2
惑星カークに降り立った俺たちは、その星の景色に圧倒されていた。
「でっけえ……」
そこは、森が一面に広がる星だった。しかしその森、一つ一つの木が凄まじくデカい。地球で言う樹齢数千年と言われる木が、所狭しと生い茂っていた。背が高い草とかはないものの、そこは既にジャングルとも呼べるかもしれない。
とにかく木がデカいので、森の先が全く見えない。上を見上げれば巨大な葉っぱが幾重にも重なっている。そしてその葉っぱが太陽の光を遮っていて、森の中は薄暗く、不気味な雰囲気に包まれていた。
艇を出る前にマリから色んなものを受け取っていた。
まずはチョーカー型の翻訳機。これについてはもはや説明は不要だろう。
次がブレスレット二つ。左手に付けるのが特殊な波長を周囲に散布し、有害なウイルス、虫等を遮断するやつらしい。(ニクル談)
右手に付けるのが重力安定装置。これさえあれば、過度な重力、軽すぎる重力でも、装着者の周囲だけ安定させることが出来るらしい。ちなみに、これには通信機能もあり、口元に当てるだけで通信可能だとか。地球でユウがしていた通信は、これによるものだったようた。
まったくもって、便利な道具ばかりだ。改めて文明の高さを実感してしまう。
「大気の状態も安定してるようだし、アストロスーツも不要だったわね」
「ホントだな。俺様、あれ嫌い。窮屈だし」
「むむむ……窮屈とな。改良の余地ありだね」
口々にしゃべる面々。毎回毎回話に付いていけない。ユウ達にとっての常識は俺にとっての非常識であり、奴等の会話内容の約八割は意味が分からない。
「アストロスーツって……何?」
「宇宙服のことだよ、クラウスくん」
俺の横にいたニクルが再び説明してきた。マリよりよっぽど解りやすい説明を毎回してくるニクルには、本当に感謝している。
「アストロスーツも、マリアベルが作ったのよ?」
「……マリ、お前、本当にすごいんだな」
「そうだともクラウス。もっと褒めたまえ」
マリは一人胸を張る。こんな騒がしい奴が天才……。いや、天才だからこそ、個性が強いのかもしれない。
「――――ッ!! しまったわ!」
突然、ユウが何かを思い出したように叫んだ。その表情はどこか絶望感が見える。何だろうか。果てしなく不安になるのだが……
「……ユウ、どうしたんだ?」
「え、ええ……大したことじゃないんだけど……」
そう言って言葉を濁すユウ。いや、どう見ても大したことにしか思えないんだが。
さらに増大する不安を抱えていると、ユウは静かに話し出した。
「……ティーセット、忘れてきたのよ」
「………は?」
「だから! ティーセット! 休憩のときに、飲もうと思ってたのに……」
……本当に大したことなかった。
「んなもんどうでもいいだろ!!」
「何言ってるのよ。とても重要よ? それ一つで、私のモチベーションが左右されると言っても過言ではないわ」
「えええ……。どんだけだよ」
するとマリが、突然手を上げ始めた。
「はいはいは~い! アタシ、コーヒーセットなら持ってきたよ~! 後で一緒に飲も!」
「何でそんなもん持って来てんだよ!!」
「まあ……この際仕方ないわね。今回はコーヒーで我慢しましょう……」
ユウは凄まじく残念そうな顔をしていた。そしてマリとユウは、いつ飲むか、どこで飲むかをキャピキャピ話しながら歩いて行った。ていうかそんなもんどこにあるのやら。誰一人バッグとか持ってないし。
そんな光景を呆然と見つめる俺。そんな俺は、自分の感覚の正常さを確認すべく、男性陣に確認を取ることにした。
「なあ、シュート、ニクル……」
「あん?」
「我らが艇の女性陣は、いつもあんな感じなのか?」
「うん、そうだよ」
「そうか……。なんか、緊張感的なものがない気がするが……」
「そうなんだよな。俺様が思うに、違うんだよ」
シュートは腕を組み、前方を歩く女性陣に睨みを利かせていた。
「だよな! やっぱそうだよな!」
「そうだとも!」
おお! さすがは艇の兄貴的存在! 俺と同じ志を……!!
そしてシュートは、ズンズンと力強い足取りで女性陣に近付き……はしないが、そこそこの距離を保ったまま、怒鳴り声を上げた。
「おいユウスフィア! ここはコーヒーじゃなくて、バーベキューだろ!!」
「そっちかよ!!!」
「あ、僕、焼きそばが好き……」
「……ニクル、お前まで……」
今度は四人で休憩時間の過ごし方をああでもない、こうでもないと話しながら歩いていた。
俺は一人、取り残されてしまった。前半のあの緊張感は何だったんだろうか。何が起こるか分からないとか言いながら、かなり騒ぎながら歩いているし。この余裕こそ、旅の中で培われたものかもしれない。
しかしながら、ここは俺の意見も取り入れてもらいたい。俺だって日本男児だ。言うべきことはガツンと言うさ。
(そうだとも! 負けるな俺よ!!)
そして俺は四人の元に駆けよる。依然としてワイワイと騒ぐ面々。まるでピクニックのようだ。
そんな奴らに、俺は叫び声を上げる。
「――俺は、バーベキューに一票だ!!」
……何かが違う気がする。
* * *
しばらく歩いた後、少し休憩を取ることになった。で、その休憩時間を利用して食事を取るのだが……今回のメニュー、バーベキュー、焼きそば、そして、コーヒー。
(いいとこどりだな……)
用意は早かった。小物入れからスマホみたいな機器を取りだし、何かを操作すると、目の前に光と共に豪華焼き肉セットが現れた。
何でも、その機械を使って、これまた時空間に物を予めぶちこんでおくと、必要な時に取り出せるとか。まるで某猫型青狸のポケットのようではないか。時空間とは、かくも便利である。
……それにしても不用心にも程があると思うが。未踏の星の原生林の真ん中、凄まじくデカイ木々に囲まれ視界も悪い。太陽の光は少なく薄暗い。そんなところで簡易鉄板でジュージュー焼き肉してる場合じゃない気がするが。さっきから狼煙のように煙が上がってるし、旨そうな匂いも漂っている。
「なあユウ。こんなことしてて、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。近くに熱源はないし、動体反応もないわ」
ユウは優雅にコーヒーを飲みながら話す。余裕に満ち溢れた顔だった。
「クラウスって、意外と心配性なのね。もっと余裕を持ちなさい」
「慎重って言ってくれ。それに、ユウ達が落ち着きすぎなんだよ」
とは言え、確かに焼き肉は旨そうなわけで、一人警戒して食べ損ねるのもアホらしい。 郷に入っては郷に従え。ここは、俺も堪能するとしよう。
ユウ達の星ではフォークが主流のようだった。尖端が二股ではあるが、そこら辺はあまり地球と相違ないようだ。
肉を一切れフォークに刺す。実に旨そうだ。腹も減ってるし。
「いただきま~す」
口をあんぐり開けて肉を入れようとした……その時だった。
突然俺達の目の前の地面が隆起し、モコッと山が出来た。かと思えば凄まじい轟音を響かせ、大地が火山の噴火のように弾け飛ぶ。
辺りには土片が飛び散り、目の前にあったバーベキューセットの鉄板やら皿やらが吹き飛んだ。
俺は呆気にとられ、口をあんぐりと空けたまま土煙が漂う崩壊地点に目をやる。他のメンバーもまた、直前の行動のままフリーズし、その地点を凝視していた。
やがて風と共に土煙が消え去ると、そこには一つの人の姿が。
全身が緑色に覆われ、目が一つしかない。服は来てないが、生殖器らしきものもない。鼻は顔の肌に直接穴が空いている状態であった。
一見すれば、どっかの神話に出てくるような一つ目の化物、サイクロプスにも見える。
……しかし、問題はそこじゃない。その体、周囲の大樹にも引けをとらないほどに巨大で、まるで高層ビルだった。
その緑の一つ目巨人を見上げながら、更に固まる面々。
「デカイな」
「デッカ~い♪」
「デカイ……」
「デカイわね」
「デケェ………って! 悠長にしてる場合じゃねえええ!!」
その瞬間、巨人は雄叫びを上げた。
オオオオオオオオオ!!
ビリビリと周囲に振動が走る。その巨大な音で耳がキーンってなっていた。
余りの煩さに耳を塞いでいた俺は、改めて巨人を見上げる。
巨人は一つ目をギロリとこっちに向け、口からは無色透明のヨダレのようなドロッとした液体を下品に流していた。見るからに、食べる気満々に見える。
「……あいつ、腹空かせてるみたいだな。なあ、どうするん――」
言いながら横を見ると、そこには既に誰もいなかった。
「…………あれ?」
後ろを振り返ると、全速力で逃げ去る奴ら。
(出遅れたあああ!!)
慌てて俺も走り出した。それに続くように、巨人も俺の後を追いかけ始める。
何とかユウ達に追い付いた俺は、当然の文句を口にした。
「何俺を置いてってんだよ!! 俺の身の安全が最優先じゃなかったのかよ!!」
「だって何度言っても動かなかったじゃない!!」
「そりゃ耳押さえてたんだから聞こえねえだろうが!!」
「ユウスフィア! クラウス! しゃべる暇があるなら走れ! まだどんどん来てるぞ!!」
シュートの声を聞き、走りながら後ろを振り返ると、巨人は既に五体にまで増えていた。
「マジかよ!!」
みんな緑色の体で一つ目。そしてデカイ。
オオオオオオオオオ!!
惑星カーク、大樹が生い茂る原生林の中、巨人の雄叫びと、俺達の絶叫が響き渡る。
宇宙に出て四日目。初めての地球外惑星は、巨人の惑星だったようだ。