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月の下の四足白の馬  作者: とみた伊那
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新月1


 森の入り口に建つ古い酒場。裏には馬小屋が建っているが、客が馬に乗って来ることはほとんど無い。煤けたランプだけが、暗くなりかけた店の中を明るくしていた。その隅の椅子に座り、ナイジェル・カワードは開け放したままの窓から外ばかり眺めていた。

(ここは入り口は表通りに面しているが、裏へ回って細い道を選んで進めば、人目につかずに森の中に入ることができる。月は出ていないが、まだ日が落ちるまでには時間がある。やろうと思えば夜のうちに誰にも知られずに森を抜け、国境線にたどりつく。戦場に行かず、このまま国境を越えて逃げてしまおうか)

 ここで出された水っぽい安物のワインを飲んでいると、ふとそんな考えが沸いてきてしまう。

(いや、そんなことをしたら、カワード男爵家全体の名誉を傷つけることになる。わずかばかりとはいえ領地も爵位も取り上げられ、一族は路頭に迷うことになるであろう。何を馬鹿なことを考えているのだ。ここから逃げるなど、そんな自由がある訳がない)

 ほんの半日前まで、ナイジェルはこの国の三百人の騎兵隊の連隊長として戦場へ行き、そこで命を投げ出す覚悟でいた。


遠い昔の西の国での話。

ナイジェルが生まれ育ったルナ王国は、隣の大国ゲルからの攻撃を受けていた。ルナ王国の軍隊は国境での何度かの小競り合いに破れ、あと何度かの総攻撃を受ければ滅亡するであろう。大臣達は国の存亡を賭け何とかゲル国と和平を結ぶことはできないか、裏から密かに使者を送った。幸いゲル国も、さらに続く争いを前に戦力を蓄えておきたかったのであろう。和平の条件を示してきた。国王の一人娘クリスターニァ姫を人質に差し出し、ゲル国の臣下となるようにとのことだった。これで国家の滅亡が防げる。大臣達が安心したのもつかの間、この条件を肝心の国王が拒否したのだった。

「姫を人質に出すなどもってのほか。他国の家臣になるのも嫌だ。誰か戦場に行って、敵の兵を追い払ってこい」

とだけ言って、それ以上こちらの惨状を聞こうとしない。


「犠牲が必要なのだ」

国防大臣は、騎兵隊の連隊長であるナイジェル少佐にそう言って頭を下げた。

「誰かが国王陛下に、ゲル国にはかなわないとお伝えしなければならない。そのためには誰かが死ぬ必要がある。ルナ王国の中で最も強力だと評判の君の騎兵連隊、これが破られれば国王陛下も事の重大さに気がつかれるであろう。重い腰を上げざるをえなくなり、クリスターニァ姫を人質に差し出すことに同意されるに違いない。多勢に無勢は承知だ。国のために犠牲になってくれないだろうか。その代わりこの国が残ることができたならば、君のカワード男爵家はこれから手厚く取り立てていくから」

 直接会うことすら滅多にできないような高い身分の国防大臣に逆に頭を下げられ、ナイジェルはためらわずに承諾した。男爵家の三男として生まれ、爵位を継ぐ権利が無いために騎兵隊に入隊した。その時から国家と国王陛下を守る決意を固めていた。ためらう理由など無い。自分に与えられた軍は三百。対して、押し寄せてくるゲル国の軍は二千。どんな戦略を使おうと到底勝てる見込みは無い。自分が戦死することにより和平が結ばれ、国が守られるならそれはそれで良いではないか。


 その決意が揺らぎ始めたのは、ほんの半日前のことだった。


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