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暴露話1






「家近くだから寄ってかない?なんか飲もうぜ」



軽い調子で言われたその言葉を断る理由もなく。

里見は河川敷から5分ほど歩いたところにある青木家に招待された。






*****






「あ、京太郎帰ってきたー…あれ?誰?」



玄関から入ってすぐに鉢合わせた少年は里見を見て目を丸くした。

パジャマを着ているところから、寝る前だったことが伺える。



「あ、おじゃましま「かーちゃん!京太郎が彼女連れてきた!京太郎がー!」



挨拶は興奮した大声に遮られた。

そのまもなく、家の奥から数人の足音が近づいてきた。


現れたのは叫んだ少年と同じ位の年の少年もう一人、そして女性とそれに寄り添う女の子。

全員、何事かという顔つきである。



「あっれ、父ちゃん帰ってないの」


「今日は宴会だって…って、そんなことはどうでも良くて!彼女って何?どういうこと?」


「え、その、私は…」


「すげー、彼女だって!京太郎やるな!」


「ねえ、もうキスとかした?デートとかした?」


「ああもう、ちょっとあんたたち黙ってて!ていうか、コンビニ行って来るって外出たんじゃないの?ああ、しかもこんな時間だし!どうしようどうしよう…」



言葉の応酬に思わず圧倒される。

よく考えたら、夜遅くに人の家に急にお邪魔するなんて非常識極まりない行為だ。

今からでも謝って退散しようかと思ったが、妙にテンポよく会話が繋がっていくのでなかなか口を挟む隙間がない。



「あ、この人村崎さん。クラスメイトだよ。村崎、こいつらうるさいから先に上あがっててよ」



促されたのは玄関からすぐの階段。

勝手に入っていいのかどうかと迷うも、京太郎に背中を押され里見はゆっくり階段を上がった。






「いや、ゴメンゴメン。ビックリさせちゃった?」


「ううん、大丈夫…むしろこっちこそごめんね。こんな時間にお邪魔しちゃって」



壁にかかった時計を横目で見ながら申し訳なく思い謝る。

予想はしていたが、時刻はすでに0時を少し過ぎたところだった。



「いや、誘ったの俺だし。ところで、コーヒーと紅茶とミロとポカリとどれがいい?」



あっけらかんと言われて、遠慮しつつもコーヒーを頼む。

ちょっと待ってて、との一言の後、京太郎はさっさと部屋を出て行ってしまった。

人の部屋に独りで座っているというのは妙な気分だ。



(ずいぶん片付いてる)



周りを見回しながら里見は単純にそう思った。

暖色の電灯で照らされた質素な部屋に、カレンダーだけが貼り付けられた壁。

ごちゃごちゃした机周りだけが生活感を感じさせる唯一のポイントだ。

意外だ、と思ってしまった。


里見は何度か美麗の部屋に遊びにいったことがある。

そこはカオスというかなんというか、一言では言い表しにくい場所だった。

レースのピンクのカーテンにアンティーク調の棚や机が並んでいて、いかにも「お嬢様の部屋」という調子なのに、本棚にある本は軒並み「株で成功する」「経済学の歴史と未来予測」「政局大予想」などの似つかわしくない本ばかりだ。

「そういう社会学とか政治学の本、好きなんだ」と話していたのを覚えている。

よく考えてみると、美麗の性格からいってその趣味は納得のいくものだ。

むしろ何故部屋がこんなに可愛らしいのかと聞くと、母親の趣味であるということらしかった。

ああ、あの…と言いかけたところで美麗のうんざり顔を見て言葉を飲み込んだことを思い出す。


あの部屋はやっぱり美麗のイメージが其処此処に感じられたが、この部屋にはそれが少ないように思えた。



そんなことをぼんやりと考えていると、扉の開く音、それに続く階段を上がってくる足音が耳に入った。

京太郎が戻ってきたのかと思ったが、どうも足音が多い気がする。

まもなくノックする音がしてドアが開くと、京太郎が隙間から顔を出した。



「おまたせー…あのさ、ちょっとついて来ちゃってて…」


「何してんの、どきなさい!あ、どうもいらっしゃい。飲み物持ってきたから」


「あ、ありがとうございます」



京太郎のすぐ後ろに先ほどの女性がお盆を持って立っている。

健康的で可愛らしい感じの人だ。



「すみません、さっきはろくに挨拶もできなくて…」


「あ、いいのいいの、座ってて!これ持ってきただけだから。ちょっと京太郎、何床に座らせてんの!クッションくらい用意しなさいよ、気が利かないわねえ」


「その、お構いなく」


「わあったから早く寝ろよ!チビども放っといたらまたうるさくなるんだから」



再び嵐のような言い合いの後、女性が「じゃあごゆっくり~」と出ていって京太郎がやれやれと腰を下ろす。

差し出されたドーナツクッションに遠慮がちに座ると、里見はコーヒーに口をつけた。

熱いような暖かいような温度が喉元を緩ませる。



「なんだか、すごいね」


「うっるさいだろー?毎日アレだぜ、参るよホント」



参る、といいつつ嬉しそうな京太郎の顔を見て、里見は素直にうらやましいと感じた。

やり取りの気安さや会話のはずみ方は自宅では考えられないものだ。

これが普通の「家族」なのだとしみじみ思ってしまう。



「あの人、青木君のお母さんでしょ。明るい人だね。弟さんとか妹さんもすごく可愛いし」


「あ、玲子さん?まあ、そうかなー。チビどもは見た目は小さいけど、かなり手こずるぜー?」



なんだか引っかかる言い方だ。

母親を名前で呼んでいるのだろうか?

気にはなったが、特に質問せずに会話を続ける。



「でも驚いたよ、あんなところで会うんだもん。青木君、本当に学校に家が近いんだね」


「あの川の近くはよく通るからなあ。でもあそこに村崎がいるほうにビックリしたよ。何してたの?」


「星、見てた」



それから、里見は学校帰りにあの場所で星空を見るのが日課であること、その魅力について京太郎に語っていた。

とても広い空に無数の星が輝く美しさ、それを視界いっぱいにしながらゆっくり時間を過ごすことが何より楽しいということ。

京太郎は相槌を打ちつつ、楽しそうな顔でそれを聞いてくれた。



「プラネタリウムも見に行くんだ。常連だから、館長さんともよく話すよ」


「へー、何か"らしい"よな。村崎が天体好きだって言われると何か、あー、そうなんだ、って普通に思うもん」


「そう、かな。よくわかんないけど」


「そうそう。俺が星見るのが好き、なんて言ったらバカにされるのがオチだぜ。"ロマンチスト気取りか"ってな」



確かに京太郎がそんなことを言ったら里見でも意外に思うだろう。

スポーツ…例えばサッカーでもしながら汗を流していそうな、そんな男である。

意外といえば、と里見は先ほどの部屋の感想を思い出した。

何気なくそのことを伝えると、京太郎は気恥ずかしそうに頭をかく。



「いや、中学くらいまではひどいモンだったぜー。一度反省して、気ぃつけてんの。それに…もうすぐ俺の部屋じゃなくなるしな」


「え?それって…」


「高校卒業したら、家出るからさ」



里見は職員室での話を思い出す。

京太郎はあのとき確かに働きたいと言っていた。

でも、家を出る気でいたなんて初めて知った。



家を出る?

わざわざ?

こんなに仲が良い家族がいるのに?



里見にはわからなかった。

京太郎の話でも先ほどの光景でも、青木家は何の問題もない理想の家族のように思えた。

父親も働いているようだったし、両親の希望通り大学に行ってもいいのでは?


考えがそのまま顔に出ていたようで、京太郎は面白そうに里見を見つめた。



「何で家を出る必要があるのかって顔だなー。まあ、普通そう思うよな」


「あ、なんていうか…人のこととやかく言うほどでもないんだけど…」


「さっきさ」



急に話題を変えるように京太郎が言う。

いやに明るい声の調子に里見は緊張する。

京太郎は相変わらずの笑顔だ。

しかし、何か様子がいつもと違うと里見は感じていた。



「玲子さんとガキたち、見たっしょ?あいつらよく似てたと思わない?」


「あ、ああ、確かに」



京太郎の真意が読めずに里見はたどたどしく答える。

玄関で会った少年2人と少女は、3人とも母親の玲子さんとよく似ていた。

並べばすぐ親子だとわかる。



「顔のパーツが全体的に似てるって言うのかな。男の子二人は双子みたいだったし」


「あいつら年子だから。ほんとそっくりなんだよな」


「うん。でも、青木君はちょっと顔つきが違うね」


「うん、父親似。っつうか、そもそも血が繋がってないし」



ああそれで、と相槌を打ってしばらくするまでその内容の違和感に気がつかなかった。

それほど自然に、京太郎はそれを口にした。


今、彼はとんでもないことを話したのではないだろうか。



「あ、えっと、え?」


「玲子さん、俺が10歳のときに父ちゃんと再婚したんだよ。まあ、後妻さんだな」



うまく言葉を返せなくて頭が回る。

こんな時なんと言えば良いのか。

必死に視線を彷徨わせる里見が可笑しかったのか、京太郎が間をおいて吹き出した。



「そんなに深刻になる必要ねえよ!見ただろ?俺たち超仲いいしー」


「うん、そう思うけど、あの…」



何で私にそんなこと。

京太郎の唐突な告白は里見をひどく動揺させた。



「ゴメンゴメン、急に変な話しちゃったな。でもほら、ちょっとぶっちゃけとくといろいろ話しやすいだろうと思って」



ここまできてようやく、里見は京太郎が何を考えているのかを理解した。

はっきりと口にしないのは、彼の優しさだ。



「青木君、私…」


「ん?」


「私ね…」


「うん」



京太郎は気づいている。

里見の精一杯の嘘に。

そして、もう限界だということに。






どうしてだろう。

三者面談予定日の夜、会ったときもそうだった。

ほとんど話してもいないのに、大事なことを頼んで。

職員室で、何気ない会話で勇気付けられて。

そして今こうして、すべて吐き出してしまいたいと思ってしまうのは。






「私、なんだか、すごく消えてしまいたい」



言葉と一緒に、目のふちから涙が零れ落ちた。






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