新月6
こぼしたワインで汚れた袖口を洗うために裏庭にまわると、そこにはさっきの少女が水桶を足元に置いて待っていた。騒がしい店内から急に外に出たので、寒気だけではない、ひやりとするような静けさがあった。
「水を用意しておいてくれたのか、ありがとう」
ナイジェルは水桶を手元に寄せた。こうして近くで見ると、少女の手足は木の枝のように細く、今にも倒れそうなくらいに痩せていた。
「本当はあまり外に出ちゃいけないって父さんから言われているの。でも、少しだけ許してもらったの」
「父さん? あのギターを弾いていた人が君の家族なのか? あ、いきなり失礼。君だけ色が白くて、その、あんまり似ていないから」
「ギターを弾いていたのは、今は私の父さんよ。でも本当の父さんじゃないわ。だから肌の色も違うの」
「本当の父じゃない? どういう意味だ」
「私、本当は田舎の小さなブドウ農家の子供として生まれたの。私が六歳の時よ。あの年は夏の間中雨が続いて、太陽が見えた日はただの一日も無かったの。そのお蔭で畑の作物は何一つ実らず、家族みんながお腹を空かせていたわ。で、ある日畑に馬車がやってきたの。馬車は収穫していたワインを買い取るために毎年通っていくの。でもその時は村に止まって、中にいた男の人が私の家に入っていくのが見えたわ。そしてしばらくすると父さんに呼ばれたの。家に入ると本当の父さんと親方、つまり今の父さんが向かい合って座っていたわ。そして言われたの。私の本当の父さんに。このままじゃ家族全員が飢え死にしてしまう。この親方がお前を引き取ってくれる。今日からあの人がお前の父さんだ。この人と一緒に行って、何でも言うことを聞くんだ。そうすれば決して悪いようにはされないだろうって」
「つまり、それが今の一座の親方なんだね。作物が実らなくて、その、一座のところに」
ナイジェルはちょっと口ごもった。話している相手はオレンジの長い裾のドレスを着て濃い化粧をしているが、まだ子供にしか見えない若い娘である。娘はそれを察したようにさらに話を続けた。