プロローグ
……彼女に逢ったのは、物心ついた頃だ。
始まりなんて、知らない。子どもが、親という存在を知るように。自分が、生きていることを実感するみたいに。ずっと続いていた関係には、明確な区切りなんてものは存在しない。ただそれが自然で、流れる風を感じるように、触れ続ける。
始まりなんて、記憶にない。その関係がなんであるかなんて、それこそ知るはずもない。
ただ、その存在だけを知っている。彼女がいて、彼女に触れて。彼女の話し方、彼女の性格、触れられたときの感触、彼女がまとっている雰囲気。声の調子、笑ったときにどんな表情をするのか、怒ったときにどんな形になるのか、傍にいるときの感じ、手を繋いだときの感触、遠目に見る彼女の存在感。
よく、遊びに行った気がする。いつも、遊んでいた気がする。年の離れた彼女とでは、ほとんどが話をしていただけだったけど、そんなことは関係ない。彼女と一緒にいた、その思い出だけは確かなのだ。
家の中でも、木々の中でも、風の下でも、空の下でも。家が近くだったからなのか、幼い自分は、そんなことは知らない。まるで、彼女と会うのは、日常のよう。毎日繰り返される、欠けることのない、貴重な時間。
彼女との繋がりがなんだったのか、幼い頃なので知らなかった。でも、理由なんてどうでもいい。彼女に会って、彼女と一緒にいて、彼女と一緒に遊んで、彼女と一緒に笑って。
それだけで十分だと、そう感じていた。
幼い頃なんて、そんなもの。大人の理屈や、社会の理論、自分の理性も、相手の打算も、関係ない。
自分が目にしたものが世界の全て――。
自分が耳にしたものが世界の全て――。
自分が触れたものが世界の全て――。
自分が感じたものが世界の全て――。
――自分が識ったものが。
――自分の世界――――。
幼いころは、ただ無知で。
幼いときは、ただ無智で。
――幼い自分は、ただ無恥。
だから、いつまでも忘れない。
彼女の話し方や、性格や、触れられたときの感触や、彼女がまとっている雰囲気や。彼女の在り方を。彼女という存在を。
経験した記憶は貯蔵されるのではなく――。
――記憶は、刻まれる。
心に。体に。記憶に。感覚に。意識に。無意識に。精神に。肉体に。魂に。あらゆる全てに、刻まれる。
だから、忘れない。忘れられるわけがない。彼女という存在、彼女が生きた証、彼女とともに過ごした日々。
だから、裏切れない。なかったことになんて、できるわけがない。彼女はここにいた、そこで笑っていた、一緒に話をして、一緒に過ごした。
いつまでも、ここにある。
――ずっと、忘れない。
彼女に、逢ったこと――。
その優しさ。その厳しさ。その温かさ。その辛さ。その痛み。その苦しみ。――その想い。
だから、一生忘れない。この瞬間から、この命が終わるまで。……あなたを、忘れない。
――あなたが死んで。
あなたが、生き返っても――――。




