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それからはしばらく森をひたすらに歩き続けた。
本来なら乗り物も用意出来るそうだが、これだけの木々が生い茂る場所では返って危険らしく、結局は徒歩になった。目標の地点までは徒歩三時間とのことであるが、森の木々をよけながら、大きな根を超えながらの移動は、実際の距離以上の疲れを招いていた。
ここで、一つのことが発覚した。それは、メンバー達が意外と体力がないことだ。俺も少しは疲れてはいたが、それ以上に疲労困憊になるメンバー。一番体力がありそうなシュートですら、肩で息をしていた。あれだけの文明があるのだから、それも当然かもしれない。発達し過ぎた文明で、人が本来持つ“歩く”という当たり前の行動ですら、彼らにとっては重労働に感じるのだろう。
圧倒的な科学力と引き換えに、本来あるべきの能力を失う。それは、何にでも同じなのかもしれない。優れた何かを得るには、何かしらの代償を払わないといけないのだろう。
「……クラウス、あなた意外とタフなのね……」
一人普通に歩く俺に向け、ユウは呆れるように呟く。ていうか、まだ一時間程度しか経っていないのだが……
「俺は学校には歩いて行ってたしな。それに、昔親父に鍛えられたし、体動かすのは割かし特異な方なんだよ」
男とは、常に強くあるべし。それは、親父の教えの一つ。その掲げられた言葉の元、幼少時にはとことん鍛えられた。空手、柔道、剣道、合気道……あらゆる道場に通い続けた。それは中学まで続けられたのだが……ほぼ一週間まるまる毎日のようにしごかれ続けた俺には、あまりいい思い出とは言えない。それでも、体力は自然と跳ね上がったわけで、そういう意味では親父には感謝している。現に、今現在涼しい顔をしているのは、俺一人だった。
「……クラウスくん、地球人って、みんなこんなに体力があるの?」
一番バテバテとなっていたニクルは、青ざめた顔をしながら質問する。
「みんなかどうかは知らないけど、少なくとも体力は俺たちの方が上みたいだな。中には、百メートルを九秒台で走る奴もいるぞ?」
金メダリストとか。
「百メートルは、と……なな、なんと! 52フィル!!」
あ、フィルって距離のことだったのね。メリアフィルって、どれくらいなんだろうか……
「……それ、何か機械を使ったり、パワードスーツ着たりしてるの?」
「まさか。純然たる、肉体のみだよ」
「マジかよ……化物だな……」
ユウ達にとっては、途轍もなく凄まじい早さのようだ。別に俺が走れるわけじゃないのに、何だか誇らしくなった。電圧的な名前の人。貴方の記録は地球人の誇りです。
まあそれは置いといて、さっきの巨人たちだが、動体センサーに反応しなかったのは、地中を進んでいたかららしい。身体についても、体温が相当低いらしく、土の方が暖かいもんだから、熱源センサーも全く反応しないようだ。
地中を進み、獲物を見つけるや飛び出し狩る。道の途中で色々手足が異常に長い動物だとか、けったいな色をした軟体生物だとかいたが、おそらくはあの巨人たちが食物連鎖の頂点に立っているのだろう。
そんな奴らがいる星のどこに星の涙があるのだろうか。俺たちは、マリが持つレーダーだけを頼りに、道なき道を歩き続けた。
* * *
「ここだよ~」
着いた場所はとある岩場。反応は、その中からあるらしい。周囲を見回ってみたが、入り口がどこにもない。ていうか、これ一枚岩なんですけど……
そもそも、星の涙は突然として空間に現れるらしい。故に、どこにあってもおかしくはないのだが……まさか、岩の中にあるとは……
「参ったわね……これだと、この岩を砕く必要があるんだけど……」
ユウは腕を組みつつも、表情を険しくさせていた。その理由は、何となくわかる。こんなところで爆発なんてさせたら、一発で巨人たちが大集合する。
「どうするんだ、ユウスフィア? 少しずつ削っていくか?」
「そうね……それしかないとは思うんだけど……」
それは、少々厳しいと思う。ぶっちゃけ、どう見ても俺以外は体力がかなりヤバめだし。
「う~ん、反応はこの岩のちょうど中心だし、削っていくならちょっと時間がかかり過ぎるかもね~」
マリは頭をポリポリかきながら補足する。
「……僕、そこまで頑張れないかも」
それを聞いたニクルは、がっくりと肩を落としていた。
それぞれが案を出すが、この岩、かなり頑丈らしく、並大抵の衝撃じゃ壊れないことが分かった。それから全員はああでもないこうでもないと議論を交わし、結果まるで葬式のような雰囲気が周囲に散布することに。
……だが俺は、一つ方法を思いついてしまっていた。でも、ちょっとそれには色々と問題があるんだけど……とりあえず、言うだけ言ってみることにする。
「なあ……ちょっと思ったんだが……」
「どうしたの?」
「いや、ちょっと思いついたことがあるんだよ」
その言葉に、全員が俺の方に視線を送った。……もっとも、その目は疑いの目であったが。
「……まさか、諦めるとかいわないわよね?」
「そう言いたいのも山々だけど、言ったってどうせ採用されることはないから言わねえ。……要するに、この岩場をぶっ壊せばいいんだよな?」
「まあ……そうだけど……」
「だったら、俺に案がある。もちろん上手くいく保証はないし、危険だってある。……それでもいいなら、俺に任せてくれよ」
ユウ達は、黙り込んだ。俺の真意を探っているようだ。まあ、採用されないならそれでもいいけど、今の段階で何か案があるわけでもないしな。
「……分かった。ここは、クラウスに任せるわ」
「了解。……マリ、質問があるんだけど」
「ほいほい」
「重力制御装置って、調整できるか?」
「まあ、出来ないことはないけど……どうするの?」
「とりあえず、俺の重力を二十分の一くらいまで軽くしてくれよ」
「いいけど……でも、それってスンゴク大変だよ? ちょっと飛んだらポーンと飛んでっちゃうし、何より重力場の過剰な変化はかなり体に堪えるよ?」
「いいから。頼むよ」
「う~ん、わかったよ」
その返事を聞いた俺は一度頷き、今度はシュートの方を見た。
「シュート、バーベキューセットって、まだあるか?」
「ああ。あるけど?」
「じゃあ、それ、出してくれよ」
「出すって……何に使うんだ?」
その問いを受けた俺はニヤリと笑う。
「決まってるさ。――バーベキューだよ」