第六話 立場
職員室へ強引に連れてこられてしまった。
まったく、制服が切れるかと思ったよ。
痛む腕をさすりながら、ツカータ先生に無理やり、椅子へと座らせられる。
それきり、ツカータ先生は教師たちのほうへ行き、険しい顔で話を始めてしまう。
やることがない。
俺の隣に同じように座っているショットだが、教師達にジロジロと観察されるものだから、すっかり縮こまってしまう。
……こいつ、本当にダメダメだな。
戦闘では役に立つのだろうか。魔法は一応使えるとわかったけど、俺の魔力の問題もあるし。
教師たちには緊張と戸惑いが入り交じったようだ。
だが、どこか俺を見る目が好奇的なのはわかる。
小さい頃から大人の顔色を窺って生活するような暮らしばかりだったため、他人の視線には敏感なほうだ。
……まるで、期待するかのような目。
普段は向けられることのない視線に、戸惑いばかりがこみあげる。
ホムンクルス……って結局なんなんだよ。
まだ体育館では発表が行われているが、それらを放り出してまで、教師の多くが集まっていた。
これでは体育館のほうがもっと面倒なことになっていたのではないだろうか。
「まったく……ラクナくん。なぜ昨日のうちに登録に来なかったのですか?」
タグラ先生がこちらを見てくる。
美しい容姿の女性教師であるが、その髪がカツラであるのは昨日電話でしった。
「え、ええと……作れたのは」
「はぁ……まったく、ツカータ先生のクラスに預けておくのは問題ですね。私に預けてくれれば、言うことを聞く立派な生徒に育て上げられますよ?」
「うるせぇよ、ハゲ」
「つ、ツカータ先生!」
タグラ先生とツカータ先生が顔をぶつけていがみあう。
と、そんなことをしているとつかつかと鋭い眼光の教頭が二人の間に割り込む。
「二人とも、やめてください」
「ですが教頭! さすがにツカータ先生に任せておくのは問題ですよ! この人、問題児だろうがまったく指導しませんせし、せっかくの逸材であるラクナくんが、潰れてしまいますよ! 私に任せてください! Aランクゴーレム士を三人も作って見せたんですよ?」
「まあまあ、タグラ先生落ち着いてください。昨日、ゴーレムについての連絡を受けたのは私です。ツカータ先生に登録うんぬんで責めるのは間違っています。責めるのならば、詳しいことを聞かなかった私にしてください」
教頭がいうと、タグラ先生はさすがに相手が悪いといった様子で身をひいた。
ツカータ先生が両手を振って子どものように挑発すると、教頭がきっと睨んだ。
「ツカータ先生も、いつまでもアホみたいなことをしていないでください」
「けっ、私はどうせ問題児教師ですよーだ」
すっかりいじけた様子のツカータ先生が腕を組んでそっぽを向く。
……タグラ先生は、厳しいことで有名だ。
一定レベルの生徒の育成は上手で、A、Bランクゴーレム士を何人も育てているほどだ。
名教師、として前に本で紹介もされていたらしい。
俺は厳しいのが嫌いなので、絶対に指導されたくないけど。
「……ラクナくん。これからの内容はとても重要なことです、そちらの……えーと名前は」
ショットに自己紹介させようとしたが、ショットは下を向いてぽつりぽつりと小さい声でしか喋ってくれない。
「……ショットです」
「そうでしたね。では、二人ともしっかりと聞いてくださいね」
コホンと咳払いをして、教頭は近くの椅子を引っ張ってくる。
「まずラクナくん、キミが作ったのはゴーレム、だと思っていますか?」
「……ゴーレムじゃなかったら、なんなんですか?」
「ホムンクルス……という言葉は聞いたことありますか?」
さっき体育館で聞いた、ってのじゃないよな。
「いや、聞いたことありません。なんなんですか、それ?」
「まあ、古い伝承ですね。昔……まだゴーレム士という職業さえなかったような昔のことです。大陸は黒雨が作る黒雨虫によって、人が住めないような状況でした。しかし……一人の英雄が異様な身体能力を持ったホムンクルスに指示をだし、次々に黒雨虫を討伐していきました。まあ、絵本とかでもあるような御伽噺みたいなものですね。聞いたことくらい、あるんじゃないですか?」
「絵本なら……知っていますけど、あれって確か、人間でしたよね?」
「ええ、絵本では二人の人間がばっさばっさと黒雨虫を討伐し、世界の人間にゴーレムの作り方を教えたということになっていますが……本当の歴史では、英雄が作ったゴーレム――ホムンクルスとされています」
「……そう、なんですか」
「歴史を深く勉強している人ならば、まあ知っていますね。……だから、体育館でも気づいた人がいたのでしょう」
なるほどな。
急に職員室に連れてこられたから、もっとまずいことをしてしまったのだと思っていた。
別に怒られるような内容ではない。
俺がほっと息をもらすと、ずびっと教頭が指をつきつけてくる。
「安心するのは早いですよ。ホムンクルスが作られたのはその時代に一度きりです。……わかりますか? あなたは伝説を再現しようとしているんですよ」
勝手にそんな扱いをしないでくれ。
「言っておきますけど、英雄とか、そんなものになるつもりはありません。ていうか、ゴーレム士だって別にどうでもいいです」
ホムンクルスが何だって言うんだ。
俺はゴーレム士になんてなりたくない。
はっきり言ってやると、タグラ先生が声を荒げる。
「何を言っているのですか! ラクナくん、あなたはこれからゴーレム士の頂点にたって、他の人の見本にならなければなりません! キミの身体はすでにキミのものではないのです! きちんと、英雄らしくしなさい!」
「やりたくないです」
「なんですって!?」
「……はぁ、タグラ先生を体育館に戻してください」
「教頭! 私に任せてください! 一週間もあればきちんと命令をこなせるゴーレム士にしてやります!」
教頭はしかし聞く耳を持たず、タグラ先生は強引に連れて行かれる。
「タグラ先生は優秀ではあるんですけどね……。どうにも、彼女の生徒は自主性にかけているんですよねぇ。おっと、生徒の前でいう愚痴ではありませんね。忘れてください」
ぺろりと舌をだし、教頭は手を組む。
「あなたの意志はわかりました。表向きだけでいいので、勉学には励んでください」
「……今まで通りでいいのなら」
「はい。構いませんよ。ただし、ゴーレム士になりたくない、などとは口に出さないように」
「なんで……ですか?」
「ここに通っている生徒の多くがゴーレム士になりたいからです。ホムンクルスを作ってしまうようなあなたが、なりたくないといえば、言われた相手はどう思いますか?」
「……まあ、気持ちはわかります」
才能があるのに、なんだそれは嫌味じゃないのか? などと思われても仕方ないだろう。
だからって……それは勝手じゃないのかよ?
今まで多くの貴族は、俺を才能ないものとして見下していた。
……それが、昨日の今日でがらっと立場がかわるんだぞ?
「不満はあるとは思いますが……それが大人というものです」
「嫌ですね……そういうの」
「かもしれませんね」
……俺は後頭部に手をやり、椅子に深くのけぞる。
ゴーレムなんて作らないほうがよかったのだろうか。
大人しくサポート学科に移っていれば、こんな面倒なことにはならなかったのかもしれない。
「それでは、そろそろ本題に入りますか」
「まだ入っていなかったんですか!?」
もうかなり頭使って疲れた。早く家に帰してくれ。
今日は座学はないと思っていたのに、これだけ知識を詰め込まれると頭がパンクしてしまう。
「あなたは伝説の一つを作り上げたのですよ? 話すことはたくさんあります」
「は、はぁ……」
「校長がすでにゴーレム士の部隊を通して、国へ報告に行っています。今後についての詳しいことは校長が戻ってからになりますが、恐らく……あなたは特別扱いされることが多くあると思います」
「そういうの苦手なんですよね……」
「まあ、それは私も同じですが、慣れてしまうしかありませんね。とにかく、あなたが絶対に守ることは、ホムンクルスのことをむやみに口にしないことです」
そのくらいならば出来るだろう。
こくりと頷くと、教頭は満足げに笑った。
「すでに、あちこちでキミがホムンクルスを作製したことが伝わっているかもしれません。下手をすれば、明日にもマスコミがあなたを追いかけてくるかもしれませんよ?」
「ほ、本当ですか? でも、ゴーレム士は学園の情報を外にもらすのは禁止されていますよね?」
ホムンクルスを作ったことが外に漏れること自体がありえないはずなんだ。
「それでも、あれだけの人がいたのですからどこかからもれてしまうでしょうね。一応、こちらで既に手はうってありますが、今後のあなたは命を狙われる可能性もあります。気をつけてくださいね」
「……わかりました」
一日でがらっと変わりすぎだっての。
もう考えがこんがらがって、カルナに全部任せてしまいたいほどだ。
難しいことは全部カルナに頼りっぱなしだったからな……。
あてになりそうなショットは、人形のように動いてくれない。まあ、話くらいは聞いてくれているか。
話は終わったようで、教頭は席を立つ。俺はすかさず身を乗りだす。
「それじゃあ! 話も終わったようなので、部屋に戻って――」
ツカータ先生からの刃のような目。
「――じゃなくて体育館へ戻ってもいいですか!」
「……はぁぁぁ。どうしてキミにホムンクルスが作れたのでしょうね」
……あのときの状況を懇切丁寧に説明すれば、教頭にさらに落胆されるだろう。
教頭はちらと俺とショットを見てくる。
たまたま顔をあげたショットがびくりと身を竦ませ、俺の服の裾を掴む。
はー、やっぱり俺の妄想をつめこんだだけあって可愛いや。
こんな女性に会うには、一生分の運を使うでもなければダメだったのだろう。
その運も足りず、性格は残念になってしまったが、今後はもう不幸しか起きないと考えていたほうがいいかもしれない。
本当に、後はもっと接触できればいいんだけどな。
「彼女とともに、優秀なゴーレム士を目指してくださいね」
ショットの体に悪戯する方法を考えていると、釘をさすように教頭に言われてしまう。
「……えーと、まあ、はい」
ゴーレム士になるには、魔力を持っているという才能が必要になる。これがなければ、ゴーレム士になることは絶対にできないといわれている。
微量な魔力ならば、持っている人間は数多くいるが、ゴーレムを使役し、活動できるほどの魔力を保有しているものは、非常に少ない。
だから、強制的に入学させられてしまう。子どもの多くは将来の夢にゴーレム士を書くような奴ばかりだから、いいのかもしれないが、俺は正直微妙な心境だ。
もちろん、入学金などはかからないし、おまけに毎月ゴーレム士訓練生として給料も支払われる。
拒否のしようがない入学だが、俺がここまでやってこれたのは給料があるからだ。
人々を守りたいなどといった大層な願いは欠片もない。
今の生活に満足していることもあり、あまり教頭の言葉は心に響かなかった。
愛想笑いだけを浮かべた。