明日へ。
「奇遇だね〜」とハルコがニタニタと笑って言った。
何か、良いことがあったみたいだ。
松野さんに、ハルコに、上野さんに、三村さんか…。僕は彼女らを見る。
上野さんが三村さんに、こそこそと何か、耳打ちしていた。気のせいか、彼女の顔も紅潮している。
よっぽど楽しい話でもしていたのか。僕は松野さんにこっそり目を移す。
彼女は他の三人よりも明らかに顔が赤い。僕はどきりとした。
「山ちゃん達、なにしてたの?」ハルコが言う。
「いや、男子会?的な」少し、ぎこちない会話だった。
二人は目を合わせる。どちらも、次の言葉を探しているようだった。
急かすように風が吹いた。ハルコの髪が流れる。
それを追って山ちゃんは僕たちの後ろ側を見た。
「あぁっ!」ハルコが叫んだ。
「見て、あの人、なんか見たことない?」僕の背の方を指す。
「えー、誰?有名人とか?」三村さんも、身を乗り出す。
「すっごいでっかい人だけど…」山ちゃんは言った。
「ラグビー選手とかにいそうやね〜」なぜか、上野さんは康生の背をつついた。
「あっ、俺知ってる。あれボブさんじゃね?」康生は僕に言った。
「え、どこどこ?」
「ほら…あのコンビニの所らへん…」彼は横断歩道の先をさした。
「え?ほんとにいるの?」松野さんも入ってきた所で何かの気配がした。
振り向こうとした僕を康生は止める。
「ほら、あっちだよ。」彼は僕の手を引いた。
「あ、ほんとだ。」
「え、どこ…、あ、いたっ」松野さんも気が付いて、おーいと手を振った。
ボブさんも僕たちに気付いたようで、手を振り返す。
僕と、松野さん、それから康生は横断歩道を渡る。
「奇遇ですね」僕が言った時に、また後ろで気配がした。今度はわかる。走り出すような気配。
僕と松野さんは同時に振り向く。
康生が走っていた。まるで夕日に向かってダッシュしているかのようだった。
追え、と脳が判断する前に、信号が赤に変わる。孤島に取り残されたような気がした。
僕たちは、ただ颯爽と夕日に向かって走る彼を眺める。
「あいつ、いいのか?」低い声がして振り向くとボブさんは肉まんを齧っていた。
「い、いや、よくはないと思います。」
一度目の気配は、山ちゃん達が走り出したものだったと今気付いた。
松野さんは、訳もわからずにか、黙っていた。
「じゃあ、俺は行くぞ。」ボブさんは赤のままの信号を見て、それでも歩き始める。
頭がうまく回っていないのか、すぐに引き止めることができなかった。
「中々、やるじゃねぇか。」謎の捨て台詞を残し、彼は行ってしまった。
「どう…する?」ボブさんは行ってしまい、康生達は雲隠れし、コンビニエンスストアの駐車場に取り残された僕は完全に遭難していた。
都会という孤島に、とかではなくて、意識の渦とでもいうものに。二人で、どうすれば?
しばらく考えると、康生達の意図が、わかった。
友達と歩いてたらその友達の、意中の人を見つけて「じゃあ僕はこの辺で…」
あれだ。
「康生達、探す?」緊張でか、詰まってしまう。
「うーん、どうしようか」彼女も明らかにうろたえていた。
「とりあえず、探してみよっか」
何度か赤と青を繰り返していた信号機がまた、青になり、僕たちは歩き出す。
横断歩道の白線ばかりが目につく。ほんの、数センチ隣に松野さんがいて、ワクワクとも、ソワソワともいえない気持ちになった。
時々、彼女の衣服に手が触れる。その度に、心は跳ねた。
「どっちに行く?」曲がり角で、彼女は立ち止まる。曲がると、商店街に出る道だ。
「曲がって、みようか。」康生と商店街を駆けた日を思い出した。
彼女は再び歩き始める。商店街には学生が多くいた。
皆受験から解放された時間を満喫しているのだろう。
「曲がる」と言ったことを後悔した。目立ちすぎる。
松野さんとの噂が立つのはまんざらではない。ただ、少し恥ずかしいな…調子に乗った心配が浮かんだ。
でも、よく考えたら、噂が立つこともない。思い直す。明日には、卒業だ。
松野さんを見る。知り合いを見つけたらしく、僕の方を向いて「ちょっと、恥ずかしいね。」小さな声で言った。
僕の方がさらに恥ずかしくなってきた。裏道を見つけ「こっち行ってみようよ」と入って行く。
もちろん、そんな裏道に康生達がいるわけがない。ただ、細く道が続いている。
「私達、彼氏と彼女みたいだったかな。」そこで、松野さんが頬をかいた。
「そ、そんな!まさか…ね、」
「脈ナシってわけではないと思うんだけどな」康生の言葉が脳内再生される。
ひょっとすると、ひょっとして「アリ」なんじゃないかな、とか思ってしまった。
僕達は細い道を進む。やっぱり松野さんとの距離は近い。心臓の音が聞こえてないかなんて心配をする程だ。
そんな時、手が触れた。
「ご、ごめん。」ほぼ、反射的に謝る。
松野さんは僕の顔を顔を見た。
何か、すごく悪いことをしたんじゃないかと不安になる。
「全然大丈夫だよ。」彼女は笑った。
「ボディタッチとか、引かれるかと…」
「…和也君って、紳士だよね。」微笑む彼女を見て、体が熱くなる。
「ありがとう。松野さんも、淑女って感じだと思うけど。」
「私は、ちょっと、おかしいから。『変態紳士』ならぬ、『変態淑女』みたいな。」
てを振って、否定した。
「例えば?」
「ほら…あれ、恋愛映画とかで、キスシーンとか、緊張しちゃうし。」
道が、ひらけた。見覚えがある場所だ。ボブさんに連れてこられた、あの場所だ。
正面に赤い夕日が見える。橙色の空の色全てが集まっているかのようだった。
時計を見ると六時前だ。前の時は、五時だった。季節を感じ、同時に寂しくなる。
「きれい」松野さんが小さく言った。「でも、さみしい。」
「うん。」僕の寂しさも、いくぶん増す。
「みんな、バラバラになっちゃうんだね。」悲しいよ。彼女は言った。
「でも、みんな同じ世界で生きて行くんだから。」そう言いつつも、本当にそうだろうかと言う思いを禁じ得ない。
今、大切に思っている、友人だと思っている、康生や山ちゃん達も大きくなれば忘れてしまうだろうか。
そうならないことを願いたい。夕日に願いを込めた。
「そうだよね。いつでも、会えるよね。だって、もう、ほとんど大人だもんね。」松野さんは振り向いて笑った。
夕日と彼女の笑顔が重なる。眩しくて目を細めた。
寂しい気持ちの中に暖かい気持ちが混じって複雑な気持ちになる。
「いなかったし、戻ろっか。」松野さんが振り返る。
「ちょっとだけ、待って…もらえないかな?」
踵を返し、道の入り口へ向かう彼女の背中に日が差す。影が長く伸び、止まった。
「どうか、した?」不思議そうな顔だった。
「あの…さ。」言ってしまえ!心の中で、康生とボブさんが言っている。胸は太鼓を叩くようにどんどんと脈打ち、口を開くことさえままならない。それでも、意を決する。
「好き…です」それでも、出た声は締まりきった蛇口から滴る水滴のように、か細かった。胸の鼓動は最高潮に達し、顔も夕日のように赤くなってやいないか心配になる程だ。
松野さんは初めはいつものように微笑んでいた。が、少し、真剣な顔になる。
「友達って言っていいのか、わからないけど、友達としてじゃなくて、異性として、恋として、君のことが好きです」今度は、ちゃんと、出た。けど、蛇口が開いた代わりにどくどくと感情が流れ出しそうだった。
「それで、松野さんは僕のこと、どう思う?」
「…ありがとう」
彼女はようやく口を開いた。顔に血が上るのを感じる。
松野さんはまた頬をかいた。それから、両手で顔を覆う。
「なんだか、照れるな…」ほっぺたを赤くした。そして、体が火照ったか服をぱたぱたとさせる。
「ほんとに、好きって言ってくれたの、初めてで、ほんとに嬉しい」
少しの沈黙。
「でも…ごめんね。」頭に上った血が一斉に引く感覚がする。ゾワゾワと、寒気がした。
「ごめんね。やっぱり、まだ、分からない」
申し訳なさそうに松野さんは言った。僕は、ほとんど、泣きそうになる。
「まだ、時間はあるよね?」
「じゃあ…じゃあさ、」僕は滲み出る悔しさを何とかエネルギーに変えて、精一杯笑顔をつくる。
「友達として、僕と、付き合ってください」
「もちろん!」
彼女の返事を聞いて、安心する。振られて、惨めだけど、友達でも十分じゃないかと思う。恋人である必要はないのだ。僕は、彼女の人柄が好きなのであって、カラダが欲しいのではない。愛情だって友情だって、本質は何も変わらない。ただ、その人が大切で、一緒にいたい。言い訳がましいが、そう思った。
「これからも、よろしく」僕は言う。決して、諦める訳では無い。これから、友人として付き合って行く中で再チャレンジすればいい。僕らはまだ若い。大丈夫だ。まだ時間はある。
「じゃあ、行こう!」松野さんは僕の手を引き、僕の目を見た。
そドキドキして、目を背けた。
日はほとんど暮れようとしている。西の空は暗い。
「そうだね。」彼女の手を握り返した。
僕達は明日の方へと歩みを進める。
卒業へと歩みを進める。
大人への一歩を踏み出す。




