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第十六話 レジニアの姉

 俺は彼女とのデートを妄想し、尻にしかれる姿が浮かび首を振る。


「……悪いけど、俺は年上にしか興味なくて……ごめんな」

「何を言っていますの! ……勘違いしないでくださいまし。そのわたくしの姉が、わたくしの友人を見たい、と言ったのです」

「姉?」

「この病院にいますの」

「なら友人でいいんじゃないか? ほら、おまえ学園でも結構人気あるだろ?」

「人気? あんなもの、わたくしの力の恩恵を受けたいハエですわよ。あなたも少しは理解できますわよね?」

「お、おう……」


 レジニアは嫌悪の表情を見せる。そんな話をここでしないでくれ、といわんばかりに。

 レジニアも、ああいうのは嫌い、なのか。

 少し意外であった。


「けど、それでなんで彼氏、なんだ?」

「……姉をビックリさせたいのですわ」

「……よくわかんねぇけど」


 なぜかレジニアの両目は必死だ。

 レジニアはあまり好きではないし、むしろ嫌いなのだが、そういう表情には弱い。

 特別利点があるわけではないが、マイナスがあるわけでもない。


「わかったよ」

「……感謝しますわ」


 レジニアは深く頭をさげ、俺の手を掴む。

 慣れていないのか、レジニアの頬は朱に染まっている。

 からかう余裕なんてない。

 窓ガラスに映った俺の顔も赤かったからだ。演技とはいえこういうのは難しい。


「お、おい……フリ、なんだよな?」

「……そうですが、今から少しでもそれっぽいものに仕上げなくてはなりませんわ。わたくしもいまいち良くわかりませんが……こんな感じにすれば、少しは彼女っぽく見えませんこと?」


 レジニアは控えめに腕に腕を絡ませてくる。

 かすかに触れる胸に、体を強張らせてしまう。

 散々、抑制されていた身体が過敏に反応してしまう。


「あなたみたいな人には、わたくしのような人に抱きつかれて役得ですわよね?」


 少しばかり、調子よさげだ。


「そりゃあ、まあ……そうなんだけど……楽しむ前に恥ずかしくて死にそうだ」


 共に廊下を歩き、階段をのぼる。個室の前に到着し、首を捻る。


「結局、俺は何をすればいいんだよ?」

「彼氏っぽく振舞ってくれればいいですわ」


 個室の人間は、レジニアと同じ家の名前を持っていた。

 問う前に、レジニアが中に入る。


「姉さん、連れてきましたわよ!」


 俺を無理やりに引っ張っていく。強引な奴だ。

 こちらを向いたレジニアの姉は、まるで生気が感じられない顔に薄い笑みを浮かべる。

 その笑みもどこか曖昧なものだ。

 ぞっとしてしまった。まるで、幽霊が目の前にいるかのようだ。


「レジニア、その人が彼氏なんだ?」


 抑揚のない声が耳に届く。


「は、はい。わたくしの……自慢の彼ですわ」


 一瞬間が出来、レジニアの姉はくすりと口元を緩める。

 レジニアが用意してくれた椅子に座り、姉と向き合う。

 ……この前、車椅子に乗っていた人だ。

 なるほど、レジニアは姉に会いに来ていたのか。

 レジニアの姉だけあり見とれるほどの美貌だ。

 ただ、一つ、感情の乏しい表情だけが怖いのだが。


「……キミ、本当にレジニアちゃんの彼氏?」


 俺の隣に座ったレジニアが、足を踏んでくる。

 頑張って誤魔化せ、ということらしい。

 あまり嘘をつくのは得意ではない。


「え、ええと……まあ、その……すんません」


 ポリポリと頬をかいていると、レジニアの姉がニコリと微笑んだ。

 その笑みは、なんというか……心から笑っているようには感じなかった。

 レジニアもまた、姉の笑みに痛々しそうに顔をしかめる。

 ……何かの事情があるのは理解した。

 二人の様子に戸惑っていると、姉のほうが声をかけてくる。


「ラクナくん、あたしの笑みが怖いって思わなかった?」


 初対面の相手になんて言っていいのか迷う。

 レジニアが俺の足を踏む力がさらにこもる。


「……いや、怖い、といいますか……心から笑っているようには思えませんでした」


 言うと、レジニアが目をひんむいてくるが、レジニアの姉は嬉しげに目を細めた。


「キミ、正直だね。うん、あたし……昔黒雨虫に飲み込まれちゃって……まあ、生きていただけ奇跡みたいなもんなんだけどね」

「黒雨虫に、ですか?」

「うん。それから、感情がうまく表現できないんだよね。いまも、まさかあの頑固でわがままなレジニアちゃんに彼氏がいるなんて思ってなかったから、凄く驚いているんだよ?」


 そういう彼女だが、確かにまったく驚いていないようにしか見えなかった。

 ……だから、レジニアの姉の性格を把握するのは言葉しかない。

 今の調子からして、もともとは人をからかうようなタイプの人なのかもしれない。


「黒雨虫ってそんなこともするんですね」

「あれ、あんまり授業とか出ない子かな?」

「……」

「あはは、真面目なレジニアちゃんがよくもまあ、彼氏にしようと思ったね」

「授業をよくサボりますが、よいところもありますわよ」

「良いところ、お、お? どこかな、どこかな?」

「……」


 どこですの? とレジニアが困ったように俺を見てきた。

 考えてから言えよ! ていうか、いいところありませんもんね、ごめんなさい。

 ……丸投げのレジニアは頬に汗を浮かべる。

 よし……借り一つな。


「レジニアは……凄く真面目ないい子ですよ。大人、です」


 レジニアを褒めてやり過ごす。少し照れくさかったが、まあ、そこは気合で。


「へぇ。そこに惹かれちゃった?」

「何より可愛い、ですしね」


 俺の言葉にレジニアの姉は愉快そうに声をあげる。

 口角があがっているが、目に感情がない。

 怖い部分もあるが、いい人なのだろうと思った。

 レジニアがホッと胸をなでおろし、当然ですわとばかりに髪をかきあげる。

 どうにか、仮初の関係で会話を進めることに成功し、それじゃあと俺は席を立つ。


「送っていきますわ」

「別に、お姉さんと一緒にいたいんじゃないか?」

「ああ、私のことはいいから、若い二人でにゃんにゃんしてくださいな」


 からかうようなレジニアの姉の言葉を受け、俺たちは個室を出る。

 ふうと息を吐く。

 いつばれるのかという不安から解放され、俺は制服の首元を緩める。


「……感謝しますわ。姉さんのあんな顔、久しぶりにみれましたわ」

「なら、よかった」


 黙って歩いていると、レジニアもついてくる。


「……なあ、一つ教えてもらってもいいか?」

「先ほどのお礼もありますし、どうぞ何でも聞いてくださいまし」


 何でもか……スリーサイズとか聞いてやろうかな。


「どうせ、スリーサイズとかじゃありませんの?」


 ……違うっての。


「おまえは、どうしてゴーレム士になろうと思っているんだ?」

「……わたくしは、姉から夢を、感情を奪った黒雨虫を見つけて、殺すためですわ。そうすれば……もしかしたら、もう一度姉さんが、心から笑えるかもしれませんの」


 ……守るため、だけがゴーレム士じゃない、か。

 勝手にゴーレム士になりたい人間は、正義に溢れた……正義が見えない馬鹿だけだと思っていた。

 カルナもそんな風になってしまっているんじゃないか、そんな風に見下してしまっていた。


「そう、なんだ。うん、ありがと」

「……わたくしは、一番目立って学園を卒業する必要がありますわ。最高の評価をもって、学園を卒業するために」

「おう」


 有名な部隊に所属できれば、それだけ姉を助けられる可能性が高まるのだろう。

 彼女がどうして目立ちたいのか、決闘を挑んできたのか、よく理解した。

 だからといって……負けるつもりはなかった。

 俺が勝てばフェルドは喜んでくれて、元気になってくれるかもしれない。

 フェルドの病室前につくと、レジニアが頭を下げてきた。


「……あなたの過去について、勝手に調べ、馬鹿にしたことは謝罪しますわ。けれど、わたくしにはどうしてもあなたに決闘を受けてもらう必要がありましわ。ごめんなさい」


 意外だった。

 もっとプライドの高い人間だと思っていたから、謝罪されるとは思っていなかった。


「今謝っていいのか? もしかしたら、模擬戦を却下するかもしれないぞ?」

「今さら無理ですわよ。それに、もともとこうするつもりでしたの。わたくし、戦いを純粋に楽しみたいんですわ。実技成績トップさん?」

「魔力はからっきしだけどな」


 からかうような彼女に、俺も同じような笑みを返した。

 このまま別れというのも何だか寂しい。

 無理やりに俺は口を開いた。


「最近さ、周りの奴が露骨に親しくしてくるんだよ。そういうときにどう対処したらいいかな?」


 レジニアは慣れた様子で肩をすくめ、作り笑いを浮かべた。


「こうやって、愛想笑いを返しておけばいいんですわよ。……それに、条件としてはこちらのほうが有利なんですのよ? 利用できるときは、こちらがむしろ利用してしまえばいいんですわよ」

「おまえ、悪い考えしてんな……」


 作った笑顔は気づけば、悪いものになっていた。

 大した演技力である。


「今日はありがとうございましたわ。月曜日、楽しみにしていますわ」

「手を抜くつもりはないからな?」


 考えの理解できない相手だと思っていた。

 だが、よく話すことでわかってくることもたくさんあった。

 一方的に嫌うだけでは、ダメだ。

 しっかりと相手を理解してから、好き嫌いの判断はするべきなんだ。

 ……カルナが、ゴーレム士を目指す理由だって、憎しみだけが本心ではないかもしれない。

 否定せずに、理解したかった。兄として。

 扉の前に立つと、なにやら怒鳴りあうような声が耳に届く。

 急いで部屋にはいるとショットとフェルドが漫画を指差しながら熱く討論していた。

 カルナも部屋にいたが、話においてかれたのか、部屋の隅でゴーレム士についての本を読んでいた。


「だから、この戦闘シーン、私は気に食わないと言っているんだ! どうして、こんなあっさりとやられているんだ!」


 ……そういえば、ショットは漫画は好きだったな。


「それは疲労と油断があったからですよ! これをきっかけに主人公が甘さを捨てて、成長するんです! そのくらい察してくださいよぉ!」

「なんだとぉ!? 戦闘中に油断などするか! アホが!」

「だから、力を得たばっかりで調子に乗っているじゃないですか!」

「力を得たからといって、調子に乗るようなのでは――」

「ああ、もう!」


 すっかり仲良くなったようだ。

 額をぶつけあうようにして、二人は意見をぶつけていたが、俺に気づいたようだ。


「マスター! この女にしっかりと説明してやってくれ!」

「ラクナさん! ショットさんにも言ってあげてください!」

「とりあえず、声のボリュームを抑えたほうがいいよ」


 フェルドははっとして、顔を赤くしてうつむき、ショットもバツが悪そうにそっぽを向く。

 それから少し話していると、外も暗くなってきた。


「それじゃあ、そろそろ帰るよ」


 身支度をすませていると、フェルドが両手で携帯電話を掴んだ。

 恥ずかしげに頬が赤らんでいる。


「あの……ラクナさん、携帯電話持っていますか?」

「ああ、持ってるけど」

「なら、番号交換しませんか?」


 フェルドは両手で携帯電話をもち、照れた様子で笑う。


「お、いいよ、ほら」


 フェルドに携帯電話を渡すと、慣れた手つきで番号の交換を終える。


「……暇になったら、連絡しますね」


 嬉しげに微笑む彼女に笑みを返し、カルナが手を振って去る。

 フェルドも嬉しげな様子だ。

 病院の外に出ると、涼しい風が頬を撫でた。

 良い景色だ。

 ショットはいまだ不服そうに、フェルドから借りた漫画を持っていた。


「ふん、あんな女の本など……おおっ!」


 すぐにのめりこんだのか、食い入るようにみる。


「目悪くなるぞ」

「大丈夫だ」


 ショットは目を見開きながらページをめくっていく。

 夕陽はほとんど隠れているため、見にくいだろうに……ため息をつきながら、寮へと戻っていく。


「……カルナ、聞いていいか?」

「あたしも聞きたいことあるんだけど……何?」

「……おまえがゴーレム士になりたい理由、前聞いたけどさ。あれが本心なのか?」


 全滅させたいと言っていた。


「ええ、そうよ」

「本当に、それでいいのか?」

「……それしか、ないのよ」


 視線をそらした彼女の肩を掴み、俺はじっと覗きこむ。


「もしも間違っていたらすぐに否定してくれて構わないし、なんでもいうことを聞くから、冷静に聞いてくれ」

「……うん」

「おまえは、一度死にたいと思っていたよな」


 昔の話だ。

 両親を失ってすぐのとき、カルナは俺に毎日そう言ってきた。……まあ、無理もないだろう。

 俺だってどうしたらいいかわからなかったし、カルナがいたら自殺の道も選んでいたかもしれない。

 こくりと小さくカルナは頷き、話を進める。


「……まだ、そう思っているのか?」

「……思ってないわよ」


 カルナは視線を外し、俺ははっきりと伝える。


「いや、絶対に思ってる」

「思って――」


 叫ぼうとしたカルナに、俺は人差し指を向ける。


「おまえは自分を追いこんで、ゴーレム士になろうとしている。自分を傷つけているのは、過去の負い目があるからだ。そうじゃないのか?」


 ……無茶な生き方をそばでみてきている。

 カルナは逸らしていた目を見開き、何度か悩むように目を開閉させる。


「否定して、ラクナを自由に滅茶苦茶にすることも考えたけど……ダメね。たぶん、そうだと思う」


 恐ろしいことをさらっという。

 それからカルナはゆっくりと口を開いた。


「あの後、冷静になってみたら……あたしは確かにあんたの言うとおり無茶な生活をしている。……それでも、たまに夢でみるのよ。あたしのパパとママが、あたしに言ってくるの」


 ――おまえのせいで、私は死んだ。

 ――おまえがいたから、お父さんは逃げられなかった。

 そう、夢の中で言葉をぶつけてくるそうだ。

 自責の念が、そうさせているのではないだろうか。

 カルナは今にも泣き出しそうな顔で、しかし覚悟を決めたように俺を覗き込んでくる。


「あたしがいなかったら、パパもママも逃げられたでしょ?」

「知らん。そんな仮定の話は聞きたくない」

「……」

「昔がどうだった、とか。そういうのは今を否定するから嫌いだ。……わかった、おまえがゴーレム士になりたいっていう夢、俺も応援するよ」

「……どういうこと?」

「ゴーレム士になりたいってのは分かったよ。だけど、自分の身を犠牲にするようなことはやめてくれ。何か、他の理由でゴーレム士になってくれないか?」

「……」

「約束してくれるか?」

「わかったわ。……うん、ありがと」


 その感謝が何かはわからなかった。

 伝えたいことは伝えたし、カルナの覚悟も理解した。

 人それぞれ、同じ夢を目指していても……その理由すべてが同じということはない。


「それで、カルナが聞きたいことってなんだ?」


 重たい空気を弾き飛ばすように笑みを向けると、カルナもふっと力を抜いた。


「レジニアとどこに言ってたの?」


 可愛い調子で心臓を鷲掴みにするようなことを平気で言ってくる。

 漫画から顔をあげたショットにもいすめられる。

 ……余計なことをいいやがって。

 目に込めるが、ショットはぷいとそっぽを向いた。


「あ、ああ、ちょっとな。あいつの姉があそこにいるっていうから、恋人として紹介されたんだよ」

「こ、恋人……!? あんたいつの間にレジニアとそんな仲に! 不潔! お兄ちゃんは妹意外に興奮しちゃいけないってこの前国が決めていたのに!」

「端から端まで間違ってる! 恋人は演技だ」

「……ふぅん、まあ、ならいいけど」


 この義妹はどこまで本気なのだろうか。

 いい加減兄離れをしてくれ、そんな思いとともに学園に到着した。

 ショットは部屋に戻り、俺はカルナと食事をする。

 食堂で見かけたレジニアは、少しだけ俺に対して笑顔を見せてくれた。

 ……ちょっと嬉しかった。

 頬をカルナに抓られながら、部屋に戻ると、早速フェルドがメールをしてきた。

 フェルドに貸した本についての感想を書いてくれたようだ。


『面白かったですっ、また今度貸してくださいね!』


 全体的に面白かったという評価であり、次の巻も貸してほしい、といった内容だ。

 それに了承の返事をした。

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