54 人はそれを覚醒と呼ぶ、かも
校舎の窓から死角となる位置に、現場指揮所は設置されていた。
簡易的な木製の折りたたみテーブル。その周囲を、年季の入った鎧を身にまとった壮年の衛士たちが取り囲んでいる。おそらく彼らは衛士隊の幹部だろう。
テーブルの上には校舎の見取り図が広げられ、彼らは指で位置を示しながら言葉を交わす。焦燥と緊張、張り詰めた空気がその場を支配していた。
その輪の中へ、エドガーが一歩踏み出した。
「戦術騎士隊アルタイル、到着しました。国務室および騎士団長の命により、本件の対応を引き継ぎます」
簡潔で無駄のない報告に、幹部衛士たちが一斉に振り返った。向けられる視線は鋭く、そして露骨だった。値踏みするような鬱陶しさを隠そうともしない視線。
「なんの実績もないひよっこ部隊が……」
誰かが吐き捨てるように言った。その声には、はっきりとした嫌悪が混じっている。
彼らは自分たちの縄張りを荒らされていると感じたのだろう。そんな空気がひしひしと伝わってきた。けれど、エドガーはまったく意に介さない。まるで風でも受け流すかのように、淡々と口を開いた。
「それでは現在の状況を教えてください」
舌打ちがひとつ、乾いた音を立てる。それでも幹部たちは私たちを作戦卓へと招き入れ、渋々といった様子で説明を始めた。
犯人と人質がいるのは校舎四階の音楽室。
窓はすべてカーテンで閉ざされ、内部の様子は確認できない。
事件直後に逃げ出してきた生徒の証言によれば、犯人はこの学園の教師、ノイック=エイケンズ。
人質は、アラバスタ侯爵家令嬢、ローザ=アラバスタ。
突入した衛士隊の救出チームは、仕掛けられていたトラップによって負傷して撤退。
加えて、隊員が携行していたタリスマンが可燃性ガスを検知。
ノイックが何らかの方法で可燃性ガスを発生させ、室内はガスが充満している可能性が高い。
現在まで完全な膠着状態であり、外部から呼びかけを継続しているが反応はない。
「それで……、この状況をどうやって解決するつもりなんだよ? 精鋭無比のアルタイルさんはよぉ……」
露骨な飛んできた皮肉を「そうですね」とエドガーが静かに継ぐ。
「まずは可燃性ガスの発生源を特定し、断つことが最優先です。犯人が心中を図る可能性もあります。悟られないようにガス濃度を下げたうえで突入。それが難しければ、刺激を避けつつ交渉を継続し、犯人の疲労を待ってから制圧します」
「けっ……、そんなこと俺たちだって思い付くぜ」
吐き捨てたのも当然、それは教科書通りの回答なのだから。
エドガーの提案は正にセオリー、マニュアルにも書かれている。
堅実で確実な手段であり、当たり障りのない方法。できるならとっくにやっているし、できないから困っているであって、今の状況は即座に打開する案ではない。
結局は持久戦しかない。
でも、なんだろう……。なにか引っかかる。本当にガス濃度を下げる必要があるのかな? ガスの発生源が特定できていなくても、もっと簡単に安全な状態を作れるような気がする。
ガス、可燃性、引火、玉ねぎの腐った匂い……。
それからなんだっけ? 大学の授業で教授が興味深いことを言っていたような?
都市ガスは空気より軽くてプロパンガスは重い。それから、それから……。
思い出して、思い出せ、思い出すのよ、千鳥!
少女を助ける方法を、あなたは知っている。
「おい、さっきから黙っているがよ」
現実に引き戻すように、低い声が飛んできた。
「あんたが司令官なんだろ? 何かないのかよ。それともただのお飾りか?」
腕を組んだまま衛士の男が睨みつけてくる。
けれど、その言葉は耳に入っていなかった。
思考が一点に集中する。
断片が繋がる。
――マニュアルの活動編。あのとき読んだ記述。「ああ、こっちの世界も同じなんだな」と思った――。
次の瞬間、
「ああっ!」
私は思わず声を上げていた。
幹部衛士たちが一斉に身をかがめてテーブルの下に潜り込んだ。
「思い出した!」
「な、なんだよ急に大声で叫びやがって! 爆発したかと思ったぞ!」
そう、可燃性ガスの特性よ! これを利用すれば発生源を断たなくても突入できる!
「私に作戦があります」
顔を上げて、視線を幹部たちに向ける。
「なんだと?」
「ただ、必要な物があります。少しだけ時間をください」
「どうするつもりだ? 人質はアラバスタ侯爵家の令嬢様なんだぞ。下手を打てば大爆発だ。もしもお嬢様の身に万が一のことがあれば……、分かっているんだろうな?」
暗にお前が全ての責任を負えと彼らは言っているのだ。
それでも私はグッと眉間に力を込める。
「大丈夫です。我々アルタイルに失敗の文字はありません」
啖呵を切った瞬間、時間が止まったかのように幹部たちは押し黙った。
心臓がうるさい。足が震える。でも、それを悟られるわけにはいかない。私は戦術騎士隊アルタイルの司令官なのだから。
この場を掌握するために〝有能な司令官〟を演じるんだ!
「……でかい口叩いたんだ。とっとと聞かせてもらおうか?」
すっと息を吸い込み、そして告げた。
「毒を以て毒を制します」




