第二話 俺のゴーレム?
まるで俺の理想を具現化したかのような美少女だ。
もう少し身長があれば、言うことないが、それでも……ぽかんと見とれてしまうほどの美少女。
「……私のマスターでいいのか?」
「あ?」
マスター……?
意味がわからなかった。
こんな美少女のマスター……って、そもそもマスターってどういう意味だ?
ていうか、俺のゴーレムはどこだ?
また、失敗なのか?
それとも、こいつがゴーレム? いやいや、ゴーレムは作った者が操らなければ動くことはない。
裸の彼女が小首を傾げて近づいてくるものだから、俺の思考はさらに混乱していく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 意味がわからない! 何がどうなっているんだよ!?」
「……ねぇ、みて」
女性は俺のほうにしなだれかかってきた。
どきりと心臓がなり、顔が熱くなっていく。
「お、おい……っ」
どこから迷い込んできたんだ、こいつは……! それに大胆すぎるだろ。
「私の体、凄いだろう? この胸、触ってみたくないか?」
「……」
確かに、女性の胸はまるで作られたかのように良い形をしていた。
「ほら、触ってみるといい」
そういって、女性は俺の手を掴み、誘導してくる。
そ、そんな……っ。いきなりこんなことって。
ああ、だけど、逆らうのはもったいないような気がして、拒絶することができない。
ゆっくりと彼女の胸へと手が伸び――指の先が触れる。
柔らかな感触に感動の悲鳴をあげそうになるが、すぐに全身を力が抜けるような気持ちの悪さが襲う。
「魔力が吸われている……っ」
「へぇ、よく気づいたな」
からかうような調子だ。
すぐに俺の残っていた魔力はなくなる。
だが、いまだ何かが奪い取られ……これは、命か?
放っておけばやがて体が動かなくなりそうなほどであった。
「離せっ!」
なんとか突き飛ばし、女性の身体は強く弾かれる。
危ないところだった。
もっと触っていたいが、さすがに死ぬのはごめんだ。
「もう、酷い扱いだな」
土を体につけながら、女性は体を起こす。
女性に警戒しながら、疲労した身体を労るように呼吸する。
「おまえ、何者だよっ」
「私はマスターのゴーレム……なのだろう?」
「は……? ご、ゴーレム……? いやいや、ゴーレムでこんなに喋る奴なんていないっての!」
「さぁ、なら良く喋るゴーレムなのだろう?」
なんだそりゃ!
わけがわからなかった。
だが……確かに俺がさっきイメージしていた美少女にそっくりだ。身長以外。
そもそも、学園に部外者は立ち入り禁止だ。
俺たちは学生であるとともに、最下級のゴーレム士だ。
機密事項にも関わることもあるため、普通の学校よりも厳しく取り締まられてる。
部外者ではない、だとするなら、学園の生徒……。
だが、学園の生徒となると裸でここにいる理由がわからない。
本当にこいつが俺のゴーレム……? けど、ゴーレムって基本土の色、だよな。
能力の高いものが作れば、鉄や銅などになることもあるらしいが……人間になるってのは聞いたことがない。
それに、さっき触った胸は柔らかかったし、体温もあった。
わけわかんねぇよ。
思考していると、ゴーレムと名乗る女性が胸を強調するように迫ってくる。
「ほら、マスター、私の体にむさぼりつかなくていいのか?」
「うぉ……」
もともと大きな胸がさらに魅力的に俺へアピールしてくる。
な、なんだあのブツは。
俺の目が引き寄せられてしまう。ダメだダメだと思っても、心がおっぱい最高! と素直に喜んでしまう。
俺の態度に気をよくしたゴーレムは、くすくすと笑う。
……何かを企んでいるような目だ。
さっき、命までも吸われたような気がしたのだ。少しばかり警戒する。
「おまえ、何が目的なんだ?」
「な、何もない……ぞ」
女性は口元を押さえるような様子で、わかりやすいほどに慌てた。
怪しすぎるな。
「企んでいることがあるなら、今すぐ吐け。さっきはどうして、俺の魔力を奪ったんだ?」
「くっ……私は、魔力を吸収しやすい体質なんだ。だから、マスターの魔力を奪い、魔力が足りなくなったからそのまま生命エネルギーを奪って……まずは拘束されているこの状況を破り、それから他人の魔力を奪い取っていこうと……くそ、口が勝手にぺらぺらと……」
これがマスターとしての権限のようで、彼女は逆らえないようであった。
……なにやら、怪しいことを考えていたな。
聞いていなければうっかり欲に負けて、命までも失っていた。
もう誘惑には負けない。そんな固い決心を持ち、彼女から視線を外す。
「とにかくだ。俺を殺そうとしていたってことでいいんだな?」
「マスターも良い体験ができるはずだ」
「そんなこと聞いてるんじゃねぇんだよ」
彼女がゴーレムというのならば、今のうちに主従関係をはっきりとさせなければならない。
さっきのような謀反を常日頃から起こされたら、漫画のように鼻血の噴水をつくってしまうかもしれない。
「おまえは、俺のゴーレムなんだろ? だったら、俺を殺すような真似は今後一切ナシだ」
「さあ、それはどうかな?」
「なんだと?」
「例えばだ。私がマスターに抱きつきを許可したとしよう。それをマスターは拒否するか?」
「拒否しない。顔をおっぱいにこすりつける」
もちろん、命が関係ない状況でだ。
「つまりだ、マスターから私に抱きついた場合は、魔力を奪うことができるのだ」
「はん、命がかかっているのに俺がそんなことをすると思っているのか?」
「マスター……私はマスターに抱きしめてほしいのだ……」
うるうると瞳に涙をにじませながら、体をよせてきた。
その際に体のあちこちが当たり…… なんとも幸福な感触に全身が支配される。
……どうやら、服を通しての接触では問題ないみたいだ。
だけど……これは、生で触ってみたい。
「って、離れろ!」
命令を飛ばすと、再び女性の身体が弾かれるように飛んだ。
ああ、派手に飛ぶのも、命令による効果か。
肩で息をする。
危ないところだった……。
「……よし、一度落ち着こう。おまえはどうして俺を殺そうとしているんだよ。俺なんかしたか?」
「悪いけど、私は誰かに縛られるような生き方はしたくないんだ」
「……だったら、俺はおまえを縛るようなことはしない」
「そう。なら、今すぐゴーレムとしての契約を解除してくれない?」
「……」
時間をかけずに、返事をすることはできなかった。
だって、もしも解除したら、俺はカルナを悲しませることになるだろう。
サポーターの道だって、たぶん俺は途中で投げ出すだろう。面倒くさがりのダメ人間の自覚はあるし。
「それ以外なら、自由にする。それじゃあ、ダメか?」
「ふん、話にならないな。ならば、私はマスターの命を狙うだけだ」
「そうかよ……。わかった、今はそれでいいや」
彼女の説得は無理そうだ。
現状、彼女から俺の命を刈り取ることはできないようだし、今のままで構わないだろう。
俺が我慢さえできれば……。できるかねぇ。
「おまえ、名前はあるのか?」
「さぁ、マスターが決めるものではないのか?」
「なら、ショットだ。ショット、どうだ?」
「……ふん、勝手に心が嬉しがるな。こなくそ」
頬を赤らめた彼女は不服そうにそっぽを向く。
……たぶん、俺の美少女妄想がそのまま心にまで反映されているのだろう。
名前のない子に、名前をつける。
漫画とかだと、これで嬉しがってくれていたし、俺の妄想通りの反応だ。
「ああ、くそ! なぜ、体が勝手に喜ぶのだ! ふざけるなよマスター!」
「なんだ結構扱いやすいじゃねぇか。ショット、可愛いよ」
俺の言葉を受けたショットは、顔を真っ赤にして激怒している。
「ふ、ふざけるな! 私が可愛いことなど全世界共通の事柄だっ。マスターのようなそこら辺の雑草みたいな男に言われても嬉しくなどないぞ……っ」
「なのに、口元緩んでるぞ?」
さっき散々からかわれた反撃をしてやると、ショットは悔しげに拳を固める。
「くそ、この体最悪だ」
「とりあえず……」
俺は上着としてきていた制服を彼女に渡す。
すると、やはり予想通りの反応を示す。
「くっ……このようなことで照れるとは……」
「やっぱり……俺の理想をつめてるだけあるな」
「マスターはどうやら、変態的な部分があるようだな。まあ、こうやって服を着ると」
ショットはボタンをとめていくが、胸の上部分だけははだけたままだ。
そうすると、胸元がはだけ谷間を強調するような着方となる。
「うぉぉ……っ。おまえ、強力な技を使いやがって」
「ふふ、ほら、マスター……。この胸の谷間に顔を埋めてみたくはないか?」
「埋めたいっての……! もうやめろよな、そういうの! おまえの体はエロくて大好きすぎるっての……!」
「そ、そうか……くぅぅ……だから体、喜ぶな!」
俺はショットから視線を外し、フィギュアとポスターを回収していく。
「これは?」
「おまえを作るためにつかったんだよ」
「そうか。まあ、私のほうが何倍も可愛いな」
「こっちのほうが可愛いっての」
「む、それは少しひっかかる言葉だな。実際に触ってたみただろう? このフィギュアには私の胸や肌のような熱はない。よって、このフィギュアは私以下の存在だ」
「それはひっかかる言い方だな。この足が作りだす曲線美をみてみろ」
片足をあげ、両手をあげて笑顔を浮かべる俺のリレンズたんを指差す。
天使のような笑顔を俺に向けてくれている。
今馬鹿にしたこいつに鉄槌を下すから待っててくれよ。
「この姿はな。固定されているからこそ、美しいんだ。おまえには絶対にできない姿だ。ほれ、みてみろ。このスカートが風にはためいたところ……最高じゃねぇか!」
「……なんだと? 私が男を魅了できないポーズなどない! 今すぐやってみせる!」
「どうぞ、やってみろよ!」
ショットはすかさず片足をあげ、ぴんと背筋を伸ばす。
可愛らしい作った笑みを浮かべる。
どうだ、とばかりの勝ち誇った顔であるが、俺がしばらく見ていると片足がふらつく。
やがて、彼女は苦しそうに足を下ろした。
「ほら、みてみろ」
「できたではないか! おまえ、私の服の裾をがんみしていたではないか!」
「してねぇよ。そりゃあ、あれだ。気のせいだっての」
彼女の目から逃れる。
ちらちらとみていただけなのに気づくのかよ。
女が男の視線に敏感ってのはあながち嘘じゃないんだな。
ちらちらとみてばれているのならば、堂々とみてしまったほうがいいのかもしれない。
って、夜もふけってきたこんな場所で、やることじゃねぇよな。
さすがに風も冷たく、抱きしめるようにして両腕を摩擦で温かくする。
「ショット、フィギュアの回収をしといてくれ」
「マスターは何をするんだ?」
「使わなかった土を戻しておくんだよ。女の子に汚れ仕事はさせられないだろ?」
「くそぉ……そんな気障な台詞、まったく気にならないはずなのに、この体ではどうしてこうもハートがズキンとするんだ……」
俺は土の塊を雑におかれているスコップを使って山へと戻していく。
いつもはやらない作業なんだけど、もう俺以外にここを利用する人間がいない以上、放置しておくと確実にばれてしまう。
「そういや、この体では、この体では……っていうけど、魔核のときの記憶を持っているのか?」
魔核は生物が死んだときに稀に残すとされているものだ。
まあ、ゴーレム作るのに必要なことくらいしか知らないんだけど。
「多少はな」
「へぇ、どんな人間だったんだ? そんだけおかしいことやってるし……娼婦とか?」
「いや、私はサキュバスだった」
「サキュバス……?」
「知らないのか?」
「……どっかで聞いたことあるってくらいかな」
授業だったか?
「知ってるなら教えてくれよ」
「ぐ……」
一度黙ったショットだったが、またもやマスターとしての命令が届いたようで、仕方なしといった様子で口を開いた。
「サキュバスは男女問わずに、生命エネルギーを奪い取って生きる種族だ。もう千年ほど前にいた生物だな」
「千年!? おまえ、凄いババアだな」
「そこか食いつくところは!」
「ロリババアって奴か。……くそ、本当に俺のツボを押さえてくるな。そうだ、語尾にじゃとかつけたらどうだ?」
「昔はつけておったが、あれはどうにも馬鹿にされたことがあるからやめた」
「なんだよ……もったいねぇな」
だけど、それでよかったかもしれない。
今のような状態でじゃを語尾につけられたら、本当に理性をなくして飛びかかってしまうかもしれない。
千年前の彼女に感謝しながら、ようやく重労働を終える。
魔力を使って戻すのが普通なのだが、もう俺の魔力はからっから。
本当に魔力が少ないことが悔やまれるね。
多ければ、多少無茶して抱きつくとか足を舐めるとかできたのに。
「……普通、千年前のこととか気になるものではないのか?」
彼女もフィギュアを鞄につめておいてくれたようだ。
ゴーレムって結構便利だな。完全に使い方が違うけど。
「俺、物覚え悪いんだよ。第一、歴史の授業は大嫌いだ」
「まあ、聞かれても何も覚えていないのだがな」
意味ねぇじゃねぇか。
寮へと歩きだすと、彼女もやっぱりついてくる。
……これからあの部屋で一緒に暮らすのか。
一応二人用の部屋であるため、窮屈ではない。
が……。
俺は横からみて、その魅力的な肢体にごくりと唾を飲みこむ。
ああ、むさぼりつきたい。
大丈夫かな、俺。