曇り空
「ここがウォールどのの部屋だ。どうぞごゆっくり」
「うん」
シュルヒに案内されて三階の奥にある自室に入ったわけだが、一人じゃもったいないと思えるくらいの広さがある上、落下の心配を微塵も感じさせない高級ベッドも置かれ、大窓から見える景色も壮観だった。こんなところに住めるなんて夢みたいだな。一夜にして貧民から貴族になった気分だ。
「ではこれで――」
「――あ、シュルヒ。ちょっといいかな?」
「……はい?」
「次の予定とかは……」
「朝は自分が起こしにいくから心配はいらない。ではこれで」
「ありがとう」
「……ど、どういたしまして」
シュルヒは少し驚いたような顔をしたあと、そそくさと部屋を出ていった。やっぱりこれだけ別格に強い人ばかりなところって、その分人間関係が希薄になっててお礼を言っただけでも違和感があるみたいな感じだろうか。
「……」
俺は一人ベッドに沈むように座って窓の外を見る。空は自分の今の気持ちを表すかのように曇っていた。さっきまで両方晴れてたような気がしたんだがな。
それにしてもなんだろう……心にぽっかりと穴が開いちゃってるようなこの感覚は。《ハーミット》に所属していたときよりずっと恵まれた境遇にいるというのに。リーダーのバジルが言ってたように、まだここに慣れてないからなんだろうか。
うん、きっとそうだ。そうに違いない……。俺はダリルたちのことを脳内から掻き消そうと必死だった。もう終わったことだ。これから俺は変わるんだ。誰もが畏怖する最強パーティー《エンペラー》の一員として……。
※※※
「「「うぇぇっ……?」」」
王都の駐屯地前、ダリルたちの上擦った声が被る。
「とまあ、こういうわけだ。だから帰った帰った! というかだな、もうこの話題は迷惑だから出さないでくれ。《エンペラー》なんかに睨まれたらたまったもんじゃねえからなあ……」
兵士が苦い顔で立ち去り、その場には憮然とした顔の三人が残った。
「……信じられない。ウォール君があの《エンペラー》に入っただなんて……」
「まったくよ……。処刑されずに済んだのはいいけど最悪のケースの一つだわ。あたしたちよりずっと上のパーティーに入っちゃうなんて……」
「ウォールお兄ちゃん……」
しばらく彼らは項垂れたまま押し黙っていたが、やがてリリアがはっとした様子で顔を上げた。
「で、でも、こんなのおかしいわよ。どうしてこうなったわけ? ウォールの能力がバレたってこと?」
「んー……《エンペラー》は最近主要メンバーが一人抜けたみたいだから、多分その代わりを探すために情報収集してたんじゃないかな。あそこのスカウトの情報網は群を抜いてるらしいし」
「じゃあ……もしかしたらスパイとか身近にいたってこと?」
「おそらく、ね。あそこは一部じゃ良くない噂も聞くし。不確かではあるけど、ダンジョンで殺しをやってるとか……」
「そ、そんな恐ろしいパーティーに入っちゃうなんて、余計にウォールが心配になってきたわよ……! あの怖そうな兵士ですら話題にも出したくないわけだわ……」
三人の顔に浮かんでいた困惑の色が次第に厚みを増していく。
「は、早くウォールお兄ちゃんを助けないとぉ……」
「わかってるわよ! てかロッカったら、こんなどうしようもないときこそ聖母状態になるべきでしょ?」
「うぅ……私、今はまだ疲れてるの……」
「ったく、使えないわねえ。ダリル、とっとと助けにいきましょ! ウォールにお仕置きしなきゃ気が済まないわ!」
「……」
「ダリル?」
ロッカを引っ張って前に進み出したリリアだったが、ダリルがついてこないことに気付いて振り返った。
「助けるって簡単に言うけど……リリアとロッカはわかってるのかい? 《エンペラー》は脱退者に対して容赦なく敵対するっていう宣言を出してる。これは噂でもなんでもないんだ。自分たちの仲間になることは秘密を共有することでもあるからって。だから、もしウォール君を脱退させた場合、僕たちも敵だと見なされる――」
「――それじゃ、このまま放っておくっていうの!?」
「そうは言ってない! 僕たちにはウォール君が必要だし、元々僕たちのメンバーで、手違いがあって《エンペラー》に入ることになったって説明すれば、もしかしたらわかってもらえる可能性もあるかもしれないって……」
「……そうね。ロッカが聖母状態ならそれでいけたんだけど……」
「ふぇぇ。もうちょっと休ませてぇ……」
「ったく。【維持】するタイミングをもうちょっと考えなさいよね! 脱がすわよ!?」
「そ、それじゃあストリーキングだよぉ……」
「とにかく急ごう。時間が大事だ」
「「うん!」」
三人は互いに強い表情を向け合い、うなずくと《エンペラー》の宿舎に向かって走り出したが、まもなくダリルだけ再び立ち止まった。
「――あ、そうだ。ウォール君に誠意を見せなきゃね」
「「ダリル……?」」
不思議そうに振り返ったリリアとロッカに対し、ダリルはニヤリと笑ってみせた。




