ケンタウルスのおくりもの
パン屋のスピカが結婚するらしい。
リギルはその話をなんとも思わなかったが、町の女の子たちはこの話題で持ちきりだった。町外れに住むベガも例外ではないようで、祝いの包みを抱えてやってきた。普段は用でもない限り、小山向こうの家から出てこないくせに。
「おいベガ、何持ってんだよ」
ベガが軽やかな足取りで目の前を通り過ぎようとしたので、リギルはその腕を引っ張って引きとめてみた。つんのめったベガは驚いた顔でリギルを振り仰ぎ、眉を寄せる。
「スピカ姉さんの話、聞いてないの? 結婚するんだって。お祝い持っていくの」
「お前が知ってて俺が知らないわけないだろ。そうじゃなくて、その中身何だよ。菓子か?」
「何だっていいでしょ。手、放して。あんまり時間がないの」
ベガが背を向けて立ち去ろうとしたので、ムッとしたリギルはその肩を勢い良くつかんで引きよせた。ベガの小さな悲鳴とともに、何か硬い物の割れる音がする。
「あっ……!」
ベガの足元を見てみると、ついさっきまでベガの腕の中にあった包みが地面に落ちていた。ベガがリギルの手を振りほどき、そっと包みを持ち上げる。カチャ、と欠片同士のぶつかり合う音がした。中を開けて確認するまでもなく、割れてしまっているのがわかる。
さすがに気まずくなったリギルだったが、わたわたと手を動かすことしかできなかった。壊したりするつもりはなかった。ただちょっと見てみたかっただけだった。
「あ、えっと……」
リギルが何かを言うより早く、ベガはリギルの顔を睨みつけて叫んだ。
「リギルの、バカ!」
スピカの働くパン屋はすぐ近くだったが、ベガは包みを抱えて小走りに元来た道を戻って行った。その後ろ姿をバツの悪い表情で見送りつつも、リギルは苛立たしげに足元の小石を蹴っ飛ばした。睨みつけるベガの瞳が、目の前から離れない。力のこもった目元は少し歪んでいた。自分が悪いのはわかっていたが、その目を思うと素直に認める気にはなれなかった。誰に話して聞かせるわけでもないのに、文句が口をついて出る。
「なんだよ、別に俺悪くないし。ベガが勝手に落としただけじゃねえか。そうだよ、バカなんて言われる筋合いねえよ」
「本気でそう思ってるなら、君本当にバカだな」
誰かに声をかけられるなんて思ってもいなかったリギルは飛び上がった。跳ね上がっている心臓をなだめながら、動揺などしていないとでも言いたげに、余裕ぶって声の主を振り返った。視線の位置はベガより低い。
「なんだよチビ、お前誰にそんな口きいてるのか、わかってるんだろうな」
「君じゃないんだから当たり前だろバカリギル。俺の名前はチビじゃなくてアルタイルだって何度言えば覚えるんだよバカ。第一人の物壊しておいて謝罪の一言もないうえに反省もないってどれだけバカなんだよ」
矢継ぎ早に非難されて、返す言葉を咄嗟に思いつけなかったリギルは怯んで押し黙った。その間にもアルタイルの文句は続く。
「あれ姉さんが大切にしていた小物入れなんだよ。誰に欲しいって言われても渡さなかったのに、すごく世話になったからスピカ姉さんになら喜んで、って言ってた。そんな大切な物壊して何さその態度。バカなんじゃないの。それに、女の子に声かけるのに『おい』ってなんだよ。挙句の果てに手を引っ張るとか肩つかむとか。だから君女の子に嫌われるんだよバカ」
「バ、バカバカ言ってんじゃねえよ!」
「だったらそう言われないように行動しなよバカ。いい、姉さんにちゃんと謝らないと許さないからね」
一気にそう言い切って、アルタイルは身を翻して走り去った。路地を曲がってすぐに姿が見えなくなる。リギルは反射的に追いかけたが、アルタイルは小さい分身軽で足も速かったので、いくつも角を曲がらないうちに見失ってしまった。
また道の向こうからベガがやってきたのは、陽も落ちかけた夕方になってからだった。今度は小さな袋を抱えている。最初の包みほど華やかではなかったが、ベガらしく綺麗にリボンが巻かれていた。
リギルはおい、と声をかけそうになって、慌てて言葉を飲み込んだ。次いで肩に触れようとしていた手をさり気なく下ろす。それからちょっと気取ったように胸を張ってみた。
「ベガ」
呼びかけられたベガはちらりと視線を移してリギルを確認しただけで、立ち止まることもなくその横を通り過ぎた。もちろん返事もない。強張った横顔が無償に癇に障った。
「おいベガ、こっち向けよ!」
思わず気取っていたことも忘れてまた腕をつかもうと手を伸ばしたが、警戒していたベガはするりと身をかわした。目標をつかみ損ねてたたらを踏むリギルを尻目に、タッと駆け出す。リギルも体勢を立て直してその後を追うが、追いつけずにいる間にベガがパン屋の扉をくぐった。先程のアルタイルが思い出される。後ろ姿がそっくりで、二度もベガに逃げられているような錯覚を覚えてリギルの目の前が真っ赤になった。
「スピカ姉さんいる? 渡したいものが、きゃあっ!」
大人の目があるからか警戒を解いて無防備な背中を、やっと追いついたリギルは思いっきり突き飛ばした。踏ん張ることもできずその場に倒れたベガの腕から、小さな袋が転がり出した。今度は割れる音はしなかった。ベガが痛みに唸っている間に拾い上げる。
「……リギル、返して!」
リボンをほどこうと端を引っ張るが、繊維が引っ掛かってうまくほどけない。腹が立って、リボン全体を引っ張った。ブチ、と嫌な音がする。
「返してったら!」
袋の口がやっと開いたと思ったら、ベガが体全体で取り返した。胸に抱え込んで隠すので、無理にその腕をつかんで袋を引っ張り出そうとするが、ベガが渾身の力で抵抗するのでなかなか奪えない。
「てんめっ……!」
ベガが嫌がって頭を振るたびに髪がその肩を滑る。いっそこれを引っ張ってやろうかと力を込めて銀糸の髪をつかんだ瞬間。
「何やってんだいこの悪ガキがっ!」
ガン、ととびきり盛大な音とともに目の前に星が舞った。思わずベガの腕と髪から手を放し、頭を抱えてうずくまった。ものすごい衝撃で頭がぐわんぐわんと揺れる。
「大丈夫かいベガ、怪我は?」
「スピカ姉さん……」
リギルをぶん殴るのに使ったらしいボウルを横に置き、スピカはベガを抱え起こした。倒れこんだ拍子に汚れてしまった服をベガの代わりに払い、髪を整えてやりながら体の様子を見る。どこにも異常はないと見て、スピカはうん、と大きく頷いた。
「あちこち打ったけど平気。ありがとう。でも、せっかく結婚のお祝い持ってきたのに……汚くなっちゃった」
袋は汚れているうえにリボンも破けているし、取り合った際に握りこんでしまったためかしわまでよっている。慎重に袋の口をあけ、中身が無事なことを確認したベガはほっと息をついた。改めてスピカを見上げる。
「あのね、これ。結婚、おめでとう。こんなになっちゃったけど、良かったら貰ってほしいの」
一連の動きを見ていたスピカは、その言葉に笑み崩れた。すっかり形の崩れた小さなプレゼントを、大事そうに受け取る。
「ありがとうベガ。嬉しいよ」
社交辞令でない証拠に、せっかく整えた髪をがしがし撫でてまた乱した。スピカの手の中で銀の髪がさらさら流れる。
髪をつかまれたときとは打って変わって嬉しそうなベガを見て、リギルは痛む頭を抱えたまま気づかれないようにパン屋から逃げ出した。釈然としない。確かに少し乱暴だったかもしれないが、ただベガの持つものに少し興味があっただけなのだ。最初から返事してくれていたら、きっと突き飛ばしたりなんかしなかったのに。
「ちっくしょ……いってえ」
早々に離れるべく、たんこぶをさすりながら俯いて歩いていたが、数歩も進まないうちに歩みが止まった。目の前でアルタイルが仁王立ちしている。中での出来事を見ていたに違いない。リギルよりもチビで年下のアルタイルだったが、そんなことを欠片も思わせない冷たい声で言い放った。
「君がここまでバカだとは思わなかったよ」
なんだと、の「な」の形に口を開けた瞬間、左頬を強い力で殴られて、尻もちをついた。立ち上がろうと手をつくが、その手を蹴り飛ばされて後ろに倒れこむ。アルタイルはすかさず馬乗りになった。とはいっても小柄な分軽いので、リギルもアルタイルを振り落とそうと暴れる。それをこらえ、アルタイルはリギルの胸倉をつかんだ。
「姉さんいじめるなよ」
パン屋の目の前でやっているのだから、当然人の通りがある。大人が声をかけて引き離そうとしてくるが、そんなことお構いなしに二人は続けた。低かったアルタイルの声も、リギルにつられてどんどん激しくなっていく。
「いじめてねえよ、離れろチビ!」
「突き飛ばしたり荷物取り上げたり髪引っ張ったりするのは充分いじめてるうちに入るんだよバカ! 謝れって言ったのに、なに泣かせてるんだよ!」
「あいつ泣いてねえよ!」
「俺にとっては同じことだよ、昔から君はいつもいつもいつも! 言いたいことがあるなら口で言えばいいだろ、だからバカだって言ってるんだ!」
激高したアルタイルがもう一度拳を振り上げるが、今度は大人に阻止された。そのまま二人はずるずる引き離される。大人に抑え込まれたアルタイルは暴れることこそやめたが、目だけはギラギラとリギルを睨みつけていた。姉にそっくりな力のこもった瞳。こんなときでもベガの顔が浮かんでしまって、リギルは歯を食いしばった。ベガに腹が立つ。ベガを思い出させるアルタイルに腹が立つ。言うことを聞かないベガも、リギルを力いっぱいバカにしたアルタイルも。
大人たちの手を振りほどこうと身をよじるリギルとは対称的に、大人しくなったアルタイルは簡単に解放された。そもそも二人の言い争いを聞けば何が原因なのかはすぐに知れる。興奮して目の前の腕を払いのけようとするリギルの視界に、アルタイルを抱きしめるベガが映った。当然だ、これだけ騒ぎになれば店の中にいたって気づかないはずがない。殴られたり地面に倒されたりしたリギルは薄汚れてしまっていて、対するアルタイルは一発も返されなかったから綺麗なものだ。大人に中断されたとはいえ、これではアルタイルに負けたことになってしまう。こんなチビに!
リギルは有らん限りの声で叫んだ。
「調子に乗るなよ、親なしのくせに!」
大人たちが固まった。アルタイルが瞬時に顔色を変え、包囲をすり抜けて瞬く間にリギルに迫った。こちらは動けない。リギルの目の前で体の軸になる左足が力強く地面を踏みしめ――唐突にその足がぐらついた。
「……姉さん?」
殴りかかる気勢を完全にそがれたアルタイルは、呆然と背中から抱きつく姉を見上げた。ベガの頬を、ぽろぽろと涙が流れ落ちる。
「帰ろう、アル。もういいよ――帰ろう」
周囲の大人たちに肩をたたかれ、ベガとアルタイル姉弟はそれきりリギルを振り返ることなく立ち去った。
頭がズキズキと痛む。帰れば両親が憤怒の表情で待っていた。父にはたんこぶの上からさらにゴチンとやられ、母には夕飯抜きの宣言をされた。何に怒っているのかは、いくらリギルといえどもわかっている。ベガたちに「親なし」と言ったせいだ。
親なしに親なしって言って何が悪い。そう自分に言い訳する一方で、親がないのはベガたちにはどうしようのないことだともわかっている。ついでに言えば、親なしという言葉自体が二人には相応しくないのだともわかっている。面倒を見てくれる父親のような人が二人にはついているらしい。大人たちはその人物を知っているが、リギルたち子供は見たこともない。だいたい、ほとんど留守にしているらしいし、じゃあやっぱり親なしで間違いないし、と思考が堂々巡りする。
鳴る腹を抱え、リギルは納戸の壁になついた。父に雷を落とされた後、ランプを持つことも許されず放り込まれたここの暗闇は、もう幼いころのように怖くはないが、夕飯の匂いが漂ってくるのはいただけない。おかげで腹の虫が鳴き止まない。夜には出してもらえるだろうか、出してもらえたところで台所に何か食べるものは残っているのだろうか。考えると憂鬱になって余計に腹が減る。
ふと、足音が聞こえた気がして顔を上げた。妙に早い気がするが、父親が出してくれるつもりになったのだろうか。いやそれとも母親が何か差し入れてくれるのだろうか。期待を込めて納戸の扉を見つめる。間をおかず扉があいて、ランプに照らされた人物の意外さにリギルは目を瞬かせた。
「やあリギル、ちゃんと反省してるかい?」
自分がこんな状態に陥っているのは巡り巡れば全部コイツのせいだ、とその顔を見て思った。思ったと同時に顔が歪んだ。ランプを持った相手にそれは丸見えで、間髪入れずに頬を抓りあげられる。
「いだいいだいいだいはなへよスヒハ!」
「スピカ姉さんと呼べっていつも言ってんだろこの悪ガキめ。アンタも大きくなったんだから、いい加減女子供いじめて喜ぶのはおよしよ」
呆れたように息をつくスピカの手からなんとか逃れて、リギルは痛む頬を膨らませた。
「うっせえよ、いじめてねえったら!」
「結果的に泣かせたら同じことだよまったく。図体ばっかりでかくなって、この様はいったいなんだい。あんまり反省しないようならこれあげないよ」
目の前に掲げられた袋を見て、リギルは思わず腰を浮かせた。夕方にベガと取り合い、アルタイルと喧嘩する原因になったあの小袋だ。見た目はやっぱり最悪だったが、中身を見せられてリギルの腹が強烈に反応した。今までになく巨大な腹の虫が鳴く。とっさに腹を押さえたが、時すでに遅くスピカは腹を抱えて笑っていた。袋の中には素朴だがおいしそうなクッキーが詰め込まれていた。
「あっはっは! ほら手をお出し。少し分けてあげるよ」
いつもなら反発するところだが、空腹に耐えきれずリギルは素直に両手を差し出した。少しと言いながらも、スピカはぽんと袋を丸ごと乗せた。目でいいのか、と確認を取る。駄目と言われても返す気はないが。
「いいよ、アタシはもう貰ったからね。残りはあげる。ちゃんとベガにお礼言うんだよ」
言う通りにするつもりはあまりなかったが、やっとありつけた食糧を取り上げられたくないリギルは一も二もなく頷いた。さっそく一枚を口に頬張る。甘いしサクサクしていてうまい。もう一枚、と取り出したら次のクッキーは割れていた。口に放り込む。味は変わらずおいしい。ランプの明かりで袋の中をよく見てみると、半分近くが割れていたり砕けていたりしていた。理由なんて考えるまでもないが、形の悪さと味は関係ない。やっぱりアイツの菓子はうまい。リギルはスピカが目の前にいることも忘れて、あっという間にすべて平らげた。名残惜しくて袋を逆さに揺らすと、クッキーの欠片とともに、何か書かれている羊皮紙に包まれた黄色い花が一輪落ちてきた。リギルに文字は読めないので、何と書いてあるのかはわからない。拾い上げて包みを開くと、何やら普通の草花とは様子が違う。乾いた感触に少し褪せた色をしていて、なによりもぺったんこだった。
「押し花って言うらしいね。分厚い本の間に挟めばできるそうだよ」
スピカが丁寧に花と袋を取り上げてランプを持ち、納戸を出ようと扉の前に立つ。リギルもさりげなくその後ろに立ち、一緒に出ようと図ってみたものの、スピカに額を小突かれて諦めた。今日は散々暴れたせいか、無理に抗う気持ちにもなれなかった。スピカを見ていても苛立ったりしないし。
「親父さんに出してもらえるまで我慢しな」
「へーい。……なあ、なんでそんなモン持ってるの」
リギルはスピカが大事そうに持つ押し花を指さした。珍しいもの、だと思う。少なくともリギルは初めて見た。
「ちょっと、この花に思い入れがあってね。いつだったか忘れたけど、ベガにそれ話したら、花を長く保つ方法があるって言うじゃないか。だから頼んだんだ。自分で作っても良かったけど、この辺で分厚い本なんて持ってるの、ベガのところくらいだろう?」
言いながらそっと押し花を撫でるスピカの目つきはすごく優しげで、リギルはこれ以上突っ込んで聞くのをためらった。奇妙な沈黙が落ち、気まずさを感じる。
「えっと、女ってそういうの、好きなの?」
押し花について触れるまい、と思った末の質問だったが、あまり離れたようにも思えず、リギルは内心慌てていた。とはいっても、他に何の話で間を繋げばいいのか分からない。スピカが呆れたように息を吐いた。
「さあね、人によるんだろうよ。ベガは好きそうだったけどね」
「ベガの話なんか聞いてねえよ!」
ベガの名前を出されてつい声を張り上げたリギルだったが、スピカは気にも留めずに笑って納戸を出て行った。
「アンタももう少し大人におなりよ。じゃあね」
暗い中にまた一人取り残されて手持無沙汰になったので、押し花を思い出してみる。ランプの明かりだったからよくわからなかったけど、あれは町はずれの小山に咲いている花ではなかっただろうか。
そこまで考えて、リギルは本気で頭を抱えた。今の季節には咲いていない。どうすべきかと悩んで、そして悩んでいる自分に気づいて愕然とした。
なぜ悩む? ベガにはその辺の花で十分じゃないか!
次にベガたち姉弟が町へやってきたのは、スピカの結婚式の日だった。綺麗な余所行きの服を着ているベガはいつもと少し感じが違うように見えた。表情は柔らかい。今ならたぶんいける、と思ったリギルは声を張り上げた。
「なあベガ!」
今日のベガは振り向いた。顔こそしかめっ面だったが、ちゃんと返事をした。
「……なに」
横ではアルタイルがリギルから厳しい目を離さない。リギルのそぶりひとつで飛び出す気満々なのがよくわかる。だが今日は出番を与えるつもりなどない。
リギルは右手をベガの鼻先に突き出した。
「これ、やる!」
つかんでいたのは小さな花束だった。押し花のように一輪で立派な花は見つからなかったので、小さい花を片手に余るくらい集めた。土も井戸水で洗い落とした。小さくとも色とりどりの花が集まっていて、決して見劣りするものではない、とリギルは思う。驚いたように固まるベガにもう一度花束を差し出すと、ベガは恐る恐る両手をのばして受け取った。
用件を済ませたリギルはそのまま踵を返したが、数歩歩いて一度立ち止まった。
ベガを振り返る。怪訝な顔つきをしていたが、花束はちゃんと胸元に抱えられていた。余所行きのワンピースによく似合う、と思う。最後まで言うべきか言わざるべきかで悩んでいたが、覚悟を決めた。大きく息を吸い込んで、でかい声で叫んでやった。
「クッキーうまかった!」
言い捨てて駆け出した。離れてから肩越しにのぞくと、目をまん丸にしていたベガが、花束で顔を隠してちょっと笑ったのが見えた。やっと胸の奥に何かがストンと落ちた気がして、リギルも思わず満面の笑みを浮かべる。
むくむくとわき上がる気持ちに、慌てて路地へ駈け込んで、リギルは大きく歓声を上げたのだった。




