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第1章 〜邂逅〜 第8話

「何処に行くのさ!?」


「とりあえず冥香楼インフェルミナへ。いや、あそこを巻き込んじゃ・・・」


 カタリナとランゼは、足早に城壁を伝いながら西に向かって貧民街を抜けると、中央階段のところまできて楼閣街に向かう足を止めた。まさに分岐点だ。


「じゃさ。森精霊祠堂アルヴェルタはどうだい?」


 ランゼの言葉にカタリナはハッとさせられた。


 この都市にある勢力は、端的に云うと四つに分類される。すなわち領主が統べる国家権力、ダントン等が代表する商工組合ギルド、ヒワスカ司祭がつかさどる教区教会、そして新興貴族アンブローズが管理する森精崇拝結社アルヴィコレギア。そして森精霊祠堂アルヴェルタとは、この宗教結社が所有する精霊アニマの聖堂のことだ。ちなみにランゼが口走った森精霊祠堂アルヴェルタとは、アルルがイザェク達と鉢合わせた小さな供物壇を囲うお堂のことではなく、それを含めて関連する建物全てのことを示している。


 カタリナはアンブローズという男に一度だけ会ったことがある。アルルがこの町に来て、初めてパン焼窯を使おうとした時のことだ。案の定、周囲と揉め事になった際にその事態を巧く収めたのが彼、イレネオ=アンブローズだった。まだ30を過ぎたぐらいの若さだったが、人格者という専らの噂で、口調の柔らかさと人懐こい笑顔が、警戒心の強いカタリナの緊張感すら適度にほぐしたものであった。


「ランゼ!それ、いい提案だわ!」


 上層への中央階段を駆け登る。

 石畳の段々を飛び越え、第二階層に至ったところで遠くから声がした。


「いたぞ、あっちだ!!」


 ギョッとして二人は一瞬立ち竦み、目を合わせた。


「もうこんなところに!なんで!?」


 ランゼは無言でカタリナの手を取り、森精霊祠堂アルヴェルタの方角を指差す。


「走ろう!駆け込みさえすればなんとかなる!」


「ええ!」


 二人は全速力で走り出す。

 後ろから聞こえてくるのはいくつもの鎧がカチ鳴る音と、馬の蹄の音だ。


「おいおい!なんで治安部隊が僕達を!?」


「わかんない!振り向いてる暇はないわよ!」


「うおぉー、待ってくれ!何処に行く!?お前らもお尋ね者か!?」


 全く聞き覚えのない男の声が横並びから聞こえてきた。

 あろうことか人を背負った防塵外套デセルタサグルムの男が物凄い勢いで二人に追いついてきたのだ。


「ええ!?も、もしかしてあいつらあんたを追ってるの!?」


「おう!!」


「おう、じゃないわよ!こっちに来んな!」


 カタリナが息を荒げて、しっしっと虫を扱うように手で払う仕草を見せた。


「冷たいことを言うな!この町は初めてなんだ。お前達でいいから匿えや!」


 男は目を三角にして威圧してみせる。


「匿えやって・・・なんかすごい上から頼んでくるなァ」


 ランゼがあからさまに嫌な顔をしたところで、事態が知れた。


「おい、貴様ら!其奴を取り抑えろ!犯罪者だ!」


 馬上から衛兵が二人に命令を飛ばしてきたのだ。

 カタリナとランゼは顔を見合わせニヤリとした。


「良かった、アタシ達は、関係ないみたい。あんた、犯罪者ってわけ?仕方ないけど、町の治安のため、ね!」


「悪いけど、こっちも、急いでるんだ。大人しく、捕まってよ」


 両側から挟むようにして、二人は旅装の男に掴みかかろうとした。


「この町の人間は、どいつもこいつも人でなしか!」


 男は人一人担いでいる割に身軽にカタリナの腕を掻い潜ると、彼女の裏手をとって3人の陣形を維持する。


「ちょっと、もう!世話焼かすんじゃぁ、ない、わよ!」


「くそ、腹が減って力が出ん。お前ら何処に行く?」


「ホントに、付いてくる気?あんたの、こと、なんて、知らないよ!」


 3人並列して謎の徒競走は続く。一番重荷を抱えるお尋ね者の男が一番余裕がありそうな顔色で、二人の若者と歩幅を合わせている。


 そしてそれを追う蹄の音は軍軍ぐんぐんと距離を詰め始めた。

 いや、それだけではない?今度はあらぬ方向から新たな異なる色の声がー


「見つけたぞ!カタリナだ」


「うそ!!?」


 頭上、商工組合会館の庭先から垣根を越え、崖のような斜面から雪崩寄せるダントン組の組合員達。


「カタリナ!まずい。ダントンの手下達だよ!!」


「はっ、はっ、冗談、じゃない、わ!」


「おっと、くくっ!どうやらお前らも俺と一連托生か?」


 男は、今度は自分が笑う番だと言わんばかりに頰肉を吊り上げる。

 カタリナも釣られて顔を引き攣らせたが、やせ我慢が過ぎたか、彼女の膝は敢え無く力を失い、ガクンと崩れた。


「おっと!」


 男が手を差し伸べ、あわや倒れかけたカタリナの腕を掴み上げる。


「おい、ボウズ!お前の女はどうやら限界だぞ。そこで提案がある」


「な、なんだい?」


「こら、否定しろ!ランゼの女じゃ、ないしー」


 ついに止まった脚。一層間近に迫る蹄の音。斜面の枯枝、枯葉を力強く踏み折るざわめきの数々。もうすぐにでも捕捉される瞬間は訪れるだろう。


「もう逃げ切れやしないな。俺が追っ手を薙ぎ払う。代わりに背のこいつを預けたい!」


「僕が!?無理だよ!ムリムリ!」


 ランゼはさっきまでの足の回転を凌ぐ速さでかぶりを振った。


「3度も言うか!無理なら、何か考えろ、急げ!」


「ちょ、そんなこと言われてもー」


「お前も男だろう!女の前で頼れるところを見せて見ろ」


「えっ、と、どうしたらー」


「ああもうっ!面倒ね、アタシがやるわ!」


 カタリナは踵を土につけ、急停止すると喉元で揺れる首飾りの装飾石をパシと掴んで追跡者に向き直った。


「あっ!そうか!カタリナのアレがあったか!」


「ん、なんだ?何するつもりだ」


 男の声を聞き流し、カタリナは大きく何度か深呼吸をして息を整えると、迫り来る追っ手を見据えて、一息に祈祷オラティオを歌い上げた。


『まほらなる大地のともがら、寧静を尊ぶ土の精霊達。われ、殺意の蹄に抉られしなれらのこころを慰めん』


 不思議なことに、先程まで顔を真っ赤にしながら脆脆ぜいぜいと息を切らしていた田舎娘が、どうしたことか光を帯びて、まるで絵画に描かれた聖女のような存在感を醸し出し始めた。


 男は子供のように目をしばたたかせ、ランゼは自分の手柄のように得意気な笑みを浮かべた。


『無為なるニギの心象の、有為なる二儀ニギ泡末うたかたよ、こころの鋳型をいや満たせ。以って負の闘諍とうじょうしりぞけん!』


 彼女が握り締める手の中の装飾石から橙の光の泡が発発ポツポツと漏れ出てくると、それらは急激に膨れ上がって溢れ出した。

 カタリナは手首を回して光の泡を掬い取りつつ、前方にその泡を振り撒いた。


 泡沫うたかたは大地に溶け込み、彼女の想蘊サムジャナが精霊に享受される。


 想蘊サムジャナを受け取った土の精は、土壌にこころを与え、土壌はカタリナの想いを具現化させるのだ。


 そして、歌は、形を成す。

 音が伝わる速さで、大地から創られた分厚い壁が3人と追跡者を遮断した。


 カタリナは背を向け、再び走り始めた。

 最早振り向くまでもない。頑強な土壁に勢いよくぶつかった哀れな追っ手の叫喚が辺りに響き渡った。


「おお、やった!お前、精霊術士イヴォーキストだったのか!」


「いいえ。私は昌唱術士クリュスタカーレよ」


 女術士は呼吸を短くしながらも、人差し指を立て、微笑んだ。


 息つく間もなく追っ手第二波の喧騒が耳をつく。


 カタリナとランゼは已む無く男をくっつけて森精霊祠堂アルヴェルタへと逃げ込むのだった。


 ・・・・・・


 お堂の中は打って変わって静けさに包まれていた。

 その中で三人の乱れた息遣いだけが遁走曲のように繰り返されている。


 男は周りを見渡し、誰もいないことを確認した。だが、そんな事より彼は驚きを隠さずにはいられなかった。

 このお堂は、大樹そのものが自らを編み込むように枝や根を絡ませ、家屋としての構造を再現しているのだ。つまりがこの空間は、床も、壁も、天井も、全てが根と枝と蔓で仕上がった天然建築によるこしらえなのだ。


 男は若い二人の呼吸が落ち着くのを待ってから語りかけた。


「ようやく落ち着けそうだな。ここは一体?」


森精霊祠堂アルヴェルタを知らないの?」


「東国から来たばかりでこっちのことはイマイチなんだ。だが、分かるよ。なんとも安らぎに満ちた空間だ。神聖な気配すら感じる。ここならカイゼリヤを休ませてやれそうだな」


 男は、ピクリとも動かない背の病人を労わりながら下ろすと、自らもそのままその場に座り込んだ。


「温かいでしょ。生命の温もりが、樹木の呼吸が、生き物の身体も心も癒してくれるんだ。この家は森精アールヴがもたらした奇跡の一つだよ」


「あんた、いつから精霊信奉者になったのよ?」


 自慢気に決め顔をするランゼに幼馴染が茶々を入れる。


「衛兵達は追ってこないな」


「ここは治外法権の区域だからね。公的機関はおいそれと踏み込めないんだ」


「我々は何もせず入れるのか?」


「民間には常に開かれているんだ」


「そういうものなのか?まあ、なんでもいいさ。正直助かったよ」


 そう言って男はわずかに笑顔を見せた。

 それとは逆にカタリナが怪訝な顔で男に問いかける。


「にしても、一体何したの?衛兵連中に追っかけられるなんて」


「いやなに。ちょっと門破りを」


 その言葉に二人の住民の顔色がスゥと青褪める。


「ばっ、何がちょっとよ。相当ヤバイじゃない!それならすぐにここも踏み込まれるわよー」


「治外法権なんだろ?」


「ここの管理者がわざわざ他所様の犯罪者を匿う筋はないでしょ!」


「そうか?こう話している間に追いついて来ても良さそうなものだが、今のところ大丈夫そうじゃないか」


「手続きを取って乗り込んでくるかもしれないわ」


「ならば今度は迎え撃ってやるさ。すまんがツレが病にかかってもう命が危ないんだ。医者に診せるまで絶対に捕まるわけにはいかん。ここで籠城してー」


「そんな考え無しな。衛兵隊にちゃんと理由を話せば」


「バカな。さっき奴らに痛手を負わせてしまっただろうが。それに関所は命がけで砂漠を越えてきた俺達を問答無用で追い返したんだぞ?」


「通行手形は?」


「当然持っている!!」


 相当頭にきていたのだろう。男は拳を床に叩きつけた。


「それは、まぁ気の毒だけど・・・とにかくここにいても八方塞がりだし。僕がアンブローズさんに協力を頼んでくるよ」


「へぇ、意外さね。アンタそんなツテを持ってたの?」


「僕の親父が仲良いんだ」


「そうか・・・いや、かたじけない。非礼を詫び、改めてお前達に礼を言うよ。俺はイサルガ=レビ。レビのほうが名だ。ツレはカイゼリヤという名だ」


「カタリナよ」


「僕はランゼ。よろしく」


「ああ。ランゼ、すまんが急いでくれ。医者と、できれば何か食事を」


 ランゼは軽くうなづいて出て行った。


「とりあえずパンがあるわ。これだけだから」


 と言って、カタリナは籠からアハトのように白パンを一千切りしてレビに手渡した。


 レビはその一欠片を手を合わせて受け取り、渇いた喉で無理矢理飲み下し、少し後悔する。これでは足りぬと胃の要求が激化して余計に空腹を覚えたのだった。


 レビは腹をグッと押さえつけ、旅の相方に向き直った。相変わらずピクリともしない。

 カイゼリヤの手首を握ってみると弱々しいが脈がまだあることに胸を撫で下ろす。

 そうしている隣の異邦人にカタリナは興味深そうな顔をして話しかけた。


「ねぇ、レビさんはリュケーネの人?」


「ん?そうだ。リュケーネ人ではないけどな」


「リュケーネの人なのにリュケーネ人じゃないの?」


「リュケーネは東の月神ララユノエ信仰民族の寄せ集めでできた国なんだよ。もっとも俺は冒険者で、信仰心なんて希薄なもんさ」


 そう言って微かな笑みを浮かべる彼の顔を、カタリナは身体は向けず目線だけ滑らせてじっと盗み見る。外から来た男。たったそれだけの安っぽい事実が彼女の心を騒がせるのだ。


 東国の男と知り合ったことは幾度となくあるが、この男のうちにはそれまで出会った誰からも感じ取ったことのない、言うなれば武士もののふが帯びる儚げな品格のようなものがあった。

 先程までのちゃらちゃらとした物言いや振舞いは、おそらく他所向けの姿だろう。


 短く刈り上げた黒髪は砂に塗れ、細い眉は威嚇のないハの字に開き、切れ長の目はさらに細まり、薄い唇は渇きのあまりひび割れ、痩せこけた頬は影を携えている。しかし、誤魔化せてはいなかった。この町人々にはない、核心を曝け出すような目の輝きをこの男は持っていたからだ。


 昨日のニコラスに続き、今朝アハトと知り合い、今また異国の男がこうして目の前にいる。

 立て続けに起こった奇妙な出会い。一体何かの前触れだろうか。

 俄かに運命という言葉がカタリナの頭をもたげた。


「さて、俺からも質問だ。あの力は精霊術イヴォーキアではないようだったな」


「ああ、あれ。昌唱術クリュスタキアよ。東にはないの?」


「あれが昌唱術クリュスタキアだと?昌唱術クリュスタキアは石の力を解き放つ力だろ。さっきのはどう見ても精霊の力だったぞ」


「この土地は特別なのよ。この首飾りの頭石がそうだけど、この地方でとれた石を昌唱術クリュスタキア用に精製すると、大地との結びつきが強い分、精霊さんがすごく仲良くしてくれるの。だから、ああして祈祷オラティオに心の中で思い描いたものを念に込めて石の力を使うと、精霊さんがその心の描写を具現化してくれるのよ」


森霊アールヴみたいに精霊を使役できるんだな。大したもんだ」


「使役じゃないわ。力を貸してもらってるだけ。その意識が大事だって、師匠からは教わったわ」


 概ねザルツァイ地方などの特定資源採掘地区を除けば、一般的に昌唱術クリュスタキアの用途は日常の利便の増進程度にしか用いられていない。

 石の力はその個体の大きさに比例するので、身につけて起こせる現象も限られている。ゴドヴァノスが部屋の明かりを一念で灯したのがその一例である。


「はぁ、分かったような分からんような。何にせよ戦闘で力を発揮することが分かっただけで充分だ。今後も頼りにしてるぞ。カタリナ」


「何言ってんのよ。これからもあんたと一緒にいるつもりはないわよ。アタシ」


 そう突っぱねながらも、カタリナは悪戯っぽく微笑を浮かべた。なんとなくニコラスやアハト同様この男とはまだ縁が切れていない。そんな気がしていた。


「その人は奥さん?」


「こいつは雇い主。いや、旅の相棒だな」


「大事な人みたいね」


「そうだな。いて貰わないと困るからな」


「なんか羨ましい。私にはまだ想い人がいないから」


「いやいや、ただの縁さ。そんな大層なものじゃないぞ」


 そう言いつつ、カイザリヤを見るレビの目は優しさに充ちていた。


 自分でもらしくないことを言っているな、とカタリナは心中で苦笑する。いつかこの街を飛び出して、彼のように連れ合いと他国を旅してみたい。そんな気持ちが、それとなく口を突いたのかもしれない。


「レビさん達はなぜ砂漠を越えてこの街に?」


月神ララユノエのお告げがあったのさ。信じられんだろうが、俺とカイゼリヤは同じ日に同じお告げを夢の中で聞いたんだ。面白いだろう?」


「え、夢でお告げって!あなた達も!?」


「なんだと」


 思わずカタリナは口を滑らせた。あまりの偶然の一致に興奮して我を忘れてしまっていた。

 愚かにも彼女はまくし立てた。聞き手の顔が一瞬険しくなったことに気づきもせず。


「うそ!これって偶然!?どんな夢だったの?」


「どんなって・・・まずお前の方から教えてくれ」


「うん!アタシ達が見たのはー」


「アタシ達?」


「アタシとアルルよ。あ、妹ね」


「姉妹で同じ夢を見たというのか」


 これは誰にも話していないことだった。アルルにも口止めしていた。話したところでまた魔女呼ばわりされることは目に見えていたからだ。


--夢には5人の登場人物が出てくるの。


私、アルル、中年女の死体、笛を吹く男、葡萄の乳房を持つ女。


はじめに出てきたのは顔を隠した墓掘人の格好の男。錆びた鍬を手に山の斜面を掘っていて、傍らには腐敗して顔が崩れた女の死体横たわってる。


「ちょっと待て」


「何さ」


「葡萄の乳房とはなんだ?」


「いきなりそこに食いつくか・・・あとで描写付きで語ってやるわよ」


「早めに頼む。気になって話が頭に入らん」


「まったく男ってのは!ええっと、それから・・・」


「待て」


「まだなにか?」


「笛を吹く男ってのは墓掘人のことか?どうやって穴を掘りながら笛を吹くんだ?」


「あのね!あとでちゃんと笛を吹くのよ!黙って聴きな」


「あいよ。了解。説明は正確に頼むぞ」


「ったく。変なとこにこだわるわね」


私とアルルが笛の音に合わせて、死体女の周りを手拍子しながら嬉しげに踊っているの。


腕を広げてアルルは歌う。


『さあ、天使の羽根を剥がすのよ。蝋と油脂で固められた出来損ないの羽根一枚一枚を』


私は歌を返す。


『いいえ、まだ早い。剥ぐのは左の翼を折ってから』


腰を振ってアルルが歌う。


『さあ、道化師の鼻をぐのよ。赤く膨れ上がった果実のような立派な鼻を!』


私は歌を返す。


『いいえ、まだ早い。もっと赤く、もっと大きくなってから』


 すると笛吹き男の鍬が音を鳴らしたわ。金属を叩いた音がして、男が土を掻き分けると、そこには取手がない古びた白金の扉が見える。どうやって開けるのだろうと3人で悩むの。


 そこに現れたのがお待ちかねの女。山の高台から踵の高い靴を履いて、滑るように降りてくる。

 腰まで伸びた真っ赤な髪をしてるの。大きな首飾りをしていて、上半身をはだけさせ、その左の乳房にだけ死紋病患者のような斑点が集まっていて、それが黒く腫れ上がっていたのでまるで葡萄みたいだったのよ。


「ぐへ。聞かなきゃよかった」


「あはは。でも、すごく美人だったような。全然知らない顔だけれど」


「ほう。それを聞くと少し興味が湧くな」


「オレも興味が湧くよ。お前のその思考回路にな」


 突然聞こえた声の方に振り向くと、レビのツレの女が少し頭を上げてこちらを見ていた。


「げ、カイゼリヤ!」


 レビが素っ頓狂な声を出す。

 彼女が無事目を覚ました嬉しさよりも、まともな口調に恐怖が先立つのは条件反射か。男は若干腰を引き気味にして相方の手を取った。


「よ、よく目を覚ましてくれた。心配したぞ」


「ささききかあ覚めててた」


「さ、さっきから?」


「なな治ったらじ尋ん問して、ややるからな。覚えとととけよ。・・・この助平が!」


 最後の一言だけ実に小気味好く周囲に響き渡った。


「は、はは」


 レビの力無い笑いがまさに彼女との力関係を表している。口調はもどかしいのに目つきは実に鋭い。カタリナはこのあべこべな威圧感を持つ女に、なぜか聖花嬢インペレイアのを見た気がした。


 彼女の目覚めにより夢の話は中断してしまったが、実はそれが幸いしたことをカタリナはいずれ知ることになる。


 異変は突如としてやってきた。


タァーーーン

タァーーーン

タァーーーン


 いきなり、どこかで鳥追いの砲筒のような音が三度鳴るのを聞いて、カタリナは素早く辺りを見渡した。


 いつのまにか周りは暗闇に覆われていた。

いつのまにか?いや、まさに一瞬だ。文字どおり一つまたたいた間の出来事だったのだ。


 全くものが見えない。めしいになってしまったのかと不安になるほど完璧な闇の中だ。


 温かだった木の床が気づけば氷のように冷たい石造りの手触りに変わっている。


(え、え、どうなってるの?あの三つの音はー)


 不安な気持ちが許容量を超え、声となって漏れ出す。


「レビさん?・・・カイゼリヤさん?」


 返事はない。ここにいるのは自分ただ一人と何故か確信した。


 目が慣れるにしたがって、この部屋の輪郭がおぼろげに分かった。そんなに広くはないが、周りは全て煉瓦造りで窓がない。一番下の煉瓦の列にだけ、彫り込まれたような模様が薄すらと見える。そして、奥の方には真っ黒に塗られた四角いタペストリーが掛けられていて・・・


(いや、あれは黒い壁掛けなんかじゃない!出口だ)


 カタリナは這うように駆け寄り、覗き込んだ。

 見事なまでに歪みがない長方形に切り取られた壁の向こうは真の暗闇だった。

 飲み込まれた先もう戻ってくることができないのではないか、と根拠のない不安が頭をよぎる。


 余計な行動を取らないほうが良いのでは?

 ここで待っていれば、さっきまで一緒だったレビが・・・いや、彼は土地勘が無さそうだから、ランゼと呼び寄せたアンブローズが、あるいは、まさかのニコラス聖君あたりが飛び込んできたりしないだろうか。


(ばか。そんなこと)


 そうだ。そんなご都合主義、あるはずがない。


 カタリナは胸元の昌石を握りしめた。

 信じられないことに精霊の気配が全く感じられない。ザルツァイの地にそんな場所が存在するなんて考えられない。

 気を喪った自覚すらない。瞬き一つの間に世界は挿げ替えられていたのだ。


 ああ、寒い。身体が、心が、冷えてしまう。

 精霊なき無機質な石のみが孤独感を急速に募らせていく。ザファケルの大地の恩恵と心の拠所としていた人々の存在が、その温かさが、どれほど得難いものであったか。


「父さん・・・ヘイスワイズさん・・・・・・・・・アルル・・・」


 カタリナは涙目をぎゅっと閉じて、数秒の後、意を決して立ち上がった。



▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️



 時は1日を遡る。


 隴風山の虎と別れたアルルは途方に暮れていた。


 もうあの家には帰れない。もはやカタリナに合わせる顔などなかった。


 これからどうしたらよいのだろう?


 今辿り戻って来た道は、町と隴風山を直接結んでおり、このまま行けば大教会の裏庭に行き着く。関を通らず往き来ができる唯一の外界と云って良い。


 やはり山に戻ってあの虎を探そうか。いっそのこと全てを捨て山の向こう側、命懸けで別天地を目指してみるのも良いかもしれない。

 自分のことを誰も知らない世界に行けたなら、それはどんなに・・・半ば投げやりな気持ちで少女は振り返って、後背の山を睨み据えた。


 標高そのものはさほど高くなく、途中まではある程度道も整備されている。

 しかし、聞いた噂では頂を越えた山の裏側は、真上から両断されたケーキの断面のように切り立った崖になっていて、生身の人間が無事に降りられるものではないらしい。


 では、尾根伝いに両隣の山を経由して向こう側に渡ることができるかどうか、山岳警備隊の駐屯所が随所にあるためにその地点を避けて山越えを計ろうものなら、即ち延々と続く道無き道を突き進む羽目になる。

 幾重にも張り巡らされた獣魔達の罠を掻い潜って目的地に到着するなんて、奇跡が起こらない限り無理な話だ。まして幼子の脚がこの行程に耐えられよう筈もない。


 歩きながら考えを巡らせる。


 魔女容疑の少女に寛大で、理由を聞かず、お金をとらず、屋根を貸してくれる奇特な人が、いったい何処ぞに在わすというのか?


 打算的に考えてみる。


 姉の勤め先に内緒で匿ってもらおうか。嫌な顔をする者もいるだろうが、皆顔見知りだし、ヘイスワイズ様の懐の広さは半端ではない。皆カタリナに黙っていてくれるだろうか?結果は火を見るより明らかだ。


 昨日出会ったアルツァスという名の聖騎士はどうだろう。肩書きは申し分ないし、守ると言ったし、言葉に嘘偽りがない善意の人であることは信用できそうだ。だが、彼自身この町を訪れたばかりの根無し草のようだ。何処にいるのかさえ、まるで分からない。

 また、ザンヴェルジに彼を頼るなと言われたこともなんとなく頭に引っかかっている。


 あの変な医者は?強烈な印象を与えられた。パンの恩義らしきものもあり、返しもせずに更に借りを作るのは気が引ける。さらにニコラス以上に所在が知れない。今もまだこの町にいるのかさえ。

 あの無償の優しさを享受するのはなんだか癖になりそうで怖い。


 もう一人。

 森精霊祠堂アルヴェルタのイレネオ=アンブローズだ。過去に一度助けられたことがある。この町の森精崇拝結社アルヴィコレギアの責任者で、立場も考え方も中立の男だ。

 魔女扱いされ始めた時、家族以外で唯一自分を人として扱ってくれた町人であることを少女は忘れていない。

 あの時と状況が違うが、話ぐらい聞いてくれるのではないか。


 そうこう思い巡らしながら、教会の裏庭まで戻ってきたとき、不意に頭上で鐘の音が鳴り響き、少女は思わず身を竦ませた。


 この分厚い鉄を叩く音は、弔いの鐘の音だ。


 積み上げられてきた遺体の山にこれから僧侶が火をつけるのだろう。死体からの感染を防ぐためには白檀を添え、樹油を注ぎ、聖者の火を借りて灰にしなければならないというしきたりがある。


 感染を防ぐのならば、本来、病死体の山ができるまで放置していていい筈がない。感染の危険が高まるばかりだ。即座に焼かなければ意味がないだろう。


 それをしないのは・・・単に勿体無いから。一瓶分の樹油でさえ越冬の際に極めて貴重になるのだ。


(病で死んだら越冬も何も無いのにね)


 乾いた空気に運ばれ、聖なる白檀の香が鼻を刺激した。

 この香りの元である死塁の中に、ついぞ昨日の朝喧嘩をしたばかりのダンの身体があることを、アルルは知らない。


 繰り返す鐘の重低音が、まるで真上から振り下ろされる拳骨のように頭を殴りつけてくる。


 なんだか世間の役に立たない自分を天上の主が叱りつけている図が思い浮かんで、次にアルルにパンを投げつけたカタリナの形相が頭をよぎった。


(私が何をしたっていうのよ。バカ姉様!)


 ようやく脳内の姉に毒づけるぐらいまで気を持ち直したことに気付く。そしてアルルは行き先を確定した。


 目指すは森精霊祠堂アルヴェルタ

 理由はなんてことはない。ニコラスの近くにいると姉に出会ってしまう危険があるからだ。


 裏庭を南に向かって小走りで横断し、狭い藪の隙間に身体を縦にして滑り込む。

 ここからはアルルだけが知っている秘密の小道だ。


 蟹のように横歩きで焦焦じりじり進むと、ちょうど少女一人がすっぽり収まる程度の空間がある。そこでしゃがみこんでみれば、目の前には藪の繁みを丸く掻き分けて作られた獣道があるのだ。


 以前隴風山で同類の穴を見た時、パトリクからはオカマギツネが作った通り道だ。と豆知識を披露されたことがあった。

 カタリナはその名前に爆笑していたが、由来を聞いて納得した。


 鎌のように硬く鋭い尾を持つキツネで、巣への道を作るために、お尻を高く上げ、その長い尾鎌を風車のように回転させながら切り拓いていくと云う。


 名前を付けた人の感覚を思わず疑ってしまうが、恐ろしい凶器を持つ割に気性は穏やかな動物らしい。


 そんな話を知った上でこの街中にオカマギツネの穴を発見した時は、不思議な感慨を覚えてしばらくその場で浸っていたものだった。


 アルルは、そんなオカマギツネよろしく四つん這いになると、その穴に頭から突っ込んでいった。


 小隧道は一直線だ。膝が擦り剥けるのを我慢しながら、およそ30けんの距離をひたすら前進するのみ。


 人間達め。誰もこんなところに道があるなんて思うまい。野生のキツネになった気分で、茶けた枯葉と痩せた黒い土からする僅かな土壌の匂いを感じながら進んでいく。


 母がよく口ずさんでいた精霊さん達は、今ここにもちゃんといて、可笑しな格好の私を眺めてるのかな?


そんなことを考えていると、不意に後ろからお尻をつつかれ、アルルはピクンと反応した。


(な、何かな?枝か何かが当たった?)


 確認しようにもこの小穴道では方向転換など土台無理だし、気にするほどのこともないかと思い直してまた進み始めたが、ものの数秒もせず、丸っこい自分の小さなお尻を突突つんつんと、それはもう遠慮なしに突かれてー


(やっぱり!気のせいじゃない!誰かに見つかって!まさかって、こんなところに人がいる筈が)


 身を庇いようもないこの体勢。アルルはざわりと鳥肌が立つ感覚を覚えた。


「だ、誰?」


 完全に狼狽えた声で、前を見ながら背後に問いかける。


 背後の者からは一切の声がない。しかし、ここで明らかに何かが動く音、数枚の枯葉を踏んだ乾いた音がして、その、直後。


 返事の代わりにもう一つ、ツン!


「ヒャン!」


 今度はものの見事に急所を直撃され、アルルは思わず高い声を上げた。


(もうイヤ!早く出ないと!)


 そろりと、最初は刺激しないように控えめに動き出し、追撃が無いことを知ると、後は一心不乱に手脚を動かして突き進む!

 後ろから追ってくる音は?

自分の全身が掻き鳴らす盛大な音で当然聴こえない。


 出口に至るのは早かった。

 アルルはところどころ引っ掻きながらも慌てて這い出ると、ズバッと立ち上がり、3歩跳んで勢いよく振り返った!


「誰!?」


・・・何もいない・・・。


「一体、何だったの」


 掌と膝小僧の土を落としたところで、太腿の内側をゾワリと撫でられ、反射的に飛び上がった。


「きゃっ!?ウソ!」


 股の下を覗き込むと、そこには何とも珍しい銀の毛並みをした子狐がふわふわの尻尾を立たせながら、ふくらはぎの辺りに身を擦り寄せていたのだ。


「・・・・・・」


 少女は茫然と眺めつつ、しばらくされるがままにしていたが、一息吐くと不意に込み上げるものがあって、草草くすくすと声を出して笑った。


「ふふふ、もう。何かと思ったら。きみの作った道だったの?ごめんなさい。私が通せんぼしちゃってたのね」


 アルルは、そうしていながら、自分の笑い声を聴いたのがあまりに久し振りだったことに気付いて、何か途方もなく遣る瀬無い気持ちに駆られた。


 それが理由か、そうさせた足元の小動物がおよそ何者にも替え難い大切な何かに思えてきて、アルルは自然と腰を落とし、丁寧に銀狐の毛並みを整えてやった。


 子狐は、その円らな瞳をパチクリさせながら、土に汚れた少女の手を噛んだり、舐めたりしようと首をひねっては口を開け、舌を出す。


 オカマギツネの子供を見るのは初めてだった。仕草の一つ一つがなんて可愛らしいのだろう。


 まだ尻尾の硬化は始まったばかりのようで、成体の持つ鋭利さは全く見られない。獣の意思で筋肉のように硬度を変えることができるとかなんとかパトリクから聞かされてはいたが、神様は、一体全体なんでこんなにも愛くるしい動物に刃物を持たせたのか。


 アルルはこの子狐が初対面にもかかわらず、こんなにも懐いてくることを当然疑問に思ったが、この無邪気に近寄る小動物を撥ね付けるなどできるはずが無い。いわんや、これ程までに無防備な信頼を寄せられたことなんて、人生で一度もなかったのだから!


 そう考えると、子狐に対して俄然愛着が湧き上がり、アルルはこの小動物を膝の上に乗せてつらつらと問いかけ始めた。


「急ぐわけではないから、ちょっとだけ」


「キャウ?」


「うふふ。そんな声で鳴くのね」


「キャァ」


「きみの親は何処にいるのかしら?」


「キャァウ」


「本当に、一体何処にいるのでしょうね・・・」


「・・・キュキュウン」


 なるほど。背中を擦ってやると決まって甘えたような声を出してくる。随分とツボを心得たあざとい子狐!


「私は魔女らしいわ。きみは信じないわよね?」


「キャウ」


「そうよ。この街の奴らったら本当に酷いんだから」


「キャウ」


「そうだわ、名前。きみの名前をー」


「クウ?」


「ふふ。私は学がないから、良い名前が付けられないと思うけど、ね?」


「キウイ」


「キウイ?あはは、変な鳴き声!あ!もしかしてそれがきみの名前なのかしら」


「キャァウ!」


「え、違う?もう遅いわよ。きみはキウイ!そう私が決めたんだから」


「キュウ」


「あーあ、キウイ。きみの心、知りたいなぁ」


「・・・クゥ」


 そうこう他愛なく話しているうちに、数刻が過ぎるのを忘れ、アルルは新しい友達と親睦を深めた。

 キウイも膝の上がお気に召したようで尻尾を体に巻きつけるようにしてアルルの胡座の窪みにはまり込んで睡睡すいすいと息を静かに目を閉じる。


 アルルも、目を閉じた。

 思い出すのは母の面影。

 アルルもこうして母の膝の上に乗って甘えた声を出したことがあった。

 母は耳を失っていたせいで、よく聴こえづらそうに顔を近づけることがあった。そんな時はイタズラに近づいた母の鼻をつまんだり押したりして遊んだものだ。


 しばらくの間、安らかに眠る子狐を見つめながら、いつしかアルルの心に再び遣る瀬無い気持ちが募り始めてきた。


 別れることがつらい。ただそれだけのこと。

 こんな穏やかな時間はそうそうやってこないだろう。でも、一緒にいられるわけがない。自分には何もないのだから。家も、食べ物も、母の持っていたような力も何も。


 アルルは微睡む子狐を持ち上げ、丁寧に脇に寝かせてから、立ち上がった。


「キュウン?」


「・・・起こしてごめんね、さよなら。これ以上淋しくなる前に」


 出会いは鮮烈だ。ゆえに儚い。

 後ろ向きに3歩後ずさって、子狐に背を向けた。


「それじゃ、元気で」


 ここから先は木々草叢の茂り立つ道無き道。枯葉に足を滑らさぬよう慎重に駆け抜けなければならない。


 すると、葉を踏む小さな音が近付いてくる。

 振り返ってアルルは銀の毛玉を迷い目で睨む。


「つ、ついてきちゃダメなんだから!」


 少女は、顔を振って目的地に続く先の斜面に足を踏み入れた。手近な木に寄り付き、しがみついては次に掴むべき木を探す。


 また、嵩嵩かさかさと掠れた音が後に続いた。

 子狐の短い手脚ではこの先の斜面は危ないだろう。


「キャァー」


 キウイが私を呼んでいる。

 先程まで実は半信半疑だった意思の疎通を、アルルは確かに感じた。


「キャァー、キャァー」


 このまま立ち止まっていたら、またあの毛並みが足を撫でるのだろうか。もうあと数秒だけ待ったら・・・


 アルルは目を閉じた。目を閉じたって、声は聞こえてくる。耳を塞がないと!


ザザッ!


 前に踏み込む。走って!音を立てて!


 キウイは、いや、子狐はお腹が空いていただけだったんだろう。懐いたふりして餌が欲しかっただけで。きっと。


 走りながらそう思った。思い込もうとした!


「そう、に、決まってる!」


キャァウ!(違う!)


 そう聴こえた気がしたら、ジンと目尻が濡れた。


 そうだ。キウイは私の語りかけに必ず鳴いて答えた。


 そうだ。あの子は孤独だったのだ。ただ親がいなくて、淋しくて。

 

 ああ!あの巣道を歩む自分を帰ってきた母親だと思ったのかもしれない!


 やっとあの子は見つけたんだ・・・温もりを。


・・・それって、私と同じー


「キウイ!!」


 少女は目の前の樹に腕を絡ませ、飛ぶような勢いを殺しながら、がむしゃらにしがみついた。

 擦り剥けた肌がザリリと音を立てて滑り、耐え切れずに半身がぐるんと回転し、視界に鈍色の空が映る。それでもなおアルルは手を伸ばした。


 その手は瞬く瞳に割り込んだ枝を力強く掴んだ。


 まだ離せない。あの子との絆を!


 頭を上げて、もう一度、友達の名を叫ぶ。


「キウイー」


 静寂の森・・・自分の息遣いのほかに聴こえる音は、何もない。


 その事実を知り、胸の奥から何かが迫り上がってきて、アルルの喉を塞いだ。


 出会いは儚い。だから鮮烈なのだ。


 鳴き声も、葉を鳴らす音も、あの温もりも、もう二度と。

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