本領発揮
――奪え、奪え、奪え、奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え……。
「……」
ダメだ、もう正常な判断は難しい。俺は何かに意識を吸い取られるような感じがした。……奪ってやる……奪ってやるぞ、何もかも……。
――その調子だ、奪い尽くせ、何もかも。クククッ……。
「コォォ……」
全神経が研ぎ澄まされていく感覚。ぐずぐずしていたら今にも大事なものを根こそぎ奪われてしまうような気がする。ふざけるな、絶対に渡すものか、これは俺のものだ。奪えるものなら奪ってみろ。奪われる前にとことん奪い、何も残らない空虚な器にしてやろうぞ……。
「……ん?」
今、何かが割れる音が聞こえたような気がする。かなり小さかったが……間違いない。今の俺に気付けないことなどないからな。そうか、小癪な侵入者たちが俺から早速奪いにきたというわけか。ククッ、愚か者どもめが……。
俺は音がした方向へと向かおうとしたが、思い直してまたベッドへ戻り横たわった。このほうが面白い。散々楽に泳がせてやった挙句、地獄へと叩き落としてやろうというわけだ……。
――お、ようやく鼠どもが嗅ぎ付けてきたようだ。どれ、『視野拡大』スキルで様子を見てやるとしよう。鍵が鈍い音とともに見事に破壊され、何者かが歪な月明かりとともに忍び込んでくる。
ん……こやつら、どこかで見たことがあると思ったら……あのふざけた幼馴染どもではないか。この俺を恐れて殺しにきたというのか? わざわざ自分たちのほうから奪われにくるとは、なんという生贄精神。それに免じて、たっぷりと恐怖と絶望を食らわしてから死なせてやろうぞ……。
「――いた。この間抜け面、ウォールで間違いねえ」
「セイン、一気にやっちゃって」
「わかってる。これでお別れだ、ウォール。どんなすげえアビリティを得たかは知らねえけど、結局お前はこうして惨めに死んでただのノーアビリティに戻るってんだよ。俺の靴底以下の存在にな……」
「……」
見える、見えるぞ。今にもナイフが俺の胸に突き立てられようとしている場面が。
「ぬぁっ……?」
ククッ……やつの上擦った声こそが、振り下ろしたナイフが命中しなかった証拠だ。俺の第二のアビリティ、【神速】によって余裕でかわすことができたというわけだ。
「ウォ、ウォール、てめえ……起きてやがったのか……」
「クククッ……どうした、お喋りをするような暇がお前たちにあるのか……?」
「セ、セイン、どうしよう。なんかヤバいよ、そいつ……」
「し、心配いらねえよルーネ。どうせハッタリだ。ウォール、よく聞け。てめえの身体能力を【鈍化】させた。だからもうお前に勝ち目はねえ……」
「ほほう……それはどうかな」
「ク……クソが……ウォールのくせにイキりやがってえぇぇっ!」
セインが目をかっと見開いて俺に迫ってくる。む……確かにスピードはあの男のアビリティによって鈍くはなったが、それでもやつ程度の動きなら余裕でかわすことができていた。
「死ねっ、目障りなんだよクソッ! はらわた引き摺り出してやる!」
「……ククッ……元気のいい鼠だ。それだけか……?」
「クソがよぉぉ……そっちこそかわすだけかよ。それがお前のアビリティの能力なのか!?」
「さあなあ。もっと凄いものかもしれんぞ……?」
「へっ……! 俺のアビリティを舐めるなよおぉ……」
ん、やつの口元がやや綻んだように見えた。鼠の癖に何かいい案でもひらめいたらしく、嗜虐心を煽るような小癪な面をしている。
「うっ……?」
な、なんだ? これは……まさか……。
「へへっ……俺の【鈍化】はなんでも鈍くできるんだよ。てめえの思考能力すらもなあ……」
「……ぬう……」
なるほど、少し遅れてようやく理解した。これこそがセインのアビリティの本領発揮というわけか。思考が鈍ったせいか、何か考えようとするといちいちもたつく感じがする。だがしかし、俺には大いなる知能があるために思考停止とまではいかなかった。
「死ねえええぇぇっ――」
「――やめてええぇっ!」
「へっ……?」
「クククッ……」
俺を庇うように立つルーネを、やつは信じられないといった表情で見ていた。馬鹿め、こうなる前に対策は立てておいたのだ。
「な、なんの真似だ、ルーネ! そこをどけ!」
「できるわけない! ウォールはあたしの一番大事な人! それを殺すなんて絶対許さないっ!」
「……は、はあ? 何言ってんだ……って、まさか……ウォール、てめえ何かルーネにしやがったのか……!?」
「うむ。それこそ我がアビリティ【盗聖】の本領発揮といったところだ。セインよ……俺はお前の一番大事なもの……すなわち、ルーネの心を奪ったというわけだ」
「……な、な、な……?」
ガクガクと青い顔を震わせるセイン。実に滑稽だ。やつの攻撃を避けつつ、ルーネの心を奪っていたことに気付けるわけもないか。アビリティの効果範囲が伸びる短剣――深淵の欠片――の効果がいかんなく発揮された瞬間でもある。
「いや、むしろ取り返したというべきかもしれんがな。元々俺のものだったのだから……」
「んっ……」
ルーネと唇を合わせてやると、セインの顔が死骸のように白くなり、震える手からナイフが零れ落ちた。俺はそれを拾い上げて女に渡してやる。
「これでとどめを刺してやれ」
「はーいっ」
「ル……ルーネ……? がっ……」
なんとも恐ろしい女だ。ルーネがなんの躊躇もなく、笑顔でセインの胸にナイフを突き立ててしまったのだ。まるでミートローフでも切るかのように……。




