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第七話 学園長

「きょ、教頭! 学園長から連絡がきました!」

「わかりました。ラクナくん、少し待っていてくださいね」


 教頭に射抜かれ、俺はこくこくと頷く。

 あの人、優しそうな容姿をしているが、ずばずば物を言うから怖いんだよな。

 ホッとしていると、ツカータ先生が近づいてくる。


「ラクナ……おまえ、これから凄い大変になるわよ」

「……どのくらいですかね?」

「さぁ、知らないが。そのうち王のもとへ行くことになるかもしれないわ。下手をすれば、学園を退学させられ、ゴーレム士部隊へ入隊させられるかもしれないわ」

「……そんなの絶対嫌です」

「そんときは逃げちゃえばいいわ」

「……いいんですか?」

「やりたくないことやっても、意味ないのよ。私もいくつか仕事を転々としていた時期はあったけど、どれも一週間もたずやめてしまったわ」


 それはもはややる気が欠片もないだけなんじゃないか、と思ったが、口にはしなかった。


「ラクナくん、学園長が話をしたいそうです」


 教頭に呼ばれ、ツカータ先生に背中を押される。


「不利な条件なら、全部つっぱねるくらいしてしまいなさい。いつものおまえなら問題なくできるでしょう?」

「俺控えめなんでそういう荒っぽいことは……」

「人が言った指示全部無視する人間のどこか控えめなのかしら?」


 俺は嫌なことを嫌って言っているだけで、基本は控えめなんだぞ?

 教頭から電話を受け取り、声をだす。


「電話、代わりました。ラクナです」

『ラクナくん。こうして話すのは初めてかな?』

「……い、いえ。一度窓ガラス割ったときに話ました」


 あのとき、学園長は温和な笑みで対応してくれたなぁ。

 同じ表情を思い浮かべていると、電話の先から笑い声が聞こえた。


『まず先に伝えておくよ。ひとまず、このまま学園に通うということで決定したよ』

「そ、そうですか!?」


 大きく環境が変わらなくてよかった、ホッとしていると、しかし学園長は続きを口にする。


『卒業と同時に、ゴーレム士部隊に所属し、そこで正式にゴーレム士……いや、ホムンクルス士として発表する、だそうだ』

「……え?」


 部隊に入ることは……決定している、のか?


『嫌なのかい?』

「え、えと……まあ。俺ゴーレム士になるかどうかも決めていないんで……」


 控えめな態度で否定すると、学園長はしばらく沈黙する。

 この間が怖い。もしも、電話でなければ、逃げ出しているだろう。


「……あ、もしかして、聞こえていませんでしたか? 俺ゴーレム士になるの嫌なんですけど」

『ああ、ごめんごめん。聞いているよ。まさか、そんなはっきり否定されるとは予想していなかったからね。わかった、そのことはとりあえず胸にしまっておくように。学園に通っている間に考えも変わるかもしれないしね』

「は、はぁ……」

『わかった。部隊への強制については、今後の話し合いで僕が何とかしよう。だから、とりあえず、キミはいつもの生活に戻るといいよ』

「わかりました」


 俺が電話を代わろうとしたところで、学園長がぽつりといった。


『ラクナくん、キミはキミのままで成長してください』

「えと……? 今までどおりでいいってことですか?」


 もう一度耳にあてると、学園長がくすっと笑った気がした。


『ええ。最近のゴーレム士は、言われたこと以外できない子が多くて困っているそうだ。自分で考えられる人間になりなさい』


 そんなの当たり前だ。

 返事をしてから教頭に電話を渡す。

 教頭は何度か頷いた後、電話をおき、やれやれと眼鏡をあげる。


「ひとまず、特別に教師をつけるなどの特別扱いはなし、ラクナくんはいままで通りにするように」

「その、ラクナを今まで通りにするのは、私としては反対なんですが……」


 控えめに手をあげるツカータ先生に、同じように教師たちが頷く。


「そうです。私のクラスに任せてください!」

「いえ、俺のクラスに!」

「いえいえ、僕のクラスに!」


 こぞって名乗りでる教師たちをみて、俺は不快感を持つ。

 ……あんたら、今まで俺を厄介者として扱っていただろ。

 それがどうしてだ?


「言っておきますが、途中から担当教師となったからといって、あなた方の名前が売れるわけではありませんよ?」


 教頭は眼鏡を押し上げ、鋭い眼光で教師たちを睨みつける。

 ホムンクルス士を育てた教師、ってことね。

 確かに、今後生活する上で強い力を持ちそうな肩書きだな。


「ツカータ先生も、いつも通りにお願いします。もしかしたら、自由にしていたのがこのような結果になったのかもしれませんし」


 ツカータ先生はなんとも微妙そうな顔で頷く。


「それじゃあ、ラクナ。一度廊下に出ましょうか」

「は、はい。おい、ショットいい加減だんまり人形はやめてくれ」

「わ、わかっている。わ、私だってなぁ! 頭の中で一生懸命話す練習をしていたのだ!」

「口に出してくれっての」


 ショットを連れて廊下に出ると、すぐにツカータ先生は壁に背をあてる。


「おい、ラクナ。おまえをこれ以上自由にするのもよくないと先生は思うのよね」

「言わせてもらいますけどね、俺だって、別にサボりたいわけじゃないんですよ?」

「ほぉ、ならどうしてあんなに授業をサボるのかしら?」

「うっかり、忘れたり、寝過ごしたりすることが多いだけです」

「おまえが悪いんじゃない! それをやめろといっているのよ!」


 ツカータ先生が声を張り上げ、その迫力にショットが俺の後ろに隠れる。


「ち、違うからなマスターよ。私は別に怖いのではないっ。人間の顔をみるのが辛いだけだ!」


 小声でぶつぶつ言うショットは、とうぶん無視していいかもしれない。


「先生、次の授業休んでもいいですか?」


 教師達の反応から、生徒達の反応もだいたい予想できる。

 ……特別扱いされるのは嫌だ。

 今まで普通に接していた生徒も、みんな手の平を返したように擦り寄ってくるのか?

 見下していた奴は、途端にぺこぺこするのか?

 そんなの、絶対に嫌だ。


「担任に向かって堂々とよく言えるわね、おい」

「……そうですね。先生! トイレ行ってきていいですか!?」

「サボる気のある奴を行かせ――」


 返事を聞くより先に、ショットの手を掴み逃げだす。


「おい、おまえら! ……ったく」


 ツカータ先生も無理に追ってくるようなことはしなかった。

 二階から一階へ向かう階段の踊り場で、足を止める。


「あれでよかったのか?」

「ツカータ先生はなんだかんだ優しいからな。俺のことも察してくれたと思うよ」

「そうか。……それにしても、マスターはまだ一日近くしか一緒にいないが……憧れる部分もあった、ぞ」


 ぽりぽりと恥ずかしげに頬をかくショットの顔を覗きこむ。


「憧れる部分か。マスターとして認めてくれるのか?」


 ……何かご褒美とかもらえないだろうか。

 ショットに触れることはできない。

 彼女が着ていた服をもらって匂いを嗅ぐぐらいしかできそうなことがないんだよな。


「マスターとしては認めない、が質問していいか?」

「どうぞ」

「どうしてあれだけの人の前で平然と話をできるのだ? 目上の人間に対してもはっきり言葉を発していたし」


 そこかよっ! マスターとしての器の大きさとかに憧れてほしかったよ!


「緊張なんてよくわからねぇから、アドバイスはできねぇな」

「そ、そうか……」

「だけど、おまえ俺とは問題なく話せているんだ。頑張ればどうにかなるんじゃないのか?」

「……どうだろうな。マスターはマスターだから、話ができたんだ」

「そういうもんなのかね?」

「そういうもんなのだ」


 ホムンクルスという奴になったことがないから、よくわからない。


「とりあえず、購買にでも行っておまえに会うサイズの服でも探すか?」

「服を買ってくれるのか!? ありがとう、マスター……じゃない! 嬉しくなどないからな!?」

「はっはっはっ、そうかそうか」


 顔が赤いからばればれだ。

 一階にある購買部へ向かうと、店員にいぶかしまれる。

 今の時間生徒がここをうろついているわけがないからな。

 ショットを体操着が置かれているエリアへ放置し、俺は朝食を探す。

 疲れるような話をしていたせいで、腹はさっきからなりっぱなしだ。

 おにぎりを二つほど掴んで戻ってくると、ショットはサイズのあった体操着を二着ほど持っていた。

 これで、シャツはどうにかなった。下着については、カルナに後で頼もう。

 それらを会計に持っていくと、店員が口を開く。


「……そちらの方のですか?」


 ショットはすぐさま俺の後ろに隠れる。

 こいつの人見知りは生活を送れないレベルのものだよな。


「え、ええとまあ」

「学園生ですか?」

「あー、いやいや、こいつは――」


 俺がいいかけたところで、ショットが服を引っ張ってくる。

 ふわりと良い匂いが鼻に届く。

 ショットは風呂入っていないけど、この匂いはどうやって作られているのだろうか。

 ゴーレムとして、そういう特性でも持っているのかもしれない。戦闘にまるで役に立たない。


「マスターよ。購買部の人間は……この学園の生徒か教員なのか?」


 甘く、耳を撫でるような声にくらくらしながら、慌てて口を閉ざす。

 購買部と食堂の人間はこの学園で数少ない部外者だ。

 ……喋ったら絶対に外でばらされるな。


「ええと、ですね……。こいつは、学園生です!」


 慌てて叫ぶと、店員は手をこちらに向けてきた。


「なら、学生証を見せてください。男子に無許可での販売は禁止されています」

「なんでだよ……!」

「そ、それは、不謹慎なことに使うものがいるからです!」


 恥ずかしげに店員が叫ぶ。

 なんてことだ! そんなことする輩がこの学園にいるのか!


「未使用に興味はねぇ!」

「何を言うておるのですか!」


 女性とにらみ合っていると、ショットに思いきり腕を引かれる。


「マスター、ここは諦めよう。また、担任に話をつけてから来ればいいんじゃないか? それか、担任に買ってもらうなど、色々やりようはある、だろう?」

「……うーん、まあそうだなぁ。くそぅ、ショットの体操着姿みたかったぜっ」


 ブルマと呼ばれる格好は、ショットの太股の魅力を存分に引き出してくれただろう。

 非常に残念で仕方なかった。


「……そ、そうか」


 ショットは嬉しげな顔を作った後、がくりと肩を落とした。

 結局女性店員にいぶかしまれるだけに終わり、購買部から階段をあがっていく。


「どこに向かうんだ?」

「屋上。美少女とのイベントではよく行くような場所なんだぜ」

「び、美少女、か。ふふ…………はぁ。そういえば、学園の外を見るのはこれで初めてになるな」

「結構綺麗な街だから、よーく見とけよな」


 階段をのぼっていると、窓の外から第一体育館が見えた。ちょうど終わったようで、生徒達がぞろぞろと出てきている。

 早めに屋上へ移動してしまおう。

 少しペースをあげ、一階のあたりが騒がしくなったときに屋上の扉に到着する。

 扉の鍵は堅く閉ざされているが、さっくりとあけてやる。

 くるくるとピッキングツールを手で遊ばせていると、ショットが顎に手をやった。


「……マスター、それはあまり褒められたものではないのではないか?」

「いーんだよ。ちゃんと使ったら閉めるからな」

「そういう問題ではないと思うが……まあ、いいか」


 ショットは諦めた様子で屋上に出る。

 空の雲は少ない。昨日雨が降ったこともあり、少し風は強いがちょうど良い気温であった。


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