53 初陣
「アルタイル基地にも出動するよう連絡が行っているようです。クラウディオたちも現場に向かっているはずです。我々も向かいましょう」
「う、うん……」
エドガーが手綱をしならせると、馬は石畳を蹴り上げて一気に加速した。蹄の乾いた音が響き、王都の街並みが流れるように後ろへと遠ざかっていく。私も必死に手綱を握り締めて彼の後を追う。
風が頬を打つ。
これから向かうのは私にとって未知の世界、非現実の世界。ひどく喉が渇いていく。
シュヴァルニ魔導学園は、この世界の世間に疎い私でも耳にしたことがある有名な学校だ。
一等地と名高い王都の西エリアに広大な敷地を誇り、生徒は田畑をいくつも持つ豪農の息子、景気の良い商人の倅や貴族の子弟など、金持ちの〝お坊っちゃまお嬢様〟が通う魔導士養成学校である。
なぜ苦労することなく安定した生活を送れる貴族や富豪の子息が、わざわざ魔導士を目指しているかというと、それには理由があって、昔話として有名な〝魔術士アナスタシアの冒険〟を舞台化した歌劇が大ヒットしてから空前の魔術士ブームが起こったからだ。
アナスタシアに憧れた魔導士を夢見る子供たちが親にせがみ、我が子のためならばとバカ親たちは有能な人材と設備が整った養成校を血眼になって漁り始めた。
そこに目を付けたのがシュヴァルニ魔導学園だった――。(事情通の王宮食堂給仕係談)
そういった事情を鑑みると、人質になっている生徒はそれなりの身分のはず。
私を乗せたお馬さんが高級住宅街を駆け抜けると視界が開く。広大なシュヴァルニ魔導学園の敷地に入り、数ある校舎の中でもひときわ目立つ赤い屋根の校舎が目に入る。その周囲を衛士隊が取り囲んでいた。
私とエドガーは校舎脇の東屋の近くで馬を止め、地面に降り立つ。東屋にはすでにアルタイルのメンバーが顔を揃えていて、ボディアーマーのような鎧に身を包み、各自が装備を確認している、準備万端の状態だ。
クラウディオにフェルナンド、それから別任務に就いているはずのノエルの姿もある。
「チ、チドリさん!?」
私の姿を認めたノエルが目を見開き、驚きに声を上げた。
「どうしてここに!? なんで騎士服を着ているんですか??」
困惑と驚きが入り混じった視線が突き刺さる。
「あはは、なんででしょう……」
どこから説明していいか分からず、私は曖昧に笑って答えた。
「細かい話は後にしろ。タイチョー、あんたの鎧と装備はあの箱の中だ」
クラウディオが顎で木箱を示す。
「ああ」とエドガーは短く答え、そのやり取りを見ながら私は一歩踏み出した。
「クラウディオ、私にも……みんなと同じ装備を。私もみんなと一緒に戦いたい」
言葉にした瞬間、自分の声がわずかに震えているのが分かった。
私は震えを呑み込むように、グッと唇を結ぶ。
ここに来るまでに私は覚悟を決めたんだ。自分がやれることをやろうと、生徒を救うために全力を尽くそうと。
「お前の分は用意していない」
クラウディオは一切の迷いなく、冷たく言い切った。
「そう……」
胸がズキンと痛む。
「お前は司令官だ。だから――」
そう言って彼は白亜のマントを差し出した。肩には金の飾り紐があしらわれている。
「司令官を示すマントを持ってきた」
クラウディオはそれを私の肩に羽織らせて取り付けてくれた。マントが風に乗ってふわりと広がる。
「クラウディオ……」
「とっとと現場指揮所に行って来い。俺たちの初陣だ。舐められるなよ」
「う、うん」
「私が付いているから大丈夫です。私が司令の代わりに彼らと作戦の打ち合わせを行いますので、司令は何を言われても堂々とした態度でうなずいていればそれで構いません」
その落ち着いた声音に、張り詰めていた心が少しだけ緩む。
「ありがとう……、エドガー隊長」
悔しいけれど、そうするのがもっとも合理的だ。
「あ……そうだ、フェルさん」
私はふと思い出して振り返る。
「あの〝姿きえるくん〟って持ってきてる? あれがあれば一気に解決できるんじゃないかな?」
「うん、自分も【姿きえるくん】を使う手を考えたッスけど。残念ながら、あのローブはまだ魔力反応は隠せないッス。どうやら相手はこの学園の魔導教師みたいッスからね。魔力探知系のタリスマンを仕込んでいる可能性が高いッス」
「そか……、ありがとう。分かりました」
パパッと解決できるかナイスなアイデアを閃いたと思ったけど、ダメだったか……。
人質がいる以上、強行はできない。下手に刺激を与えてしまうのは危険だ。ひとつの判断ミスが命取りになる。
だから慎重に慎重を重ねなければならない。
春の息吹と花粉が感じられる今日この頃、皆様はいかがでしょうか。
いつも読んでいただきありがとうございます。
毎日更新しておりましたが、少し更新ペースが落ちそうですm(_ _)m
これからも応援していただけますと嬉しいです、よろしくお願いします。




