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転生からの初戦闘


「ちっくしょう……」


 草原にガックリと膝をつき、腕までも地面につけて悔恨の念に沈む男がいた。

 四つん這いになっている男の上半身が裸である事から一見、追剥おいはぎにでも着の身を毟り取られ、その無念に暮れているのかとも思える。


 だがその男の体躯は人並み外れた巨体。

 更には一目で分かる程に鍛え抜かれた分厚い筋肉の鎧を纏っている。


 その巨躯は、もし服を着ていたとしても、すぐに敵対すべきではないと思ってしまうほどの身体つきだからこそ襲う相手を吟味する追剥などは手を出す相手ではない。

 だがしかし、今、そんな大層立派な男が後悔に押しつぶされんばかりに涙声で後悔の言葉を漏らしながら盛大に鼻を啜っているのだ。


 ひとしきり鼻を啜り、やがて立ち上がった男。


 立ち上がった姿を見れば、それは正しく巨漢。

 身長は2mに届く、いや超えているのではないかとも思える程に大きく体に無駄な脂肪も無い。そしてがっしりとした筋肉により体重はゆうに120kgはありそうだ。

 普通の人間は軽く殴られたとしても、とてもじゃあないが無事にはすみそうにない。


 だがその屈強な体躯にも関わらず男の顔立ちは日本人の優男。そして未だに涙目で半泣きであり、なんとも情けない顔をしている。

 まるで子供のようにぐしぐしと目元を手の甲で拭うものだから更に一層アンバランスな雰囲気を醸し出している。


 涙を拭った手を眺めて数度その手を握ったり開いたりを繰り返したかと思えば、再度じわりと目尻に涙を溜めはじめる男。

 男はそのまま天を見上げ静かに呟いた。


「俺は……なんでよりにもよってコイツが思い浮かんだんだ……」


 そう呟いた男の頬を、つぅっと涙が伝った――




 ――えぇ!? 転生って! あのっ!?」

「そう、あのっ!」


 青年は自分の存在すら認識できないような空間で、これまた存在すら認識できない存在と話をしていた。

 存在が分からないのに話ができるのもおかしいのだが、全てがおかしい空間だから問題ない。


 さてこの青年。やはりトラックに撥ねられた。

 トラックに撥ねられて飛ばされ気づけばこの空間にいたのだ。


 そう! なんと撥ねられたトラックは転生トラックだったのだ! なんだってー!

 

「というわけで君には転生チャンスが与えられているよ! そしてなんと今なら現在の知識と人格をそのまま引き継ぐだけじゃなく、お望みの『力』までついてくる! foo! お得! やったね!」


 まったく謎の存在にも関わらず、どこかで聞いた通販番組の司会者の様なテンションの高い口調。

 青年は突然の情報の渦に戸惑う事しかできないが『異世界転生』は既に小説・コミック・アニメで広く知れ渡っており青年もまたその概要を理解していた為、その頭にはすぐに問うべき質問が思い浮かぶ。


「力って、どんな力でしょうか!? どんな魔法でも沢山使えるとか成長促進とか無限収納とか俗に言う『チート』ってヤツなんでしょうか!?」

「なんでもありだお!」

「なんでもありですか!?」


「うん!」

「そうですか!」


「転生先も定番ファンタジーだお!」

「わおっ!」


 なんとなく親しみやすい得体の知れない存在の返答に気分が軽くなり、つい話と調子を合わせてしまう。微妙に楽しい。

 だがしかし、その脳内は欲望にまみれ動き始めていた。

 なにせチート。theチート。他人から見て「ずるいっ!」と叫びたくなるような能力が貰い放題なのだ! 欲望が刺激されないはずもない。


 だが、いざチート転生に出くわして『なんでもあり』を選べと言われると、その選択肢が広すぎて逆に考えることは難しくなっていた。

 その心境を察したのか愉快な存在の声が響く。


「そんな難しく考えず、なんか空想のキャラクターとかを思い浮かべるといいお!」

「なるほど! 確かに一気に具体化して分かりやすい!」


 そう。能力云々よりも慣れ親しんだ漫画やアニメのキャラクターを考えれば大抵の主人公はチート持ち。チートのオンパレードだ。キャラクターに絞ってから足りない物を付け足せばやり易いだろう。


 だが――


「じゃあもう大体要領分かってるっぽいから、すぐ転生するお。

 とりあえずあと10秒以内に思いついたキャラクターね!」

「……えっ!?」


「8……ほら、はやくするお! 7」

「え、ええ、ええええ、ええ、ちょ」

「6」


 ヤバイ!


 頭の中に警鐘が鳴り響き、脳内がこれまでにない速さでフル稼働し状況を整理検討し始める。

 キャラクターだ。合理的なチートキャラクターを思えばいいだけだ。


「5」


 とにもかくにもファンタジー世界を生き残る為には強さが必要なはず!


「4」


 それに、とにかく死ににくい感じのキャラクター! そしてカッコイイやつ!


「3」


 ああああ、やばいなんかヤバイ!!

 なんで今、唐突にデヤァーが思い浮かんだんだ!?

 いやいやいや! いやいやいや! もっとあるだろ!


「2」


 ヤバイヤバイヤバイヤバイ!

 なんか違うキャラクター考えようとしても、なんかデヤァーがどんどん強烈になってくる!


「1」


 ああああああああ! もうダブルラリアットしてる映像しか思い浮かばねぇ!


「はいしゅーりょー、とりあえず顔とか今のままで変えなければ、きっと諸々の権利侵害とか大丈夫だよね。」

「急にメタるな! このやろう!」


「いってらっしゃーい」

「ああああああーーー!」



 ――そして次に気が付いた時、身体だけが筋肉250%になっていたのだった。



 巨漢へと変化した青年は思う。


「なんで……今頃になって『うぉぉおシュインシュインシュイン!』とか『怒髪天』とか『少年誌なのに顔射マン』とか『手から糸飛ばすマン』とか色々思いつくんだよぉぉっ! チートキャラーいっぱいいるだろぉがぁぁあああ!!」


 叫び声を上げる青年。


「それになんで上半身裸なんだよぉおーっ!」


 叫び声に合わせて大胸筋がピクピクと動いた。 


「――っ!?」


 遠くで叫び声が響いたのを青年の大胸筋がキャッチしたのだ。

 勢いよく周りを見回し耳を澄ます。


「ヒャー――」


 女性の声だった。

 悲鳴にも似た響き。


 非日常の声に一気に正気を取り戻した青年は、今になってフル回転している脳で考えはじめる。


 自分の身体は間違いなくデヤァに変化してしまっている。そして変化させた得体の知れない存在は、定番の異世界転生的な事を言っていた。

 身体が思ったキャラクターのように変質してしまっていることからも、ここはファンタジー世界に間違いない。そして定番ファンタジーであれば、この聞こえてくる声は確実にフラグだ。


「――ヒャー!」


 甲高い声が再度響く。

 それに更に耳を澄ませば男の声も混じっている。


 これは絶対、有名貴族なのに何故か護衛が少ない状態で、後の事を考えれば絶対貴族とか狙わないだろう山賊が、なぜかしら貴族を襲っているイベントに違いない!


 行けば確実に戦闘になるだろうが行かなければ始まらない!

 なにより初期のフラグは今後の大きな助けになるパターンのヤツが多い。さらに戦いになったとしても大抵の場合『お、俺にこんな力が……』と認識と読者にどれだけ強いかを示す消化イベント。負けるはずもない。


 まぁ、なにせこの身体のキャラクターはナイフや刀、火炎瓶、あまつさえボウガンや銃で撃たれても屈強に戦い続けるキャラクターだ。何十人に囲まれようとデヤァ一発でどうとでもできる力があるはず。


「うぉおおお!」


 現実感の無さと定番ファンタジー世界、そしてチート転生という状況。

 なにより、もし間違って死んでしまった場合でも、今であればあの得体の知れない存在がやり直しチャンスをくれるかもしれないという、ちょっとの下心で声の方向に向けて走り出すのだった。




「デヤァ!」



 喧騒の下へドロップキックで森を突っ切る。

 すると進行方向の木は面白いほどに軽く破壊され吹っ飛んで進路が切り開かれた。やはりこの力は本物だ。

 問題なく着地し、すぐに前を向く。


 だが様子がおかしい。

 自分がドロップキックで森の木を吹っ飛ばしながら騒動イベントに参入した事により、大きな注目が集まっているのだが

 


「多すぎるだろっ!」


 思わず叫んでいた。


 なんとハーフプレートメイルを纏った護衛だろう騎士や傭兵など、どこか同じような恰好のモブが30人くらい。そして向かい合っている山賊らしきモブが30人くらいと、双方が初期イベントに有り得ない勢力で睨み合いをしている状況だったのだ。


 騎士や傭兵側の本丸には馬車があり人数さえ少なければ間違いなく定番ファンタジーの初期イベントだ。だが山賊側の本丸には赤毛の山刀を掲げた女が指揮を執っている。

 俺はちょうど2勢力の真ん中に割って入ってしまったのだが、これはどうにも初期イベントとしておかし過ぎる。


 ひとり混乱に陥っていると、周りはただ静寂。


 だがようやく正気を取り戻したのか上半身裸の俺を見た傭兵が俺にその刃を向けた。

 上半身裸なのだから山賊側の新手と思われても仕方なくはある。


「ぐぬぬ……ちょっと待って! 別に俺山賊じゃないから!」

「も、問答無用! うらー!」


 2mを超える男は存在だけで恐怖だろう。熊と対面したら誰しも恐怖するわ。

 だからこそ傭兵も言葉も聞かずに恐怖から逃れる為に刀を振るったに違いない。


 だが悪い事もしていないのに切られてはたまらない。


 俺の変化したキャラクターは避けるよりも攻撃が得意だ。それにならって切られる前にボディーブローを放つ。

 すると、とんでもないリーチで腕が伸び、傭兵が振り下ろすよりも先に拳が傭兵に辿りついていた。


「ぐわっ!」


 くの字に折れて攻撃が止まる傭兵。

 だが俺の攻撃は止まらない。

 再度のボディーブロー。


 からの


「デヤァ!」

「ぐわーっ!」


 バックドロップ。


 傭兵は気を失った。


 俺はこのキャラクターはボディーブローさえ当てられれば投げる事ができる事を知っているのだ。試してみたらできた。

 どうやら俺は完全にデヤァに転生しているらしい。


「ヒャーッハァーっ!! 助っ人だお前らぁっ!」

「「「「うぉおおおおおっ!」」」」


 赤毛の山刀の女の声により一気に盛り上がる山賊側。

 そんな状況の中、俺は突っ込まずにはいられなかった。


「聞こえてたのお前の声かよっ!」


 転生地点で大胸筋が捉えた声は山賊の頭っぽい女の掛け声だったのだ。


「デヤァ!」


 貴族令嬢の悲鳴じゃなかったガッカリから近くの山賊を掴み、とりあえず中立アピールの為に山賊にジャンピングブレーンバスターを放つのだった。

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