予定の綻び3
教室に戻った里見を迎えたのは、クラスメイトの奇異のこもった視線だった。
一瞬入るのに戸惑った里見に、複数の女生徒が近寄ってくる。
「あの、村崎さんってひょっとして1年の村崎疾風くんと姉弟だったの?」
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ぐったりした里見の頭を美麗がポンポンと叩く。
どうやら慰めてくれているようだが、頭痛のひどくなった頭には逆効果もいいところだ。
「びっくりした…みんないきなり質問攻めだもん」
「大変だったな。で、どうなんだ?」
「どうって?」
「さっきの、弟だったのか?確か里見は一人っ子だと聞いていたが」
ええ、そう言いました。
一瞬心臓が跳ねたが、里見は一瞬で体勢を立て直すと
「実はさっきの村崎君、近所に住んでるから知り合いなんだよ。偶然苗字が一緒なんだよね」
と素知らぬ顔で言った。
学校での家族設定は共働きの両親に一人娘なのだ。
ここで弟に登場されては非常に困る。
先ほどの質問攻めでも、里見は疾風が弟であることをきっぱり否定しておいた。
「そうなのか。なんだか有名人みたいだな」
「は…は、そうだねえ」
里見もさっき知って驚いたことだが、疾風は入学したときから結構な注目を浴びている人物らしい。
入試がトップで新入生代表で挨拶したとか。
運動神経がずば抜けていて部活の勧誘が後を絶たないのにどこにも入らないとか。
ルックスが目立つのでファンが多いとか。
そんなに騒がれていてなぜ気付かなかったのかと自分でも驚くほどである。
「まあ、私たちは恋愛話なんかしないしな」
美麗が椅子を傾けながら笑う。
まあ、普段里見たちのする会話は「今日の授業」「最近の状況」「今週の天気」など健全な内容ばかりだ。
うん、健全すぎる。
これなら学校のイケメン美女の話題など知らなくても無理はない。
里見はとりあえず無理やり自分を納得させた。
「それにしても何の話だったんだ?結構長い間戻ってこなかったじゃないか」
「えーと、なんか家のことで相談したかったみたい。彼、家が道場みたいなことやってて。結構特殊なんだよ」
「道場?めずらしいな…ああ、それで部活に入らない、という訳か」
ふんふん、と納得しているものの、美麗は疾風に対して興味がない様子で里見は安心した。
興味を持って調べられれば里見の言い分が嘘なのはすぐばれてしまうだろう。
クラスメイトにも詳しいことを知る人間がいなくて助かった。
(肝が冷えた…危なかったなあ。用があっても教室まで来なくていいのに。他に方法が…あ。)
そこまで考えて気付いたが、里見は家では部屋にこもりきり、携帯は持っていない、とあまり連絡方法がない。
それでわざわざ来たのか。
携帯くらい持った方がいいのかなあ、とぼんやり考えたところでチャイムが鳴る。
次の授業の予鈴だ。
「おっと、そろそろ行かないとな」
「うん、そうしよ」
里見は慌てて教科書を揃え始めた。
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今日は涼しくて雲のない、星のよく見える良い日だ。
クリアに見える光に顔をほころばせながら、里見は草むらの上で伸びをした。
今日のことはびっくりしたけど、何とかごまかせたしもう忘れてしまおう。
この広い空間の中では何事もちっぽけに見える。
きっとまた明日も、この生活は続いていく。
大丈夫。
大丈夫。
きっと。
―――それなのに。
この嫌な予感は、なんなんだろう。
里見の胸の中に、奇妙なもやもやが残ってたまらなかった。
「あの…これ」
「あ、面談の!今日来たんだ、早かったね」
帰るなりプリントを突きつけると、正継は笑顔でそれを受け取った。
目を走らせながら「再来週かあ…」などと呟く姿を見ながら、里見は考えを巡らせていた。
三者面談のことは黙っておけなかった。
お父さんは学校に来る。
クラスメイト、特に美麗には家族のことは知られたくない。
小さなことで嘘がばれてしまうことは避けたい。
どうすればすべて両立できる?
答えを探して、里見は頭を全力で回転させた。
そして。
「わかった。希望の日は火曜日にしておくからね」
「うん」
答えが、出た。
そして、二週間過ぎた後の、その火曜日。
「里見のヤツ、来ないな。今日は休みか?」
里見は丸一日、学校に姿を現さなかった。