第四話 寝坊
ゴーレム士育成学園では、黒雨虫を倒すためのゴーレム士の育成が行われている。
ゴーレムは自分の手足となり、パートナーのような存在だ。
そのパートナー、なのだが……。
俺は少しばかりの現実逃避をしながら、部屋の時計を見やる。
時刻は八時五十分。学園の登校時間は八時三十分であるため、すでに遅刻だ。
「なんでアラーム止めてるんだよ!」
「うるさかったからだ。それよりマスター、朝は興奮するのではないか?」
二段ベッドの下で横になっているショットは、誘うように足を組む。
朝っぱらから派手に胸元を開放しているが、今はそれどころではない。
「興奮つーか焦り一色だっての……っ」
急いで身支度を整えなければならない。
パジャマを脱ぎすて、ハンガーにかけてある制服をつかむ。
ぴしっと整え、俺は鞄を担ぎあげる。
必要なものはこのくらいだ。
と、忘れていた。急いで携帯電話を掴み、電源をつける。
すぐに何通ものメールを受信する。
カルナとツカータ先生からの連絡である。
「マスターよ、私はこの服でいいのか?」
「もう、なんでもいいだろ。別におかしくもねぇし」
「だが、人前に立つのであろう? おしゃれな服を着たいところだ……ドレスとか!」
「この部屋にあるか!? カーテンでもまとっておけよ!」
「裾を引きずることになるぞ!」
「なら諦めろ!」
「まずは購入しようではないか! 私は人前に出るのなら、きっちりおしゃれをしないと出られない!」
「そんな時間はねぇんだよ! そんなにおしゃれしたいなら、顔にマヨネーズでも塗っとけ! 早く、第一体育館へ向かう――」
ベッドからショットを引っ張りあげると、彼女はきゃっと短く悲鳴をあげた。
「ぬぉっ!?」
ショットはわざとらしく、こちらに倒れかかってくる。
このままでは押しつぶされる。
一瞬、時間が止まったかのようになり、脳内で高速思考を行う。
ショットは恐らく体をこすりつけてくる。
そしたら俺は興奮する、逃げられない、生命エネルギーなくなる、エンド。
極限状態っていいね。
俺は横に身を捻りながらショットの肩を押しやった。
「なっ!?」
想定外だった様子のショットが声をあげて、一人床へダイブする。
俺は携帯電話を耳にあてながら、ツカータ先生へ連絡をする。
「……もし、もし」
色々な問題事が重なっているために、自然声が震える。
『ラクナ!! おまえ、何をしているの! さっさと来ないと、うちのクラスの発表が終わるわっ』
「あー、マジですか……?」
他になんていえばいいのだろうか。半笑いで答えてしまう。
『ああ! 今日参加できなかったら、評価最悪になるわよ? 下手をすれば、留年させられる可能性もあるのよ?』
「わ、わかってますって。あのどのくらいですか?」
もうこっちに来れるの!? うちのクラスの発表が半分を過ぎたところよ。このままのペースだと後十分くらいで終わりになるわ。ゴーレムはきちんと作れたのよね?』
「は、はい。色々と不満はありますけど……」
もっと従順な子だったらよかったのに。
顔をむくりとあげたショットが、きっと睨んできた。
「何が不満だ」
ややこしくなるから喋るな!
俺がきっと下を睨むが、ショットも対抗するように頬を膨らませてくる。
携帯電話のマイクに手を当て、俺はショットに向けて言う。
「履ける靴持って来ておけ」
「……まあ、いい。マスターは昨日のでいいな?」
「お、おう気がきくな」
その優しさにちょっぴりドキっとしてしまった。
電話の先から苛立った声が、返ってくる。
『何今の可愛い声は? おまえ……まさか、ギャルゲーでもしているの? ……本気で怒るわよ?』
「ち、違います! とにかく! 今すぐそっちに向かいますんで、先生時間を稼いでください!」
『……ええ、待っているわよ。私もあなたを退学にはさせたくないの。急いでちょうだい』
ツカータ先生が電話を切り、俺はばっと窓を開け放った。
俺の自室は寮の二階だ。まあ、飛び降りても問題ない高さである。
部屋が汚れることは一度忘れる。靴をはき、窓枠に手をかける。
……さ、さすがにちょっと怖いな。
ぴゅーっと風が吹く。
し……慎重に降りていこうか。一応、壁に掴める程度の凹凸もあるし。
俺は身をそちら側にやり、足をそろそろとだし……手が滑る。
「ぎゃーっ!?」
死んじゃう俺!
落ちかけた体だが、途中で止まる。
左手には、温かな感触。
顔をあげると、
「ショット……?」
「くっ、なぜ私はこいつを助けているんだ! くぅ、この手を離したいのに、なぜだ!」
……主のピンチにゴーレムが助けてくれたらしい。
身を乗り出しているショットの胸が、窓枠に押しつぶされて愉快に形を変えている。
死に掛けている状況で興奮するのも良くない。
あんまりみないようにしていると、
「離させろ、マスター! そう私に命令を出してくれ!」
「ショット! 俺を抱きかかえて、そのまま地上に降りてくれ!」
「了解だ! ……じゃない! くそっ!」
否定の言葉をあげるが、ショットは俺を担ぎあげ見事な着地をしてくれる。
まるで魔王城から助けられた姫のように、俺は地面に下ろしてもらう。
「サンキュー、ショット。おまえは命の恩人だっ! 大好きだ!」
「……だ、大好きか、あ、ありがとう……ではない! くそぅ! もうこの体本格的に嫌だよぉ……」
今にも泣き出しそうなショットではあるが、慰めている暇はない。
「泣くなら、走りながらだ。俺についてこい!」
「なんてゴーレム使いの荒いマスターなんだ……」
ショットは涙を拭いながら、俺の後ろをついてくる。
第一体育館は、中等部、高等部の生徒を入れられるような巨大な体育館だ。
ここから走って十分ほどだ。
「マスターよ。この靴、微妙にサイズがあってなくて走りにくいのだが」
「だからなんだ? 俺におんぶでもしろっていうのか? 無理だぞ」
「なんだと……情けない男だな」
「おまえは、俺におんぶでもしてもらいたかったのか?」
「そんなわけあるか! マスターの背中は確かに良い匂いがするだろうが……ってもう嫌だ本当に!」
さすが俺の理想を詰め込んだだけはある。ちょっと気持ち悪さを感じてきてしまうくらいだ。
ようやく体育館が見えてきた。
なるべく人目につかないよう、体育館の裏側へ回る。
壇上の裏側に簡易的な倉庫がある。
荷物を入れるための扉もあり、ここから中に入れば生徒に見つかることはない。
鍵は開いていなかったが、ピッキングでさっくりと開錠する。
昔、孤児院にいたころに鍵付きの冷蔵庫を開けるために努力して身につけた技術だ。
こっぴどく怒られたことを思い出しながら中に入る。
耳が割れそうなほどの歓声が届く。
全員がゴーレムに興奮しているのだろう。まるでライブのような声の大きさだ。
『それでは! 2年1組、締めを飾るのは成績トップの二名、カルナさんとレジニアさんです!』
「締めって……やべぇ!」
カルナとレジニア……確かに二人とも魔力、学力申し分のない成績だ。
他学年にも知れ渡っているほどの二人なのだから、クラスの最後に持ってくるのも当然か。
スピーカーから、司会による過剰な自己紹介が耳に届く。
急ぎ、走っていくと、腕を組んでいるツカータ先生をみつけた。
「ツカータ先生! 到着しました!」
俺は大きく声をかけた。