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接触2






里見は考えていた。

普通、唐突な出来事というものは急にやってきて急に去っていく、そういったものではないだろうか、と。


そう、何度も起こってもらっては困るものだ。

しかし、しかしだ。



「なあ、里見」



美麗が心底心配したような顔でこちらを見つめる。

少し席の離れた京太郎も、何だかいつもより深刻そうな様子でこちらを窺っている。

胃がきりきりと痛むのをこらえつつ、できる限り冷静な対応を心がける。



「え、何、美麗ちゃん」


「あのな、もし言いにくくても、つらかったり身の危険を感じたりしたときは相談してもいいんだぞ。友達だからな」


「あー、えっと、何の話?」


「あの妙な男の話に決まってるだろう。お前、迷惑してるんじゃないか?」


「えー?迷惑なんてしてないよー…?」


「そんな顔して信じられるか!大体知り合いだか何だか知らないが、毎日待ち伏せるなんて異常だぞ!ひょっとして付きまとわれてるんじゃないのか?」



美麗の言い分はごもっともで、言い返す言葉がない。

正直なところ、里見にもどうしてこんな展開になっているのかわからなかった。



あの日、よくわからないまま喫茶店で別れて。

妙だったけれど、とにかく話が済んでよかったと安心して、いつもどおり星を見て、家で寝るだけ寝て。

朝登校して、授業が済んで校門にやってきたら。



「あー、来たか。じゃ、行くぞ」



服装だけ変わった、下の兄。

前日とほとんど同じ展開が、里見に襲いかかった。



そう、あの唐突な訪問から早五日、氷河は毎日里見を連れ回し続けているのである。


美麗と京太郎に氷河について聞かれて安直に「近所の知り合いだ」と説明したが、まさか毎日現れるなんて思ってもみず。

ここ数日で里見の胃は着実に蝕まれていた。






*****






「なあ、ひょっとしてだけど、村崎ってあの人と付き合ってんの?」



いつの間にか近くに来ていた京太郎の言葉に思わず椅子ごとひっくり返りそうになる。

ありえない発想だ。



「ないないない!何でそんなことになるの」


「だって、あの人の態度見てるとさー…すごい馴れ馴れしいというか。毎日一緒に出かけてるみたいだし、本当にただの知り合いなの?」


「あ、あの人は大体誰にでもああなんだよ…たぶん。今だって気まぐれで誘いに来てるだけだよ…たぶん」


「嫌なら断れ。里見、どう見ても疲れてる」



ええ、疲れていますとも。

始めの喫茶店にまた行くのかと思いきや、氷河は毎日里見を引っ張って様々な場所に連れ出した。


二日目は電車で少し行ったところのショッピングモール。

信じられないほどの量の服飾品を買い込む氷河の後ろで荷物持ちをさせられた。


三日目はゲームセンター。

始めにパチンコ屋に連れ込まれそうになって必死に抵抗・説得した挙句、ここで落ち着いた。

慣れないシューティングゲームやメダル機につき合わされ、騒音で耳が馬鹿になった。


四日目は映画館。

今一番話題というアクション映画を見たが緊張でろくに話が入ってこない。

ようやく見終わってみれば隣で「あーつまんねぇもんで時間無駄にしたわ」と漏らされる始末。


そして昨日はカラオケ。

これが他の何倍以上もキツかった。

どんな状況になったかは思い出したくない。

ただただ悲惨の一言だった。



(しかもどこに行っても延々と馬鹿にされたり罵倒されたりというオマケつきで)



氷河と二人で出かけるということ自体が拷問に近いというのに、彼は毎回ピンポイントで里見の痛い場所を突いて攻撃を加えてくる。

帰りたいと心から思うものの、逆らう勇気もなく、ただ黙って従うだけ。

ストレスと自己嫌悪が入り混じって最悪の気分だ。



思い出す。

昔からそう。

もともと氷河は口が悪く、思ったことははっきり口に出す性格だった。

気が弱く何に対しても鈍い里見はいつも怒られてばかりで、泣くときもよくあったように思う。

『あの時』だって、氷河は里見をいつものように見下すように見ていた。

またあいつか、どうせダメなのに、と目で語るように。



どうして、今更自分に構うのか。

今日こそははっきりとした理由を聞くのだと、里見は決めていた。

あの氷河がこんな不可解な行動に出た理由が気になったし、何よりこれ以上この「お出かけ」が続くことに耐えられそうになかったからだ。



「美麗ちゃん、青木君、何か心配かけちゃってゴメン。今日はっきり言うよ。だから、先に帰ってて」


「一人で大丈夫か?言えるか?」


「うん、大丈夫」



本当は自信がない。

でも疾風に土下座までしたときのことを考えると、この二人のためならあの氷河にもガツンと言えるかもしれないという希望があった。

友情とはすばらしいものだ。


そして放課後、人が少なくなるまで時間をつぶした里見は気合を入れて校舎から出た。






「お せ え」



どすの聞いた声でそういわれてせっかくの勇気が引っ込みかける。

しかしここでひるんでは意味がない。



「あの!」



相手に先を越される前に、里見は言葉をぶつけることにした。



「氷河お兄さんには…」


「あ?」


「…知り合いとか…いっぱいいるんでしょう。友達とか、彼女とか」



とにかく、言葉を続ける。

一気に吐き出さなければ、もう口を開けなくなりそうだ。



「だったらなんだよ」


「何で…私と出かけるんですか。その人たちと出かければいいでしょう」


「俺だってできりゃそうしてえよ。何が楽しくて貴重な時間をお前なんかに使ってやんなくちゃいけねえんだか」


「え?」


「お前まさか、俺が好きで遊んでやってたとでも思ってたのかよ?お前みたいな見ててイライラする奴と?はは、冗談じゃねえ」



心底嫌そうな顔でそう言い放った氷河に、里見は呆然とするのを通り越して怒りがこみ上げてくるのを感じていた。

あまりに理不尽だ。



嫌なら、何で?

わざわざ目立つように校門にいて。

毎日毎日、理由もなくつれまわして。

こちらの平穏なんか、お構いなしに。



あんたに、私の大事な生活を壊す権利なんてない。



無意識に、里見は氷河を睨み上げていた。

氷河もそれに気づいて目を細める。



「んだよその目は…ひょっとして一人前に喧嘩売ってんの?」


「帰ってください」


「あー?聞こえねえなー」


「帰って、それで二度と来ないでください。迷惑なんです」


「へー、そうなんだー」


「私だって…」


「んー?」



胸の動悸が激しくなり、呼吸が荒くなる。

この先の言葉はきっと、言わない方が良い。

そう思う理性が、感情に押されて消えた。



「私だって、好きであなたたちと家族になったわけじゃない!もう嫌なんです!来ないでください!」



叫ぶように言って、里見は下を向いた。

目の中が、心臓が、熱い。



「そうかよ」



対照的にひどく冷たい言葉が、頭の上から落とされる。

先ほどまでの冗談めいた含みのない、無機質な声だった。



今、私は何て言った?



取り戻した理性が語りかける。

覚えているのに、確認したくない。



「よくわかったわ」



再び声。

そしてその声と同時に、氷河は身を翻して歩き出した。

徐々にその音が遠のき、完全に消えるまで……里見は顔を上げることができなかった。



ずっと、心の中に溜め込んでいたそのどす黒い気持ち。

心の中でさえ認めたくなかったその思いがたった今、外に飛び出してしまったのだ。

しかも、対象に直接ぶつけてしまう形で。



「はは、ははは…」



無意識に里見の口からは笑いが漏れていた。



気づいてしまった。

ずっと、「家族が自分を嫌っているのだから」と言い訳をしていたことに。

本当は。

本当はなにより私が。



あの家族のことを、心から嫌っていたのだ。






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