第六話
六
「私、実は霊感あるねん」
鳥井が唐突にそう言い出したのは、確か夏休みも間近という、そんな時期だった。季節柄ということもあり、休み時間中の雑談の内容が自然そういった方向へ行った時のことである。その時は、皆一様にへぇ~と、少しは感心したようにはしたものの、特にだからどうだということもなく、その時はさらっと流されたはずである。
実際、怪談話などを始めると、霊感があるのだ、などと言い出す者は結構いたりする。全てではないが、中にはそれは夏限定、しかも怪談話の最中のみ限定という、いわゆる胡散臭いものだったりすることも多く、要するにそういうことを言い出す者たちは、自分自身が話の中心になりたい一心で、幽霊を見たような『気がする』、金縛りにかかったような『気がする』、というような、いわゆる『気がする』というだけで、さも自分には霊感があるかのように語ったりするのだ。
鳥井の場合も周囲の判断としては、他愛もない雑談の中で出てきた発言であったこともあり、特に詳しく触れられることもなく、その時は『夏限定霊感』と、判断されてしまったのである。
「私、実は霊感あるねん」
それは全く同じセリフであった。数ヶ月ぶりに再び聞いたそのセリフ。だが今回は明らかに事情が違っている。田神、宮口、その両名は、鳥井の言うその霊感とやらを、今は信じざるを得ない思いがした。
鳥井が言うには、今日は朝から何やら嫌な予感がしていた、というのである。出来ることなら一分でも、一秒でも、早く学校から出たい、一日中そういう思いに駆られていたらしい。実のところ日誌の作成を田神に頼んだのも、不得意な自分がやれば場合によっては放課後も居残ってやらなければいけない可能性があった為に、パソコンが得意だという田神に任せたのであり、掃除が終了した直後、一人そそくさと先に教室を出たのも、その嫌な予感のせいであったのだと明かした。
「そんで、人がおってん……」
教室を出た鳥井は、わき目も振らずに急ぎ足で廊下、階段を駆け抜けると、一目散に昇降口へと向かった。そして靴を履き替えようとしたちょうどその時、突然猛烈な眩暈に襲われ、さらには視界が暗転し、その視界が再び元に戻った時には、その『人』が、ドアの外側に横一列でびっしりと並んでいた、というのである。それは全身真っ黒、しかもそれだけではなく、その目を青白く発光させながら。鳥井が悲鳴を上げたのは、まさにこの時のことである。
田神、宮口らが駆けつける直前に、まるで煙のようにすっと消えた、というその人の群れは、明らかにこの学校の生徒でなければ、教師でもないことは確かであった。それ以前に、それを『人』と形容すること自体、正しいことかどうかも判らなかった。
普段ならば、まるで夢を見てたんじゃないかと、からかわれてしまうようなその話も、彼らを取り巻くこの不可解な闇、そして無音に、それは事実であるのだと、常時説得され続けているような感じがした。
「一体、何が起こってるん?」
一通り自分のことを話し終えた鳥井が、最後にそう問いかけた。
「さぁ……、何が起こってるんやろうか?」
しかし、今の田神、宮口らにその問いに答える術などあるわけもなく、ただオウム返しのように、同じく問いで答えるだけで精一杯であった。