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逃走と迷走2




飛び出してきて気づいたこと。



鞄ごと置いてきて財布がない。

制服。

恐らく顔に手形。


現在、大通り少し前の小道。






「このままだと確実に不審者だなあ…というか、補導されるかも」



冷静になってみると自分の格好がまずい。

このまま人通りの多い場所に出れば嬉しくない注目を浴びること請け合いである。



とりあえず大通りに出ることは諦め、里見は住宅地のほうに進路を変更した。

そちらなら姿を隠すことも少しは楽にできる。

いつもの河川敷に近い場所だったので少しは知っていることもあり、迷うこともない。



ぽつぽつと街灯のともる暗い通りを歩きながらいろいろなことを考える。



今日あったこと。


青木くんと悩みを話し合ったこと。

疾風くんに公園で言われたこと。

美麗ちゃんと喧嘩したこと。

中庭で考えたこと。

母に会ったこと。



何だか一日の出来事じゃなかったみたいにたくさん出てくる。

どれもこれも強烈で頭の整理が追いつきそうにない。

せめて数日に分けてきてくれたら、解決できたのだろうか。


いや、きっとそんなことはない。

むしろ、今まで逃げ続けてきたことが今日いっぺんに来たのだ。



そして、また逃げた。



もう、ずっと逃げてたほうが、いいのかも。

誰にもかかわらない様にして、嫌な事は目をつぶって見ないようにして。

迷惑かかるようなら消えて。

消えて。



「すごく、消えてしまいたい」



呟いて、聞き覚えのある言葉に気がついた。

これは昨日、いや今日、京太郎に言った言葉だった。

思わず自嘲的な笑いが漏れる。



足を進めるほどに、街灯の数は減っていく。

俯いた顔から見える影が徐々に周囲の暗闇と同化して混じる。

どんどん深みにはまっていくのが怖いようで、心地良くもあった。






消えればいいよ。



頭の中の幼い声が言う。



消えてしまえばいい。

消えたいって、願望だけ?

良く考えてみたら?

私が消えて、誰が困るの?


美麗ちゃん?

青木くん?

お父さん?

お母さん?

紅蓮お兄さん?

氷河お兄さん?

疾風くん?


誰?

ねえ、誰?



本当は。

本当は、私がいなくても何も変わらないんじゃないの?


代わりのない存在じゃあ、ないんじゃないの?






いつもこの声は、私の背中を押してくれる。

言い意味でも、悪い意味でも。

たぶんこれは悪い意味で。

でもいいか、とそう思える。

何だか疲れた。



ずっと俯いていた顔を、空に向けた。

そこにはいつも里見を歓迎してくれる光たちが溢れていた。


足を止め、もと来た道を戻る。

袋小路だらけの道を通り抜け、徐々に視界が開けてくると、見覚えのある場所が家々の隙間から覗いた。

毎日のように通うその場所。

今日は行けなかったその場所。



夜とはいえマラソンする人が多く通りかかる道を慎重に様子を窺いつつ渡り、石の階段を早足で駆け下りた。

降りきったスニーカーが砂利を踏みわける音が静かに響く。



晴れた夜空には満点の星。

そして目の前にはそれを反射して輝く河。


まるで星が河に溶け込んだようで、目を奪われる。

いつも空にばかり気を取られていたので、新たな発見をしたようで嬉しかった。



その水面にゆっくりと近づいてしゃがみ、手の先で触れる。

水温はやや暖かい。

濁っているのであまり中は見えない。

表面を流れる小石や草が手のひらに引っかかって、また勢いで流されていった。


立ち上がり、足先で水を蹴る。

小さな音を立てて波紋が広がって消えていく。

片足の先を沈めてみる。

水が靴と靴下にしみこむ感触がくすぐったい。


両足を進めると足首、すね、膝へと水位が迫ってくる。

徐々に染み込む感触に慣れてきてなんとも思わなくなった。


もっと進むと、制服のスカートの端が漬かって浮力で浮き上がった。

そこまで来ると水流で体を押す力も強くなり、ちゃんと立っているのにも力が要る。

下着にも水が染み込み始めた。

結構気持ち悪い。

着衣水泳を思い出した。


とうとう腰まで水が届いた。

スカートがゆらゆらと漂う様が生き物のようで面白い。

下半身がふわふわするのは、浮力が重力を和らげているから。

もうまっすぐ立っていられなくて、半ば浮かび上がりながら進む。


進む。


進む。


進む。



もう足がおぼつかない。

ああ、立っていることもなかった。


足を持ち上げ、肩を後方に倒す。

視界が再び星空に埋め尽くされた。

体が完全に持ち上げられた感覚が気持ちいい。


これが一番楽だな、と里見は思った。

目を、閉じた。












急に肩に強い感触がのしかかって、里見の意識が浮上した。

その次の瞬間、視界が反転して水面に沈む。

鼻と口に入り込む水に驚いて手足をばたつかせ、里見は慌てて顔を水面から上げた。

顔を振って水を払い、肩を見る。



腕が、ある。



「うわあ!」



思わず叫んだ。

驚いたというレベルじゃない。

一体何が起きたのかと頭を混乱させていると、腕が里見に体重を掛けながら沈んでいた体を急浮上させた。



予想だにしない顔が、そこにあった。



「み、み」



荒い息で必死に縋りつくその体は、また沈み始める。

このままではいけないと思い、里見は慌てて河川敷に進路を取り直した。

できるだけ急いで水をかく。

程なく、砂利道に二人の人間が行き着いた。



力の抜けたようなその肩を抱き、水を吸って重くなった服を持ち上げてなんとか砂利道の真ん中ほどまで歩いて座り込む。

景色がずいぶん変わっていたのは、しばらく流されたからだろうか。

濡れて張り付く髪の毛を払い、里見はその人を揺さぶった。

目を硬く瞑って、ぐったりと動かない。



「なんで、なんでいるの」



声が震える。

こんなことがあるはずない。

だって、今日私、嫌われたはずじゃなかったの。

どうして。



「ねえ、しっかりして、美麗ちゃん」



口も聞けない様子の友人に泣きそうな声で呼びかける。

手を掛けた肩が小刻みに震えている。

このままでは、風邪をひく。



「う、ああ、どうしよう」



また。


まただ。


私が。



「うああ、ああああ!」



苦しい。

嫌だ。

美麗ちゃんも苦しそう。

嫌だ。



必死で、もう一度その方を抱え、力をこめて立ち上がる。



どこか、どこでもいい。

美麗ちゃんを助けて。



ゆっくりと、しかし力強く踏み出す。

一番近い場所に連れて行かないと。



ただそれだけが頭を支配し、里見は美麗とずぶ濡れのまま目的地へ向かうのだった。






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