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放課後は闇の中に  作者: 桜町雪人
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第五話

          五


「は? 人?」


 何か大変なことがあったのだろう、一体どんなことだったのだろう、しかし例えどんなことを聞いても驚くまい。そのようにある種の覚悟を決め、そして訊ねた田神にとって、鳥井のその発言には、何やら拍子抜けする思いがした。鳥井のあの悲鳴の調子からでは、人以外のもの、例えば化け物を見たとか、幽霊を見たとか、そういう突拍子もない話が出てきてもおかしくない気がしていたからである。


「なんや、人って。そりゃ、人ぐらいおるわな……」


 と、そこまで言って、田神は急に口をつぐんだ。そう言えば、自分たちはその逆で、目の前から人がいなくなったのではなかったのか、と。それに先ほど、ここに向けて駆けて来る途中、急がなければと夢中であり、特に立ち止まって確かめたりはしなかったが、その道中、廊下にせよ、室内にせよ、そのどこにも人がおらず、そればかりか気配すらしなかったのではなかったか、ということを思い返す。もちろん、他の教室にも掃除当番はいたはずであるし、この校舎には文科系のクラブが放課後に活動している特別教室もいくつかあったはずである。そういった者達に、途中の廊下や階段で出会ったとしても何らおかしくはないはずであり、むしろ全く会わない方がおかしいことと思わざるを得ない。それに、今の時間ならばいつもは必ず誰かがいるはずの職員室からさえも、全く人の気配がしなかったのである。


「いや……、おらんのか……」


 田神は鳥井から目線を外しながら、小さくポツリと吐き捨てた。宮口も考えていたことは同じらしく、田神のその言葉に反応し、同調するように一つ小さく頷いた。


「うん、もうおらんようになったんやけど……」


 鳥井はそう言うと、よろけるようにしながらも、何とかその場に立ち上がる。先ほどの田神の発言は鳥井に対してのものではなかったが、結果として会話が成立したようだ。


「そうやなくて……」田神は否定しようかと思った。だが「いや、ま、ええわ」と中断する。見るからに精神的に参った様子の鳥井に、今はまだ自分たちの体験を話すことは、かえって負担を与えてしまうように思えたというのもあるが、それ以外の理由として、鳥井が自分たちの場合と同様、いなくなった、という現象を体験したということを、少し詳しく聴いてみたいと思ったからだ。


 鳥井は腕を、すうっと、水平に持ち上げると、昇降口内の東側を指差した。そちら側の壁には、いわゆる出入り口の為のドアが、壁一面端から端までずらっと並んでいる。ちなみにドアは全面ガラス張りである。ここから三、四メートル先のその出入り口のドアを指差した鳥井は、指した直後、一瞬何かに怯えるような仕草をしたものの、すぐに気を取り直し、腕を水平に保ったままで、今度はそれを左右にゆっくりと振り動かした。


「そこ一面に……」


 そう言いかけて一度そこで言葉を切る鳥井。そしてその続きを言うべきか言わぬべきかと逡巡するようにするも、田神、宮口らにはもうその続きについては充分に伝わったようであった。やがて、鳥井に代わって後の言葉を引き取った田神が、こう続けた。


「一面に、人が並んどった、というわけか……」


 それを聞いて鳥井は弱々しく頷き、そしてそのまま俯くと、両手でぱっと顔を覆う。その時の様子が脳裏に蘇ったのかもしれない。しばらくはそうしていたが、やがて少し顔を上げると、両手は口周辺を覆ったままで、一度チラリとドア方面を見やってから、田神、宮口の方へと向き直る。目には未だ怯えの色が残っていた。


「それも、ただの人ちゃうで……、全身真っ黒で、それでこう目が光っとって……」


 鳥井はそう言いながら、光を表現しているのか、両手を自分の目の辺りでひらひらとさせる。


「へっ……、漫画やあるまいし……」


 田神はそう鼻で笑い飛ばし、呟いた。しかしその様に強がってはみせたものの、田神の手が僅かではあるが小刻みに震えていたのを宮口は見逃さなかった。だが、そういう宮口もまた、ともすれば震え出しそうになる膝を押さえることに必死だったのである。


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