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番外編1  友人の話(目黒美麗)






お人よしで流されやすい。

自分のただ一人の友人を表現するとこうだ。

正直イライラすることも多いが、私は相変わらずその友人と行動をともにしている。

危なっかしくて傷つきやすい、その面倒な性格ゆえ、放っておけないのだ。


もう少ししっかりしてほしいと思う反面、そのままでいてほしいとも思う。

こんな内面を知ったら、彼女は私を嫌いになるだろうか。






目黒美麗が村崎里見と会ったのは高校入学してすぐのこと。

なんてことはない、「村崎」と「目黒」で席が前後になっていたのがまず会話をしたきっかけである。

美麗はそのときの里見のおとなしそうな顔、しかし妙に浮き足立った雰囲気を今も覚えている。

今考えると、兄弟とようやく学校が離れて嬉しい気持ちが滲み出していたのだろう。



生徒たちが学校に馴染むようにと担任も出席番号で組を作らせたため、美麗と里見はよく行動を共にした。

入学してすぐの遠足、掃除当番などで同じ班になり、必然的に会話数も増えた。

ただしアレが会話といえたかどうかはわからない。

一方的に里見が話をふって美麗が一言だけ、または無言で一蹴する。

そんなことばかりだった。


その頃の美麗は他人への不信感を隠さずクラスでも腫れ物に触るように扱われており、本人もそれでいいと思っていた。



結局他人なんて信用できない。

必要なときに話しかけてきて、役に立たないとわかると手の平を返す。

互いに値踏みして、使えると思ったときに機嫌を取る。

こいつは、私を何に利用しようとしているんだ?



今考えると思春期にありがちな子供じみた考えであったとも思うのだが、その性格から周りと衝突することが多かった美麗にとってはそれが世の中の現実だったのである。



しかし、そんな日も長くは続かなかった。

特にきっかけがあったわけではない。

「それ」は徐々に、しかし確実に美麗に変化を与えていった。



包み隠さず言えば、里見の異様なまでの要領の悪さである。

物を落としたり食事を食べこぼしたりするのは序の口で、壊れ物を運んでいるときに限って足元がふらつく、話の盛り上がりどころに限って聞き間違える、テストの簡単なところで足し算間違いのケアレスミスをする、厳しい先生の授業でたまたま居眠りをしてしまうなど、数え上げたらきりがない。

後ろの席であるが故にそのほとんどを目撃してしまう美麗は、徐々に里見に対して同情的になっていった。



何でその場面でそんな行動を取る?

ほら見ろ、周りが呆れてるだろうが、あ、また。

何で今日に限って教科書を忘れる、当たる日だろう。

あ、チョーク折った。

また机に足引っ掛けてる。


……ひょっとしてわざとなのか?

ああもう、見ていられない。



気づけば、学校にいる間中里見に注意を払っている自分がいた。

そして、とうとう手を出してしまったのである。



「これ、使わないから」


「え?」



つい数秒前、コンビニの割り箸を床に落として途方にくれる里見に自分の弁当箱付属の箸を押し付ける。

たまたまその日はフォークのほうで食べたくなったので、気まぐれだ。

そう言い聞かせながら苦い顔をしていると、里見は受け取った箸を両手で包み込むように握り、柔らかく微笑んだ。



「目黒さん、ありがとう」



心底嬉しそうなその声に思わず目をそらしてしまった、その直後。

何かを床にばらまく音と、「あ」という声が同時に耳に届いて、「こいつ、本当に大丈夫なんだろうか」と頭を抱える羽目になった。



意外に世話焼きの自分を発見して驚くとともに、どこか安心するものを美麗は感じていた。

里見にはまるで裏というものがないように思えた。

謙遜の過ぎる性格であったため、利用どころか却って迷惑をかけまいとするところが美麗にとって嬉しくもあった。

いつの間にか昼食を一緒に取るようになり、休み時間に雑談するようになり、放課後や休日に遊びに出かけるようになり。

互いの趣味などについて語るようにもなった。



目黒美麗に、友人ができた。






*****






「もういい」



冷たく突き放したあの時。

言葉を口に出した瞬間に、胸が締め付けられて苦しいほどに後悔した。

一度出した言葉は戻せない。

美麗にとって、里見は唯一信頼できる、安心できる人間だった。

だからこそ最近様子がおかしいことについて、隠し事をされたり嘘をつかれる事が我慢できなかったのだ。



私だって傷ついた。

相談してもらえなくて。

信用されてなくて。

最近急に青木とばっかり話して。

あいつには相談したのか?

信じられない。

里見が悪い。



家に帰ってそんなことをぐるぐる考えて、モヤモヤした頭を抱えて。

たまらず気晴らしに散歩に出て、里見に以前聞いた、星の良く見える河川敷に足を伸ばしていた。



いつから、こんなに里見のことを好きになっていたのだろう。

いつも一人だった自分が、何故ここまで必死になっているのだろう。

もう元の一人に戻るのが怖いと思えるほど、居心地が良い。



「目黒って、村崎のナイトか何か?かっこいー」



馬鹿にしたような声を思い出す。

うるさい。

お前にそんなこと言われる筋合いはない。



「おわ、怖いなー。でもさ、そんなに必死だと引かれんじゃね?」



自分でもわかっている。

これまで人を遠ざけてきた反動か、里見一人に固執して、重すぎる気持ちを向けているのではないか。

本当は里見だって他の人間と仲良くしたいのに、私と一緒にいるからそうできないんじゃないか。

何度も悩んだ。

離れたほうが、里見のためになるんじゃないかって。


青木の家でゆっくり話して誤解は解けたけど、結局里見は一人で行ってしまった。

あんなに利用されることが嫌だったのに。

大切な人の役に立てないことがこんなに寂しいなんて、歯がゆいなんて思いもしなかった。

気づいたら車の中で泣いていた。



「我慢して、信用して送り出すのも友情よー」



母はそう言う。

私はまだ、友人との接し方が良くわかってなくて加減できないのだと。



「ま、これから時間をかけて勉強すればいいわよ。あと恋人の作り方もね!」



里見がどんな結論を出すかはわからない。

私がそれに関わることはできない。

でも。


どんな結果になろうとも、いつもの自分で里見を迎えよう。

そう思うのだ。






*****






あの日から3日後、非常に疲れた顔をして、ようやく里見は登校してきた。



「おはよう、美麗ちゃん。今日は早いんだね」


「まあな。今度からちょっと早起きすることにしたんだ」



にやりと笑った顔を里見に向けると、里見もつられて笑顔を作った。



「で、早速だが……うまくいったのか?」


「だいぶ予想してたのと違う方向になったよ。まあでも、納得はしてる、から」


「そうか」


「うん、あのね」


「ん?」


「美麗ちゃんが味方してくれて、すごく嬉しかった。あの人たちと決裂しても、美麗ちゃんは絶対いてくれると思ったから、言いたいこと言えたんだよ。本当にありがとう」


「里見……」


「っはよー!なんだ、村崎久しぶり!何で見つめ合ってんの?愛し合ってんのー?」



癇に障るほど明るい声に、熱くなった目頭が急速に冷めてしまった。

またこいつだ。



「あ、おはよう青木くん」


「なんか顔色悪くね?まだ休んでたほうがいいんじゃないの」


「体調のほうはもう大丈夫だよ。ありがと」



親しげに会話する里見と京太郎に不快な気持ちが浮かび上がる。

これは独占欲というものなのだろうか。

駄目だ、里見に友達が増えるのはいいことじゃないか。

友人として喜ぶべきところなのに、何で素直に受け入れられないのだろう。



「よ…よかったな、里見。青木も心配してくれて」


「んー?目黒、何か顔引きつってね?」


「そ、そんなことない」



そうだ、こいつだって本当は里見を気遣ってくれるいい奴かもしれない。

胡散臭く見えるのは、自分の中の思い込みなんだ。


里見も頑張って自分を変えている。

私も、人を疑いすぎる性質を少しずつ直していこう。



「ところで、今度マジでカラオケでも行かねー?最近ケンタもハルキも忙しいみたいで付き合い悪いんだよな」


「え…私カラオケはちょっと…」


「じゃーゲーセンとか。俺UFOキャッチャー得意だし、好きなもん取ってやるよ!」


「どうしようか、美麗ちゃん」



困惑した顔で里見が美麗を見る。

いつもなら「そんなの行かなくていい」などと一蹴するところであるが。



「……いいんじゃないか、行こう。いつが良い?」



非常に不愉快であるが。

里見の交友関係、そして自分の勉強のため。



譲歩してやる、青木京太郎。



「よし、決まりな!どこがいっかな~」


「……美麗ちゃん、なんだかいつもと違うね」


「そ、そうか」


「うん……嬉しいな。本当はちょっと、3人で遊びたかったんだ」


「!…ああ、そうだな」



これでいいんだ。

まだまだ難しいけれど。



いつか自信を持って里見の親友だといえる、自慢の友人になってやる。



心の中で、そう決意するのであった。






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