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第七章 呪われた闘争

 路貴(ろき)は咄嗟に防御の姿勢をとる。

 ――キンッ。

 清んだ音が、体の底にまで響くように。その衝撃に、路貴は後退せざるを得なかった。どんどんと、貴士(きし)との距離が離れていく。前に出ようとするたびに、(きん)に妨害されて退がらされる。

「金……ッ」

 悪態を()こうとして、しかしその先の言葉が出てこない。防御のために言葉を塞がれているのか、それとも何て口にしたらいいのかわからないのか、何度も路貴はその先のセリフを封じられる。

 また一度、大きく退がる。貴士との距離は、もう二〇〇メートル近くも離れてしまった。遠目では、貴士と夏弥(かや)が動いているくらいにしか見てとれない。

「金……ッ」

 また、悪態を吐こうとして先が出てこない。バッ、と金は両手を広げて路貴の進行を(さまた)げる。

「ダメ!」

 その必死な姿勢に、路貴は完全に足を止めてしまった。――金は、涙を流しながら路貴を見据える。

「もう、止めて。路貴。貴士は、もう、路貴に酷いこと、しない。だから、路貴、家、戻って。貴士が戦い終わらせる、それまで、待って。路貴は、もう、何もする必要、ない。何も、しなくていい」

 両者は、完全に止まってしまった。いまだかまえを解かない路貴と、無防備に両手を広げた金。なのに、路貴はその一歩を踏み出すことを完全に忘れてしまった。

 ――目の前で、泣いている少女。

 その必死の姿を、路貴は初めて目にする。ギリギリと、路貴の深い部分(ところ)が締めつけられる。金の震えた声が感染したように、路貴の身体(からだ)もまた震えだしそうだった。その震えに耐えようと、路貴は奪帰(だっき)を握る手に力を込める。奥歯を噛みたかったが、それだけは我慢した。彼女の前でそんな失態を見せてしまうのは、路貴のプライドが許さなかった。

 そんな路貴を試すように、金はさらにか細い声で路貴に懇願する。

「…………お願い。金の言うこと、きいて」

 その幼さの通りに、金は泣く。まるで涙を耐えることも、哀しみを押しこめることもできないように。

 ……路貴は、彼女のように子どもではない。

 感情だけで動くなんて、もうできない。全ての行動には理性という理由が必要だ。情というものがどんなに血の涙を流しても、路貴は肉に爪を喰い込ませて無情を告げる。

「――断る」

 吐いた息が、灼熱の炎のように熱い。無数のカッターの刃を吐き出すみたいに、喉が痛む。こんなにも、言葉を吐くのは辛いことなのかと、思い知らされる。

 びくり、と金の肩が震える。その顔が、さらに悲哀に歪む。その光景を無視するように、路貴は強引に言葉を吐き出す。

「俺はまだ、諦めちゃいない」

 その言葉に、偽りはない。だから、どんなに身が引き裂かれそうな痛みを覚えても、路貴はまだ立っている。

 それ以上語ることなどないから、路貴は口を閉ざす。黙ったまま、相手の返答を待つ。いや、ただ動けなかっただけなのかもしれない。本当なら、もう用は済んだと、貴士の元に駆け出してもおかしくなかった。

「……金、悲しい」

 だが、その衝動は路貴の肉体(からだ)に伝わる前に消えてしまった。ぽつりと、金の漏らしたその一言だけで、路貴は木偶(でく)の坊みたいに動けなくなってしまった。

 だから、路貴は否が応でも金の感情を聴かなければならない。

「――金の、夢」

 震える声のままに、金は笑みを浮かべようとする。

「貴士と路貴、そして、金。三人、仲良くする。一緒に、お話する。一緒に悩んで、一緒に同じもの、見る。――それ、金の夢」

 笑おうとして、けれど失敗する。口元を綻ばせようとしているのに、涙は一向に止まらない。赤く歪んだ瞳が路貴を苛み続ける。

「これ、おかしい。金、路貴と一緒にいたこと、あまりない。貴士と、一緒だった。なのに、路貴いなくて、金、寂しかった。路貴と初めて会った日、路貴と初めて会って、金、とても嬉しい思った。これ、なんて言う…………。なんだか、懐かしい感じ。ああ、路貴、久しぶり、そう思った」

 路貴の心臓が、どくん、と一つ、大きく打った。その衝撃で、心臓が停止してしまったのではないかと思うほど、それは致命的な一撃。なのに、路貴の不出来な肉体はいまだに立ったままで、役立たずな耳はまだ金の感情を拾っている。

「それから、路貴、会ってくれない。金、貴士にお願い、した。路貴、また会いたい。でも、ダメだった。貴士、善処する、が、期待、するな、言った。金は、うん、わかった、って頷いた。金、それでも、良かった。貴士が頑張って、でも、路貴と会えない、貴士は悪いと思ってる、でも、金は貴士を悪い、思わない。だから、金、わかったって、いいよって、言った」

 目の前の少女が言う、路貴と初めて会ったというのは、今から五年前のこと。今でも幼い印象はあるが、五年前に比べれば、少女はすっかり大きくなった。

 ――成長、なんて単語が浮かんで、路貴は吐きそうになる。

 ――変わった、なんてそんな無慈悲が、余計に恨めしい。

 目の前が歪んで消えてしまいそうだ。そのまま、ぷっつり視神経が切れてしまえばいいのに。しかし路貴の体は、本当に嫌になるくらい、現実を伝えてくる。

 金は、また無理に笑おうと目を細める。

「でも、正直言うと、金は寂しい。路貴に会えなかった、とても寂しい。だから、なんでかな、いま、路貴と会ってる、とても嬉しい。なんだか、安心する」

 だから、と金の声がさらに震える。ただでさえつっかえつっかえなのに、その言葉はぶつ切りで、消えてしまいそうで。

「金、路貴にうん、って言って、ほしかった。また三人、一緒、なるまで、離れ離れ、寂しい、けど、それまで、路貴、傷つかない、それ、いいこと。貴士も路貴も、お互い、傷つけない、また、三人仲良くできること、それ、金の夢」

「無理だ」

 耐えられなくなって、路貴は無理矢理口を動かした。もはや、思考はちっとも働いていない。まるで他人のもののように、路貴の口は勝手に言葉を吐きだす。

「俺は貴士から刻印を奪う。貴士をずたずたにして、俺のほうが楽園(エデン)に相応しいことを示してやる。――俺と貴士が仲良くなんて、そんなことはあり得ない」

 酷いことを言っていると、路貴もわかっている。けれど、今だけはそんな薄情な口を褒めることができる。

 ――だって。

 路貴は、彼女を突き放さないといけないから――。

 このまま――。このまま金が路貴を嫌ってくれればいい。目の前にいる男は悪人なのだと、血も涙もない人でなしなのだと、そう思ってくれればいい。軽蔑してくれればいい。嫌悪してくれればいい。

 もう二度と、路貴に会いたいなんて思わなければいい。もう、路貴の顔など見たくないと思えばいい。さっさと、路貴を見捨ててくれればいい。

 ……一緒に、なんて。そんな幻影をチラつかせるなッ!

 なのに……。

 金は穏やかな表情で首を横に振る。

「……あり得ない、ない」

 涙の痕を頬に残したまま、金は柔らかい笑顔を浮かべる。

「金、知ってる。路貴も貴士も、とっても優しい」

「何を根拠に?」

 つい、反論が口を出る。

 金の主人を殺すと口にする。貴士を徹底的に負かして、刻印を奪うと公言する。王家が手に入れるはずの楽園(エデン)を、自分が強奪すると宣言する。

 ――そんな奴の、どこが『優しい』なんて言うんだ?

 その問いに、金は困ったように首を振る。

「わからない。でも、金、知ってる。二人、金に、優しい」

 まるで、根拠のない断言。感情だけで動くことをしなくなった路貴には、ちっとも説得力のないセリフ。

 ――それは、なんて、妄言。

 ――それは、なんて、幻想。

 路貴はもう大人だから。金のような子どもではないから。

 そんな筋の通っていないセリフは、否定してやればいい。そんな理屈もなにもない断定なんて無意味だと(わら)ってやればいい。

 ……なのに。

 何も、言えなかった。

 少しは役に立っていた口も、今度ばかりは役立たずだった。そんなダメな自分を殴ることもできないくらい、路貴の思考は機能を停止している。

 一〇秒の沈黙。その無意味な静寂を、しかし金は嬉しそうに微笑んでいる。まるで、自分の言葉が相手に通じたみたいに、そんなちっぽけな幸せを噛みしめるように。

 その金が、さも決意したように表情を硬くする。両手で涙を拭って、頬に伝った涙の後まで消し去って、まだ充血を残した瞳で路貴を見返す。

「金は、路貴と貴士、仲良くしない、いや。でも、二人が喧嘩する、金、止めないといけない」

 路貴、と金は真っ直ぐな声で告げる。

「――これ、さいご」

 それは、確かに彼女の最後の感情。震えを押し殺した彼女は、まるで対峙するように路貴に懇願する。

「路貴、貴士と戦う、止めて。家に、戻って」

 その真剣な表情も、しかし一〇秒も()たなかった。やがて再び表情が崩れ出し、独りでに涙が溢れ出す。その顔を見せたくないのか、金は俯く。暗くなった髪の隙間から、彼女の泪が地面に落ちる。

「…………金と、仲良く、なってぇ」

 その最後の訴えに、一体路貴はなんて返せただろうか。

 ……金の語ったことは、真実だ。

 路貴はこの少女とロクに会っていない。ここ最近の遭遇が、異常なくらいだ。少女が生まれてから、一〇年近く。物心ついた少女と最初に会ったのが、五年前。それからの五年間、ほとんど会ってもいないのに、それで仲良く、なんて、どうしたらいいのだろうか。

 ――路貴は、感情だけでは動かない。

 なのに。

 この身体は、本当に役立たずだ――。

 路貴は、右手に持っていた奪帰を放り捨てる。それは周囲の魔力を無尽蔵に奪い尽くす、路貴の家に伝わる魔具だ。空間に漂う魔力はもちろん、手にした者、触れた者も関係なく、無差別。

 扱いは難しいが、それが路貴の武器であることには変わりない。その武器を、路貴は捨てる。奪帰は金のすぐ足元で転がる。

 金は足元の鉄の棒を目にして瞠目する。その驚愕の色を、路貴のほうへ向ける。その表情は、次第に緩んで笑みを形作ろうとする。

「路貴……」

「――断る」

 金の漏らした声を、しかし路貴は遮断する。少しの猶予も与えず、路貴はその致命的な言葉を、吐く。

「俺は、貴士を殺してでも神託(しんたく)者に戻る。楽園(エデン)を手に入れるのは、この俺だ」

 その非情のセリフを口にして、路貴は自分の体が役立たずであることを再認する。どんな極悪非道も、どれほどの無慈悲も、金の前では役に立たない。

 ――感情だけでは動かない路貴と。

 ――感情で善悪を判断する金と。

 両者は致命的なまでにわかりあえない。

 無知な人間では、これが関の山。だから、路貴は楽園(エデン)を望む。世界の起源を目指す。――世界にさえ到達してしまえば、こんな不毛は意味を為さないのだから。

「……わかった」

 金は、もう泣かなかった。顔も背けず、その瞳は一つの決意を宿し、揺らぐことはない。

「――金、貴士を、守る」

 その、致命的な宣言。しかし、路貴はかまえない。もう、胸の痛みに苛まれることもない。所詮、木偶の坊の身体だ。何を嘆き、何を悲しむことがあろうか。

 ――もう一つの闘争が、こうして静かに幕を開ける。


 路貴が奪帰を捨てたのには理由がある。

 そもそも、金は魔術師ではない。金の素早く、かつ、的確な身のこなしは、彼女が習得した体術によるものだ。魔術による強化ではない。

 だから、無尽蔵に魔力を奪う奪帰の特性も、金の前では無意味だ。(かえ)って、路貴の呪術を壊してしまうから、持っているだけで路貴自身が不利な状況に追い込まれるだけだ。

 路貴は金が迫るよりも前に、周囲に呪符を()く。呪符から霧のような呪詛が立ちこめて、路貴を中心に半径五メートルほどを覆う。

 金は躊躇うことなく、呪詛の霧へと跳び込む。それも仕方のないこと、魔術師としての訓練を積んでいない金には、そもそも路貴の放った呪詛など見えていないのだから。

 霧に触れた瞬間、金の動きが急激に鈍る。路貴を貫かんとしたその勢いが、急速に(しぼ)んでいく。まるで何十キロもの重りを背負わされたように、金の息が荒くなる。

 その緩慢な動きに、路貴は余裕をもって後退する。金との距離が一〇メートル近く離れたが、その間にも呪詛の霧は範囲を広げ、それだけの距離があるにもかかわらず、金は霧の中から抜け出せてはいない。

「はぁ、はぁ…………」

 金は荒い息を繰り返しながら、路貴を見上げる。一〇メートルていどの距離など、普段の金なら一瞬だろうに、しかし彼女は呪詛にかかったがために、動くこともままならない。

 ――これが

 魔術師とそうでない者の実力差――。

 金がどれほどの鍛錬を積み、目にも止まらぬ速さで地を駆け、的確に人を殺す(すべ)を身につけていても、魔術の前ではその動きそのものを封じられてしまう。しかも、魔術の素養のない者には自分が毒を盛られたことさえ気づかない。

「…………」

 路貴はゆっくりと、金との距離を詰める。こうなってしまえば、赤子の手をひねるようなもの。完全に金の動きを止めるために、路貴は時間をかけて呪詛を練る。手持ちの呪符を浪費するまでもない。

 ――ほどなく、呪詛が完成する。

 金縛りに遭い、金の身体は完全に硬直する――。

 体中をコルセットで締めあげられたように、金の身体から身動きが封じられる。酸欠の魚のように、金は浅い呼吸を繰り返す。

「魔術師でない者が、俺を止めることなんてできるわけがない」

 敢えて、路貴は金にその残酷を告げる。金は言葉を返すように路貴を見上げるが、しかし呼吸をするだけで精一杯と見える。動けなくなった相手にこれ以上を口にする必要もないのだが、路貴はわざわざその致命的なセリフを繰り返す。

「しばらく、そうしていろ。俺は、行く」

 今度こそ終わったと、路貴は金から視線を外す。路貴の視線の先を悟って、金の表情は暗くなる。

「……………………」

 衝動に駆られて声を出そうとするが、金の口からは何の音も出ない。体はぴくりとも動かないのに、息ばかりが荒い。額からは玉の汗が浮かぶのに、夏のこの時期には不釣り合いなほど寒そうだ。

 路貴は奪帰を拾うために、地面に転がった奪帰のもとへ歩を進める。貴士と戦うためには、どうしても奪帰が必要となる。だが、別段焦って向かうこともない。いま貴士は夏弥と戦闘中、一瞥(いちべつ)したところまだ戦いは白熱していない。もう少し、もう少し二人が戦闘に熱中し、貴士の注意が夏弥だけに向かい、路貴のことなど目に入らなくなるくらいまで。

 所謂(いわゆる)、漁夫の利というやつだ。それは、魔術師においては少しも卑怯ではない。隙を見せるやつが悪い、秘術を秘術のままにしないものが悪い。魔術師同士の闘争とは、いつ終わるかなんてわからないし、いつ始まるかなんてこともわからない。勝利したと勘違いしたところを掬われる、あるいは寝込みを襲われる、そんな油断を許すものが莫迦なだけだ。

 だから路貴は、その一瞬の隙を狙う。先の貴士との攻防で、奪帰が有効なのは確認済みだ。貴士の欠片の原理はわかっていないが、路貴の魔具が通じるのだとわかれば、それで十分。次の一撃で、今後こそ貴士を戦闘不能にする。

「…………ェ……」

 その音に、路貴は奪帰を拾う手を止める。信じられない思いで振り向く。金は硬直したまま、やはり動かない。改めて確認したが、路貴の金縛りが解けた気配はない。

 気のせいだと自身に言い聞かせ、路貴は再び奪帰へと手を伸ばす。

「……ダ……メ…………」

 そのか細い声は、今後こそ路貴の耳に声として認識させる。路貴は体を上げ、背後の気配に意識を向ける。やはり、路貴の呪詛が解けた気配などない。完璧に金縛りを受けていて口をきけるなど、今までの路貴の経験からはあり得ない。

 自身の動揺も隠すことができず、路貴は勢いよく振り返る。

「貴士……金…………守……る…………」

 掠れた声は、しかし確かな意思を(にじ)ませる言葉に、路貴の口は即座に動くことができなかった。三度深く呼吸を繰り返し、路貴はようやく冷静を装った。

「動けないくせに、何ができる?」

 そう、金は動けない。路貴の呪詛は、いまだ完璧に金を拘束している。仮に喋れたとして、指一本とて動かすことはできない。

 ……なのに。

 金はなおも、その意思を口にする。

「……金…………守……る…………それ…………金………………できる…………こと………………」

 何を莫迦なことを、と路貴は失笑しようとした。金にできることなど、もう何もないのだと、その決意を踏み潰そうとした。

 ――なのに。

 その気配は、唐突に溢れた――。

 金は魔術師ではない。魔力の扱いなど知らないし、呪詛に抵抗する術など持たない。つまり、金は元来、呪詛を受けた瞬間に敗北している。

 路貴は呪術師だ。その実力は楽園(エデン)に選ばれるほどであり、一度呪詛をかけたなら、相手が例え魔術師でも、その束縛を破るのは容易ではない。魔術師でも何でもない人間に、路貴の呪詛が破られるなど、それこそ不可能だと断言できる。

 だから路貴は、意図せず、驚愕の声を漏らす。

「な……っ」

 直前まで、何の気配もなかった。破られる道理もないし、魔力の気配も皆無だった。

 ――路貴の呪詛が砕ける。

 金縛りが、一瞬にして粉々に砕け散った――。

 何が起きたかなんて、咄嗟に理解できない。ただそこに、現実があるだけだ。

 金が路貴のほうへと振り返る。まるで何事もなかったように、自然な挙動で。あり得ない、と路貴は叫びたかった。仮に呪詛が破られたにしても、その余波をまるで感じさせないなど、路貴の呪詛はそんな柔なものではない。

 なのに――。金はまるで不自然さなど感じさせず、直前までの苦しみが嘘のように、落ち着いた表情で路貴を見返す。その瞳に、路貴は射抜かれたように硬直する。

「――金、守る。それ、金できること」


 その瞳の色は、直前までのものとはまるで違っていた。

 ――金の両の瞳。

 池のように澄んだ碧眼――。

 金が駆け出す。反射的に、路貴は後退する。まるで、遜色のない動き。呪詛の名残など微塵も感じさせない、鮮やかで見事な身のこなし。肉体強化している路貴でさえ、後退するのがやっとだ。

「ちっ……」

 路貴は舌打ちする。

 ――邪眼か。

 ()る、という行為は、それだけで他者に影響を及ぼす。訴える、なんて生温いものではない。それは、一つの命令。精神だろうと肉体だろうと、それは絶対の強制力を発揮する。

 その最果てにあるものが、邪眼。肉体の変質や精神の侵略まで、それは魔術の極限たる大魔術と格を等しくする。

 邪眼には天然のモノと人工のモノが存在する。人工のモノなら、それは魔術という学問体系に則したものだから、通常の魔術の延長で考えれば()い。しかし天然のモノは、それは異端に属する。異端は、平然と魔術師たちが積み上げてきたモノを嘲笑う。理屈も理論も構造も、異端には知識ばかりの魔術師の理解など軽く及ばない。異端はその一代限りのものだが、それゆえに他の魔術師には継承されない、すなわち理論では縛れないモノ。

 ――ゆえに。

 それが天然の邪眼なら、路貴に防ぐ手立てなどない――。

 また、邪眼は魔術師としての才能も意味する。すなわち、魔術師としての教育が皆無であろうと、邪眼を発現できるなら、それだけで他の魔術師と拮抗し得る実力を持つということ。

 金が路貴の金縛りを破ったのは、つまりそういうこと。邪眼が発現したことで、金の肉体は反射的に路貴の呪詛に抵抗し、破り返したのだ。

 ――短時間でそれだけのことを把握して、しかし路貴は逃げに徹するしかない。

 邪眼を下ろすことによって、瞳の色が変色するのは基本的なこと。しかし、その瞳の色から邪眼の特定を読むことは、残念ながら不可能だ。もしその効果を知りたいなら敢えて邪眼の術中にはまるしかないが、その時点で、邪眼から逃れることは難しくなる。人工の邪眼ならともかく、天然のモノは抵抗が精々で、解呪など期待できないのだ。

 だから、路貴は金の視界から逃れようと、動き続けるしかない。視線の前に、距離なんてものはあまり意味がない。できるだけ動いて、その視界に入らないようにするしかない。

 しかし、相手は元々魔術師ではなく、体術を得意としている。素早さはもちろん、敵の動きを読むなんて得意中の得意。路貴の蛇行も、金はあっさりと詰める。

「はァ……!」

 気合いとともに、金が迫る。距離は、まだ路貴から一〇メートルほど。しかし、金はそれ以上不用意に近づいてはいけない。――なぜなら、路貴はいまだに呪詛の霧をまとっているのだから。

 ――だが。

 失念してはいけない。

 邪眼を得た時点で、金は呪詛に拮抗し得る術を有する――。

 踏み込みと同時に、金は掌底を放つ。空気を打つだけのその所作に、しかし路貴は馴染みのある気配を感じる。

 魔力の塊が、金の(たなごころ)から放たれる。それは、純粋に塊としか言いようのないもの。魔術にも届かない、単なるエネルギー。それが、路貴のまとった霧を打つ。そのエネルギーに押されて、呪詛の霧が半壊する。

「なっ……!」

 驚愕し、路貴は反射的にさらに距離を取る。しかし、武道の心得のある金は呆気なく路貴を追い詰める。さらに踏み込み、今後は首を狩る勢いの回し蹴り。その、たった二撃で、路貴の呪詛は完全に消失した。

「金。まさか……」

 その先を何というつもりだったのか。しかし金はその先を知っているかのように首を横に振る。

「金、知らない。でも、路貴わかる?」

 わかるわけがなかった。

 路貴は邪眼など持たないが、知識の上で邪眼のことは知っている。邪眼とはすなわち一つの魔術に過ぎない。その魔術が如何に強力であろうと、その人間はその唯一の魔術が使えるようになっただけだ。

 ――つまり。

 金には、路貴の呪詛など見えていないはずなのだ――。

 もっとも、邪眼は異端に近いから不確定要素がないわけではない。しかし、金の口振りから、金にはまだ魔術の気配を読むだけの才能などないと判断できる。

 ……だったら、なんで金は呪詛の手前で止まった?

 金には、呪詛の霧の範囲などわからない。魔力をぶつけて呪詛を無効化したよりも、その存在を理解して距離を取ったことのほうが不可解だ。

 だが、路貴にその謎を解く時間などない。

「くそ……ッ」

 左手で追加の呪符をばら撒く。本来は貴士との戦闘で使う予定だったが、出し惜しみしている余裕はなくなった。

 今度は霧ではなく、幻想の鎖。もちろん、魔術の気配を読めない者には見えない。呪詛の霧などとは比べものにならないほど、強力な呪詛を帯びている。触れた瞬間に対象を絡め取り、一瞬にして金縛りをかける。

 間合いを測る余裕など与えまいと、路貴は前に踏み込んだ。あと半歩で金に触れる、というところで、彼女は身体を(ひね)りながら、路貴に向かって跳び込んできた。

「ちっ……」

 反射的に、舌打ちしてしまう。

 鎖という特性上、そこには隙間がある。金は、まさしくその隙間に跳び込んで呪詛を回避してのけた。正確に、路貴の呪詛が見えていなければできない芸当だ。

 ――だが、これなら……ッ。

 路貴は鎖の範囲を狭める。微妙に鎖の構成を変えながら、鎖を内へ内へと絞っていく。万が一にも金が路貴の呪詛を見えていたとしても、後ろに目があるわけではないのだ、超えたはずの鎖が戻ってくるなど、気づくはずがない。

 ――だが。

 路貴は見る。

 金は迷わず身を捻る。その鮮やかな回転に、ヒュという汽笛じみた呼吸が鳴る。

 後方への回し蹴り。敵の首を狩るように上がった足が、切り落とすように地面に向けて振り下ろされる。――一寸の狂いもなく、金は路貴の鎖を蹴り切った。

 もはや理解の埒外(らちがい)だ。

 一瞬の攻防だったはずだ。今まで魔術師としての教育のない金には、判断が及ばないはず。なのに、金の動きは熟練した魔術師以上のもの。

 ――まさか……!

 路貴の脳裏に、悪夢めいた思考が()ぎる。

 そんなばかな、と否定したい。なのに、その否定すら許されないとばかりに、金は路貴の思考に(こた)える。

「金、路貴の呪詛、見えない。でも、路貴の見てるもの、見える」

 それは、他人の見ているものが見える、なんて単純なものではない。それはより危機的で、より致命的なこと。それは――。

「路貴、思ってる。金の動き、止めたい」

 それは、正しい。路貴は考えている。如何にして金の動きを封じるか。

「どうやったらいい?ああやる。こうやる」

 路貴の持っているどれほどの呪詛が有効か。どんな戦略で行くか。路貴は、思考する。

「金には、それ、わかる」

 それが、金の邪眼。二つの碧眼は、路貴の心の奥底まで見透かす。

 チッ、と無意識のうちに路貴は舌打ちする。

 ――そんなのありかよ。

 うん、と金はその思考にさえ頷く。

「『(さとり)』っていう。――そう、心読むこと」

 路貴は思考する。だが、どうする、という思いも同時に過ぎる。

 金には、路貴の考えが全てわかる。なら、どんな作戦を立てても、その過程や結果は筒抜けということ。どこが弱く、どこを突けば崩れるのか、それがわかってしまうなら、どんな作戦も無意味ではないか。

 ――いっそ……。

 路貴はさらに呪符を撒く。どの呪符がどんな呪詛に向いているか、なんて考えてなどいない。何枚呪符を浪費したなんてことも、それこそ思考にない。

 考えない。思考しない。行き当たりばったりの、ごり押しでいくしか、ない。その場で呪詛を組み、その場で呪詛を組み替える。

 路貴は駆け出す。もはや、距離をとって相手をハメる、なんて無意味だ。こちらから攻めて、相手のミスをどれだけ誘うか、それしか手はない。

 だが、接近戦において金の優勢は崩れない。その膨大な呪詛の塊を、金は的確な身のこなしでかわしていく。

「路貴、混乱してる。路貴、何も考えない、してる。金、その意味、わかる。考えた、それ、金わかる」

 金が何を言っているか、路貴はもはや理解しない。理解しようとした瞬間、それが新たな思考となる。だから、路貴は特攻する。呪詛をかけようとするのではなく、呪詛をぶつけるのだ。呪詛の塊をまとったまま金に近づき、偶然の接触を狙う。路貴の呪詛は、路貴の意思などなくとも、十分にその威力を発揮する。

 金はかわしながら、さらに路貴の思考を(あお)る。

「――でも、それ意味ない」

 まるで、もう呪詛を壊す必要もないというように、金はさっきから回避ばかりだ。路貴がまとう呪詛は、すでに半径二〇メートル近くまで広がっている。しかしその密度は、霧に迫るほどに密だ。霧の呪詛と違うところは、その鎖に一度でも触れたなら完璧に拘束できる、ということ。

「思ったこと、バラバラでも、金わかる。バラバラの考え、整理して、見ることできる」

 その断片的な思考でさえも、金は読めるという。そんな無秩序から必要な情報を抜き出して、次の行動の指針とする。それがどれほど高度なことか、人の心を読めない人間にはわかるわけもない。

「考えになる前の考え、思う前の思い、全部わかる。これ、なんていう。――そう、無意識」

 それが、人の心を見透かすという金の邪眼。思考も意識も、あるいはその人間が意図しない、認識していない深層の領域さえも、金は入り込める。そこから相手の行動を予想して、リアルタイムに処理していく。

 ハッ、と路貴は吐き捨てる。

「そこまで見通せるんじゃ、何考えても一緒か」

 なら――。路貴は口の端を歪める。 

「これはかわせるか……!」

 広げていた鎖を、半径五メートルまで一瞬で縮める。空間はもちろん、鎖は路貴自身までも絡め取る。

 金が呪詛に抵抗するだけの力を持っていても、こればかりは抵抗しきれまい。霧とは違い、鎖を引き千切るのは容易ではないのだから。

 ――それに。

 呪詛はすでに路貴の体にまで及んでいる。路貴を攻撃した瞬間に、金はその呪詛を全身に受ける。路貴自身も呪詛の影響を受けるだろうが、そんなことを考慮していられる状況ではない。この捨て身なら、今度こそ必中――。

「――でも、意味ない」

 呪詛が完全に金の身体を拘束する、その前に、金は一歩踏み込む。たった一歩の踏み込で、二人の間に空いていた三メートルの距離が消失する。

「金、少しだけ動けなくなる。でも、路貴動けないなら、それ、問題ない。金のやること、貴士、守ること」

 金の両の掌底が、路貴の胸を強打する。金自身の体術と魔力が、路貴の身体の内で暴れる。ガッ、なんて無様な悲鳴を残して、路貴はその場に倒れ込む。

 路貴は、完全に動けなくなった。自身の呪術のせいではない。自分でかけた呪詛の構造は把握している。他人が解くよりも早く路貴なら解呪できる。

 路貴が動けないのは、より単純な理由。――金の掌底が、思いのほか効いたのだ。

 肉体強化のおかげで、心肺機能の停止もなく、意識を失うこともなかった。……だが、果たしてそれは幸運だろうか。強烈な痛みと、意識を残したまま動けないというこの状況のほうが、より残酷ではないか。

 あまりの痛みと苦しさに吐き気がするが、身体が正常に動かないために不快感ばかりが募っていく。喘息じみた呼吸を繰り返し、指一本も動かせない。

 そんな半死人の路貴を見下ろすように、金は立っている。彼女とて、呪術のために動けないはずなのに、しかしその表情には苦痛もなく、むしろ倒れた路貴に対して憐憫の色さえ見せている。

「路貴……」

 呟くような、金の声。それが、心底不思議だというように、路貴に問いかける。

「なんで、金の言うこと、きいてくれない?なんで、貴士の邪魔する?路貴、なんで楽園(エデン)ほしい?」

 反射的に、路貴は思考してしまう。

 ――何故、路貴(じぶん)楽園(エデン)を欲するのか?

 自分の家のため?――否、誰があんなやつらのためになんか。魔術が表舞台から消えたこのご時世において、いまだ呪術なんてカビ臭い職にしがみついて生きている、あんなやつらのためになんか。

 では、(おう)家のため?――否、誰があんなやつのためになんか。いつも偉そうで、上から目線で、それでいて自分じゃなにもできない、引きこもりのあいつのためになんか。

 ならば、何が為に楽園(エデン)を欲する?――魔術師が故。己は魔術師たり。魔術師であるなら、誰もが世界を欲する。その叡智を我がものとするために、楽園(エデン)を欲す。

「貴士だと、ダメ?貴士も路貴も、ほしいもの、同じ。だったら、路貴じゃなくても、いい」

 それじゃ、意味がない。路貴がやらなきゃ、意味がない。

 それは、路貴が背負ったものだから。名継(なつぎ)家の跡取りとして、王家に仕える者として、その責務を背負わないといけないから。だからこれは、路貴が為さなければならないこと。

「路貴、何のため、家、出た?なんで、ここまで来て、神託者になった?そんなに、世界、見たい?」

 決まっている。――あんなせこいやつらと同列になりたくないから。

 決まっている。――もう、楽園(エデン)ぐらいしか頼れるものがないから。

 決まっている。――――決まっている?

 ……やめろ。

 それ以上は思考するな。

 そこから先は、考えてはいけない。いま、彼女の前でそれを思い出してはいけない。形にしてはいけない。それは、路貴だけが背負っていればいいもの。路貴はただ、その決意だけを胸にしまっておけばいい。それ以外のことは、永久に心の奥底に葬っておけばいい。

 ……だから。

 ……掘り返すなッ!

 もう、()ぎたことは変わらない。終わったものは、取り戻せない。過去があり、現在があり。そうやって、人は時間の流れを()る。現実という天井が見えてしまう。

 ――だから。

 路貴は感情だけでは動かない――。

 そうやって、ずっとずっと殺していたのに。忘却のままに消えてほしくて、路貴は一人でこの地に訪れたというのに。

「金にはわからない。――だから、金、路貴に訊く」

 問いかける。触れる。こじ開ける。奥へ奥へ。意識を突き破り。記憶の海を抜け。それは無意識の領域まで落ちていく…………。

 ――やめろ。

 何も訊くな。触るな。開けるな。蓋を閉めたままにしろ。無理に開けようとするな。入ってくるな。やめろ。やめろ。やめろ、やめろ、やめろやめろヤメやめろやめろやめろヤメロやめろやめろやめやめやめろヤメロやめろヤメロヤメロやめヤメロヤメロヤメロやめろやめろややめろ………………。

 ――俺の心を。

()るな――ッ!」


 雲もないのに、グラウンドの中だけが暴風雨に襲われている。それを証拠に、ネットの外側では誰もこの異変に気づいていない。それは嵐が局所的であるということと、結界がいまだに健在であること、その両方を意味している。

 こんな異常気象が、普通の自然現象なわけがない。グラウンドの中は敵意を剥き出しにした魔力で満ち、その魔力に呼応するように風が、雨が、雷が、猛威を振るう。

 そんな異常な嵐の中でも、場所によって激しさが異なる。グラウンドのほぼ中央は雷が大地を打ち、風が土を巻き上げ、雨が、雹が、空間を圧倒している。もはや、人が入り込める領域ではない。

 そこから一〇〇メートル離れた位置になると、嵐の中心ほどの激しさはない。それでも、普通の天気なら暴風雨の圏内だ。何の心得もない人間なら立っていることも不可能な風雨の中で、二人の少女が立っている。

(あや)。大丈夫か?」

 黒いドレスを身につけた少女が、隣の少女へと声をかける。顔を守るように右手をかざしたまま、少女は隣のほうへと振り返る。

「まったく。ふざけたことしてくれるわ。こんなデタラメな切り札を持ってるくせに、結界の準備がないなんて」

 そう毒づきながらも、栖鳳楼(せいほうろう)の顔に苦しさは見てとれない。まるで余裕を示すように、顔にはわずかな笑みすら浮かべている。

「大丈夫。外で潤々(うるる)にも手伝ってもらってる。あたしだってまだ保つし」

 そうね、と栖鳳楼は一瞬だけ言葉を切る。

「一時間は、大丈夫。そんなに長引いてほしくないけど。っていうか寒いわよ!一時間もこんな雨風に曝されてたら、それだけで風邪ひくわ、普通」

 そんな悪態すら、軽口にしか聞こえない。確かに、普通の人間なら一時間もこんな暴風雨の中で突っ立っていたら一発で風邪をひいてしまう。

 だが、こんな嵐の中で平然と立っていられる少女たちは、もちろん、普通の世界の住人ではない。魔術の心得がある彼女たちだから、こんな嵐の中でも、中央で繰り広げられている戦いを目にすることができる。

 嵐の中央には、二人の少年がいる。戦いは、一方的だった。なぜなら、この嵐の中で白い衣服をまとった少年だけが、台風の目の中にいる。対する、巨大な鉄の板を右手に持った少年は、静止していることも許されず、雨と風、雷と雹の猛威に翻弄されている。

 そんな私刑(リンチ)のような状況に、少女たちは入り込めず、ただ距離を置いて見守っているしかない。

「――それよりも」

 静観に耐えかねたのか、栖鳳楼が黒いドレスの少女に向かって低く話しかける。

「ローズ。あなた、夏弥に一体何を吹き込んだの?」

 ローズと呼ばれた少女は、答えるまでもないというように、栖鳳楼に返す。

「夏弥が自分で言っていただろ」

 栖鳳楼は、まるで下手なジョークでも聞かされたみたいに嗤う。

「冗談。あれのどこが『具現』なの?」

 いい、と栖鳳楼は目元を険しくして口を開く。

「『具現』っていうのは、魔力を物質に見せかける魔術のこと。魔力というエネルギーを、無理矢理物質という形に押し固めているにすぎない。だから、具現でできたものは結局のところ魔力というエネルギー塊でしかない。どんなに物質化の精度が高くても、その根本は変わらない」

 つまり、と栖鳳楼は左手の指を立てる。

「『具現』という魔術が行使されている間だけ、魔力は物質という形を維持できる。だから、それが具現であるなら、魔力の流れとか魔術の気配とか、そういうものがあるはずなの。なければ、おかしい」

 なのに、と栖鳳楼は歯噛みする。

「夏弥の持っているあれは、物質なの。わかる?この世界に実在する物質」

 生物だけでなく、物質にも魔力は存在する。つまり、物質にも魔力の気配がある。中には、魔力を保持しやすい物質も存在するから、魔力の過多で物質か、生物であるかを判断するのは正確ではない。

 それでも、それがこの世界に存在する物質なのか、それとも人為的な魔術が施されているモノなのか、それを見分ける方法はいくつかある。

 その一つが、魔力の流れを読むこと。物質に内包された魔力というものには、意思はない。つまり、それは単純なエネルギーであり、それだけでは魔術に届かない。もしそれが魔術の込められたモノ、あるいは魔術によって成形されたモノなら、魔術という人の意思が存在する。その流れから、それが単なる物質なのか、具現によって作られたものなのか、あるいは魔具と呼ばれる魔術的に特化した武器なのかを、魔術師は判断する。

 だから、栖鳳楼礼は断言できる。幼少の頃より魔術師としての教育を受け、血族(けつぞく)(おさ)となった者が、すぐ目の前で見ておきながら(たが)えるはずがない。

「あれは『具現』じゃなくて『創造』と呼ぶべきね。それはもう、ただの魔術じゃない。そんなものは、すでに奇跡の領域よ」

 創造とは、神の為せる(わざ)。無から有を()みだす、人外の条理。

 魔術とは系統だった学問であり、魔術師たちが積み上げてきた理屈が存在する。基本は、魔力というエネルギーを術式という設計図に基づいて動かすにすぎない。物質や空間、時間すら歪める魔術であろうと、それは魔術が働いている間しか成立しない。普通の人間には不条理に見える世界の変容は、しかし魔術という条理に支配されているがゆえになされた結果だ。

 創造は、その枠を超えたモノ。ゆえにそれは魔術とはすでに呼べるモノではない。栖鳳楼が〝奇跡〟と称するのは、つまりはそういうこと。

 栖鳳楼の叫びに、しかしローズは平然と返した。

「――だが夏弥は、それを一日でやってのけた」

 そのあまりの簡素な物言いに、栖鳳楼は何かを殴りつけたい衝動に駆られた。それは驚愕ではなく、戦慄と呼ばれる種の感情。

 あり得ない、という叫びすら喉を伝わらない。何の言葉も作れない口の代わりに、栖鳳楼の耳はさらに致命的なセリフを聞く。

「礼ならわかるだろう?あれが夏弥にとって、最適な魔術だということを」

 否定したいのに、心の奥底ではローズの言葉に納得している自身を感じる。夏弥が『強化』を習得するのにどれほどの時間を要したか。それに対して『創造』を発現したのはたった一日という、この事実は何なのか。

 並みの魔術師では到達できない領域。努力、なんてものでは片付けられない。それはまさしく〝才能〟に他ならない。

 いや、とローズは薄い笑みを浮かべて小さく首を振る。

「違うな。――あれが『雪火(ゆきび)夏弥』という〝魔術師〟の在り方なんだ」

 その断固とした宣言に、栖鳳楼は言葉を失う。

「…………」

 栖鳳楼は、雪火夏弥を知っている。

 雪火家は魔術師の家系だが、夏弥は元々、雪火家の血を引いていない。雪火家最後の生き残り、雪火玄果(げんか)が養子として引き取ったのが、夏弥だ。

 夏弥がどこの生まれかは、わかっていない。八年前の楽園(エデン)争奪戦、そのときに引き起こされた大災害の生き残り。それより以前の夏弥の手掛かりは、どこにもない。

 夏弥が魔術師の血を引いている可能性もないわけではないが、それにしては、あまりにも夏弥は普通すぎた。有体(ありてい)に言えば、魔術師らしくない。普段の生活の中で夏弥が持ち合わせている魔力は一般人のそれであり、魔術師たちから見れば遥かに及ばない。

 それでも、いまの夏弥は間違いなく魔術師だ。栖鳳楼の特訓のおかげで、強化を使えるようにまでに到った。

 ――その夏弥が。

 『創造』という奇跡を以って、楽園(エデン)争奪戦に挑んでいる――。

 栖鳳楼は、雪火夏弥を知っている。

 だからこそ、栖鳳楼は夏弥という存在がわからなくなった。

 魔術師としての才能など、少しもなかったのに。それなのに、夏弥は魔術師最高峰の戦い、楽園(エデン)争奪戦を勝ち進んでいる。『創造』なんて、魔術師の条理すら外れた奇跡。

 栖鳳楼は言葉なく、嵐の中心を()る。彼女の視線の先に、彼女が抱いた疑問に対する解答(こたえ)があると信じ、ただ二人の神託者の戦況を見逃すまいと、観測し続ける。


 雪火夏弥は、ただ立っていることさえできなかった。風に煽られて、不用意に動くなんてできない。なのに、夏弥の体はその暴力の前に右へ左へと流される。

 雨粒でさえ、石の弾丸のように肌を刺す。雹が頭部や皮膚の上を(かす)るだけで、そこから血が流れる。夏弥は右手で剣の柄を持ち、左手で峰を支え、防御の姿勢でただ耐える。顔を守るように左腕を額の上にかざし、そのかすかな視界で相手の方角だけを見る。

 とても、正視できる状況ではない。夜闇にも目立っていた貴士の白い姿は、しかし嵐の中では灰色に溶けてしまっている。

 夏弥のすぐ近くで、雷が落ちる。強烈な閃光と、破壊的な雷鳴の大音量。相手が外したのか、夏弥がギリギリでかわせたからなのかは、わからない。穿(うが)たれた大地から土煙が渦を巻き、竜巻が夏弥の体を翻弄する。

 立っていることもできない。目を開けることすら困難。口を開くなんてとても不可能。そんな暴風雨の中で、しかし夏弥の相手である王貴士は、平然と声を張り上げる。

「先刻までの威勢はどうした。よもや手が尽きた、というわけではなかろう?」

 その声は、まるですぐ隣から発せられたように聞こえる。空間を満たす魔力を利用できるなら、どんなに距離があろうと声を伝えることができるのか。なおも、貴士の声は夏弥の鼓膜を振るわせる。

「君には、義務がある。持てる秘術の全てを出し尽くすという義務が。これこそ、我の出せる全て。我が欠片〝暴夜の花嫁(アルフライラワライラ)〟の最大出力。君は、この力に挑まなければならない。この力に打ち勝たんとする極限の魔術を我に示せ。それこそが、君が楽園(エデン)に選ばれる理由となる。それを示せぬままに終わるというのなら、君は何のために楽園(エデン)争奪戦に挑んだのか。君は何のためにこれまで戦い抜いてきたのか。よもや、このていどの力しか持たぬのに楽園(エデン)を欲したというのか。それは、断じて許せぬ」

 貴士が何を言っているのか、夏弥にはよくわからない。

 夏弥の魔術は、雪火家という一族に根差したものではない。魔術師としての考え方を受け入れない夏弥は、だから家の名を背負うという思考を持たない。魔術師の決闘と言われても、そこに魔術師としての誇りなんて、あるわけがない。

 さらに、夏弥には秘術なんて大それたものなどない。いま手にしている剣以外、夏弥の武器はない。戦い方だって、美琴から習った剣の腕前を示すくらい。そこに魔術師らしさなんて、あるわけがない。

 貴士は高らかに、夏弥に命じる。

「さあ、君が有する最奥の魔術を解き放て。君が楽園(エデン)に選ばれた、その由縁を我に示せ。君には、その義務がある」

 どれだけ状況が変わっても、戦況は昨晩のものと変わらない。貴士が圧倒的な優位に立ち、夏弥はひたすら防御に徹する。武器を手にしても、それを振るえるような状況ではない。

「……………………」

 夏弥は口を動かす。それは、貴士への返答。夏弥が示せるもの、夏弥が楽園(エデン)争奪戦に挑む理由。しかし、嵐に遮られて、思うように声が出ない。自分の耳にすら、その音は聞こえもしない。

「……………………ない」

 さっきよりも、さらに声を張り上げる。石つぶてのような雨粒が夏弥の腕を、顔を打つ。声を上げただけで、この様だ。痛みはすでになく、夏なのに、猛烈な寒さだけを感じる。

「………………ら…………ない……」

 途切れ途切れに聞こえるその音は、ギリギリ声に届くくらい。しかしそれはまだ、何の意味も聞きとれない。

 試すように、貴士の声がなおも夏弥に命令をくだす。

「聞こえぬぞ。そのていどでは我に届かぬ。我が許そう。さあ、君が頼みとするモノを我に示せ」

「俺は…………ッ!」

 叫ぶ。

 その声が相手に届くように、夏弥は防御の体勢を解く。さらに、顔面を打ちつける雨の量が増した。雹まで額を直撃し、あまりの痛みに反射的に片目を(つむ)る。俯いた視野の中で、赤い(まだら)が一瞬見えて、消えた。全身を雨に打たれているせいで、どこが切れたかまではわからない。

 全身を襲う寒気に負けまいと、夏弥はただ声を張り上げる。

楽園(エデン)なんて………………」

 雷鳴が、夏弥の声を遮る。もう何度、落雷を聞いただろう。遠雷ならまだしも、半径一〇メートル以内でこう何度も轟音を上げられては、耳がイカれてしまいそうだ。

 次の言葉を口にしようと身がまえたところで、竜巻が発生する。雹を呑み込んだせいか、それとも風自身の力か、竜巻が夏弥の口元を切る。痺れるような痛みと口内に広がる血の味を飲み込んで、夏弥は貴士を睨む。

「…………いらない!」

 それが、夏弥の意思。神託者として選ばれたときから変わらない、それこそ、夏弥の決意。

 夏弥は、何も欲しない。楽園(エデン)に求める望みなんて、夏弥は持たない。ただ、平穏であってほしいと、それだけを願うだけ。これ以上、自分の日常が壊れないように。もう誰も、理不尽に傷つかないでほしい。

 その願いを自身の手で掴むために、夏弥は戦場に立つ。それが、夏弥にとって楽園(エデン)争奪戦に挑むということ。

 魔術師の目指すものなんて、夏弥は知らない。人のもつ願望という形すら、夏弥は抱かない。夏弥は、楽園(エデン)に何も望まないがゆえに、武器を手にし、戦場を駆ける。

「なに……?」

 貴士の平坦な声には、驚愕が滲んでいた。夏弥の目にも、貴士の動揺が見て取れた。しかし、それもわずかな間のみ。貴士の表情は、許容しがたいとでもいうように、怒気に歪む。

 貴士の燃えるような瞳が、夏弥に命じる。

 ――いま一度、機会を与えよう。君の意思を示せ。

 だから夏弥は、貴士の憤怒に屈することなく、違えぬ意思を口にした。

「俺は、楽園(エデン)なんて、いらない……ッ!」

 額に、野球ボールほどの雹が衝突する。その衝撃に頭を下げられたが、すぐに貴士を正視し直す。夏弥の顔の半分は自身が流した色のために赤く染まっている。それでも、夏弥は目を閉じることなく、貴士を睨み続ける。

 その揺るがない夏弥の姿勢を前にして、しかし貴士は憤怒の色を消すことなく、呟くように低く吐く。

「――愚考」

 抑えがたい怒気を身の内にたぎらせたまま、貴士は夏弥を非難する。

楽園(エデン)の求めを拒むか。楽園(エデン)は自身を捧げるに相応しい魔術師を欲している。魔術師は自身のもつ魔術の全てを尽くしてその求めに応じる。その終着点に到った者のみ、楽園(エデン)は魔術師を受け入れる。魔術師は、あらゆる願いを遂げる。それこそ、魔術師にとっての祈願である、世界の起源への道も」

 ならば、と貴士の糾弾は続く。

「その求めに応じるのが魔術師というものであろう。魔術師たりと、その歴史を背負うならば、自身の魔術を極め、最奥を示すのがその責務ではないか。世界に挑むに相応しい存在であると、楽園(エデン)を手にするに相応しい存在であると、それを証明することが、神託者の責務。自身の価値を語らぬなど、それはすでに魔術師ですらない。探究の道を放棄した、ただの脱落者」

 貴士は瞑目して首を横に振る。もはや、これ以上の問答すらばかばかしいとでもいうかのように。

「そんな者が、楽園(エデン)に選ばれるとは。度し難いほどに許し難い。――君がこれ以上、魔術の(こちら)側に立つことを我は許可しない」

 貴士はただ、右手を振る。貴士の所作に応じるように、右の薬指に嵌められた指輪の宝石が鈍い光を放つ。

 ――命令は、直ちに実行にされる。

 嵐が、夏弥を襲う――。

 それは、夏弥を標的とした襲撃だ。先刻までの、ただ玩弄(がんろう)するだけとはわけが違う。雨は一方的に夏弥を襲う。サッカーボール大の雹が次々と夏弥へと殺到する。風が夏弥の両腕を血塗れにする。雷を、夏弥はギリギリのところでかわす。とても耐えられるものではない。

 そんな絶望的な状況に、しかし夏弥はもう、貴士から目を離さない。ただただ防御に徹するわけでもなく、最低限の防御だけに意識を切り替える。

 ――そう。

 夏弥は両手で剣をかまえる。夏弥の意思は、まだ挫けていない。いや、改めて夏弥の決意は強固なものとなった。

 負けない、と――。

 夏弥は決意を口にした。そのうえで無様に敗北を受け入れるなんて、夏弥にはできない。先の攻防で、夏弥は昨晩の挽回をした。なら、このまま防戦一方など、許せるわけがない。一矢報いず終わるなんて、夏弥は許さない。

 そんな夏弥の姿勢を、貴士は一笑に付した。

「愚行。その刃で我を断つか?」

 否、と心中で返す夏弥。

 夏弥の手にする剣には、刃がない。その形は、夏弥の思い描いたモノ。夏弥の意思を、そのまま〝創造〟した姿。

 だから、夏弥は決して、貴士を斬りはしない。その剣を模した鋼が為すのは、誰も傷つけないという夏弥の意思。

 夏弥は正眼にかまえる。もうどんな猛攻を受けても、夏弥のかまえは一寸も狂いはしない。

「俺は、この戦いを終わらせる。もう、誰も失わないために――ッ!」

 上段に振り上げ、その一刀はブレも迷いもなくくだされる。

 ――夏弥の剣が断つモノ。

 暴夜の嵐が、二つに裂けた――。

 空間の断絶に、貴士は目を見張った。

「…………っ」

 嵐は、決して消滅したわけではない。周囲には、いまだ暴風雨の音が聞こえる。しかし、その灰色の天候は貴士と夏弥の境界線上には存在しない。まるで、海が割れたような光景。両者の立つ場所だけが、真夜中の闇色に染まっている。

 貴士の声は、信じがたいものを目にしたように、驚愕に震えている。

「莫迦な……」

 たった、一振り。その一刀をもって〝暴夜の花嫁(アルフライラワライラ)〟の嵐は引き裂かれた。それが一体どういうカラクリなのか、貴士は即座に理解している。

 〝暴夜の花嫁(アルフライラワライラ)〟は周囲の魔力を自身の魔術に組み込む欠片。その有効範囲は広く、貴士の実力ならこの校庭の倍の広さまで手中に収められる。

 夏弥が斬ったのは〝暴夜の花嫁(アルフライラワライラ)〟でもなければ、この空間に満ちる魔力でもない。周囲の魔力を吸収する、その工程(プロセス)のみを斬ったのだ。

 王家の人間として、魔術の知識をもつがゆえに、貴士はその技の異常性に驚愕を禁じえない。

 周囲の魔力に〝暴夜の花嫁(アルフライラワライラ)〟が接続する、その隙間に入り込むのも絶技だが、そのうえ、魔力の吸収を阻害するなど、容易いことではない。いわば、薄い油の膜だ。空間の魔力に影響を与えず、〝暴夜の花嫁(アルフライラワライラ)〟の吸収の影響も受けない。その二つを完全に分離したがゆえに、この無の空間が発生している。

 貴士の視界が、夏弥がさらにかまえをとる姿を捉える。剣を下段にかまえ、斬り上げようとする、そのすんで。

「そのていどで…………!」

 貴士は右腕を振る。夏弥の技は〝暴夜の花嫁(アルフライラワライラ)〟ほどの広さがない。左右から押し潰すことで、境界の幅を縮めていく。少しずつ、嵐が境界を浸食していく。五秒もあれば、再度嵐が夏弥を呑み込む。

 ――だが。

 夏弥の一閃のほうが遥かに速い――。

 追の一撃が、灰色の嵐を斬り上げる。

「……っ」

 その境界は、貴士の右手を呑み込む。境界の中心線には、紅い宝石が鈍い輝きを放っている。

 ――どろり。

 嵐が崩れる。雹は止み、雷鳴も消滅する。ただ灰色の天気と暴風雨だけが周囲を満たしている。自重に耐えかねたように、雨と風が境界に溶け込む。貴士の白い衣服が、初めて雨に濡れる。その絶え間ない雨滴に、貴士の体温は奪われていく。

 貴士の顔から、憤怒は凍りついたように消滅した。代わりに浮かぶは、瞠目。しかし、口元だけが不意に笑みの形に歪む。

「――なるほど」

 低く吐き出された音は、笑みの色を帯びている。しかし、この寒々しい夜にあって、その響きは異質でしかない。

「我と君は、決して交わらぬ位置にあるらしい」

 生粋(きっすい)の魔術師と(にわ)かの魔術師。それは実力の面ではなく、思考や思想の面で、すでに相容れない。根底からズレている者同士が自身の論を貫いたところで、相手を折ることはできない。

「我は楽園(エデン)を欲し、君は楽園(エデン)を拒む」

 それは、すでに決定的。この断絶は、どんな言論をもってしても、覆らない。

 ゆえに――。

 貴士は右の薬指に意識を向ける。貴士の欠片〝暴夜の花嫁(アルフライラワライラ)〟はいまだ健在。ただ、このグラウンド全体の魔力が使えなくなっただけ。周囲の嵐は、すでに貴士の支配下にない。ただ乱れる魔力の残滓に振り回されて荒れているだけにすぎない。それでも、手元の魔力に集中すれば、後手に回ることはない。貴士から半径五メートルもあれば、十分な魔力が得られる。

「もはや我らの間で問答は不要。あとは楽園(エデン)に、どちらが楽園(エデン)の求めに適った存在か、審判を任せよう」

 貴士の右腕を、紫電が(はし)る。その電流は見えない配線を行き渡るように、一つの形へと収束していく。

 それは、槍の姿をしている。先端部だけで五メートル近くもある長槍。雷に形を与えたなら、きっとこんな姿になるのだろうと想像してしまう。

 夏弥は剣を突きの形にかまえる。地面と平行に、高さは顔のすぐ横に。姿勢は低く、いまにも弾き跳べるように体は緊張している。その緊張は少しも無駄がなく、決して夏弥の疾走を妨げない。

 雨は、次第に弱まっている。(じき)に、もとの闇夜を取り戻すだろう。その風雨が止む前に、二人の神託者は決着をつける。

「来い、雪火夏弥ッ!」

「行くぞ、王貴士ッ!」

 決戦の合図は、両者の手によって落とされる。

 夏弥の疾走は、あまりにも速すぎた。その巨大な剣を持っていても、その重ささえ感じさせない。その疾駆は、燕の飛翔に似ている。

 対する貴士は、決して動じない。ただ魔力を高め、その槍の鋭さを増していく。その一撃を確かな必殺にするため、敵を十分に引きつける。それは敵への必殺の間合いであり、同時に敵の一撃が入る必中の距離。

 だが、両者はかわさない。その攻撃の軌道を、一寸も逸らしはしない。

 これで決めると、二人はともに決意した。この一撃で終わらせると、互いに己を疑わない。

 ゆえに、決闘者は違わぬ距離を肌で感じる。

 ――両者の閃きが。

 衝撃とともに交錯する――。


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