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友達の定義1






「ねえ、村崎さあ」


「何?」


「家、帰らなくて大丈夫だったわけ?」



すっかり明るくなり、登校時間が迫って学校に急ぐところで言われた言葉に、一瞬頭が真っ白になった。






*****






「ななな何で、今になって」


「わりーわりー、何か言いそびれてたわ、はは!やっぱマズかった?」



大して悪いとも思っていない様子で京太郎が笑う。

少し混乱した頭を落ち着けて、里見は考えた。

帰らなかったことで、問題はあるのか。



結論は、おそらく否。



むしろいつもロクに顔も合わせないので、里見がいないことに家族が気づいているかさえ不明である。



「って訳で、大丈夫だと思うよ。いてもいなくてもあんまり、変わんない、し…」



自分で言ってちょっと気分が落ち込む。

少しは吹っ切れたかと思ったのだが、なかなかそううまくはいかないものだ。

気分の変動の激しい性格がまずどうにかならないものか、と里見はため息をついた。



「そうかな、村崎っておとなしそうなのに結構見てて危なっかしくて放っておけないけどなあ。あ、いい意味で!なんつーか、つい構いたくなる?」


「何それ、よく分かんない」


「目黒とか他にはそっけないのに、お前には異様に世話焼きだもんな。お蔭で何か俺、ガードされてる気がするし」


「美麗ちゃんは…本当に優しいし、頼りになるし、話してて楽しいよ。他の人と話さないのがもったいないくらい」



少しはっきりものを言い過ぎる傾向はあるが美麗は自分にはもったいないくらいの友人だと里見は思っている。

その上美少女。

里見は直接見たことはないが、高校に入って何度も告白されたという噂を聞いたことがある。

本人からは聞いていないので真偽は不明だが。



「彼氏とか作らないのかなあ。美麗ちゃん、私とばかりいて退屈じゃないのかってちょっと心配」


「普段見てても思うけど、ほんとお前らお互い大好きだよな。羨ましいようなあぶないような……ちょ、村崎ストップ」



京太郎が突然腕で進行を遮る。

もう校門が見えてきたのに、どうしたのだろう。



「何か見覚えのあるのがスゲー怖い顔で立ってるんだけど」



そう言われて遠目に校門を見て…里見は絶句した。



立っているのは男子生徒。

弟の疾風だった。



何だか最近、校門が里見の恐怖スポットと化してしまっている気がする。

腕を組んで苛立ちを隠そうともしない彼を避けるように、生徒たちは視線をそらして通りすごしていく。

まだこちらに気づいていないのをいいことに里見と京太郎は隠れるようにして道の端に寄った。



「あれ、昨日言ってた村崎の弟だろ。前に教室に来た」


「う、うん。でも、何でいるのか」


「いやー、9割方昨日の件だろ。それにしても怖いなー、他人の俺でも近寄りたくねえ」



まさか気づいていたなんて。

自分の考えの甘さを後悔する。

よく考えれば、疾風はほんの少し前に三者面談の件で里見に忠告しに来ているのだ。

迷惑な行為はするな…要約するとそういった趣旨だったと思う。

乾く間もなく問題を起こせば怒っても不思議はない。


さて、問題はこの事態をどう切り抜けるかである。



このままここに留まっているわけには行かないが、あの空気の中に突っ込んでいく勇気はない。

裏門から入っても良いが、その後の休み時間で教室に押しかけられるともっと困る。

このまま家に帰るか?

帰ってどうするというのか。



もういっそまた河川敷に逃げてしまいたいと思う里見の肩を京太郎が叩く。

涙目で見上げた顔には満面の笑み。

口の動きだけで「まかしとけ」といって、京太郎はさっさと校門に向かって歩いていく。

取り残された里見は、藁にもすがるような思いでその様子を見守ることにした。






*****






「一晩もなにしてたの」


「…」


「どこいたの」


「…」


「何で黙ってるの」


「…」


「ふざけんなよ…人がどれだけ」


「あー、待った待った!落ち着いて!な!仲良くしよーぜ」



学校から出てやってきたのは数分ほど歩いた公園。

少し奥まったところにあり、普段から人気の少ない場所だった。

ベンチにには3人の高校生。

正面右方向から順に里見、京太郎、疾風が腰掛けている。


校門では人目につくと思った京太郎が、疾風を呼び出して人のいない場所に移動するよう計らってくれたのだ。

お蔭で学校で嘘がばれるという最悪の事態は免れたものの、こうして目の前で詰問を受ける羽目になってしまっている。

京太郎が間に入ってくれていることが里見にはせめてもの救いだった、



「オトート君、あんま姉ちゃんいじめちゃダメだぜ?ほら、怖がってるじゃん」


「関係のない人は黙っててくれませんか。だいたいあんたなんでいるんですか」


「え、俺?2年の青木京太郎!よろしくなー」


「聞いてませんよ。帰れ」


「そう邪険にすんなって。おー怖。ちょっとその顔どうにかなんない?」



疾風の苛立ちを京太郎がからかい半分で受け流す。

二人のやり取りを見ながら、里見は何も言えない自分に落胆していた。



何も言えない自分が嫌。

昨日そう吐き出して、少しは変わろうと思ったのに。



震えだしそうな肩を抑える。

疾風の顔。



『里見、何をやってる!そんな準備運動でへばってたらいつまでも進まんぞ!』



前よりも、はっきりと思い出す。

眉間のしわが。

釣り上がった目が。

あのときの母に、ますます瓜二つで。



無理。

見れない。



「おい、姉さん!」



急に怒鳴られて体が跳ねる。

里見は俯いた顔を疾風からますます逸らし、口を引き結んだ。

その直後、胸の前で組んでいた手を強い力で掴まれた。


声にならない悲鳴を上げて振り返る。

まっすぐ自分を見る目に射抜かれて、里見は息を止めた。



「話したくないならもういい、別に聞かない。でもこれだけは言っとく」



怖いのに、目が逸らせない。

聞きたくないのに、耳を塞げない。

ちょうど間にいる京太郎も、その剣幕にただ黙っている。



また、責められる。

ダメなんだと。

迷惑なんだと。



「頼むから…」



緊張で目がかすんだのだろうか。

次に来る言葉に身構えた里見の目に、痛みに耐えるように歪んだ弟の顔が映った。

泣きたくなるほど自分が嫌なのだろうか。

里見は頭の隅でぼんやりと考えた。



「自分をめちゃくちゃにするようなことはしないでくれ!別に俺や兄貴たちが嫌いならそれでもいい。話したくないなら、顔も見たくないなら好きにすればいい。でも、今の姉さんは見てられないんだよ!」



静かな公園に響いた叫ぶような声は、まもなく静寂に呑まれて消えた。






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