第十二話 お出かけ
「マスター、今日は早いんだな」
寮に戻ってくると、笑顔でショットが駆け寄ってくる。
頭をなでなでしたいなぁ。
「自主休校ってやつだ」
「サボったのだな」
午後の授業は戦闘訓練だ。
これだけは俺のちょっとした自慢でもある。
戦闘だけならば、俺だって成績は良いほうだ。
「街にでも行ってくるかね」
「よいのか?」
「ばれなきゃいいんだよ」
「で、では私もついていこうか」
急にそわそわとしはじめたショットに首を捻る。
「漫画の続きはいいのか?」
「帰ってきてから読めばいいさ」
「別に俺一人でいいんだぞ?」
「ま、マスターは一人がいいのか?」
途端、寂しそうな顔をするショット。
そんな顔をされると、そそられるじゃないか。
「せっかくの休みの時間なんだ。一人でいたいっての」
「……そ、そうか」
わかりやすいくらいに落ちこんでしまった。
まるで試験でマークミスをしたときの友人のような顔だ。
あのときの友人はそれはもう、人生が終わったような顔をしていた。
「……やっぱり、ショットも来るか!?」
「良いのか!?」
「お、おう!」
思っていた以上に食いつかれ、罪悪感が重くのしかかってくる。
俺の手を嬉しげにとっていた彼女は、それからはっと気づき、距離を開けた。
「い、今のは……!」
「へいへい、心が勝手に跳ねちゃったんだな」
「そ、そうだぞ!」
顔を真っ赤に否定するショットを抱きしめたい!
生殺しだ……。
「マスター?」
「よし、可愛いショット! どこか行きたい場所はあるか?」
「……ふ、服と靴を買いに行かないか? 靴がないと、どうにも戦いがな」
「そうだったな。模擬戦もあるし」
ショットにも既に話しているため、彼女は好奇的な笑みを作り唇を舐める。
「ショットは結構戦いは好きなのか?」
「大好きだ。ああ、模擬戦か……一体どんなものになるのか、今からわくわくだぞ」
目的地が決まったところで、十分な金を財布にいれ、こそこそと街へ行く。
「おお! ここが街か!」
「興奮してあんまり遠くに行くなよ」
「わかっている!」
言いながらも、ショットは遠くまで走っていってしまう。
彼女を追いかけると、ショットは一つの店を見つめていた。
「嬢ちゃん、たこ焼き食べるかい?」
楽しげに店員がショットに訊ねる。くんくんとショットは鼻をひくつかせ、目を輝かせる。
……食べたいのかな?
食事といったらお菓子だけだったし、このくらいいいだろう。
「じゃあ、一つください」
「お、彼氏さんかい。ほい、どうぞ」
六個いりのたこ焼きを受けとり、金を支払ってからショットに渡す。
「か、彼氏……それにマスター良いのか?」
「おう、食え食え」
まずは相手の胃袋を管理するのが大事だ。
ショットが俺のたこ焼きなしでは生きられない体になれば良いのだ。
道を行く人の邪魔にならないよう移動し、ショットはぱくりと爪楊枝で口に運ぶ。
「あ、熱い! だがうまい!」
「だろう。ショット、一つ食わせてくれ!」
「当たり前だ、マスター。ほれ」
ショットは爪楊枝を使い、俺のほうに差し出す。
彼女の考えがかわらぬうちにぱくりと食べる。
あつっ! だけど、これでショットと関節キスをすることに成功した!
直接触れないけど、こうやって楽しむことはできるっ。でも、なんでかな、冷たい風が心の中に吹いたよ。
一人で喜び、悲しんでいると、ショットの手がぴくりと止まる。
なにやら爪楊枝をみているようだ。
「うーん……? どうしたんだ?」
「な、なんでもない!」
ショットはぷいと耳まで赤くして、たこ焼きを食べすすめる。
「そういえば、関節キスだよなー」
「あづっ!」
舌でも噛んだのか、ショットが奇妙な鳴き声をあげる。
涙目でこちらを睨んでくる。
「余計なことを言うな!」
「なんだよ。サキュバスのクセに関節キスってだけで顔真っ赤になるのか?」
「私はな……健全なサキュバスなんだっ! 人を誘惑するのが限界なんだ!」
「……それでおまえ生きていたのか?」
「……生まれて一ヶ月くらいは、魔力をこそこそ奪って生きていたぞ」
「……おまえってやっぱり微妙な魔核だよな」
ショットが目つきを鋭くしてきたため、俺は彼女の手から爪楊枝を奪う。
たこ焼きを一つ口に近づけると、ショットは幸せそうにかぶりついた。
……可愛い。
人前でこんな姿を見せていれば、サキュバス時代ももっと長く生きられただろう。
食べ終えたたこ焼きを片付け、大きなデパートに入る。
カルナがここでよく服を買う。……その荷物持ちをよくさせられるんだよな。
平日ということもあり、人はそこまで多くはない。暇な大人が多少いる程度で、学生の姿など皆無だ。
制服くらいは変えるべきだったかもしれない。おかげで多くの視線を集めることになってしまう。
ゴーレム士の訓練生ということもあり、好意的なものは多くなっている。
そのまま近くの女性の服が多くおいてある店に入り、
「ふむ……この服は動きやすそうだな」
ショットは自分に合いそうなジャージを手にとる。
「いやぁ、こっちのスカートとかはどうだ?」
「ちょ、ちょっと短すぎないか!? だ、だが……このくらいのほうが誘惑するならいいかもしれないな」
「ほら、試してみろ」
「わかった……っ」
ショットがいない間、女性客の視線に頬を引きつらせながら、試着室の近くで待機する。
衣擦れ音に耳をすませる。
この服と肌が擦れる音がなんともいやらしい。携帯電話の録音を用意しておけばよかった。
やがて、音がしなくなるが……どうしたのだろう。
なかなかカーテンが開かない。
俺が首を捻ると、途端腕が伸びてくる。
まるでアリ地獄にでも落ちたかのように、俺は更衣室へと吸い込まれる。
そのまま、更衣室の壁に押し付けられ、頭をぶつける。
「……しょ、ショット!?」
真っ赤なショットは短めのスカートにシャツを着ていた。
今どきの女の子と名乗ってもよいような可愛さであった。
思わずごくりと唾を飲む。
ショットは赤い顔のまま、にやりと獲物を狙うように目を細める。
「ささささっきは散々からかれたからな。今度は私の番だ」
「お、おまえ……の胸凄っ」
服を押し上げるようにしている胸。いったいどれだけのサイズなのだろうか。
「……触ってみるか?」
わざとらしく強調してみせる。
まずい。凄い触りたいけど、今の俺は完全に興奮している。
……このまま触れば、魔力を生命エネルギーを奪われてしまう。
ああ、だけど触りたいよっ。
「くく、どうしたマスター。顔がねだる子どものように情けなくなっているぞ」
「この、人を欲求不満にしやがって……!」
「マスター、触らなくてもいいのか?」
ずいっと胸をさらに寄せてくる。
父さん、母さん、義姉さん、カルナ。
俺はここで自分の欲に従って死ぬかもしれません。
けど、それでいいよね。男だもん。
俺はふるふると命の覚悟をしながらその胸に手を伸ばし、
「ちょっと何してんのよ!」
カーテンがばっとひかれ、俺は反射的に両手をあげる。
何もしていませんよ、というアピールをしながらそちらを見ると、眼鏡をかけ、マスクをつけたカルナがいた。
「……ショット! ラクナに何をしているのよ!」
「……ひぅっ! わ、私はマスターを誘惑しているだけだ! 何か問題あるのかぁ!」
声を震えながらも怒鳴り返す。
ショットの成長を喜ぶこともできない。
「誘惑ぅ? ラクナ、まさかこんな脂肪に魅了されたわけじゃないわよね!?」
「いい加減現実を見ろ! マスターは巨乳が大好きなのだっ。黒板みたいなぺたんこに用事はないとも言っていた!」
「え……っ。ラクナがそんなこと言うはずないもん!」
巨乳はもちろん好きだけど、ショット並みに過激なことは言っていない。
俺はするすると這うようにして、更衣室から出る。
それからごほんと咳払いをする。
「カルナ、どうしてここにいるんだ?」
「さっきあんたは更衣室で何をしていたの?」
「何もしていないよ。ショットが人に服を見せるのが恥ずかしいっていうから、中で見ただけさ」
「引きずり込まれていたわよ?」
「カルナはいつからみていたんだ?」
「あんたが、寮に戻るのがみえたから先生にいって、授業を抜け出してきたのよ」
……カルナの監視能力は結構高いな。
「そうか。ちょうどよかった、ショットの服を選んでくれないか? カルナのセンスなら、大丈夫だろ?」
「なら、これ着るといいわ」
カルナは近くにあった大安売りというシールが貼られたボロの服をショットに渡す。
引きつるショットの顔。
「なんだこれは? ゴミ袋に入っていてもおかしくないほどだぞ?」
「お似合いよ」
「そうか。ならば、おまえが着るといい」
引きつった笑顔で二人は牽制しあう。




