ちょっと異世界まで出張してきます。第二話
突然の異世界への出張。頼んできたのは、異世界の神様。完全な未知なる世界。神様から与えられた情報はあるけれど、それだけでは、なんとも心許ない。情報収集は、大事だからね。後、自分の立ち位置も決めないと、だめだし。
第二話: 事前準備は大事だよね!
ちょっと、情報整理してみよう。第一のお願いの時に流れ込んできた情報によると、
私の派遣された国の名前は、アインホルン。この国は、五百年前に建国された、この世界の人間が興した最古の国の一つで、この世界の神であるジーク様との関係も深い。この世界の始まりには、ジーク様はがんばって、精霊、魔物、人間が共存する世界を造った。それぞれの領域を脅かすことなく(勿論、自然界における弱肉強食はあったが、何者も必要な分だけしか取らず、世界は潤滑に回っていた)。人間は精霊を敬い、精霊も人間を愛し、加護を与えていた。魔物は人間にとっては恐ろしい存在だが、人間は彼らの存在を認め、精霊の力を借りて、うまく付き合っていた。お互いを敬って、世界は平和だった。
しかし、その平和は長くは続かなかった。それを壊したのは、他でもない人間だった。脅威のない世界で平和に慣らされた人間は、それがさも自分達だけで成し得たものだと慢心して、精霊を蔑ろにし、世界の均衡を崩し、世界を制するために、魔力と武力で、手始めに、魔物の領域に侵入して、魔物を狩り始めた。人間の中には、従来通りに均衡を保とうとする勢力もあったが、それらの勢力は淘汰された。精霊はそれを見て、呆れ怒り、人間から離れて行った。世界の均衡は精霊の協力によってお成し得たものであり、その協力なしでは崩壊するしかなかった。魔物たちは精霊の計らいによって、人間を脅かすことなく生活してきたが、その時点での人間による攻撃に怒り、反撃を開始してきた。初めは、優勢に見えた人間側だが、それは徐々に劣勢に変わり、人間は魔物に蹂躙されるだけに存在するものとなった。
ジーク様は、人間の身勝手さ故に起きた現状に途方にくれた。人間の身勝手さに呆れ、怒りを感じたが、それでも、人間を愛していた神様は、人間を切り捨てることが出来なかった。そもそも、人間が原因なので、庇う事は出来ず、精霊と魔物の怒りが収まるのを待つしかなかった。神故に、全ての生き物に対して平等に接しなければならなかったから。そして、年月が流れ、人間は全滅するかにみえた時、一部の人間の行いを見て、その者たちに人間の未来を託すことにした。その者たちは、人間の行いを反省して、本来の精霊と寄り添った生き方を実践して、精霊からも加護を得るのに成功した者達だった。その中の五人の若者は、神から強大な魔力を授けられて生まれてきた。この五人の若者は、力を合わせ、五人の魔物の王(人型にもなれる魔王達)をその魔力で封印することに成功した。魔王たちが封印されたために、魔物らの勢いも弱まり、魔物たちは自分達の領域に戻っていった。
そして、世界は再び、平和を取り戻した。封印を持続するために、五人は其々の封印場所を軸として、建国して五人の王が誕生した。それから五百年の間、この五人の王達の子孫によって封印は保たれ、何とか、魔物を抑えてきた。しかし、その封印の力が世代毎に弱まり、もうそろそろ限界に達して、これ以上は抑えられなくなってきた。それで、それをどうにかする為に、この世界に最大級の魔力、知性、運動能力、地位、その他諸々を持って生まれてきたのが、今回の私の患者さん、と言うことなのね。しかし、思うようには上手くいかず、それを解決する為に、勇者や聖女ではなく、一般人の私が呼ばれた理由がなんとなく分かった。
それにしても、全てが後手に回って、相当な悪手だな。まあ、元をただせば、この世界の人間の自業自得で、滅ぼされても仕方がないことをしてきたんだよね。この人たちを助ける意義が私にあるのかどうか分からないが、こんな所に連れて来られた以上、やるしかないのがなんか理不尽な気もするけど(まあ、色々と言いたい事はあるけど、それは後で本人に言うことにして)、一先ず、目の前の人たちから、事情聴取しますかね。後、私のこの世界での立ち位置を決めなきゃだね。
私の立ち位置は、もしかしなくても神様?
私は自分の思考から前にいる人たちへ意識を移した。
私の到着を見て直ぐ、王様は、私の前まで移動し、跪いた。それに倣って王様の後ろに神官服の人二人、魔法使い一人、その後ろに騎士三人が同じように跪いた。
“お待ちしておりました。神託により、貴方様が神より遣わされ、我々には解決不可能な問題にご助力頂ける、と伺っております。貴方様の言葉は、神の言葉として、全面的に協力するように言われております。何でも仰って頂きたい。大変恐縮ですが、何卒、宜しくお願い致します。”王様とその一同は頭を下げ、出迎えてくれた。
(よかった。協力体制は整っているみたい。ジーク様、ありがとうございます。でも、なんか、私まで神様扱いみたいで、かなり嫌。でも、このままで行くしかないな。自分で暗示をかけるしかないな。私はこの世界では神様、神様、神様...よし、いける)。
”出迎え大儀であった。これから、世話になることになるが、宜しく頼む。私の名前は、望月ありさ。これからは、ありさと呼んでくれ。”
”勿体なきお言葉ありがとうございます、ありさ様。私は、この国、アインホルンの王で、名をシュナイダーと申します。後ろにおりますのは、この度、神託を承った神殿長のモーリスと神官長のマイヤー、神託通りに魔方陣を作った魔法省長官のカウンゼルでございます。その後ろにいるのが、王国騎士団長のクライン、副団長のノフマン、参謀のクラウゼでございます。以後、お見知りおきをお願い致します。”
王様が紹介する毎に、一人一人頭を下げていく。
私は紹介を受けつつ(顔は正面を向いて相手には一切気付かせることなく)、周りを観察していた。私は、魔方陣の真ん中の位置に立っていた。その部屋は、窓などなく、地下のよう。今紹介された人たち以外は誰もいないみたい。一先ず、他の人達に会う前に、どういう設定にするかを決めないとだめだな。何事でも、最初が肝心だからね。
王様も含めて、私の言葉を待っている状態なので、(つまり、私は神様か、もしくは、神様の眷属扱いで、誰よりも身分が上と言うことだね)、私はゆっくりと、そして、尊大な態度で、話しかけた。
”シュナイダー王よ、私の事を知っているのは、ここに居る者たちだけか?”
”はい、その通りでございます。御神託で、出来るだけ、秘密裏に進めるように指示がありましたので。”
”それは上々。私は動きやすい立場を望むのだからな。他の者たちの前に姿を現す前に、そこだけは話し合って決めておかなければならない。ここは、神殿のようだが、誰にも見られず、話し合える場所はあるか?”
王は神殿長を振り返り、応えるように合図した。
“はい、ここは、神殿の地下になります。人払いをして、カウンゼルが結界をはっておりますので、誰も入ってこれません。あちらに面会の間がございます。”神殿長は、私から見て、右後方を指し示した。
“それでは、そこへ案内して貰おうか?”私がそう言うと、
王は神殿長を一瞥して頷き、神殿長が案内役として先導した。長いテーブルの上座の席に案内され、私が座ると、一同は、席に座らずテーブルの下座の向こうで跪いた。
“このままでは、話も出来ぬ。皆のもの、私の近くの席に座れ。”
王が席順を割り当て、即座に着席した。緊張した面持ちで私の言葉を待っている。
(しかし、この神様ごっこは疲れる。まだ、到着して15分くらいしか経ってないのに、むちゃくちゃ疲れた。ちょっと休憩したいな)。
“シュナイダー王、少し喉が渇いた。茶の用意を頼む。”
王は、神殿長を見て、神殿長は神官長を見た。神官長は、立ち上がりドアの近くに移動して、手に水晶のようなものを持って、それに話しかけた。話し終えると同時に、神官長と参謀が退出した。
お茶、そして、設定についての、話し合い。
戻ってきた二人は、お茶とお菓子の準備をしてから、席に着いた。
“王よ、そちらの事情を説明して貰えるか?”
王は、先ほどのジーク様からの脳内映像・情報と似たようなことを説明した後、本題に入った。
“今回、お助け願いたいのは、私のただ一人の息子で次期王であるアルフォンソのことなのです。息子は、綻びた封印を可能にする為の強大な力を持って、この世に生まれて来ました。その力は、人の能力を遥かに超越したもので、その影響が彼自身だけではなく、周りにも及び、息子を苦しめる原因となり、彼は、なるべく影響を与えないように孤立することを選んできました。しかし、彼の力は、余りにも強大で、彼自身にも抑えが効かなくなっていて、それが彼の心を蝕み、闇の力が徐々に力を増しています。その力を抑えられるのは、この世に彼一人しか存在しないのです。彼の母親、つまり、私の妻が生きていた時は、彼の力が暴走することなく抑えられていたのですが、妻が五年前に亡くなってから、徐々に暴走するようになりました。去年、聖女が現れましたが、その聖女には抑えられるだけの力がなかった。それから、息子は益々自分の中に閉じこもるようになってしまって、自身を自分で作った結界の中に、半分閉じこもった状態にまでなってしまった。情けない事に、私を含め、誰一人として、息子を助ける事が出来ず、神に助けを求めたのです。そして、神は応えてくれました。”
王と他の者たちは、期待に目を輝かせて、私を見ていた。
診断、そして、治療の為の設定。
鬱病なのは、分かったけど、かなり厄介なケースだな。しかも、外的要因がかなり大きい。それを中和させないと回復はかなり難しい。内的な要因ももちろんある。それに焦点を当てるのは外的要因を中和させてからだな。それに関しては、後で張本人と話すとして...王子様の性格をもう少し、知る必要があるな。でも、会う前に私の立ち位置を決めなきゃだし。ちょっと、質問してみよう。
“王よ、其方の妻は、光の属性を持っていたのか?”
“はい、彼女はかなり強力な光の魔法の使い手でした。”
“その力は、去年出現した聖女よりも、上だったのか?”
“いえ、力だけでしたら、聖女の方が上でした。”
つまり、彼の母親は、光の魔法以外に、彼を支えていた、ということ。
“王子と母親の仲はどのようであったのだ?”
“それは、とても仲のよい親子でした。”と、王様はとても良い笑顔で答えた。
“王子には乳母などいたのか?”
“初めはいましたが、残念ながら、母親以外のものは、彼の側に行くと消耗してしまって、近づけなかったのです。ですので、息子が制御できるようになるまでは、母親がメインで世話をしておりました。幸いにも、息子は五歳になる前には、制御を覚え、側仕えが世話をできるようになりました。それでも、母親以外は、交代制でした。”
“母親の死の前後で、その交代制に変化はあったのか?”
王様は、少し考え込み、そして、答えた。
“そうですね。言われてみれば、交代する頻度が高くなりました。母親が弱っていくと同時に、息子の側仕えにも影響が出て、頻繁に交代するようになりました。”
“彼の母親の死因は、彼の力のせいなのか?”
王様は苦い顔で、苦しそうに、“そう、ですね。”と答えた。
つまり、年々強くなっていく自分の力故に、自分の母親を死に追いやることになった、ということ。それは、思い違いでも、思い込みでもなく、事実、ということ。これは、根深い。
“今はどうしているのだ?”
“今は、必要最低限の身の回りの世話をする側仕えが、一日おきに世話をしております。”
“その者たちは皆、光の魔法が使えるのか?”
“力に多少の差はありますが、光の属性があるものを集めました。”
“先述した聖女はどうなったのだ?”
“...残念ながら、一ヶ月も持ちませんでした。”
“アルフォンソには、兄弟はおらぬのか?”
“おりませぬ。アルテミスも、私も、アルフォンソも、欲しいと思っておりましたが、アルテミスが、年々弱っていくような状態だったので、叶いませんでした。”
“側妃とかはおらぬのか?”
“おりませぬ。私の妻は亡き王妃、アルテミス、唯一人に御座います。”
王は誇り高く、言い放ったが、後ろにいる人たちは、少し、困ったような苦い表情をしていた。
この王様は、愛する妻は唯一人と決めていて、この状況下でも、再婚さえ考えていない、と言うことだね。王子様は、大変だね。頭が少し痛くなってきた。でも、大体、私の立ち位置は決まった。もう一つだけ、聞いておかなきゃ。
”シュナイダー王よ、其方らからみたら、私はいくつに見える?”
”はっ!...10歳ぐらいにみえまする。”
”そうか、10歳か...。そうであれば、そうだな、私をそなたの娘としてもらおう。よいな。”
”はっはー!恐悦至極にございます。”
”皆の者も、よいな。”
”はっ!”
私はみんなの了承を確認した後、直ぐに神の眷属から、王女に擬態した。
”それでは、お父様、それから、皆様方、これから、一王女として宜しくお願いいたします。詳細は明日またこのメンバーで集まってから決めましょう。お父様、私、疲れましたので、お部屋への案内をお願いいたします。”
さすが、王だけのことはある、頭の切り替えが早い。王様は、躊躇することもなく、私の要望に応え、見事に私の父親役を演じてくれた。
”皆の者、この者は、私の娘のありさ、我が国の王女である。ノフマン、王女ありさの護衛と、筆頭側仕えと女官長への案内を頼む。”
こうして、一先ず、私は豪華な客室に案内され、女官達に、色々とお世話をされて (軽食、お風呂、着替えなど、)、ベッドに横たわった時点で、みんなが部屋から出て行った。ノフマンは、“今夜、部屋の前で、護衛をさせて頂きますので、何か必要であれば、ご遠慮なくお申し付け下さい。それでは、失礼致します。”と言ってから退出して行った。
一人になった私は、色々と言いたい事が山ほどあったので、その張本人を小声で、呼び出した。
さあ、やっと一人になれたし、言いたいことも山積みだし、この状況を作り出したご本人に、おいでもらいましょう。ストレスは万病の元だから、全て発散しとかないと、これからに響くだろうし。