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村崎里見の生活2

夜空に広がる、無限の星たち。

そのあまりの数に圧倒され、一瞬自分も宇宙の片隅に浮かんでいるんじゃないかという錯覚に陥る。



「いっそ星になれたらいいのにな」



誰にともなく呟いて、我ながら妙にロマンティックなセリフだな、と苦笑した。

里見は今、通学路の途中にある河川敷の土手に寝っ転がっている。

ここは空がよく見える、お気に入りの場所だ。

学校帰りにここに寄ってから時間が経ちもうすっかり辺りが暗くなってしまっていた。



春先の空気は肌に心地よく、草のにおいも気分を落ち着かせてくれる。

ここに転がって星を眺めていると、何もかもを忘れて、ここが自分の居場所だと思える。

里見がここで星空を眺めるのは高校に入ってからの日課だ。



ふと腕にはめた時計を見て、里見はこの憩いの時間の終了が迫っていることに落胆する。




(時間が過ぎるの、早いな)




タイムリミットはいつも9時。

そして、今は8時58分。

緩慢な動作で体を起こすと、里見は脇に放ってあったカバンに手を伸ばした。




(ああ、帰りたくない)




いつもこうだ。

楽しい時間を過ごしただけ、その後がつらくなってしまう。

手で背中についた砂をはらい、伸びをして億劫な気分を振り払う。



大丈夫。

眠ったら、すぐ朝だから。

またすぐ、ここに来ればいい。



心の中で呪文のように繰り返して、里見は土手の上へと足を踏み出した。

里見が最も行きたくない場所である『自宅』へ向かうために。






****






「おかえり」




玄関を開けてすぐ、脇にある台所からドア越しに声がかけられる。

里見は全力で音を立てずに進入したつもりだったのだが、失敗したようだ。



「……た、だいま」



蚊の鳴くような声の返事を返す。

相手に聞こえているかはわからないが、里見にはこれで精一杯だった。




(今日はまだ後片付けしてたんだ)




鼓動が速くなる胸を抑えて心で嘆く。

台所へのドアはすりガラスがはめ込まれていてほとんど相手の姿は見えないが、声の主は分かっていた。

この時間に台所にいるのは、父の正継(まさつぐ)だ。



「ずいぶん遅かったね。学校で何かあった?それともどこか出かけて…」



穏やかな調子で続ける声を振り切って、里見は正面の階段を駆け上がった。

階段を上って暗い廊下を足早に進むと、すぐになじみのあるドアが目に入る。

もう少し。

もう少し。

ドアノブに勢いよく手をかけドアの内側に滑り込むと、すぐに内側からカギをかけた。



「ああ、びっくりした…」



荷物を下ろすと、里見はまだバクバクしている心臓を落ち着けるために深呼吸を繰り返す。

ガラス越しで顔を合せなかったとはいえ、父と会話を交わすのは久しぶりだった。




(お父さん、気分悪くしてないかな。何か言ってる最中に、階段上がっちゃったからなあ。ああ、でも)




手探りで部屋の電灯をつける。

見慣れた風景が照らし出されて、里見の心臓は徐々に落ち着いていった。




(どうせ、これ以上嫌われても一緒かな)




と同時に、ネガティブな感情が心を支配していく。






里見はもう5年も、ほとんど家族と会うことも話すこともない生活を続けていた。




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