表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

最後の会話

 

 冬の時期に見る桜の木は、本当に桜の木なのかって疑うくらいに、乏しかった。

 木に桜の花びらがないように、僕の隣にも誰もいない。

 何もないのに、僕はそこから動かないでいた。

 ただただ、何もない桜の木を見続けて。


「ハッハクシュ!」


 気づくと時間はかなり経っていた。


「そろそろ帰るか」


 家に帰ると母さんが、心配そうな顔で、おかえりなさい、とだけ言った。

 僕は、ただいま、とだけ言って、部屋に戻る。

 部屋の電気を付け、僕はそのままベッドに倒れこんだ。


「課題やらなきゃな」


 部屋着に着替えて、机の上にある9つの封筒を机の端に避ける。

 僕はカバンから、課題と筆箱を取り出した。

 数学のプリントをやり進めても、端にある封筒が気になって集中できない。

 まひろが死ぬ1週間前に、まひろから手渡された9つの封筒。

 僕はまだ、その封筒を開けられずにいた。








「私が死んだら、ここにある9つの封筒を順番に開けてもらいたいの。中には、私からの頼みごと? やりたかったことみたいなのが入ってるから」


 まひろはそう言って、笑っていた。とても弱々しく。だけど、その封筒を僕は受け取れなかった。

 君はまだ死なない。絶対に生きるんだとも言えなかった。既に医者の余命宣告よりもまひろは長く生きていたから。


「それを頼むのは、僕じゃないよ。もっと他の人に―――」


 僕の言葉を遮るようにまひろは言う。


「東くん、君に頼みごとをしてもいいかな?」


 今度のまひろは全く笑っていなかった。

 普段、まひろは僕のことを優くんと呼ぶ。しかし、この時のまひろは違った。本当に真剣なのだ。


「わかった」


 僕がそう言うと、まひろは輝かしい笑顔で、ありがとう、と言った。


「約束だからね。何時間も何日も何年何十年何百年かかってもいいから、全部やり遂げて」


「何百年は無理だろ」


「いちいち、そういうとこ言うの、優くんの悪い癖だよ?」


 まひろは大袈裟に頬を膨らませている。


「あーはいはい」


「もう! 絶対反省してない!」


 二人同時だったと思う。


  「ふふ、はははははは! ははは」


 僕たちは二人きりの病室で、大笑いをした。


  これが、僕とまひろの最後の会話だった。

あとで編集します

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ