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家族会議2





恐る恐る覗いた中にいたのは兄二人と美麗。

隣にいる父も加え、先ほどまで話していたメンバーだけだった。


広すぎる静かな道場にたった5人が面し、気まずい空気の中でいよいよ話し合いが始まろうとしていた。






……と思ったのだが、そうそう順調に物事は進まないものである。






*****






「何で来たんだ!」



美麗に開口一番予想通りのセリフを言われて何も返せずに頭を掻く。

せっかくの足止めをふいにされて怒るのは当然だ。



「ごめん来ちゃったー、あはは」


「軽く言っても駄目だ!何笑ってる!」


「ん、あのさ、ありがとう」


「え?」


「考える時間、充分もらえたよ」



怪訝な顔の美麗に精一杯の笑顔を向ける。

引きつっているかもしれないけれど、まあ気にしない。

外でおばさんが待っている旨を伝えると、やはりというか、食い下がられた。



「私も一緒に話す!母さんには電話すれば大丈夫だから…」



その表情に先ほどまでの怒りは見えない。

純粋に自分を心配してくれていることが嫌というほど伝わってきて里見は嬉しかった。

また頑張れる理由にひとつ加わった。

自分で言うのもなんだが、本当に単純だ。

しかしこの状況では、この欠点とも入れる特徴が逆に後押ししてくれてありがたい。



「美麗ちゃんは帰って。おばさんもあの調子だからわかりにくいけど、やっぱり気にしてたからさ」


「だからって、お前は…」


「大丈夫!」



わざと強めに言うと美麗が驚いたように目を見張った。

気丈な美麗のなかなか見れない表情だ。

少し申し訳ない気持ちも残るが、ここはなんとしても帰ってもらわなくては困る。


半ば押し切るようにして美麗の「わかった」という一言を引き出すと、玄関まで送ろうとして正継にストップをかけられた。



「里見はここにいて。紅蓮君、お願い」


「ああ、俺ね」



気だるそうに立ち上がった兄は、多少戸惑った様子の美麗を連れて扉から出て行った。

里見が連れて行けばそのまま逃げられると思ったのだろう。

そういえばそういう手もあったのか、と他人事のように里見は考えた。

扉を見ていた顔をゆっくり正継のほうに向けると、目が合って―――自然な動作でそれが外された。



……?



怪訝な顔で見つめるも顔は逸らされたままだ。

違和感を感じつつ、何か声をかけてみることにする。



「あの、ひょっとしてご飯食べてないんですか」


「ああ…まあね」


「お前が飛び出しちまったせいでもう散々だよ!見ろよこれ、よりによって顔に!しかも飯抜きで最悪だっつの!」



氷河が割り込んでくる。

よく見たら顎の辺りにガーゼが貼り付けてある。

もしかしなくても両親の掴み合いを止めに入ったときのものだろう。

そう考えるとほんの少しだが同情心が芽生えた。

まあ、原因は自分だけれど。



「あと、疾風くんと…お母さんはいないんですね」


「疾風は電話のあとすぐ部屋に戻ったよ。お袋はまあ、えっと、眠いから寝るっつってたっけなー」


「…母さんは部屋にいるよ。僕がそう頼んだから」


「え、言っていいのかよ」


「別に、もう隠すこともないからね」



一応返事は返ってくるものの、終始正継は顔をあさっての方向に向けたままだった。

言葉も短く、すぐに打ち切られているような印象だ。

これはひょっとして話したくないという意思表示なのだろうか。

半ば無理やり呼び出しておいてそれはないと思うが。



「じゃあ、呼んでいただけますか」


「あ?何偉そうにしてんだ。お前、自分の立場わかってんのかよ」


「お父さんに言ってるんですから横から口出さないでください」


「あ゛?え、何?今の俺に言ったの?」



肩を乱暴につかまれてバランスを崩しかける。

どうも今日は口が軽くなりすぎているらしい。

でもこのくらいの調子で行ってしまわないと、とも思う。

だからあえて不快だ、という態度をあからさまに氷河を見た。

すさまじい睨みも何だか受け流せる…気がする。

数秒視線がかち合ったところで、正継が驚いたような声をあげた。



「呼ぶって…母さんを?」


「はい。できれば全員いたほうが面倒でないので」


「いいの?」



ようやく正継がこっちを見た。

驚きと不安が入り混じったような表情。

しかしすぐにそれはなりを潜め、薄い笑い顔に上書きされて逸らされる。



「顔を合わせたらお互い冷静でいられないと思うし、僕はこのままでいいと思うけどね。また何かないとも限らないし」



正継の言い分は至極全うだ。

夕方に一度やりあっているからその対応は当然ともいえる。

できる限り事を荒立てずに済むならそれでいい。

ずっと里見もそう信じてきた。



しかし実際は何も進んでいない。

これまでのやり方での限界を感じている。

それはきっと、父も同じはずだ。



「それじゃ意味ないです」


「おい、いい加減にしろよ……あんま我侭言ってっと」


「邪魔って言ってるのに!」


「マジで殴るぞこのガキ…!」


「全員じゃないと駄目なんです。特に、お母さんがいないと」


「なんで?ここで話せば、僕から伝えるよ。それじゃいけない?」


「いけないです。それじゃ納得できない。私が、私自身が」



正継が氷河のほうを見て首を振る。

ようやく肩から手を離すと、氷河は渋々といった様子で里見から離れた。



体に染み付いた、恐怖感、劣等感、孤独感。

ずっとどこまでもついてきたそれに、里見はもう慣れたと思っていた。

でも違った。

意識を向けないようにして誤魔化していただけ。

少し露出しただけであっという間にぼろぼろになってしまう、持病のようなもの。

今も思う。

これは絶対に克服なんてできない。

一生里見を蝕む。



だから、あくまでこれは賭けだ。



「本心で話したい。私と、お父さんと、お兄さんと、疾風くんと…お母さんとで」



うっかり丁寧語で話すのを忘れてしまった。

こうなったら話し方なんてどうでもいいか。

このままいこう。



「直接話してそれでもどうにかなるのか、やってみたい。だからお願い」


「僕の本心はさっき話したとおり。氷河はもともと建前を使えるような性格じゃないし、紅蓮もそう。疾風くんは少し口数は少ないところがあるけど、素直でちゃんと言いたいことは言ってるよ。もしかしたら里見はみんなに嫌われてると思ってるかもしれないけど、本当はみんな心配してるだけなんだ。誤解してるだけなんだよ」


「心配…誤解?私が?」


「母さんだって里見が嫌いなんじゃない。わかりにくいし厳しいけど、里見のことをずっと気にかけてた。僕が接触しないようにしてただけで、何度も直接話しに行こうとしてたんだ。だって、母さんにとってはかわいい娘なんだから」


「か、かわ…?」



一瞬冗談かと思ったが、正継の口調はあくまで真面目だった。

あの母のキャラではない。

絶対に脚色が入っていると思ったが、そこを突っ込むのはやめた。

これ以上冗長な話をしていては朝になってしまう。

この強気な気分が続いている間に終わらせなければ、きっともうチャンスはない。

そう確信していた。



「お父さんは、勘違いしてるよ」


「里見、あまり思いつめなくてもいいんだ。里見が思ってるほどみんなは…」


「違う。違うよ」



数日前まで、正継の言うとおりだった。

”自分は家族全員に嫌われている”。

それが世界の常識のように刷り込まれていた。


それがほんの最近、急な出来事が続いたこともあって不意に揺らいで。

自分でも気づいていなかった本心に、認めたくない事実に打ち崩されてしまうまでは。


今は父の言葉が本当だとわかる。

無関心だったり乱暴だったりする兄弟の態度も決して軽蔑から来るものでないことも。

信じがたいものはあるが恐らく、母が心配しているということも。



しかし、そこにはある要素がすっぽりと抜け落ちている。






「私電話で言ったよね。嫌いなんだ、この家が。誤解してるとか、原因がどうだったとか、そんなこと関係ない」






これは賭けだ。



”里見が家族全員を嫌っている”。

反抗期だとかそういうレベルではなく、完全に拒絶する対象としてしか認識できない。

このことを直接話した上で、どういう結果になるのか。

父は、母は、兄は、弟は、同じように家族として心配しているという言葉をくれるのか。



これは賭けだ。



もしそれでこれまでの危ういバランスが崩壊してめちゃくちゃになるのなら、それはそれでいい。

その時は文字通り、家族から外れる。

さようならだ。



それでも。

もし。

もし、仮に。

それでも里見に対して心を向けてくれるのなら。



単純だといわれるかもしれない。

調子がいいことは自分が一番わかっている。

それでも。

家族でいいといってくれるのなら。



辛くても、逃げ出したくなっても、少しずつでも、話せるように、仲良くなれるように努力する。



これは賭けだ。






近づいてくる足音がする。

紅蓮がもどってくる。

あと二人。

ここに揃えなくてはならない。



「お父さん」



早く。



「疾風くんと、お母さんを、ここに連れてきて」



足元が浮かび上がるような高揚感とぐるぐる回る頭を抱え、里見は正継に笑いかけた。





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