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友達の定義3






1時限目が過ぎ。


2時限目が過ぎ。


3時限目も過ぎ。


4時限目が終了して。



すでに3回の休み時間が通り過ぎていた。

そしてようやくやって来た昼休み、里見は独り中庭で何をすることもなくベンチで空を見つめていた。






終わってしまった。



絶望的な気分を味わいながらそう心の中で呟く。

今まで努力してきたことのすべては、楽しい学校生活を守るため。

それが崩れた今となっては。



「馬鹿みたい…」



思わず口に出た言葉が耳に届いて余計に気分が落ち込む中、思い出すのは今日のすべての休み時間のやり取り。

朝の言葉の意味を聞こうと、そして何とか仲直りしようと話しかけ、すべて撃沈という結果に終わってしまった。

その度にちらりと向けられた冷たい視線が脳裏を駆け巡って消えない。


勿論、里見もただご機嫌をとろうとしていたわけではない。

何故美麗が突然起こってしまったかという理由を授業中、なけなしの頭で必死に考え続けた。

しかし、これといった答えは出てこなかった。



ひょっとして、普段から何かと気に障ることをしてた?



思考に沈んだ頭の底から悪い癖が顔を出す。

ネガティブに考えて深みにはまる自分を、里見は頭を振って追い出そうとした。



そもそも、昨日の放課後までは普通のやり取りだったはず。

放課後下の兄と二人で話すといって分かれたときも何らおかしな様子はなかった…と思う。

むしろ親身に心配してくれて勇気付けられたくらいだ。

だからこそ、今朝のやり取りはあまりに唐突に感じられた。



だめ。

思いつかない。

わからない。

何もかも。



ますます深みにはまる里見の胸は空虚な思考で満ちていった。



悲しい?

つらい?

違う。

涙も出ない。

必死にもなれない。

あんなに大切な人との関係が危ういというのに。






諦めにも似たこれは恐らく「虚しさ」というものなのだろう。

期待して、でもそれが叶わなかったとき。

そして何より、どこかでそうなるだろうと思っていたとき。

きっとこんな気分になるに違いない。



いつも無意識に確信していた。

優しくて綺麗なあの友人も、いずれ自分に愛想をつかして離れていくときがやってくる。

伸ばした指先を、縋りつく腕を、振り払うときがやってくる。


今朝、京太郎に言った言葉は偽りない里見の本心だ。

美麗は私一人が独占するには余りにもったいない素敵な女の子で。

本当に私なんかが。

私なんかが。



「嫌われちゃった」



囁いた声は生まれてすぐに消える。



もう里見には何もない。

温かい家庭はもとより。

輝かしい学校生活も。

自信を持ちたい、しっかりしたいという昨夜の決心も消えた。


美麗がそれらを支えていたすべてだった。

支えの消えたそれらの希望は、もう何の意味も持ちはしない。






それからの記憶は、ひどく曖昧で。






ふと気づくと、里見は自宅の前に立っていた。



「あれ?」



急に意識が引き戻る。

なんで、いきなり家の前に?

というか、今何時?

慌てて時間を確認しようと動かした左手が何かにぶつかった。

顔をそちらに向けると、怪訝そうな顔をした疾風と目が合った。



「えっ?いや、えっ?」


「何、どうしたの」



驚いて体を離す里見を見てますます不可解だという態度の疾風。

どうしたのと聞きたいのはこちらの方である。



「…今更帰りたくないなんて言うなよ。無断外泊したのは姉さんの責任だし、言いづらくてもちゃんと説明するべきだ」



少し怒ったような疾風に気圧されながらも、その言葉から今の状況を予測する。

ちらっと腕時計の盤に視線を落とすと、時刻は18時の少し前ほどだった。

まったく記憶にないが、里見と疾風は学校を終えて家路につき、ちょうど帰り着いたところらしい。



「えー…あの、疾風くんは、その、一緒に帰ってきたの?」


「何で疑問なの?校門から一緒に来ただろ」



また校門で待ち伏せにあったらしい。

これも記憶にないが。



「いえ、その、何でかな、と…」


「一人で帰らせたらまたどこ行くかわからないしね。それにしても、大丈夫?何かさっきまですごく上の空だったから」



据わった目でそういわれて返す言葉がない。

実際自分が何をしていたか思い出せないほどにぼんやりしていたらしかった。

覚えているのは、昼休みに中庭のベンチに座っていたところまで。



ああ、そうだった。



美麗とのやり取りが鮮明に頭に浮かんで胸がずきりと痛む。

鮮明に浮かぶ映像に呼吸が荒くなるのを抑えられない。



「ほら、早く入ってよ」



押された背中が再び思考を現実に戻す。

正面には、夕日に赤く染まった玄関があった。

いつも夜にしか帰らない里見には、日に照らされるそれがひどく懐かしいものに思える。

ためらいつつも引き戸に手をかけようとして、慌てたような足音が耳に入った。

間もなく目の前の扉が、勢いよく開かれる。

現れた人物は里見の予想通り、父の正継だった。



「…っ」



玄関口で少し息を荒くした正継は、里美を見つめたまま黙っている。

その表情にいつもの落ち着きはなく、わずかによった眉間の皺が里美に罪悪感を抱かせた。


続いて廊下の奥から顔を出したのは兄二人。

上の兄は相変わらず無表情に、下の兄は少し面白げに顔を歪めて、正継のやや後ろに立つ。

どうやら玄関前での疾風とのやり取りが家の中まで聞こえていたらしい。

集合されると里見にしてみればものすごく居心地が悪いのでやめてほしかったが、言える立場ではないのでもちろん口にはしなかった。



数秒間、気まずい空気が流れる。

とにかく、まず父に何か言わなくては。

里見は何とか顔を上げた。

必死に声を絞り出す。



「…その……私、迷惑かけたみたいで本当に…」



その先の言葉が、口の中で消えた。






音が、聞こえた。



板張りの廊下がきしむ、その音。

離れた場所から近づいてくる、その音。

聞こえるはずのない、聞こえてはならない、その音。


急速に心臓が鼓動を高め、額に冷や汗が浮かぶ感覚がはっきりと感じられた。



人が近づいてくる。


誰が?


誰、が。


あ の ひ と が 。






均整の取れたしなやかな体に、美しい容姿。

肩口ほどだった髪は、今は腰ほどに伸びている。

現れたその姿は、一瞬過去に戻ったのではないかと錯覚させるほどで。



その鋭い眼差しにまっすぐ射抜かれ、里見は時間が止まったように動けなかった。






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