトの条件指定の所に、熱海と入力し宿を絞り込んだ。それでも沢山の
宿がずらずらと並んでいて、一つ一つ詳細を眺めて皆で意見を言い合った。そして1時間ほどかけて一つの宿にやっと絞り込んだのだった。
☆
4月5日の日曜日。
今日は父と温泉旅行の話を少しする予定で、朝からずっと居間に座って待機している。ちなみに昨日は父が休日出勤をしていたので話す機会がなかった。今日は父の仕事が休みで今はまだ寝室で寝ているのか姿を見せない。いつもならそろそろ起きてくる時間帯だからもう少しで姿を見せるはずだ。のんびり待っていると案の定、父が姿を現した。
「おはよう、父さん」
「武志か。おはよう」
「今日は少し父さんと話をしようと思って待ってたんだ」
「珍しいな。武志の方から話があるなんて」
「うん。母さんから話があったと思うけど、僕の口からも直接話したほうがいいと思って」
「ああ、温泉旅行の話か」
「その話だよ。ゴールデンウィークに家族4人で泊りで温泉旅行に行くから予定を空けといてよ。日程は5月4日から1泊2日で行くから」
日程は昨日決めたので父も知らない情報だ。
「わかった。5月4日から2日間だな。予定を空けておく」
「ありがとう。父さん」
僕がお礼を言うと父が、ふふっ、と微笑した。
「それはこちらのセリフだ。ありがとう武志。家族を温泉旅行に連れて行ってくれる計画を立ててくれて」
父に感謝の言葉をもらうと何だかくすぐったい気分になる。正直とても嬉しい。
「日頃の感謝を込めた親孝行になればいいと思ってるんだ」
「そうか。武志が立派に育って俺は嬉しいよ」
「父さんに喜んでもらえると僕も嬉しい」
僕が取った行動で人に喜んでもらい、喜んでもらうことがまた嬉しくなる。凄くポジティプな循環ではないだろうか。
「言いたいことはそれだけだから。僕は自室に戻るよ」
僕が話を切り上げて居間から出ようとすると父が待てと呼び止める。
「明日から大学が始まるんだろ。勉強の方もおろそかにならないようにな」
「わかったよ父さん」
僕は力強く頷く。父の期待に応えるためにも、まだまだ勉学に励まなければならない。
「話はそれだけかな父さん」
「ああ」
「それじゃ今度こそ自室に戻るよ」
それだけ言うと僕は居間を出て自室に向かう廊下を歩き始める。父も食堂に向かうため廊下をゆっくりと歩き始めた。
10
次の新しい目標を見つけ出そう。
漠然と考え始めたのは、僕たちがゴールデンウィークの温泉旅行を大いに満喫し、帰りの新幹線に乗って窓の外をぼんやり眺めている時だった。ゆくゆくは大学を好成績で卒業し、自分が興味を持つ分野の仕事ができる会社に就職したいと思っている。今よりも多くのお金を稼ぎ、素敵な女性と巡り会って恋愛、結婚し、沢山の子供たちに囲まれる。そんな贅沢な未来を夢に描く。
そこまで考えて先走り過ぎだなと苦笑する。もう少し身近なことを考えた方がいい。僕は今回温泉旅行を家族にプレゼントをする計画を立て実行に移した。お金を稼ぐ必要があってアルバイトを始めたが、自分自身の成長に大きくつながったと思う。金銭的な余裕も得られるようになり、活動範囲が広がった。もし自分が家族旅行をプレゼントする計画を立てなければ今もアルバイトをしていないかもしれない。目標を設定することで自分は必要な努力をし成長を遂げた。これからも自分自身を成長させ続け、立派な大人になりたいと強く思う。
そのためにも今はただ次の目標を探し出したい。
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