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岩場のすぐ近くの木の根、そこに隠れる人影が五つ。言うまでもなく、俺たちである。俺が考案したナイスな作戦を敢行するため、こうやって岩場に隠れているのだが……なぜか、浮かない顔をする面々。いったいどうしたことだろうかと考えていると、ユウが重々しく口を開く。
「クラウス……まさかと思うけど……」
「ん? ユウ、どうした?」
「バーベキューって、こういうこと?」
ユウが呆れ果てながら指さす方向にはあの巨大な一枚岩。俺がしたのは、その頂上にバーベキューセットをセッティングし、肉を焼くことだった。
「そうそう」
「……つまり、あれで巨人をおびき寄せて、岩を破壊してもらおうと……そういうこと?」
「御名答。あの巨人たちなら、それも可能だろうしな」
それを聞いた瞬間、ユウ達は声を荒げて立ち上がった。
「クラウス! ダメよ!」
「何考えてんだよお前!」
「クラウスくん! 危険だよ!」
「それ、ちょっとマズイかも……」
全員一気に俺に詰め寄る。鬼気迫る表情で。全員顔は焦りの表情が無茶苦茶出てる。さっぱり理由は分からないが……
「ど、どうしたんだよ……」
「だから――!!」
ユウが何かを叫ぼうとした瞬間、突然地響きが起こる。地中から何度何度も、巨大な何か同士がぶつかり合う衝撃音が、大地を仲介して体中に響き渡っていた。
「これ……もしかして……」
「よし……マリ! 重力の設定を頼む!!」
「え? 今??」
「そうだよ! 早くしろ!」
「わ、わかった!」
そこからカタカタと操作を始めるマリ。その間にも地響きは大きく響き渡る。やがて目の前の大きな一枚岩に亀裂が入り始めた。下から徐々にその亀裂は広がっていき、所々岩の欠片が飛び始める。
「もうすぐだ……」
すると、突如としてそれまで響いていた振動が止まった。まるで何事もなかったかのように辺りは静まり返り、岩からは欠片がパラパラと音を立てて落ちていた。
「……あれ?」
そのまま壊してくれることを期待していたんだが……。もしかしたら、あまりの岩の頑丈さに諦めてしまったのかもしれない。なんと根性のない巨人だろうか。それでも巨人か? ガッカリだ。失望したよ。
「……助かった……」
シュートは大きく息を吐き呟いた。全員が一気に全身の力を抜き、その場に座り込む。いまいち状況が掴めない俺。
「何でそんなにホッとしてるんだよ。おかげで、星の涙を回収する方法をまた一から考えないといけなくなったんだぞ?」
「はあ……あなたって……」
ユウは額に手を当て俯きながら首を振る。心底呆れ果てたような表情をしていた。
「あのね……星の涙っていうのは――」
その時、再びユウの言葉を遮るように凄まじい音を立てて目の前の巨大な岩が上空に吹き飛んだ!
……ユウの言葉って、何かの力があるのだろうか。
オオオオオオオオ!!
けたたましい雄叫びと共に、緑の一つ目巨人は再び姿を現した。巨人は岩を砕き、弾け飛ばせ、地面から飛び出す。岩は空中でバラバラに散らばり、宙を舞う。狙い通りの“それ”に、俺は笑みを浮かべた。……が、他のメンバーは真っ白になっていた。
「マリ!!」
「―――はっ」
俺の声を聞いて、マリは一度キーを押す。
「完了したよクラウス!」
その瞬間、体が妙な感触に包まれる。何というか、体の内側から宙にふわふわと上下するような感じだ。これが重力が重力が弱い状態なのだろう。
慣れない感触に戸惑いながらも、降り注ぐ岩の欠片に目を凝らす。……そして、その中に他の石とは違う、鮮やかな白い光を放つ結晶が見えた。
「――あれか!!」
体を屈ませ、一気にその石に向け飛び上がる。まるで滑り台を逆に滑るように、体は重力の縛りを解き放たれ、その方向へ突き進んでいた。空を駆ける。まさにその言葉がピッタリだった。
そしてそのまま落下するその結晶を空中で手に取る。それは、まさしく俺が地球で見た星の涙と同じ形だった。今回のはその白色バージョン。確かランクCだったよな。
(ま、いいよな別に)
そして目の前の石に踏み台にし、勢いよく足を蹴り出して再びユウ達の方に向け滑空する。
「マリ! 重力を戻してくれ!!」
「もうやってるよ~♪」
ユウ達のところに着地するや、体にはずっしりとした重力がのし掛かる。土煙を上げながら体は大地を滑ったが、木の根にぶつかる前になんとか停止した。カッコよく立ったまま停止出来ればよかったんだが、さすがにそこまで上手くいくはずもなく、まあ見事に体中を泥だらけにしながら横たわっていた。
そんな俺にユウ達は駆け寄る。
「クラウス! 大丈夫!?」
声をかけるユウに対し俺は笑みを送り、返事の代わりに両手で包み込んでいた“それ”をユウ達に見せた。
「イテテテ……ほら、これ。これって、ランクCの星の涙だろ? ちゃんと回収出来たぞ」
少しの間、ユウ達は固まっていた。ぼんやりと白く光る結晶と俺の顔を交互に見た後、ようやく頬を緩めた。
「あなたって……本当に無茶苦茶ね」
「へん、お前ら程じゃねえって」
周囲に和やかな雰囲気が包む。俺は、今この時をもって、本当の意味で認められたのかもしれない。身を挺して星の涙を回収した俺を、クルーは笑顔を送り続ける。それを受けた俺も、笑顔を返す。そういう空気で、それが何となく理解できた。だって俺たちは……
グルルルルル……
……そう! だって俺たちは――!
グルルルルルル……
……何かさっきからうるせえな。ちょっと黙っててほしい。今いいところだから。
グルルルルルルルル……
ますますうるさくなってきた。何かの呻きのようなその音は、俺たちの右方向から聞こえてくる。
「……何だよ、うるせ―――」
そっちに目をやると、緑の巨人が十数体並んで涎を垂らしていた。その笑いにも見える表情。その視線の先には、当然、俺たちがいた。
「………」
俺が固まると、それに気付いた他のメンバーも巨人たちの方に視線を送り、全く同じように固まる。
オオオオオオオオオオ!!
固まる俺たちに、巨人たちは雄叫びを上げた。
「……とりあえず、逃げるわよ」
ユウのその言葉を受け、返事をする間もなく全員一気に駆け出した。
オオオオオオオオオオ!!
後から巨人たちも迫う。巨体の大群が走る地響きが轟く。巨人たちは静かな森の大地を蹂躙するかのように、ただひたすらに低く太い雄叫びを上げながら、逃げる俺たちを追い続けていた。
* * *
森の中を走る俺たち。と、巨人の大群。再び原生林の中の追いかけごっこ。しかし今回は少しばかり違っていた。巨人たち、目が血走ってる。よほど前回喰いそびれたことが頭に来ていたようだ。
「――チッ!」
シュートは走りながら端末を操作し始めた。そして、光と共に一本の銃を取り出す。それは銀色のフォルムの両手銃であった。特徴的なのは、その銃身の長さ。本来は狙撃用なのかもしれない。
「シュート!! ダメよ!!」
「そうも言ってる場合じゃねえだろ! 軍部規定第23条第2項だ! “明らかな敵意を持つ対象により危険が生じた場合、最低限度の防衛は許可する”だろ!?」
軍部規定……それが軍の規則ってやつなのか。
「……やむを得ないわね」
ユウは顔を歪めながらも決断をした。それを見たシュートは、振り返り、迫る巨人の頭部を狙う。
「……悪いな。俺様、死にたくないんでな」
そう呟いたシュートは、引き金を引く。その瞬間、爆発音とは違う音が響いた。ジェット機が飛ぶような、高く細い音が響き、銃身からは光の線が放たれる。
(光線銃ってやつか!?)
光の先は一直線に、正確に巨人の目を射貫いた……かと思ったが、光線は巨人の体に触れるなり、瞬時に弾かれるかのように分散した。
「あ!?」
驚愕するシュート。続けざまに数発打ち込むが、結局は変わらず、たったの一発も巨人を捉えることはなかった。
「マジかよ!!」
それを横目で見たユウは腕に付けたブレスレットから通信を開始する。
「――リリー!! 聞こえてる!? 緊急指令よ!! すぐに今からいう座標に艇を降ろして!!」
「了解艦長!!」
「X1828! Y0543!! 急いで!!」
通信を切断したユウは後方の俺たちに向けて叫ぶ。
「この先に艇を下すわ! すぐにそれに乗り込んで!!」
それから暫く走ると、森の真ん中にぽっかりと穴が空いたかのように出来た広場があった。そしてそこには、既に艇が降り立ち、待機していた。
後方からは巨人たちが迫るが、このまま行けばおそらく大丈夫だ。間に合うだろう。艇は入り口がゆっくりと開き、俺たちを迎え入れる。走りながら全員の顔を見ると、さっきまでの切羽詰まった顔は消え去り、笑みがこぼれていた。
(助かった……)
誰もがそう思ったはずだ。
……その時だった。
突然艇のすぐ近くの大地が割れた。そしてそこから、新たな巨人が這い出てきた。
「な―――!?」
おそらく、艇が着地する音を聞いて来たのだろう。巨人は俺たちの真正面に立ち、俺たち、艇、巨人が一直線に並ぶ。その巨人が狙うのは俺たちではなく、艇だった。
オオオオオオオオ!!
雄叫びと共に岩のように大きく強靭な腕を振り上げる巨人。
「マズイ!!」
「クソおおおお!!」
シュートは手に持つ銃を必死にその巨人に向け打ち続ける。しかしやはり弾が巨人を捉えることはなかった。
「リリー!! リリー!! すぐに迎撃を――」
ユウは必死にブレスレットから呼び掛けるが、どう考えても間に合わない。このままでは確実に艇が壊される。
(壊されるのか!? もしここで壊されたら……!!)
考えるまでもない。後方からは巨人の大群。目の前には別の巨人。逃げる手段もない。攻撃も効かない。ともすれば、俺たちの命運は火を見るよりも明らかだった。
(――死)
全員が顔を青ざめさせ叫び声を上げる。少しでも巨人の注意を引こうとしているようだ。だが、巨人はその声に一切の反応を示すことなく、振り上げた拳を艇に向け振り下ろし始めた。
その時、流れる時間がゆっくりとスローモーションのように流れた。
走りながら叫ぶユウ達。ようやく砲撃を巨人に向け始める艇。そして、艇に拳を向ける巨人。
全てが緩やかな流れになり、色鮮やかだった景色は白と黒のモノクロのように見えた。色がハッキリと残るのは俺の体だけ。
そんな中、巨人が俺の目に映る。
(死ぬのか? 俺たちは、ここで死ぬのか?
……いやだ。死ぬのは嫌だし……死なせるのはもっと嫌だ!! ――もう二度と、目の前で死なせたくない!!)
そう思った瞬間だった。
――委ねよ……――
その言葉が、頭の中に響き渡った。
「――――!!!」
次の瞬間、視界は元に戻り、景色の色、時間の流れの全てが通常通りに戻っていた。
「――え? え!?」
突然二転三転する景色に頭が真っ白になり、俺はその場に立ち止まった。
「おいクラウス!! 何してんだ!!」
「―――!?」
その言葉に我に返る。そして目の前の景色を改めて確認する。
ユウ達は間もなく艇に乗り込むところだった。そして、さっきまで拳を振り上げていた巨人は、後ろに倒れ始めていた。
「な―――!?」
慌てて再び走り出す。真っ直ぐ艇を目指す。
(何で!? さっきまで壊そうとしていたのに!?)
走りながら巨人に目をやる。よく見れば、巨人の顔面はまるで鈍器に殴られたかのようにへしゃげていた。
(あれは……なんだ?)
そう思いながら、俺たちは艇に乗り込む。
俺たちは駆け込むようにブリッジに入る。そして、ユウは全員が座る前に声を出す。
「各員至急出航準備! 異常がある場合のみ報告! 準備が出来次第カウント待たず出航!! 急いで!!」
「エンジン起動したよ!!」
「行けニクル!!」
「よっしゃあああああ!!」
機体は一気に上昇する。そして、巨人の群れが辿り着く前に、機体は俺たちを乗せフルスロットルで惑星カーク離れていく。
窓の下を見れば、こちらに向け雄叫びを上げる巨人の群れ。そして、倒れる巨人がいた。
だんだんと木々の姿が分からなくなり、やがて一つの緑色の球体が再び眼前に広がる。
それを見ながら、やけに疼く目の痛みに耐えていた。