予定の綻び1
いつもと同じ方法で大丈夫だと考えていたことが甘かったのだろうか。
それとも、情報収集をきちんとしていなかったことが問題だったのだろうか。
今となってはどちらも手遅れで。
ほんの少しのきっかけでバランスは崩れてしまうものなのだなあ、とただ思う。
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「三者面談、いつ?」
帰宅直後に台所からそう聞こえた時、本当に心臓が止まるかと思った。
「プリントとか回ってきてるよね?もうそろそろだと思うんだけど…」
ダイニングテーブルをはさみ世間話のような口調で言う父親の前で、里見はただうつむいて黙っていた。
ドア越しの会話はたまにあったが、直接こうして向き合うのは一年ぶり程で居心地が悪い。
「…なんで急に、三者面談の話を?」
それが聞きたい。
里見が一切話していないはずのことをなぜ知っているのか。
わざわざ学校で聞いた、というのも現実的でない気がした。
「なんでって言うか、時期的に何となくね。大事なことだし、あるんなら行こうと思って」
視線を上げると目が合い、すぐに里見は顔を戻した。
穏やかでいて諭すようなその眼に責められている気がする。
そもそも兄たちの例があるのだから、高校でどの時期にどの行事があるのかは大体わかっているのだろう。
言わなければばれない、と思っていたのは浅はかだった。
自分の膝を凝視して、掌を握りしめる。
里見には、学校に家族関係を持ち込むことは耐え難い苦痛だった。
美麗についていた嘘もばれてしまう。
「あのさ、里見」
「…三者面談でしたよね。まだ話は聞いていないので、まだだと思いますよ」
しらを切ろう、そうしよう。
何も知らないという口調で里見は続けた。
「学校によって時期は違うんじゃないかと。まあ、そのうちあるでしょうけど、とにかく今は何も聞いてないですね」
「そうなの?」
「はい」
これは本当のことだ。
今年の三者面談に関してはまだ担任から何も聞いていない。
「…そっか。変なこと聞いてごめんね。お知らせが来たら教えてね」
「はい、それはもちろん」
そこで会話を終えると、里見は早々に部屋に戻って着替えもせずにベッドに潜り込んだ。
布団を頭までかぶって外界を遮断し、大きくため息をつく。
びっくりした。
今日ちょうど美鈴とその話をしたところだったというのに、タイムリー過ぎる。
「間があったなあ。…薄々気づいてるんだろうな」
わざと黙っているんだということに。
でも追及しなかったのは父の優しさだろう。
家族の中でも、特に正継は普段から里見に配慮してくれていた。
こうした特殊な生活を送っていられるのも、父の協力が大きいからなのだ。
でも。
「やっぱり、外で会いたくないなあ」
迷惑はかけない。
空気を悪くするなら、顔を見せない。
だから。
お願いだから。
私の居場所に来ないでほしい。
どうか。
どうか。
我が儘なのはわかってるけど、理屈じゃだめだ。
顔を合わせただけで、声を聞いただけで、胸が苦しくて耐えられなくなる。
「ある意味トラウマなのかな」
他の家族と自分は違う。
そう思ったあの時から、家族自体がストレスの元凶となってしまっている。
そんな姿を、美麗や他のクラスメイトに晒すことだけは避けたかった。
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次の日、狙ってかどうかはわからないが、『三者面談のお知らせ』と書かれたプリントが朝のホームルームで回されてきた。
二週間後の丸々一週間のうち、希望の日を記入するようになっている。
またもう一つ、進路希望を記入する用紙がついでのように配られてますます気分が落ち込んでしまった。
「進路…ああもう面倒くさい」
「本当に無神経な用紙だと思わないか?プライバシーに関わるなこれは」
「プライバシーって…まあ、嫌なもんではあるけど」
昼休み、パンと弁当をそれぞれつまみながら里見と美鈴がこぼす。
それぞれの悩みは別のところにあるが、気持ちは同じだ。
「こんな行事なければいいのに」
「ほんとにね」
二人が深いため息をついて目を見合せた時、突然教室のざわめきが強くなった。
「…?」
何だろうか。
ざわめきの中心はどうやら教室の手前のドアらしい。
クラスメイトが見つめる視線の先を追うと、空いたドア隙間から覗いたブレザーのズボンが目が留まる。
注目されているのは男子らしいが、ここからでは良く見えない。
「何だ?誰かの呼び出しか?」
「さあ…」
まあ自分には関係ないだろう、と視線を外すと同時に背中から声をかけられる。
「あの…村崎さん」
「え?あ、何?」
里見と美麗が虚を突かれてクラスメイトを見る。
普段話さない男子生徒だ。
何の用だろう。
「えーと…呼んでるみたいなんだけど」
「は?」
「何だ、はっきり言わないか。よくわからないだろう」
イマイチ要領を得ない男子生徒に美麗が言い、男子生徒はいったん姿勢をただすと、強い口調で言いなおした。
「ドアのとこの人が、呼んでるよ、村崎さんを」
「え、私?」
確認をとったが間違いないらしい。
他のクラスに呼ばれるような知り合いはいないのだが、何なのだろう。
しかも男子生徒だなんて、全く覚えがない。
美麗に「ちょっとごめん」と断ってから狐につままれたような気分でドアに向かうと、ようやくそこに立っていた人物を認識して――驚愕した。
ひどく見覚えのある、ひどく懐かしい人物。
こんなところで会うはずがない。
そう思ってたのに。
「ちょっといい?」
全然よくない。
その言葉を外に出すことなく飲み込んで、里見は久しぶりに会う弟をただ見つめていた。




