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星巡り、ボン・ボヤージュ!  作者: 井平カイ
石を拾ったらドエライことになった件について
1/11

 空の向こうに何があるのか……もちろん、宇宙が広がっている。そこには数えきれないほどの星があって、まだ見たこともない景色がたくさんあるのだろう。

 こうやって家の屋根で寝転がって星々が煌めく夜空を見ていると、いかに自分が小さな人間か思い知らされてしまう。

 空に光る数だけ星があって、その更に奥の果てしない暗闇の海には、もっとたくさんの星がある。その中にはエリアンだとかグレイだとかいたりするかも知れないし、僕達と同じような知的生命体もいるかも知れない。

 いや、必ずいるはずだ。だって宇宙ってのは途方もなく広い。そんな中で、地球というこんな小さな星だけが文明が発達していると考える方が、むしろ不自然だろう。

 では、なぜ彼らは顔を出さないのか。

 僕が思うに、配慮してるのだろう。惑星間を飛び回れる技術というのは、この地球にとっては明らかなオーバーテクノロジーであり、今の常識みたいなやつが全て崩壊してしまう可能性だってあるだろう。

 それはこの地球が証明している。地球球体説の誕生の時だったり江戸幕府に黒船が来た時だったり、当時は大混乱になったはずた。

 出来ることなら会ってみたい。そして、一度でいいから遥かなる宇宙を見てみたい。……僕は、心底そう思う。


 ……などと考えていた幼少時代は遠い日のこと。

 月日は流れ、俺は花の高校生になっていた。そんな年にでもなれば、そんな非現実的な話など信じるはずもなく、妄想に頭を膨らませる時間があるなら一分でも長く寝ていたい。情報化社会の現代、幼少時に熱い目で見ていたUFOの写真のおよそ九割は合成写真や創作写真であり、残りの一割は何かしらの小動物だとか光の当たり具合による影だとかだと理解しており、信用しなくなっていた。

 地球外生命体だとかいう類を純真無垢な心で信じていたのは小学生まで。疑い始めたのは中学生。そして、確信的にフェイクであることを理解したのは高校生であった。意外と遅いかと思う。そう、俺の心を蝕んでいた中二病という病は、中々浄化してくれなかったのだ。

 しかし、いかにしぶとい奴でも、必ず終わりが訪れる。いつかどこかで、妄想していたことは所詮妄想でしかないことを強制イベント的に理解させられるし、いつまで経ってもそんなことを口外していては、学校生活は心苦しい同情と蔑んだ視線を浴び続けるものになってしまう。

 そして俺は、その強制イベントを何とかパスしたわけだ。


(………)


 さて、そろそろ寝る時間になってきた。

 俺はむくりと起き上がり、“そこ”から見える街並みをぼんやり見つめてみた。何も変わらない光景、何も変わらない日常、そして、少しずつ変わっていく俺。それら全てを考えると、何だか落ち着かない気分になってくる。その理由は……よく分からん。

 ゆっくりと立ち上がり、一度だけ体を伸ばす。そしてもう一度だけ、夜空を眺めてみた。

 俺がどこにいるかって? もちろん、自宅の屋根の上だ。

 別にUFOだとか地球外生命体とかを信じているわけではないことを、ここに弁明しよう。俺は単純に、夜空を眺めるのが好きなだけなんだ。いやマジで。




 *  *  *




 翌日の学校。一人机に伏せ、瞑想という名の快眠に耽っていた俺に、クラスの女子が話しかけてきた。


「ク・ラ・ウ・ス~♪」


「……何だよ」


「あのさクラウス、ちょっとお願いがあるんだよね~」


 だいたい予想出来たが、一応“何を”と聞いてみた。どうせ回答なんて決まってるだろうが。


「今度さ、家貸してくんない? 皆で勉強会するんだよねぇ」


 ほぉらやっぱり。


「拒否する」


「何でよ~。別にいいじゃんか」


「お前、自分がした所業を忘れたのか? 快く貸した俺を“ガールズトーク”するからとかいうわけの分からん理由で家から追い出し、挙句の果てに壮絶に散らかして帰ったのは誰だ? そんな奴に家を提供するほど、俺の心は広くねえよ」


「ぶー! ケチ!!」


 女子は、プンスカ怒りながら立ち去った。完全に逆切れだろうに。

 俺の家は、今は俺しか住んでいない。親父は中学の時に死んじゃったし、お袋に至っては顔さえ写真でしか見たことがない。一応会ったこともない親戚の養子にはなっているが、遠くにある他県に家があったから、そっちに引っ越すことを断固として断った。親の保険金や遺産なんかがあるから一人暮らしをするのも問題はないし。俺しかいない家は、クラスの会合等の会場にはもってつけだったのだ。

 ちなみに、“クラウス”ってのは、言うまでもなく俺のことだ。別にあだ名ではない。

 俺の名前は、蔵臼くらうすイツキというのだ。その苗字を呼べばあら不思議、どこぞの執事のような名前になるではないか。しかし名前はそうでも、心まで執事になった覚えはない。嫌なものは嫌だ。それは曲げない。

 ……こんなんだからモテないのかなぁ。などと、思春期少年特有ともいえる葛藤が、頭の中で密かにせめぎ合っていた。


(いや! モテなくてもいいんだ! マイウェイを突き進むんだ俺!!)


 などと自分を励ましつつ、俺は放課後帰路を歩いていた。

 帰り道の途中にある川辺。その芝生の上に寝転がってみる。夕方の空は、西の空は黄昏が残りまだ明るいが、東の空は藍色に染まっていた。藍色の巨大なキャンパスには、無作為にキラキラと輝く点が幾つも描かれている。

 その一つの点に手をかざしてみた。当然、俺の手には何もない。何もないけど、何となく、その手を強く握り締めてみた。握り締めた拳は手の甲の骨がコリコリと動き、掌の皮膚が圧迫される。何の感触もない。手を地面に戻せば、そこには光る点が、相変わらずユラユラと揺れながら煌めいていた。

 そんな光をただただ眺めていると、心の中で寂しさだとか虚しさだとかいう、何かぽっかりと穴が空いたような気持ちが芽生えてしまう。


(……何がしたいんだよ、俺)


 そんな自分に笑えてしまった。宇宙の神秘。それに魅せられた幼少時代。いや、それは今も同じかもしれない。心の奥底では、未だに未踏の空に何かしらの想いがあるのかもしれない。自分のことなのに、“かもしれない”ばかり使う俺にも、何だか笑えてくる。

 でも、分かってるんだ。そんなものは、ただの青臭いガキの妄想だということを分かってるんだ。だからこそ、諦めの気持ちと諦めたくない気持ちが交錯しているのかもしれない。

 確認したくても確認できない。この目で見たくても見れない。そういうアンバランスな心境は、未だに心の中をざわめかせていた。もしかしたら、俺はまだ強制イベントの真っ最中なのかもしれない。


「……はあ」


 思わず溜め息が出てしまった。そんな自分が何だか情けなくなり、静かに目を閉じて瞑想する。そして再び、自分自身に全てはフィクションであることを言い聞かせていた。



「――何だ!?」


「な、何これ!!」


 突然、耳に入る喉かな音に、困惑と驚愕が入り混じったかのような人々の声が入ってきた。普段では絶対に聞かないようなざわめき。当然、気になる俺は目を開けた。


「何なんだ……よ……」


 “それ”を見た俺は、絶句し固まってしまった。

 目を開いた先に見えたのは、あり得ない空模様だった。さっきまでオレンジ色と藍色の二色に染められていた空が、鮮やかな七色に染められていた。赤から青、青から緑、黄色、オレンジ、紫……次から次へと空の色が変わっている。まるで巨大なオーロラで地球全体を覆ったかのようだった。暗くなり始めていたはずの地上は、そんな空に照らされて、眩く七色に輝いていた。


「な、何だよ、これ……」


 俺もまた、耳に入ってきた声と同じようなことを呟いた。怪奇現象、超自然現象。何だっていい。問題は、“これが何なのか”ということだ。少なくとも俺がこれまで見たことも聞いたこともない現象だった。戸惑う人々の姿から、それは誰しも同じようだ。

 見ていたら怖くなってくる。でも、その中でもそんな光景は神秘的だった。神々しかった。怯えながらも、そんな美しい空の景色に心を奪われている自分がいた。

 俺はただただ沈黙に伏して、そんな空を見つめていた。


 しばらくするとその現象はなくなり、いつもの黄昏時の景色に戻っていった。

 川辺にいる人々は、未だに空を指さしながら隣にいる人と話している。俺もまた、戻った空と街並みを茫然と眺めていた。


「――痛ッ!?」


 突然、頭に何か当たった。いや、何か落ちてきたのか?


「今度は何だよ……」


 ジンジンと痛む頭を摩りながら、周囲を見渡してみる。すると、俺の右隣の芝生に何かが落ちていた。緑の地面の上にあったのは、鮮やかな紅の色のひし形の石だった。

 初めて見たそれを、手に取ってじっくりと見てみる。仄かな光を放つ石。その中心は光の粒があるように輝き、そこから外側に向けて何本もの光の筋が伸び続けていた。


(すっげぇ……)


 もしかしたら途轍もない高値の宝石なのかもしれない。だけど、上には何もないし、俺の周囲にも人はいない。どこから飛んできたのか分からないし、探してる風な人もいない。本当は警察に拾い物として届けた方が良かったのかもしれないが、それは今度ということで、その石をポケットにしまい再び帰り始めた。最後に見た川辺では、やはり人々がひたすらに騒いでいた。




 *  *  *




 その日の夜、テレビはどのチャンネルにしても今日の空のニュース特番でいっぱいだった。どうやらあの現象は世界中で観測されたらしく、著名な学者や評論家、ニュースキャスターやタレントがああでもないこうでもないと推測と予想を口々に話していた。でも、結論はどこも同じだった。超自然現象、世界の終わりの始まり、新たな世界の幕開け……。そんな曖昧な結論で締め括られていた。

 何だかんだ言いながら、結局その特番を最後まで見てしまった俺も、色んな推測を頭の中で巡らせていた。が、これだけ偉い学者さん達でさえ分からない現象を、何の知識もない俺なんかが考えても無駄というやつだ。そう思いながら、テレビを消し、自分の部屋の布団の中に体を入れる。最後に机の上に置いたあの綺麗な石を眺め、夢の世界へと現実逃避をした。



 ……そこは、何もない暗闇だった。そんな暗闇にプカプカと浮く俺。体は言うことを聞かない。目だけは開くことが出来る。


(どこだよ、ここ……)


 ぼんやりする頭で、目の前に見える光景を考えてみる。よく見れば、何てことはなかった。そこは、いつも見ている光景だった。


(……宇宙そら?)


 暗闇の中には無数の光の粒があり、少し大き目な惑星もあった。今日は色々あったから、どうやら妙な夢を見ていたようだ。


(……夢を見る? 何で夢ん中で自我があるんだ?)


 これはもしや、明晰夢めいせきむというやつか? 夢の中でこれは夢だと理解できる現象。初めての経験だ。しかし、聞いていたものと少し違うようだ。体が全く動かない。せっかくの経験も、何だかすごく勿体ないように感じてしまう。


 ――求めるか?――


 突然、頭の中に声が響いた。男とも女とも取れる曖昧な籠った声。どこから発しているというわけではなく、漠然と頭の中だけに声が響いていた。


 ――求めるか?――


 まるで壊れたラジオのように、淡々と同じ言葉を発する何か。そうは聞かれても、意味が分からない。


(……何をだよ)


 ――全てを――

 

(求めたらどうなるんだよ)


 ――創造…破壊…革新…そして……――


 声は尻すぼみに小さくなる。最後の言葉はまるっきり聞こえない。


(意味が分からん。……でも、くれるんならもらうけど?)


 ――委ねよ……委ねよ……――


 声は段々と遠退いていく。そして声が完全に消えた瞬間、突然目の前が眩く光り始めた。動くことの出来ない俺は、その光に包まれていった。


「――うぉああおおお!!??」


 叫び声を上げた俺は、布団から飛び上がった。汗をダラダラと流す体。周囲をキョロキョロと見渡してみる。そこは、やはり俺の部屋だった。窓から降り注ぐ朝日。まだ鳴ることはない目覚まし時計。それを把握した俺は、頭を下げ右手を額に押し当てる。


「……なんて夢見てんだよ、俺……」


 我ながら情けない。昨日の今日でさっそくあんな変な夢を見てしまうとは……。そういうのは卒業しなくてはならないのに。いやがおうにも、大人の階段は待ってはくれないのだ。

 頭をかきながら起き上がると、昨日机の上に置いていたはずの石がなくなっていることに気付いた。周囲をくまなく探してみるが見付からない。かといって、泥棒に入られた形跡もない。摩訶不思議、消えた石……

 まあ、もともとは拾い物だし、ただ綺麗だったから持って帰っただけであって愛着があるわけでもない。その内忘れたころに見つかるだろうという結論に至り、一階に降りる。そして、洗面所でジャバジャバと顔をいつも以上に激しく荒い、かけていたタオルで顔を拭きながら鏡を見た。


「………」


 ……何かがオカシイ。今までの自分ではあるが、どこかが違う。

 タオルを洗濯籠に入れ、再び鏡に映る自分と睨めっこをしてみる。さしずめ間違え探しのような感じで、これまでの自分との違いを注意深く探ってみた。


「………あ」


 そして、その異変に気付いた。最初に言っておくが、俺は純然たる日本人だ。親父もお袋も、じいちゃんもばあちゃんも、先祖代々みんな日本人だ。外国の血なんて混じってるはずもないから、隔世遺伝なんてことはないはずだ。  

 それなら、これはどういうことだ? 昨日まで黒いはずだった俺の瞳は、燃えるような紅い瞳になっていた。目を擦ってもう一度見るが、やっぱり紅い。指で直接眼球を触ってみるが、カラーコンタクトとかではなく、ただ指が擦れて痛みが走るだけだった。病気か何かかもしれない。しかし、白目は真っ白のままで、瞳の色だけが紅く染まっていた。 

 しばらく鏡を見ていたが、そろそろ学校に行かなくてならない。まあ、今のところ視界もいつも通りだし、別に痛くもない。意味が分からないが、とりあえず俺は支度をして学校へと向かうのであった。


 ……その時、俺は想像もしていなかった。自分の今の状況が如何にどえらいことになっているかということを。そして、これからの生活が劇的に変化することを……


  





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