村崎里見の生活1
星空を眺めていると、別世界にいるような気がするから好き。
嫌なこともむなしいことも全部ちっぽけなものだと思えるから好き。
今日も、明日も、ずっとこの星空を眺めながら過ごしたい。
でも。
必ず夜明けが来るように、私も現実に戻らないといけない。
それがとても空しくて、残念だと思う。
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起きて目に入るのは、夜目に慣れた暗い天井。
枕もとの時計は午前3時50分を指している。
朝だ。
身体を起こすと同時に襲ってくる気だるさにはもうすっかり慣れた。
いつも通りの手順で制服に袖を通し身支度を整える。
(天気予報では午後から雨だって言ってたけど、晴れたらいいな)
昨日のうちに用意しておいたカバンを手に下げる。
(星空、見れるかな)
音をたてないように部屋を出て、扉に鍵をかける。
まだ家の住人は全員寝静まっている。
そっと廊下を通って階段を駆け下りれば、すぐに玄関だ。
音を立てないように。
絶対に誰も起きてこないように。
慎重に出ていかないと。
最大限の努力で静寂を保ちながら、玄関の引き戸を開ける。
夜特有の冷えた空気が肌にあたり心地よい。
後ろ手で戸を閉めて一歩踏み出すと、里見は振り返らずにある場所へ向かった。
いつも星を見る、河川敷へ。
この異様に早い登校は、村崎里見の日課だった。
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「おはよう、里見。今日も時間厳守だな」
教室の席でぼんやりと考え事をしていた里見に声をかけたのは黒いウェーブの長い髪をもつ美少女。
里見の友人の目黒美麗だ。
「おはよ、美麗ちゃん。今日も遅刻ギリギリだね」
「春だしな、どうも睡眠の誘惑に勝てない。まあ、遅刻してなければ問題はないだろう」
整った顔に真剣な表情を浮かべて頷く。
美麗はどうも芝居がかったように喋る癖があったが、里見は彼女のそんなところも好きだった。
綺麗で強気な、ちょっと変わった友人。
美麗は美しい顔を大げさに歪め、欠伸を噛み殺している。
「でも、たまにはベルの鳴る前に教室に入ってみたい気もする。遅刻しない秘訣を教えてくれ」
面白そうだ、という顔を向けられて里見はぱちぱちと目を瞬かせた。
無遅刻の、コツ?
「そうだなあ…強いて言えば、思いっきり早起きすることかな」
(まあ、でも)
隣で「なるほど、しかし私にはつらいな。里見はすごい」と美麗が話すのを聞きながら心の中で呟く。
(私が早起きをしてるのは、遅刻しない為じゃないんだけど)
教室が急に騒がしくなる。
担任の教師が教室に入ってきたためだ。
「お、来たか。じゃあ、また後でな」
そういうと美麗はさっさと席に行ってしまった。
ガヤガヤと教室の喧騒が大きくなる。
担任の「静かにしろ!」と叫ぶ声が嫌に遠くに聞こえた。
(私が、早起きしてるのは)
朝のホームルームが開始される。
いつも通りの風景。
いつも通りの時間の流れ。
クラスメイトのざわざわとした話し声。
(家にいる、あの人たちと会わない為だから)