犬人間
俺は女友達の山前佐由子と世間話をしている。
「ねえ、スナネコってすっごく可愛くない?」
そういって、彼女はスマホの画面を見せてくる。なんか変わった猫だな。
「超可愛くて飼いたいの!」
まじまじと画面を観察する俺に力説する。
「飼えないのか?」
「多分、飼えないの」
何か理由があるらしい。まあ、個人的にあまり興味がないから、深く突っ込まないが。
彼女の顔が少し沈んでいたが、すぐに表情を戻して聞いてくる。
「ところで、蛭田君、なんかペット飼ってないの?」
「飼ってない」
どうして? と聞かれたので、家はペット買うの禁止だから、と答えた。本当のことである。山前は、大変だね、と同情のこもった眼差しで頷いた。
放課後。山前が一緒に帰ろうと誘ってきた。特に断る理由もないので、承諾した。
二人並んで日常会話をしていると、道端に段ボールがある。中には、毛が汚れた犬がいる。こちらを切なそうに見つめる。
「見て蛭田君。ワンちゃんが捨てられてる」
驚いた彼女はすぐさま犬の方へ走る。俺は彼女を追いつつ、捨て犬を観察する。傷やアザはない。痩せてもいない。少なくとも、虐待はされていなさそうだ。
「可哀想。ねえ、君、飼い主さんはどこ?」
捨て犬の頭を撫でながら、山前は尋ねる。当然犬が喋れるわけもなく、くうーん、と悲しく鳴くだけである。
「そっか」
彼女はすがるような目でこちらをみる。
「俺んちは飼えないから、拾わない」
俺はきっぱりと否定した。彼女は俺が飼えないことをあらかじめ聞いたから、あまり期待していなかったのだろう。すぐに諦めて俺のところへ戻ってくる。
「じゃあね。良い飼い主が見つかるといいね」
悲しそうに2、3度捨て犬に手を振る。そして、俺を促してきたので、俺は彼女と下校を再開する。
「聞くのも酷だが、おまえあの犬の元の飼い主が帰ってこないことが前提だったな」
「あっ」
俺が意地の悪い指摘をすると、山前は気づいた後、少ししょんぼりした。
「すまん、意地が悪かった。元の飼い主が犬を捨てて、そのままの確率の方が高そうだから、おまえが正しいよ」
俺は謝罪をしたけれども、彼女は首を横に振って否定する。
「ううん、低い確率でもちゃんと考えてなかった私が悪いわ」
うーん、水掛け論になってるな。山前もそう感じたようで、取り繕うように口を開く。
「でも、意外。蛭田君は冷たいイメージがあったけど、ちゃんと優しいところもあるんだね」
「おいおい、俺を何だと思ってんだ。それに俺、犬が好きだしな」
「え?」
山前がキョトンとしている。意外な情報を手に入れた、と言いたそうにちょっと口が笑っている。
「へー、蛭田君犬が好きなの? なんで言ってくれなかったかなあ」
「いや、話す機会がなかったし」
少し不機嫌そうに責める彼女に俺は宥めるように理由を言った。山前はじとーっと見ていたが、すぐににこやかな顔をして、頷いた。
「そか。そういう一面を持つ蛭田君は素敵ね」
「ありがとよ」
昼休み。俺は山前から校舎裏に呼ばれた。人前では話せないことなんだろうか? まあ、話せるなら教室で言っているから、愚問だな。というか、昼飯を食べたい。呼び出しは別に放課後でもいいじゃんか。俺がそういった不満を心に抱いていると、すでに待っている彼女を見つけた。何やら緊張しているのか、深呼吸をしている。
俺が呼びかけると、山前はビクッとして、前髪とかを整え始める。
「先に待たせてごめんな」
俺は謝罪の言葉を口にしながら、彼女の方へ足を進める。
「いえ。こっちも昼休みに呼んでごめん」
彼女がいずまいを正す。頬が赤い。これはもしかすると告白か?
「蛭田君。私はあなたが好き」
予想通りだった。顔がガチと言っている。俺は答える。
「無理だ」
俺の返答に山前が今にも泣き出しそうになっている。
「私じゃダメ? 他に好きな子がいるのかな?」
畳み掛けるように尋ねる彼女。どんだけ必死なんだ。おまえは美人だから、いくらでも付き合える男がいるだろうに。
「そうだな」
「どっちに同意した?」
前者、と言いたいが、山前個人がダメではないから、言わないでおく。
「好きな子はいない。けど、俺は人間がダメなんだ」
「人間嫌いなの? 対人恐怖とか?」
そうじゃない、と否定する。
「俺は人間に恋ができない。1度も人を好きになったことがない」
彼女は黙って聞いている。
「でも、犬に恋愛感情は何度も抱いたことがある。小さい時からな。犬にしか恋ができない。だから、おまえと付き合えない」
山前は得ないの知れないものを見る目をしている。だが、すぐに悲しいそうな顔になった。
「そか。ごめんね、告白して」
そうだよ、と同意したい。
「気にすんな」
しかし、そう返しておく。
あれから、しばらく山前と話さなかったが、再度校舎裏に呼び出された。また告白か? でも、俺の性嗜好は伝えたはずだから、ないとは思うけれども。んじゃ、なんだ?
俺が彼女の思惑を考えながら向かうと、もう彼女は待っている。
「何の用だ?」
開口一番に用件を聞く。山前が真剣な顔で俺をじっと見ている。そして、そのままとんでもないことを言う。
「私があなたの犬になるわ。比喩とかじゃない、そのまんまの意味で」
「え、えっと。おまえが犬のふるまいをするってこと?」
「そう。だから、あなたのペット兼恋人になるわ」
真顔でそう言う彼女。まさかの2度目の告白。しかも、予想の斜め上をいく。まあ、犬のふるまいができれば、恋人になれるかな。
「分かった、付き合おう。ただ、できる限り犬としてふるまえよ」
う、うん、ありがと! と山前は涙を流して大喜びをした。そんなに俺が良いのか。後、山前の口調が安定していないような。気のせいか?
休日。俺と佐由子は自宅でくつろいでる。彼女は四つん這いで俺の隣にいる。
「今の芸人おもしれえよな」
「わん!」
俺の質問に佐由子は元気よく返事をする。喜んでいるみたいだ。俺と笑いのセンスが違っていたら、彼女を楽しませられないと思ったが、全く別のベクトルを向いているわけではなさそうで、俺は内心ほっとしている。
佐由子が嬉しそうに顔をすりよせて来たので、俺は頭をなでてやる。
「くぅーん」
安心して俺に委ねる彼女を見ると、俺はこいつに恋していることを感じる。どきどきしつつも、体が温かくなる。
突然彼女が焦ったように吠え出す。どうしたのだろうか? 彼女の視線を辿ってみれば、トイレのドアに向かって懸命に吠えていることが分かる。
「お手洗いに行きてえんだな?」
確信しつつも、尋ねる。彼女はわんわん! と急き立てるように吠える。そうみたいだ。
「よし、連れていくわ」
俺は彼女についているリードを持って、引っ張る。トイレのドアを開けると、佐由子は急いで中に入っていった。いくら犬とはいえ、法的には人間なので、彼女の用を足す状況を見るつもりはない。俺はドアを閉めて、ドアの外で待った。
俺は佐由子と二人でデートをしている。さすがに外での犬のふるまいはできないので、普通に歩いて、普通に会話をしている。服屋で彼女の服をレジで精算した後に、店員が若干フランクリーに話しかける。
「彼女さん綺麗ですね。その服も似合うと思います」
「ありがとうございます」
一応礼を言っておく。佐由子は嬉々として今のことを話し出した。まあ、こういう普通の恋人関係も悪くないかもしれないな。しかし、しっくりこない。やはり、俺は犬のふるまいをする女が最大限にできる譲歩だな。こうやって人間のふるまいをされても嬉しくないし、ときめかない。
家に帰ってからは当然彼女に犬のふるまいをさせた。




