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接触1





目の前にあるのはラズベリーソースのかかったチーズケーキと湯気を立てたコーヒー。

刻一刻と冷めつつあるそれに、里見は手をつける勇気がなかった。

今頭の中にある気持ちはただひとつ。



(何故自分はここにいるのか)



痛い沈黙が続く。

身じろぎさえも許されそうにない空気の中で、これは夢なんじゃないかと妄想してみる。

が。



「おい、黙ってないで何か面白いことでもしゃべれや。あと、それ食えよ」



目の前の人物の催促が里見を現実へ引き戻す。

面白いことって何。

そして、この人は何がしたいんだ。

心の中だけで文句を言い、里見はとりあえずケーキのフォークを指先でつまんでみるのだった。






*****






時はさかのぼり30分前。


放課後になり美麗、そしてたまたま教室を一緒に出てきた京太郎と話しつつ校門に向かった里見を出迎えたのは、柄物の重ね着に装飾品でやたらとジャラジャラと効果音を立てていそうな男だった。

品行方正に生きる生徒がほとんどの高校の校門でそんな人物が目立たないわけがない。

ものすごく浮いている。

単刀直入に言うと、下の兄の氷河だった。

目に映った人物が信じられなくて、二度見どころか三度見四度見、目を数秒閉じて黙想までした里見を誰が責められようか。



「うわー、なんかすごい人いるなー。誰だろ、ウチの学校の人ではないよな?」


「絵に描いたようなギャル男だな」



小声で交わされる隣の二人の素直な感想に返事をする余裕がない。



(ひょっとして、疾風くんに用事があってきたとか?)



思い当たる節はそれしかない。

しかし、氷河が来た理由などどうでもいい。

問題は、里見が絶対彼の目の前を通りたくないということである。

この間の件も踏まえると、氷河が里見を黙って見過ごしてくれる可能性は限りなくゼロに近いと思えた。


ここは「忘れ物したから教室戻る」でいったん引き返そう。

そう思って美麗と京太郎に声をかけようと思った刹那、氷河の目がこっちを見て。



「あ、来た!遅ぇよバカ」



こちらの心境も知らず、そう怒鳴ってこっちに向かって歩いてきた。


きょとんとした美麗と京太郎が氷河を見つめ…里見を見る。

まずい。

この状況はなんと言ってもまずい。



「ずっと立ってて足が痛え。どっか行って座るぞ」


「おい、誰だお前は」


「え、マジ?村崎の知り合い?」


「あ、こんにちは、え、ちょっと」



兄の言っていることがよくわからない。

明らかに不審がっている二人にどう説明したらよいのか。

あまりに突然で頭がまったく働かない。



「…あれ、すげー美人発見。里見の友達?名前なんてーの?」


「っ、すいません、早く行きましょう!」



とりあえず一緒にいるとろくなことにならなそうだったので、氷河と一緒に校門を離れることにした。






*****






(とりあえずゴメンってメールは送っといたけど、美麗ちゃんも青木君も変に思っただろうなあ)



特に美麗には明日の朝、確実に追求されるだろう。

言い訳を考える時間が延びたのはよかったと考えるべきなのだろうか。

あの後氷河について数分歩いて駅前に着き、喫茶店に入って現在に至る。



「つーか、お前に一緒に帰る友達がいるとか意外だな。ぜったいぼっちとか虐められるタイプだろ」


「…」


「いいな、ああいう顔。性格きつそうな感じが。そろそろ別のと付き合いてえー…食えって、なにさっきからフォークいじってんだ」



「あの、疾風君に用事があったとかじゃなかったんですか」



何か話さないと返してもらえない、と観念してとりあえず口を開く。

それにしても、こっちが黙っているのに何故それだけ話が続けられるのかとある意味感心する。



「あ?疾風?なんで」


「なんでって…別に…私に用事とか……ないんじゃないです、か」



里見は兄の思惑が測れないでいた。

この間まで顔さえ合わせないほど疎遠だった相手だ。

先日だって決して愉快な顔合わせだったとはいえない。

そもそも、氷河は里見を明らかに嫌っている。



「あ?用事がなくちゃいけないのかよ」


「え、普通そうなんじゃないですか」


「あーあー!お前はいっつもそうだよ!たまに優しくしてやってもこれだからな!普通にありがとう、とか言えないのかよ」



急に不機嫌が増す氷河に困惑する。

さっきから話がまったく要領を得ないのはどうしたらよいものか。

理不尽なものを感じながらも、里見は言い返してますます兄の機嫌を損ねることができないでいた。



「あとそれ食えっつってんだろ!!俺のおごりは食えねえってか?本当に偉いんだなー里見ちゃんは」


「…すみません」


「何がすみませんだよ、何で謝ってんだ?意味わかんねえ。お前なんでそんなに意味わかんねえの?」


「すみません」


「もしかして日本語わかんねえの?バカなのは知ってたけどそこまでかよ」


「すみません」



だめだ。

さらに深く俯いて里見は膝の上で拳を握り締めた。

これじゃあの時と同じ。

しかも、今回は助け舟を出してくれる人はいない。

里見はとにかく、謝り続けることでこの妙な状況が過ぎ去ってくれることを願った。



「もういいや」



冷めたような声で会話…というより一方的な糾弾が終わりを告げる。

目の前で立ち上がるような音がしたが、里見は顔を上げることができない。



「まあ、これでチャラだろ。先帰るわ。あと、それ絶対食って帰れ。残したら殺すぞ」



また一方的にまくし立て、氷河は伝票を持ってさっさと出て行ってしまった。


…チャラ?

何がチャラ?

もうぜんぜんわからない。


残ったのは気分の悪さと手のつけられていないチーズケーキ、すっかり冷めたコーヒーのみである。

本当に最初から最後まで言っている意味がわからないまま、嵐のような出来事は終了したのだった。




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