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出航から300秒、つまり五分後、船は時空間航行に入った。窓から見える風景は、宇宙の黒色を白色に塗り替えたような光景だった。白い中にカラフルな色の点々が数多くある。それを見ていると、何だか夢の中にいるかのような気分になってくる。
時空間航行についてマリから説明はあったが……相変わらず訳が分からなかった。慌ててニクルが補足説明をしてくれた。
空間というものは、簡単に言えばいくつもの平面が重なって出来ているものらしく、時空間航行とは、その平面と平面の隙間に無理矢理入り込み航行する方法らしい。その隙間というのは、あらゆる位置の軸が入り混じっていて、何も知らずに迷い込むと訳の分からない場所に飛ばされるのだそうだ。それを機械を使用して、自分が進みたい場所の位置情報と合致する出口を探し出して、一気に進んでしまうのが時空間航行の原理ということみたいだ。
当然、距離が遠ければ出口を探すのにも時間がかかるらしいが、普通に行けば数十年はかかるような場所も、ものの数日で辿り着くらしく、宇宙の旅にはなくてはならない航行方法と言えるだろう。
……ちなみに、その時空間の隙間というのは、極めて稀に、どこにでも唐突に出現しうるらしい。地球上で起きていた“神隠し”と呼ばれる現象も、これのせいなのかもしれない。都市伝説の謎が、こんなところで解明されるとは……
話は逸れたが、正確には時空間航行とは“飛ぶ”のではなく、“探す”ことであり、その間機体は動いていない。そして、現在時空間に入り込んで四日目。最初たどたどしかった俺も、すっかりこの艇に馴染んでいた。そうなってしまっては特段やることもないわけで……つまりは、暇なのである。
「ちょっと気になってることがあるんだが……」
「何だよ」
居住スペースのダイニングルームでぼーっとしていた俺とシュート。特にやることもないので、シュートに気になったことを確認することにした。
「いやな、何でシュート達はこんなに日本語――俺の国の言葉をペラペラしゃべれるんだ? 地球ってのは、辺境の星なんだろ? よくそんなとこの、しかも日本の言葉を知っていたな……」
「ニホンゴ? そんなもん知らねえよ」
「え? でも、実際話してるじゃないか」
「“コイツ”のおかげだよ」
そう言って、シュートは首に付けられた黄色のチョーカーのようなものを指さした。
「これはな、自動翻訳機みたいなもんなんだよ。相手の話す口調やその身体の変化、思考の電気信号の流れとか色々読み取って、相手の言葉、自分の言葉を双方が分かるように変換してくれるやつなんだよ」
「マジでか。すげえな……」
「ん? お前の星にはねえのか?」
「あるわけねえだろ」
「でも、多数の言語があるんだろ? どうやって翻訳してんだ?」
「そりゃ、言葉が分かる人を雇って、同時通訳しながらの会話ってのが主流だな」
「うわっ! 面倒だなあ。そりゃ、国同士中悪いだろ?」
「仲がいいところはいいぞ? まあ、悪いところもあるけど……」
「そうだろうな。いちいち言葉が分かる奴呼ばなきゃならないなら、普通は話も出来ないんだろ? それなら仲も悪くなるさ。相手が言いたいことも、自分が言いたいことも、互いに伝わらないんじゃ協力なんて出来ないしな。信用出来ない同士が仲良くなるわけもないだろ」
何だか、凄まじく納得してしまった。地球の大手企業よ。早急に同じような翻訳機の開発をしていただきたい。
「お前の分も後で手配してやるよ。すぐにマリアベルがくれるだろうよ」
「そいつはありがたいな。ありがと、シュート」
「いいっていいって。俺様、面倒見はいい方だからな」
確かに、シュートは面倒見がよかった。普段は俺様ナルシストではあるが、この艇の兄貴のような存在みたいだ。年齢は確か二十五って言ってたな。最年長だそうだ。この艇では、あらゆる面で頼りにされていると言ってもいいだろう。……女性恐怖症な面を除いては。
『――至急連絡、至急連絡』
突然、艇内にリリーの声が響き渡った。俺とシュートは天井を見上げ、その内容に耳を傾けた。
『現在、星の涙の波長を感知。艦長命令により、そちらの空間へ緊急ワープアウトします。各員は至急ブリッジに集合してください。繰り返します……』
「クラウス! ブリッジに行くぞ!」
「星の涙が見つかったのか!?」
「らしいな! 仕事の時間だ!」
俺とシュートはダイニングルームを飛び出し、ブリッジに向かった。
* * *
ブリッジには既に残りのメンバーが来ていた。
「遅えぞ二人とも!! チンタラしてんじゃねえよ!!」
……ニクルは、すでにバーサーカーモードにシフトチェンジしていた。
俺とシュートが席に座るのを確認したユウは、艇内に向かい指示を出す。
「シュート、マリアベル! 計器は大丈夫!?」
「バッチリだ!」
「こっちもだよ~!」
「ニクル! 用意はいい!?」
「いつでもいいぜ!」
「クラウス! 座ってる!?」
「……はぁい」
何だか俺だけ凄くカッコ悪くね?
「結構! カウント省略、ワープアウト!」
「はいは~い! カタカタッとワープアウト!」
マリが目の前にある3Dで浮き出た緑色の薄いパネルを打ち込むと、機体はモーターが回転するような音を立て始めた。そして周囲の風景が眩く光り始め、その光は閃きとなって線上に前から後方へ流れていく。そして、前方から一際大きな光が機体を包んだかと思えば、突然周囲の風景は、もとの漆黒に染められた。
「……宇宙空間に出たのか?」
思わずユウに聞いていた。それほど、僅かな間の出来事だった。
「ええ、そうよ。――各員、異常の有無の確認と報告を」
「バランサー、エンジン、重力制御装置、異常ないよ~」
「エネルギー熱量安定値、モニター調整OK。こっちも大丈夫だ」
「機体バランス、進路オールグリーンだぜ!!」
ニクル、一人だけ暑苦しいな。これからは熱血ニクルと呼称しよう。
「結構。――リリー、座標地点の映像をちょうだい」
『了解、艦長』
前方のメインモニターに、一つの惑星の映像が出た。緑色の球体。地球とどこか似ているが、雲や大陸は見えない。
『惑星コード、第KAQ459369号と承認。これまでの上陸履歴なし。未踏の星ですね』
「未踏の星……」
ユウ達の星ですら足を踏み入れたことがない星、つまりは誰も行ったことがない場所か……。改めて、自分が宇宙を旅してるって実感した。何しろ、地球を飛び出して白い空間をプカプカ浮いてただけだしな。いまいち実感がなかったんだが……
ユウは映像を見て、何かを考えていた。まあ、艦長ならこれからの行動を全て決めなきゃならないからな。当然だと思う。
「――以降、この星の名称を“惑星カーク”とする」
(コードの頭三つの文字を取ったのか? なるほど、そうやって名前って決まるんだ。地球って、何て呼ばれてるんだろうな)
「各員注目。これより、我らは惑星カークに着陸する。その後、星の涙の検索に当たる。なお、本惑星は未開の地のため、着陸後、艇を宇宙で待機させ全員で探索する。質問は?」
「ユウス――艦長、武装はどのくらいしますか?」
いつもの呼び方を慌てて訂正するシュート。なるほど、公私はキッチリ分けるわけだな。
「武装は最小限度とする。相手文明レベルが分からない以上、身は軽いに越したことはないわ。他に質問は?」
「……あの、俺は?」
「言うまでもないでしょ?」
「……やっぱり」
聞くまでもなく、同伴だろうな。
「他に質問は?」
それ以上、誰も質問はなかった。
「結構。では、さっそく行動に移る。――さあみんな、お仕事の時間よ。準備して」
「よっしゃ。ニクル、行くぞ」
「う、うん……」
ニクル、いつの間にか通常状態に戻ってるな。
和気あいあいとブリッジを出ていく面々。どうやら、ユウの口調が厳しくなったら仕事モードで、穏やかになったら解除されるようだ。分かりやすいな。
ブリッジを出ようとした俺は、ふと後ろを振り返り、モニターに映る緑色の惑星をもう一度目に写す。
ゆっくりと回る惑星。初めての地球以外の惑星。
期待と不安が同時に心を埋める。ここには、いったい何が待っているのだろうか……
「クラウス! 何してるの?」
通路の奥からユウの呼ぶ声が聞こえた。
「……今行くよ!」
名残惜しそうに画面から目を離す。そして、俺たちは未踏の惑星、カークに降りて行った。