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第一話 出会い

「ラクナ……おまえだけでも生きてくれ」


 黒い雨が降り注ぐ中、父さんは俺を抱きしめる。

 父の背中に鋭い羽根が襲う。黒雨虫くろあめむしが放った、刃のように尖った羽。

 何度かの衝撃が父さんから伝わってくる。

 苦悶の表情をしながら、父さんは俺に笑顔を向けてくる

 ぎゅっと抱きしめて、俺は右手に感じたべとりとした感触に身体が震える。

 父さんの背中はだらだらと血があふれていた。

 母さんと同じように、自分を守って……死んだ。

 湧き上がる悲しみをこらえられず、嗚咽を漏らしながら涙を流す。


「泣くな、ラクナ」


 父さんはそういって笑い、俺の背中を一度撫でる。

 これが最後……そう本能が察し、父さんを引き止めるために必死に抱きしめる。


「父さん、お願い! 死なないで!」

「大丈夫だ。父さんはこのくらいじゃ死なない。後で必ず追いつくから、カルナちゃんを連れて逃げるんだ」


 ずっと泣いているカルナを指差し、父さんは俺の体を突き放す。


「父さん……」

「男の子が泣いたらダメだ。ほら、カルナちゃんに笑われちゃうぞ? ほら、カルナちゃんと一緒に行きなさい」


 からかうような調子で父さんはいい、俺は浮かんでいた涙をぬぐう。

 カルナに笑われるのは、悔しい。

 悲しみ、怒り……それらの感情がごちゃごちゃに混ぜ合わされたかのように思考はままならない。

 だけど、父さんが言っているように、カルナと一緒に逃げなければいけない、とは思えた。


「父さん……必ず」

「ああ、必ず、行くから……真っ直ぐに道を突き進むんだ。カルナちゃんを悲しませないように、笑顔でね」


 俺はカルナの手をとって、必死に走りぬいた。

 黒雨から生み出される黒雨虫。その姿が見えなくなるまで、必死に。

 逃げ延びた先で、もう一度父さんを見ることができた。

 指の先さえ、動いてくれない姿で。



 ○



「ラクナ、おまえこのままだと退学になるわよ」


 担任のツカータ先生にそういわれた俺は、正座のままソファに座っていた。

 だらだらと冷や汗が流れる。

 ゴーレム士育成学園の教師寮にある相談室。

 窓の外はすっかり暗くなり、明かりを消せば部屋の中も闇に覆われるような時間。

 そこで、幼馴染のカルナとツカータ先生の視線を浴びていた。

 ……相変わらずツカータ先生は魅力的な体つきをしている。


「……どうにかなりませんかね?」

「さすがに、ゴーレムを作れないんじゃあ、庇いようがないわ」


 ツカータ先生も悩むように腕を組む。

 ……仕方ない、かなぁと諦め気味の態度でいると、カルナがすかさず口を開いた。


「……あの、ツカータ先生。あと一週間くらい伸ばせませんか?」

「そうはいってもね……。明日、ゴーレムの顔見せが行われるのは知っているでしょう? それに間に合わないんじゃどうしようもないわ」

「そんな……」


 カルナが悲しげに目を細め、俺はぽりぽりと頬をかく。


「ま、まあ……気にすんなよ! 俺は別に退学の可能性だって考えていたんだからさ!」


 魔力が少ないため、ゴーレムが作れない可能性は前から指摘されていた。

 覚悟はしていたのだが、


「あたしが嫌なのよっ」


 カルナは強い語調で部屋一杯に声を響かせ、胸倉を掴んできた。

 小さい頃から家族同然のように暮らしていたからか、今にも泣き出しそうな顔で叫んでいた。


「ねぇ、なんであんたはそんなに適当なのよ。このままだと退学になるのよ?」

「俺がこの学園に入ったのだって、別にゴーレム士になりたかったわけじゃないし」


 そう、ただ、魔力を持っていたから。

 しかし、俺の態度が気に食わないのか、カルナはぎゅっと手に力を込め、ぽろぽろと涙を流す。


「……あんたのそういうところ、治したほうがいいわよ? ゴーレム士になりたくても、魔力を持っていない人だっているんだからね?」

「……」


 どうして……ゴーレム士にそんなになりたいのだろうか。

 俺はいつも疑問だった。

 街の人や、この学園にいる人は……なぜかそういう人ばかりだ。

 魔力を持っている人間は少ない。

 街を破壊する黒雨虫に対抗するために、魔力を持っている人間は全員強制でゴーレム士育成学園に入学させられる。


 もちろん、毎月給料が支払われるなど嬉しいことも多い。

 だけど……強制だ。それにゴーレム士って死ぬ、仕事だ。

 もっとも危険な場所で、敵を排除する……確かにかっこいいかもしれないけど……。

 黒雨虫に家族も、住んでいた場所も破壊された俺は、そんな死にに行くような職業はごめんだった。

 それはカルナも同じはず、なんだけどな。


「……戦いは嫌なんだよ。臆病かもしれないけど、どこの誰かも知らない他人のために命かけて戦えない」

「……わかった」


 カルナはゆっくりと俺の言葉を反芻するかのように何度か頷く。

 目尻に浮かんだ涙を拭いながら、カルナはびしっと指をつきつけてくる。


「なら、あんた。あたしのサポーターになりなさいよ」

「サポーター?」


 なんだっけそれ。

 あまり授業に熱心ではなかったため、急な専門用語に首を捻る。


「あんた……そんなのもわからないの?」

「意地悪言ってないで教えてくれよ」

「はぁ、サポーターってのはゴーレム士のサポートをする人たちよ。敵との戦闘のときに、通信で黒雨虫の弱点とかを教えるのが仕事でしょ?」

「……俺、暗記とか苦手なんだよな」

「文句言わないの! あんたは、あたしの近くにいなきゃダメなのよっ、ツカータ先生、それなら何とか学園には、いられますよね?」

「サポート学科に転科すれば、学園にいられるわ」

「はい、決まりよ」


 カルナは一方的にそういいきる。

 その顔はなんとも晴れやかであった。

 まあ、カルナが笑ってくれるならそれでもいいかもしれない。

 びしっとカルナは、それから指をつきつけてくる。


「だからって、今日最後の製作を怠ったらダメだからね? あたしは、明日の用事があって忙しいけど、あんたはきちんとゴーレムの製作をすること。わかった?」

「……わかったよ」


 こくりと頷くと、カルナは満足げに微笑み、相談室から出ていく。


「いやぁ……若いって羨ましいわね。おまえも、あんな彼女に面倒みてもらえていいわね」

「いや、彼女じゃないですよ。俺の好みは先生みたいな大人の女性、甘えられる人です!」

「……はい。おまえ、本当にカルナと付き合っていないの?」

「ええ、まあ」


 カルナとは本当に幼馴染以上の関係はない。

 兄妹同然のように過ごしてきたのだから、今さらそんな意識はない。

 ……まあ、カルナは俺に対して必要以上のアプローチを仕掛けてくることもあるが、いい加減兄離れしてもらいたいもんだ。


「……はあ、カルナも大変なようね」

「そんじゃそろそろ俺も帰っていいですか? 眠いんで」

「ちょっと待ちなさいよおまえ。適当なのは知ってるけど、まさかゴーレム製作しないで寝ないなんてわけないわよね?」

「い、いやしますけど……正直いって面倒くさいといいますか」


 サポーターで、いいじゃないか、という気持ちはあった。

 そもそも、どうしてカルナが俺に対して、あそこまでゴーレム士になるように勧めているのかも理解できなかった。


「はぁ……おまえはもう少し本気で何かに打ち込むべきね」

「本気でやっても疲れるだけじゃないですか」

「そういう態度がいけないのよ。例えば、部活とかやったらどう? サッカー部にでも入って一生懸命やってみなさいよ。段々うまくなるのが、楽しいわよ?」

「地道な努力とかもあんまり好きじゃないんですよね」

「こりゃあ、ダメね。まあ、いいわ、ゴーレム製作について確認しておくわよ」

「確認って今さら何かありますかね?」


 あくびを隠しながら訊ねると、ツカータ先生は呆れた様子をみせた。


「基本が色々あるでしょう? まず、ゴーレムの体を魔力をこめながらだいだい作る。それから、魔核をゴーレムの体に埋め込んで強く念じる……そうすれば、きっとゴーレムができるはずよ」

「言われたとおりやっても、一度もできなかったんですよ? 今さら出来ますかね?」

「諦めるなっ。おまえはそういうところがダメなのよ。当たって砕け散る! みたいな気持ちを持ちなさい!」

「俺は無茶とかしない人間なんです」

「……おまえにはもっと、こう野心が必要ね」

「野心、ですか?」

「ええ、ゴーレム製作のときに大事なのは自分の素直な心をぶつけること、それを形にした強いイメージが大事なのよ。それがゴーレムの姿を作り、必要な力を与えることになるわ」


 ……ゴーレムを使ってエッチなことできるなら、そりゃあやる気も出てくるけど。


「……わかりました。やってみます」


 これ以上否定の言葉を並べても、あれこれと語られることになるだろう。

 相談室を出ると、ツカータ先生は電気を消しながら真剣な声をだす。


「おまえはゴーレム士になる気はないのかもしれないわ。けどね、カルナはきっとおまえとゴーレム士として並びたいと思うのよ」

「そうですかね?」

「だから、おまえにサポーターになることを命じたんでしょう? そのくらいの意図はわからない?」

「いや、単純に俺たちの義姉さんに頼まれてるからだと思いますよ?」

「はぁ……まあいい。とにかくだ、カルナのことも考えて頑張ってみてくれ」

「……そうですね。カルナを悲しませるようなことは、出来ればしたくないですし」


 カルナの悲しい顔はみたくないし、悲しませない、のが死んだ父との約束だ。

 ツカータ先生と別れ、男子寮へと戻りながら、携帯電話をとりだす。

 ゴーレムの製作はあまりしたくなかったが、少しでも成功率をあげるために経験者に連絡をする。

 孤児院から俺たちを引き取ってくれた、母……というよりも義姉さんに。


『どうした、ラクナ。あたしの声が聞きたくなっちまったか?』


 相変わらずの勝気な調子で、義姉さんが言ってくる。


「義姉さん大好きだ!」

『へいへい、で、どんな用事だ?』


 俺の結構マジな告白をあっさり無視しないでもらいたいものだ。


「義姉さんはゴーレムを作ったとき、どんな気持ちを込めたの?」

『そりゃあ、黒雨虫どもをぶち殺せるように……ってな』

「野蛮だなぁ」

『それ以外、込める感情なんざねぇだろ。ま、おまえの場合はカルナを守りたいとかじゃねぇか?』

「守りたい……? 俺がカルナに守られるような立場だっての」


 単純な戦闘だけならば、俺だって成績はいいほうだ。

 だが、魔力や座学ではカルナに圧倒的な敗北を喫している。

 ゴーレム操作については、魔力が大事になってくるため、俺ではカルナを越えることは不可能だ。


『けけけ、情けない男だなおい。そういや、おまえアニメとか好きだったろ? あたしの同期の話なんだけど、アニメのキャラクターをイメージして作った奴もいたぜ? まあ、所詮人型をしただけのゴーレムなんだけど、等身大フィギュアみたいだからって喜んでたぜ、そいつ』

「なるほど……」


 確かに、アニメやゲームなどの娯楽作品のキャラクターを表現できれば、嬉しいかもしれない。

 脳内には、一人のゲームキャラクターが浮かんでいる。

 部屋にポスターやフィギュアもあるし、それを見ながら作ってみれば……もしかしたら出来るかもしれない。

 寮の部屋についたところで、鍵をあけて中へと入る。

 壁に張られた『リレンズ』というキャラクターのポスターをはがし、棚に飾ってあった五つのフィギュアも鞄に入れていく。


「義姉さん、ありがとう。また、何かあったら連絡するから」

『おうおう。いつでも相談してこいよ。ただし、思春期の男特有のもんとかは相談しても無駄だからな。ああ、そうだ。おまえ魔力少ねぇって話だから、魔力水をそっちに送っといたぜ。そろそろ届いていると思うんだが……』

「魔力水? ……ああ、昨日届いた奴かな?」


 飲むと、魔力が多少は回復する……んだよな。

 義姉さんも、送るときに手紙でも添えてくれればいいんだけど、怖くて口にしていなかった奴だ。


『おう、結構な値段したんだから大事にしろよ?』


 からかうような笑みを残し、電話はきれた。

 最後に、机に用意されていた魔核を掴む。

 ゴーレムの心臓となる魔核。これに魔力を込めることで、ゴーレムは動くことができる。

 魔核さえ傷つかなければ、ゴーレムは死ぬことはないともされている。

 短く息を吐きながら、俺は魔核と魔力水を鞄に入れて外に出た。



 しばらく校庭を歩いていき、土の山の前に立つ。

 学園が用意しているゴーレムを作る特別な土だ。

 五月の最初の頃はここにもたくさんの人が来ていたが、今では誰もいない。

 すっかり静かな場所で、俺は土に魔力を込める。

 後は……イメージを固め、魔核に心と魔力を込めて、この土の塊に入れるだけだ。


 深呼吸をしてから、フィギュアを土の回りにおき、ポスターも地面にしく。

 俺はゴーレム士になりたい強い気持ちを持っていない。

 だったら、自分の欲にしたがってゴーレムを作るしかない。

 美少女なゴーレムを作ってコスプレでもさせよう。

 顔は可愛く、巨乳で、美しい足。

 何度も妄想をしていると、だんだんとイメージが固まってくる。

 よしよし、いい調子だ。

 俺好みのゴーレムをイメージしたところで、魔核に魔力をこめ、土の塊に押しこめる。

 土は魔核を受け入れ、僅かに発光する。

 一気に魔力が失われていく。

 体内にあった魔力のすべてをこめたが……結果はいつも通りの失敗だ。


「やっぱり、ダメか」


 諦め気味に嘆息したところで、俺はもらっていた魔力水を思いだす。

 これを飲めば、あと一度は挑戦できるだろう。

 カルナの悲しげな表情を思いだす。

 ……出来る限りのことは、しようか。


 一度、ゴーレム士になりたくない、という考えも捨てるべきかもしれない。

 ……カルナはどうしてゴーレム士になりたいのだろうか。

 義姉さんと同じで、黒雨虫たちを殺すために、だろうか。

 カルナの家族も……というよりかは俺たちの故郷は黒雨虫に破壊された。

 父さんや母さんを殺した黒雨虫。

 ……確かに憎い相手だが、黒雨虫に復讐したい、とは思えなかった。

 それ以上に、黒雨虫への恐れが体にこびりついている。


 ……って、これじゃあ余計に失敗しそうだ。集中しよう。

 どうせ、今日で最後だ。

 魔力水を一気に飲み干す。

 全身を魔力が満たし、俺はもう一度イメージを固める。

 美少女を作って、そいつを俺の彼女にする。


 カルナも他人に興味を持てとか言っていたし、そうすればきっと喜んでくれるはずだ。

 美少女ゴーレムを彼女にしてやる、その強い思いをどこまでも貫く。

 俺が作ったものならば、俺好みの美少女になるはずだ。

 性格とかはどうしようか。ゴーレムの行動の基本になるものだし、ちゃんと考えないとだよな。


 控えめなのか、押しが強いのか。

 ……うーんやっぱり、押しの強い美少女だな。

 俺自身が控えめなほうだし、ぐいぐいきてくれる子ならば大歓迎だ。

 もはや完全にエロがメインだ。

 ……まあ、こっちのほうが成功率はあがりそうな気がする。

 魔力と心を魔核にこめ、土の塊へ押しつける。

 ……反応はない。

 ダメか、と思った次の瞬間。

 強い光が土から発せられ、目を覆う。


「な、なんだ……?」


 今までならばそこで終わっていたのに、そこからさらに形を変える。

 土の塊は段々と人のような姿をとっていく。

 童顔で、どこか背丈は小さい。

 しかし、胸ははっきりとした形をとり、段々と土は人間の姿をとる。

 人型のゴーレム……。もしかしたら成功なのだろうか。

 ここで止まれば、完成だ。

 別にゴーレム士になるつもりではなかったのに、ここまでくると壊れるな、という思いが強くなっていた。

 もしも成功すれば、きっとカルナは喜んでくれるだろう。

 ストップ、ストップと必死に両手を向けていると、一際強い光があがる。

 思わず顔を両手で押さえる。

 光が治まった所で、手をどけてゆっくりと目をあける。

 飛び込んできたのは強烈な肌色だった。


「……ここは」

「うぉっ!?」


 体こそ小さいが、なぜか人間のような美少女がいた。

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