接触3
いつ校門を出たのか覚えていないが、はっと気づいたときにはいつもの河川敷に寝そべっている自分に気がついた。
ようやく夕日が沈み始めた頃合いで、赤と紺が交じり合うような空がとても綺麗だ。
雲ひとつない空を見て、今日は満点の星が見れるに違いない、と里見は確信した。
それでも、どうして気分は晴れないんだろう。
お気に入りの場所にいて、気候も完璧、これから大好きな時間がやってくるというのに。
里見の頭は嫌な思いで渦巻いてどうしようもなかった。
*****
(気づかないほうがいいことってあるよね)
今日実感したことだ。
今までは「相手がこっちを嫌っているから」という大義名分が里見の生活を支えていた。
だがそれは言外に相手のせいにして、自分の責任を完全に無視していたに過ぎない。
家族全員と仲良くできたら、という希望を持ちながら、いざその状態になることなんて想定もしていない。
本当に仲良くなりたいだなんて思っていたのか?
家族が里見のほうを向いてくれさえすれば、すぐにでも答えることができるのか?
答えは否。
何故か?
――他でもない自分が、それを拒否するからだ。
長く接触がなかった。
そのことが里見に「自分は家族に受け入れてもらいたいと望んでいる」と思い込ませたのだ。
しかし悲しいことに、最近の奇妙なほど重なった家族との接触がその思い込みを打ち砕いてしまったのである。
始めに疾風、次に紅蓮と氷河…兄弟たちとの接触。
三者面談に関連する、父との接触。
久しぶりすぎるほどの関わりに里見が感じた感情は恐怖と戸惑い、そして不信感。
――それだけだった。
まったくといっていいほど喜びや希望など感じずに。
それだけでなく、自分の家の外での生活を脅かすものとして警戒する対象となる始末だった。
それは、「家族」と言えるの?
自問自答する。
家族は、信頼し助け合えるもの。
家族は、一緒にいて安らげるもの。
家族は、自分が泣いているとき、笑っているとき、そばにいてほしいと思うもの。
里見にとっては友人の目黒美麗がそうだ。
最近では、あの青木京太郎も。
あの二人の前だったら、里見はありのままの姿で振舞えると自信を持って言える。
しかし血の繋がったあの人たちは違う。
あの5人は。
いや、正確に言うと私。
私があの家族にいることが間違いなのだ。
そう思った瞬間、頭の中の「小学6年生の里見」の声が、確かに聞こえた。
そんなこと、ずっと前からわかってたのに。
忘れたの?
あの秋の修練。
あのときも、同じことを思ったのに。
「自分は違うんだ」って。
あの時と何も変わってないよ。
私、いまでも、落ちこぼれで、鈍くさくて、気の弱いまま。
時間がたっても、友達ができても。
家族なのは、あの5人。
私はただその後ろにいるだけでしょ?
「うん、そうだった」
もうすっかり色を沈める空に、大量の光が万華鏡のように広がる。
いつもどおり、この光景を見て全部洗い流して家に帰ればいい。
自己嫌悪はいつものこと。
また明日、美麗や京太郎と楽しく話して過ごせばいい。
それでいい。
そのはずなのに。
1時間、2時間、いつもは起き上がる時間になっても、それを遥かに過ぎても…里見は夜空を見上げ続けた。
起きようと思うのに、帰ろうと思うのに、体は縫いとめられたように動かない。
時計を確認することさえできない。
ただ静かで暗い河川敷で、永遠とも思える長い時間を感じながら。
「おーい」
声がした。
気のせいかと思ったが、人が近づいてくる音がする。
「またサボりか?あ、学校は来てたから関係ないか」
とても聞き覚えのある声。
首だけぎこちなく動かして土手のほうを見る。
誰かが、買い物を提げて小走りで走ってくる姿が見えた。