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第十話 模擬戦


「ラクナ、どうしたのよ?」

「ど、どうしたって何が?」

「いや、なんだか顔が変なのよね」

「変なのはい、いつもだろ?」

「あんたは世界で一番かっこいいけど……」


 このブラコンが!


「……何かまだ隠しているんじゃないわよね?」

「な、何もねぇよ。それよりいくつか頼みたいことがあるんだけど、聞いてくれないか?」

「……な、何よ」


 カルナは小首をかしげてみせる。


「おまえの下着貸してくれないか?」

「はぁぁ!?」


 カルナは顔を真っ赤にして叫ぶ。

 ……あ、ちょっと台詞が足りなかった。


「ショットの下着で困ってたんだよ。だから、何かないかな、と思ってさ」

「……なら最初からそういいなさいよ! 一体何に使われるのか期待しちゃったじゃない!」


 どんな期待をするんだよ。

 カルナは俺からショットへと視線をずらす。

 びくりとショットは怯んだが、それでも今までよりかは強気な目を向ける。


「な、なんだ?」

「……なんでもないわよ。ラクナ、もしも変なことしたら、わかっているわよね?」

「そんなことしねぇよ。つーか、もししたらどうなるんだよ?」

「あたしにそれ以上のことをするのよ?」

「誰が義妹にそんなことするか」


 そもそも、ショットに何かするはずがない。

 ……まあ、ショットの能力をカルナに説明するとなると、俺の行為が浮き彫りになってくるから、黙ってるけど。

 女子寮の近くに到着すると、カルナがくるりと振り返ってくる。


「それじゃあ、ラクナの部屋にもって行くわよ?」

「……い、いや! 俺が取りにいくから!」

「女子寮に男子は入れないでしょ?」

「玄関のところで合流すればいいだろ?」

「何よ。あたしが部屋に行ったら不都合があるみたいじゃない」


 ずばり言ってくるな。


「な、ないけどさ……ほら、俺が物を頼むんだし」

「なら、ご褒美にあんたの部屋にくらい行かせてくれてもいいじゃない」

「それご褒美になるのか? まさか、暴れまわって鬱憤でも晴らすつもりか!」

「あたしは怪獣か! た、たまにはあんたの部屋を見てみたいと思っただけよ」

「……だけどなぁ、散らかってるからまた今度ってことで」

「散らかってる? あんた、きちんと掃除はしておきなさいといったでしょ?」


 腰に手をあて、ジト目で覗き込んでくる。

 そんな反応に俺は両手をあげて降参のポーズを作るしかない。

 カルナは諦めてくれたようで、ひらひらと手をふる。


「それじゃあ、また夕食のときにでも用意しておくわ」

「ありがとなっ」


 俺の部屋に来られるときはどうなるかと思ったが、穏便にすんでよかった。


「……ふん、胸のサイズは合わないだろうがな」

「……あぁ?」

「ひぅっ……!」


 カルナに睨まれたショットは悲鳴を漏らしながら、俺の背中に隠れる。

 隠れるくらいなら挑発しないでくれって。

 部屋へと戻ってきた俺は、興奮を隠すようにし、部屋を離れる。

 寮のトイレへ移動したところで、ポケットに入れていた手紙を取りだす。

 ……さてさて、一体どんな内容なのかね。

 見つけたときは喜んだが、ホムンクルスを作ったこのタイミングだと、下心があるのではと考えてしまう。

 折りたたまれた手紙を開き、俺の頬が引きつる。


『六月一日の放課後、体育館裏の木の裏に来い』


 開封された手紙の中にはそんなことが書かれていた。

 殴り書きのようなそんな文字。

 ……とてもじゃないが、これは誰かに告白するための文章ではない、と思った。

 いくら字を書くのが苦手でも、丁寧に書こうとは思うはずだが、これからは感じなかった。

 っていうか、放課後って今じゃんか。

 いつ手紙を入れたのか知らないが、帰りまでに気づくかっての。日にち変えとけよ。

 差出人も分からない。

 はっきりいって怪しい、という言葉しか浮かばなかった。

 行かなくて正解だろう。くしゃくしゃと手紙を丸め、トイレから部屋へ戻る。


「俺はこれから食事に行くが、ショットはどうする?」

「私はここでお菓子を頂いている」


 ベッドで横になりながら、スナック菓子を広げ、漫画を読んでいる。

 休日の俺かよ。

 携帯電話だけを持って食堂に移動する。

 朝と晩は、全員同じメニューだ。

 いつも座る場所に到着すると、カルナもそこにいた。

 大きめの鞄を持っていたカルナは、ずいと鞄をこちらへ差し出してきた。


「ほら、ラクナ。下着、持ってきたわよ」

「あんまり大きな声を出すなって……っ」


 きょろきょろと周囲をみていると、カルナが首襟を掴んで耳元で囁いてくる。


「あ、あたしが履いたことがあるのもあるからね? ラクナが使いたかったら、使ってもいいわよ」

「……」


 相変わらずこいつは兄離れができないな。

 聞こえなかったことにして、俺は鞄を受けとる。

 反応がないのにカルナは慣れた様子で食事をとりにいき、俺の分も持ってきてくれた。


「ねえ、ラクナ。いい加減、あたしはねはっきりさせるべきだと思うのよね」

「何をだ?」

「あたしたちの関係よ。なんで、ラクナはあたしの愛を受け入れてくれないのよ!」

「おまえが妹だからだ」

「血が繋がっていなければ、関係ないのよっ。知っているわよね!?」


 抱きついてこようとしたカルナを回避する。

 パクパクと食事を終え、


「じゃあな、カルナ!」

「ラクナ、ちょっと待ちなさいよ」

「これ、感謝してるよ。後でなんかお礼でもするから、また明日な!」

「キスくらいでいいわよ?」


 俺は食堂から逃げるようにして、寮への道を歩いていく。 

 まだまだ夜になると涼しい風が肌を撫でていく。

 早く風呂にでも入って今日はもう眠ろう。


「……夕陽が傾き始める体育館の大木の裏。ええ、いい場所でしたわ。草木の香りも、夕陽が作る空も……ええ、大変美しいものでしたわ」


 そんな、怒りがこめられているような声が響いてきた。

 寮までの道の左右には、多くの木々がある。

 そちらに目を向けると、女子寮の方角から一人の美少女が歩いてきていた。

 レジニア・フェルコッタ。有名なゴーレム士の娘……つまり、貴族だ。

 体育館で多くの人物を魅了していた彼女は、相変わらず美しい金髪を夜空でいっそう映えさせながら、優雅に近づいてくる。

 ……二年生で優秀な生徒をあげろ、といわれればカルナとレジニアがあがる。

 どちらも成績はトップクラスだ。

 彼女の顔には、温和な笑みはない。

 ただただ、憤怒にまみれた顔であり、鼻がひくついていた。

 暗くなければ、青筋が浮かんでいるのが見えたかもしれない。

 なんでそんなに怒っているの?

 何か嫌なことでもあったの? と聞きたいが、触れても良いことはないと判断する。

 すたすたと横切ろうとすると、反復横とびでもするかのような姿勢、動きで道を塞がれてしまう。

 ……俺に対して意図的にやっているのか?

 負けじとその場で反復横とびをすると、レジニアはしっかりと食いついてきた。


「男! 放課後になぜ来ませんでしたの!?」


 ……こ、この人。こんなに怒鳴るような人だったのか?

 教室などで見る姿は、随分と落ち着いた人であったが……。


「放課後……?」


 普段と違う態度に戸惑いを持ち、さらに放課後という単語に首を捻る。


「なーにをとぼけてますの!? あなたのきたなーい、靴にわたくしが手紙を放り入れておいたはずですわよっ」

「あれ、レジニアのかよ」


 てっきり、男の悪戯だと思っていた。

 実際は学園内でも上位に食い込む美少女……そうなると、放課後に行かなかったのはもったいなかったかもしれない。


「えぇ、そうですわ。不服ですの?」

「用件は……俺に告白とか?」

「そんなわけありますかー! わたくしはですね……っ、男! アナタが許せませんの!」

「ていうか、俺はラクナっていう名前があるんだけど」

「黙れですわ、男」

「はぁ。許せないって……俺のホムンクルスのことか?」

「そうですわよっ!」


 彼女は整った顔にさらに怒りを浮かべ、ラクナに指を突きつける。


「わたくしは、あなたに模擬戦を申し込みますわ!」


 模擬戦……八月から本格的に始まるランキング戦に向けての練習だ。

 学園内では、お互いに技術を高めるための戦闘訓練が行われている。

 二年生から始まることとなるが、六月七月は、練習期間として模擬戦となっている。


「ちょっと待ってくれよ、なんでそんなことしなくちゃならないんだよ」


 そう言葉にしながらも、普段の落ち着いた様子のない彼女に、いまだ困惑は拭えない。


「決まっていますわ」


 美しい金髪を一つ撫で、怒りに満ちた顔でいう。


「わたくしよりも目立つ人間が許せませんの。ホムンクルスを作った……ですって。それがなんですの!」

「あ、それ俺も思った」

「黙れぇいですわ! それにあれではまるでわたくしがかませ犬みたいではありませんのっ! 気に食わないですわっ」

「え、えーと……とりあえず、一つ聞いていいか?」

「なんですの!?」

「……普段学園で凄い綺麗な笑顔を浮かべてるけど、あれって」


 レジニアは落ち着いた人で、俺もよくカルナと比べていた。

 カルナにもあれくらい落ち着いてもらいたいなぁって。


「ハァ? 今そんなこと関係ありますの? というか、アナタ、察しが悪すぎですわよ。今のわたくしを見て、あれが本当のわたくしとまだ思っていますの?」

「今まで隠していたのに、そんなあっさりばらしていいのかよ」

「それだけ、頭にきたのですわよ」


 がつっと地面を強く踏みしめ、レジニアは髪を振り乱す。

 地面にあった木の枝が半分に折られているのを見て、頬を引きつらせてしまう。

 自分もこのままではあの木の枝と同じ末路を辿る。

 だが、ここで否定しても、一方的に言っている今の彼女は諦めてくれない。


「模擬戦ね。とりあえず、一晩考えて明日――」

「今ココで誓いなさい。模擬戦が学園に認められるのは一週間ほどかかりますわ」


 あぁ、こいつ関わったらダメなタイプの人間だ。

 今まであったレジニアに惹かれていた思いはがたがたと崩れ落ち、俺は無視するように一歩をふみだしたところところで、彼女はぽつりと口にした。


「……そういえば、あなたの仮の親は、ゴーレム士、でしたわよね」

「……それが?」


 俺とカルナの面倒をみてくれている義姉さん。

 突然話題が出てきて驚き、振り返るとレジニアは酷薄な笑みを浮かべる。


「大した力もないB級のゴーレム士、でしたわよね? 大変ですわね。引き取ってくれた方が、あんな微妙な地位の方だなんて」

「……今のは取り消してくれないか? わかりやすい挑発だとしても、義姉さんを馬鹿にするなら許せない」

「さぁ、でしたら、模擬戦を受け入れてくれませんこと?」

「……なんでこんなことをするんだ? あんた本心で、義姉さんを馬鹿にはしていないだろ?」


 ぴくりとレジニアは僅かに顔を強張らせる。

 演技が得意なレジニアは見抜かれないとでも思っていたのだろう。

 ……悪いけど、人の目を気にしないと生きられないようなときもあったんだ。

 対面しそれなりに話をすれば、そのくらいの感情の機微には気づける。

 レジニアはしばらく俺を睨みつけていたが、やがて険がなくなる。


「わたくしにも目的がありますの。そのために、あなたを倒すことが手っ取り早いと思いましたの」


 目的、ね。

 それがどんなものかはわからないし、彼女を苦しめるのならば模擬戦を引き受けないほうがいい。


「だからって、他人の大事な人を馬鹿にするなよ」

「で、どうしますの。微妙なお姉さんの弟さん?」

「……受けてやるよ」

「ええ、それでいいのですわよ。それでは、ここにサインをしてもらえませんこと?」

「その前にだ。模擬戦でもお互いに賭けるものがあるだろ?」


 学園側は、模擬戦の場合にお互いに何かを賭けるようにするとしている。

 ランキング戦では負ければポイントが失われるため、その代わりといったところだ。

 ……一方的に申し込まれていては、負けた気分は拭えない。

 ここで俺の要求もどうにかごり押ししてやる、

 俺の言葉にレジニアは片眉をあげた。


「おまえは俺に何を求めるんだ?」

「……そうですわね。では、負けた場合は一週間程度わたくしの執事にでもしますわ。学園に入ってから、何でも一人でこなしていて疲れましたの」

「なら、俺はおまえの制服を要求する」


 びしりと指をつきつけてやる。

 レジニアはポカンとした後、言葉の意味を理解して赤面する。


「なっ、ど、どういうことですの!? そもそもあなたは、わたくしに謝罪を要求していたんですわよね!?」

「確かにそれもある。だけど、わざわざおまえの望みとして引き受けるには、俺にはあまりにも見返りが少ないと思うんだよ」

「なんですって?」

「……おまえは、俺に戦いを挑みたい理由がある。はっきりいえば、絶対に断られたくない理由が」

「……ほぉ」


 レジニアが間抜けな顔で抜けた声を発する。


「なにより、俺は自分のホムンクルスの制服姿が見たいんだ!」


 購買部で買いたくても、無理。

 カルナに頼む? そんなことをすれば、あいつが泣いてしまう。


「そんなもの、カルナにでも頼めばいいのではありませんこと?」

「それは、カルナを責めることになるんだ」


 レジニアとショットならば、胸のサイズは何とかなるだろう。

 身長の違いはあるが、ぶかぶかな制服をショットに着させるのも一つの魅力となる。

 レジニアは悩むように顎に手をあて、諦めるように手を振る。


「……わかりましたわ。あなたが勝利したときにはそうしましょう」


 レジニアは懐から、折りたたまれた紙を取り出す。模擬戦の申し込み用紙だ。

 一緒に渡されたペンを使い、俺は自分の名前を書きこむ。


「ラクナ……? それにレジニア何しているのよ! あたしのラクナを奪おうとするなんて、許さないわよ!」


 食事を終えて急いで走ってきたのだろう。息を乱しながら、カルナが俺の前に立つ。


「……って、それ模擬戦の申込用紙じゃない」

「ああ、こいつと模擬戦をやるんだよ」

「……ラクナ?」


 不思議そうにカルナが首を捻る。

 それから、レジニアを睨みつける。


「あんたがまた変なことしたんでしょ!」

「ブラコンには興味ありませんわ」

「ブラコンいうな! あたしたちに血のつながりはない、正式な恋人よ!」

「それは違う。ほら、レジニア、これでいいんだろ?」

「ええ、もう用事はすみましたわ。それでは、また今度」


 レジニアは優雅に足をひいて礼をして去っていく。

 ……あいつは一体何が目的なんだか。

 そんな風に考えていると、カルナがつんつんとつついてくる。

 なんだか嬉しそうな表情である。


「ラクナ、模擬戦ってことはきちんと授業にも出ないといけないわね!」


 なるほどね。

 学園のイベントへ積極的に参加するのが嬉しいのかもしれない。

 はにかんだ彼女に引っ張られるようにして、俺は寮へと戻った。


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