第二話
二
「うん? なんや……、なんか、暗いな」
田神は教室から二、三歩出た所で立ち止まると、そう呟きながら首を左右に振り、廊下を見渡すようにする。廊下は校舎の東側になる為、当然今の時間は太陽の光が差し込まない、それどころかその太陽は、もう山影に隠れてしまっている。だからであろうか、とも思ったりした。だがしばらくして再び、その言葉が口をついて出る。
「しかし、暗い……」
確かに田神の指摘する通り、廊下の暗さは違和感を感じるのに充分なものであった。
「蛍光灯が点いてへんからやろ?」
今まで冷静に状況を観察していた宮口がそう口を開いた。その言葉通り、実際廊下の蛍光灯は一本も点いていなかった。しかしこの暗さ、それだけが理由とは思えない。その暗さを例えるのならば、日中、建物の中でサングラスをしているような、そんな感じの暗さであった。
田神は腕時計を見た。時計の針は4時半を少し回った所にある。それに倣うように宮口も時計を見る。田神のアナログ式とは違い、宮口はデジタル式である。バックライトのボタンを押す。
16時32分56秒。
その時刻が光と共に浮かび上がる。デジタル式であるならば、もうバックライトを点けなければ液晶の表示を確認出来ないような、そんな暗さにまでなっていた。
現在、季節は晩秋。来月には冬至も控え、日は日増し短くなる一方だ。かといって時刻のせいにしてしまうのもどうか。陽はすでに山陰に隠れてしまったとはいえ、それからまだ十数分しか経っていない。こうも急に暗くなるものでもあるまい。
ならば天候のせいか。確かに昼過ぎまでは雨も降っていた。いつもより空に雲が多かったのも事実だ。しかしその空模様も、彼らが掃除を始めた頃にはすっかり回復していたはずである。その事は掃除中、窓から教室内へとさんさんと降り注いでいた夕陽の記憶が証明している。
その暗さが腑に落ちないという表情のまま、田神はその場からさらに二、三歩歩み出ると、グラウンドに面していた廊下の窓へと近付いた。三階の高さから見下ろすそのグラウンドには、しかし人の姿は見えなかった。だが、そのことは異常なことではない。今日は午前中は雨が降っており、グラウンドのコンディションは最悪なはずであった。従って運動系のクラブは体育館か、あるいは学校の近くにある民間、もしくは公共の屋内運動施設で練習を行っているはずである。その為か廊下はとても静かである。グラウンドからの声が、そして音が全く無いからである。しかしこの静けさは、それだけが理由とは思えないほどに、いつもに比べて不気味なまでに静まり返っていた。グラウンドから視線を戻した田神は、その廊下の微妙な変化に対して、感想を述べるかのように口を開いた。
「無音、やな……」
その言葉に宮口は無言で頷くと、さらにこう付け加えた。
「それに……、この暗さ……」
二人は顔を見合わせた。
「何かコレ、怪談話に出てきそうやな」
田神は茶化すようにそう言うと、へへへと笑った。同じくそれに釣られるように笑う宮口。しかし、その笑い声は共に力無く、さらに、半ば顔を引きつらせるようであったそれは、明らかに不安隠しの為のものである。当然そのような笑いが長く続くわけもなく、次第に失速し、やがては完全に消えてしまった。
その瞬間を待ちわびたかのように、再び彼ら二人を取り巻く無音、そして闇――。それと同時に彼ら二人の背筋に何か冷たいものが走り抜けた。それは晩秋の寒さだったのか、それとももっと別の何かだったのかは、今の彼らには判りようもなかった。






