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逃走と迷走4






「いいか里見、私は怒ってるんだ」


「うん」


「何でかわかるか?」


「…河に浮かんでたから?」


「それもある。でもそれだけじゃない。もっと考えてみろ」


「うん。他に、他に…」


「おーい、目黒何飲む?コーヒーと紅茶とミロとポカリとあるけど」


「紅茶のストレート。銘柄は何でもいい」


「村崎おかわりいる?」


「うん、ありがとう」


「ゆっくりでいいから、ちゃんと自分で思い出して考えるんだぞ」






ひとしきり泣いた後、里見は正座して美麗と向かい合う。


このままで終わらせたくない。

ちゃんと話して、仲直りする。


逃げない。



里見はまっすぐに美麗と目を合わせ、真剣な気持ちで彼女と対峙した。



「美麗ちゃんは、嘘が嫌いだよね。ごまかしや、曖昧なことも」


「ああ。信用されていないと感じるからな。私は人の気持ちを察するのが苦手なんだ。話してくれないとわからない。自分勝手かもしれないが、思ったことをそのまま話してほしい。嬉しいこと、嫌なこと、やりたいこと、やってほしいこと…何でもいい。教えてほしいんだ」


「あと、意外とあまのじゃくだよね」


「…そうかな。あまり意識していないけど、そうかもしれない。人と同じことをしろといわれるのは嫌だから」


「結構、几帳面だね。身の回りが整理されてないと、文句言いながら片付けるもんね」


「散らかっていては集中できないだろう。ものを探すのに時間をかけるのは嫌なんだ」


「美麗ちゃん、私ね、片付け苦手なんだ。家の部屋も捨てられないものばっかり転がってるし、片付けなくちゃって思っても、取り掛かるまでにすごく時間がかかる。あと、人の言うことばかり気にしちゃう。少しでも否定されると、自分が何なのかわからなくなるような気がして不安で仕方ないの。それとね、私ね、私、ずっと嘘ついてた」



さらけ出したくない自分。

ずっと隠してきた汚い自分。

本当の、自分。



今度は嘘のないように、ひとつひとつ噛み締めるように。

里見は美麗に打ち明けていった。






*****






「おまたせー!…あれ?もう終わっちゃった?」


お盆にカップをたくさん載せて帰ってきた京太郎は二人を交互に見た。

すっかり緊張の解けたような表情だ。



「青木遅いぞ。どれだけ時間がかかってるんだ」


「美麗ちゃん、お邪魔してるんだから…」



不満顔の美麗を里見が宥める。

はいはいよ、と京太郎がすぐに手のお盆を床に置いた。

座って自分の分らしきミロのカップを手に取り口につける。



「わり、ちょっと着信あって話してたからさ。どう?話ついたの」



軽く問うと里見は少し恥ずかしげに顔を伏せ、小さく頷いた。



「本当にありがとう。何だかすごく気が軽くなったよ。今まで黙ってたのが馬鹿みたい」


「ホントにな!すぐに相談してくれれば良かったんだ」


「へへ…」



思わず顔がほころぶ。


ずっと思い込んでいた。

本当の自分をさらけ出したら嫌われてしまうのだと。

それはあくまで、里見の杞憂に過ぎなかったのに。


話してしまったら、こんなにもあっけないものだったのに。



「結局、何で河に落ちたんだったの」


「正確に言うと落ちたわけじゃない、んだけど…」



興味を隠さない様子の京太郎に軽くかいつまんで事情を話す。

美麗があそこにいた理由も、先ほど本人の口から聞いていた。



「へえ、喧嘩したの気にしていても立ってもいられなくて、会えるかもと思って村崎のお気に入りの場所に行ったと。で、浮かんだ村崎を見て驚いて飛び込んだ、と。友情だなー!」



そう。

あの日、美麗があの河川敷にやってきたのはまったくの偶然だった。

普段から星が好きなことは話していて、あの河川敷を良く見えるスポットとして話題に出したことがあったのだ。

興味があるように見えなかったのでまさか覚えていてくれたとは思わなかった。

少しでも来た時間がずれていれば会わなかっただろうと考えると不思議なものである。

美麗は「友達だからお互いに通じ合ったんだ!」と嬉しいことを言ってくれたが。



「しかし気に食わないな」



紅茶を音を立ててすすりながら美麗が京太郎を睨む。

え?俺?と不思議そうにする京太郎に美麗がますます眉間のしわを増やした。



曰く、先に京太郎に相談したことが許せないらしい。



「何で友達の私じゃなくて最近話すだけの青木なんだ。順番が違う!大体、里見もこんなヤツにホイホイ自分のことを話すなんて無用心だぞ」


「前から思ってたけど、目黒って何か俺に冷たくない?傷つくなー」


「よく言う…そもそもお前は何か胡散臭いんだ。信用できないというか、軽いというか」


「えー、何それ偏見!村崎、こういうのってどうよ?」


「ちょっと二人とも…声が大きいって」



あっという間に騒がしくなった部屋にコンコンと音が響く。

京太郎が合間に返事を返すと、扉が開いて玲子が覗き込んだ。



「ちょっと!あんまり騒がないでよ、チビたちが興味深々なんだから」


「はーい、ゴメンゴメン」



鶴の一声で一旦口喧嘩が治まる。

もっとも口喧嘩と言うよりはただの軽い言い合いだったが。

ポンポンと会話が続く様子を見て「意外と相性いい」と里見が思ったのは内緒だ。



「すみません昨日からご迷惑掛けてばかりで…」



ごたごたしてろくに挨拶もできずにいた里見は頭を下げる。

会ったばかりであまりに非常識なことをしてしまった。



「ま、いいのよ。昨日も何か事情があるんだろうって思ってたしね。そこの京太郎でいいんならいつでも使ってやって!」



笑顔の対応に嬉しく思いつつも、やっぱり長居してはいけないと思う。

とはいえ、家にも戻れない。

明日直接学校に行くのも、疾風のことを考えるともうできない気がする。


行き先がわからずに考えていると、美麗が里見の肩に手を置いた。



「よし、里見。今からうちに来い」


「え?美麗ちゃんち?」



驚いて聞き返すと自信満々に頷かれる。



「家庭内暴力のあるような家に帰ることないからな。うちだったら、母に話せばしばらくは匿えるぞ」


「でも悪いし…学校とか…」


「いいか、今は非常事態だ。学校とか世間体より自分のことを考えろ!気にするな。私はお前の味方だからな」


「すげえ、目黒かっこいい!惚れる!」



頼もしい言葉に当事者でない京太郎まで賛辞の声を送る。

他に行き先を思いつかない里見にとって、美麗の申し出は唯一の策だった。

遠慮の言葉を飲み込んで、素直に礼を言う。



「嬉しいよ美麗ちゃん…お願いしていい?」


「ああ。好きにいて良いからな」



一応、行き先が決まったみたいだ。

悪いとは思いながらも、安心して里見はため息をついた。



「あら、良かったじゃない。友達っていいわねー…あ!」



急に声を上げた玲子に驚いてその視線の先を見ると、少し開いたドアの隙間から複数の子供が覗き込んでいるのが見えた。



「ちょっと、部屋にいなさいって言ったでしょ!」


「ねー、京太郎の彼女また来たの?」


「二人いるじゃん、じゃあ二股?」


「お母さん、お腹すいた…」


「あーもう、わかったから下に降りる!」



小さな3人をぎゅうぎゅうと押しながら玲子が部屋から離れようとしたその時、



ピンポン



高い、来客を知らせる音が家に響き渡った。

全員が一気に口を閉じる。



「お客様…かしら、もう8時なんだけど」



玲子が訝しげに階下の玄関を見た。

しばらく様子を窺っていると、またチャイムの音が響く。



「宅配便ってこともあるし…はいはーい!」



慌てた様子で玲子が階段を駆け降りていく。

つられるように、3人の子供たちも母親の後を追った。



「…まあ、とにかく、客が帰ったらうちに行こう。」



美麗の言葉に頷く。

しばらくお世話になろう、と里見は腹を決めた。

これからのことが気になるが今は考えられそうにない。

美麗との関係はなんとか元に戻せたものの、家族たちと正面切って話し合う勇気がまったく出てこないというのが現状だ。

少しでいい、時間を置きたかった。



「何か話長いな。ちょっと様子見てくる」



京太郎が部屋から出た。

玄関での話し声がまだ続いているのが聞こえる。



わずかな時間の後、少し表情を堅くした京太郎が戻ってきた。



「なんだ、しつこい勧誘か何かか?」


「いやー、違うんだけど…あのさ、村崎」


「え、何?」


「村崎、兄ちゃん2人いるって言ってたよな。あの派手な人と、もう一人」



京太郎の言葉に不穏なものを感じて、里見はすぐに反応できなかった。



「う、ん…いるよ、一番上の。えっと、何で?」


「あのさあ」



頭を掻きながら京太郎も少し言いよどむ。

先の言葉を聞きたくないが、聞いておかなければならない。

間違いなく都合の悪いことだという確信があったが。



「村崎と顔がすげーそっくりな人が玄関に来てたんだけど」



その言葉が、上の兄の突然の来襲を告げた。





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