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オオオオオオオオオオ!!
森の中では未だに巨人達の叫びが響いていた。それと共に、巨大な物体がのし歩く地響きを足元で感じていた。
俺達は木の影に身を寄せ、その巨人の群をやり過ごす。
「…………」
全員息を潜める。多少話したところで奴らには聞こえないとは思うが、相手の生態が解らない以上、完全に音が消えるまで誰一人として声を出すことはなかった。
そして、やがて巨人達の声もその足音も完全に消え去り、辺りには森のざわめきだけが響いていた。
「………行ったようね」
そのユウの言葉を皮切りに、全員が安堵の溜め息を吐いた。いつでも走れるように立っていた面々は、その場にへたれ込むように座り込んだ。
もちろん、俺も例外ではない。むしろ、生まれて初めて“身の危険”ってやつを肌で感じた俺は、心身共に既にいっぱいいっぱいだった。
事故に遭って死ぬかと思った。ケガして死ぬかと思った。――そんなレベルではない。巨人達の姿、顔、ヨダレ、吐息、叫び……それからは、本物の匂いが感じられた。
――差し迫る、“死”の匂いが。
「くそ……マズったな……」
シュートは歯軋りしながら呟く。確かに、バーベキューを言い出したのはシュートであり、責任を感じているのかもしれない。しかし、結局は全員がそれを了承したわけで、シュート一人が気を病む必要はない。
「シュート、お前のせいじゃ――」
「もっと、肉食べりゃよかった……」
「…………は?」
「そうね……。私も、もう少しコーヒーを味わいたかったわ」
「い、いや……」
「アタシはタップリ食べたもんね~♪」
「ちょっと……」
「僕の焼きそば……もう少しだったのに……」
「お前ら……」
ちったあ責任を感じやがれ!! ……とは言えない。俺も同罪だし……
何だか騙された気がする。最後まで反対を貫くべきだったかもしれない。そんな自分への不甲斐なさに不機嫌なりながら、これからの流れを確認してみる。
「で? これからどうするんだよ、ユウ……」
「もちろん、星の涙を探すわ」
ユウは即答で答える。コイツには恐怖というものがないのだろうか……
そんなことを考える俺を全く気にしないかのように、ユウはマリに確認を取る。
「マリアベル、星の涙の反応はどう?」
「ちょっと待ってね~」
マリは右手に付けたブレスレットのボタンを押すと、艇で見た緑色の3D画面が浮かび上がる。そして、軽快なボタン音を響かせたあと、最後に一回カタッとボタンを叩くと、マリは元気に声を上げる。
「はい! 出ぇた! ……ここから普通に歩いて3時間ってところのとこだね」
「じゃあ行くわよ」
再び迷いがない決断をするユウ。それについて、誰一人として苦言を呈すような顔はしていなかった。……俺を除いては。
「なあ……一度、艇に戻って装備を整え直した方がいいんじゃないか?」
「なんで?」
「いや、だって……相手はあんな化物だし、こっちの武装は必要最低限なんだろ?」
「そうね……でも、艇に戻るのは無理よ」
「何で? 艇は宇宙で待機しているんだろ?」
「規則で決められているのよ。あまりにも文明レベルが違いすぎる星に上陸出来るのは、一回だけなのよ」
「は!? 何で!?」
「文明のレベルが違いすぎると、私達の存在は悪影響でしかないわ。それを最低限にするため、上陸が認められるのは数年で一度だけ。つまり、一度ここを離れたら数年先まで誰も立ち入ることが出来ないのよ」
(……そうか。だから、ユウは未踏の星と聞いて考え込んでいたのか)
未踏の地、つまりは文明レベルが分からない星。それは即ち、下手すればたった一度だけのチャンスということ。どういう部隊を組み、どういう方針で行くか、それを瞬時に判断しなければならなかったんだろう。
「……でも、宇宙の危機なんだろ? そんなこと言ってる場合じゃ……」
「だめだよ、クラウスくん」
納得しない俺を、ニクルが窘めるように静止する。そして、言葉を続けるのはシュート。
「俺達にとって、規則ってのは絶対なんだよ。例えそこに重要な理由があるにせよ、それを守らない者には軍法会議が待っている。……この場合、それを受けるのは、艇の責任者であるユウスフィアだ。お前、ユウスフィアを罪人にするつもりか?」
「そんなつもりじゃないけど……」
困り果てる俺を見たユウは、優しく声をかける。
「……クラウス、仮に私が軍法会議にかけられても、それは別にいいのよ。でもね、私達が所属する“軍”というものは、途方もないくらい巨大な組織なのよ。そんな組織が規則を無視した行動をすれば、それは無法者の集団にもなりかねない。私達の行動が、その発端にならないとも言い切れないでしょ?」
「そ、そりゃ……そうだけど……。じゃあ、諦めて艇に……」
「却下よ。仮にここで諦めたとして、もし実際の作戦中に星の涙一個分のエネルギーが足りなくて失敗した時、私は、悔やんでも悔やみきれないことになるわ。なぜあの時諦めたのか。どうして無理をしてでも星の涙を回収しなかったのか。そう、宇宙が終わるその時まで思い続けるでしょうね。
――それだけは嫌。仮に自分に何かがあったとしても、一度の妥協のせいで全てが水の泡になるなんて真っ平よ。私は、後悔したくないのよ」
ユウは、力強く答えた。そこには色々な決意や、強固な鋼のような意志が感じられる。それまでの軽い雰囲気とは全く違う、軍人としてのユウがいた。
「………」
そんなユウを見た俺は、黙り込んだ。いや、そうするしかなかった。
「……ま、お前の考えはもっともだとは思うけどな。だけど、それが“俺達の常識”なんだよ。“お前の常識”とは違うかもしれないけど、それが俺達の世界なんだ」
俺をフォローするように、シュートは俺の頭に手を置きながら話す。心の中には、そんなシュートへの感謝の気持ちと、納得出来ない気持ちが入り混じっていた。
「さて、話はそろそろ終わり。――星の涙、必ず回収するわよ」
「お~♪」
ユウの言葉に、一人拳を掲げ元気に返事をするマリ。そして一行は森の中を歩き始めた。
俺は最後尾からそれに続く。何だか、俺一人取り残された気分だった。
一度後方を振り返り、静まり返る森を目に写す。不気味なその雰囲気を肌で感じ取ると、身震いがした。
少し歩く速度を上げる俺。森の木々は、そんな俺に何かを語りかけるようにざわついていた。