46 招かざる客
秋が近づき、日が沈むのが目に見えて早くなってきた。
西の空はかろうじて橙色が残っているが、王都の街並みはすでに夜の景色へと移り始めている。
中央通りには等間隔に並ぶガス灯が灯り、淡い琥珀色の光が石畳をやわらかく照らしていた。灯りの周囲にはぼんやりとした光の輪が広がり、その間を行き交う人々の影がゆらゆらと揺れる。
お店を出た私は、リリアとマリアと別れて中央通りを一人で歩いていた。
王都ではガス灯の普及が急速に進んでいて、王宮や公共の建物だけでなく主要な通りにも整備され始めた。おかげで、夜になっても人の往来は途切れない。以前なら夕暮れとともに家路を急いでいた人々も、今では友人と立ち話をしたり、デートをしたりと夜の時間を楽しむようになっていた。
それでも街の中心部から離れていくにつれ、人影は少しずつ減っていく。賑わいの余韻を残して通りは徐々に静かになっていった。
途中まで、私は首元のチョーカー〝離れていても話せるくん〟を使ってリリアたちと会話していた。
「なんか最近、食堂に来る人が減ってる気がするんだけど」
「あー、確かにチドリが来る前に戻っちゃいましたよねー」
そんなやり取りをしていたのだが中央通りをしばらく歩いたところで、ぷつりと通信が途切れてしまった。どうやら通信距離は、二、三百メートルくらいが限界らしい。携帯電話というより無線といった方が正確かもしれない。
それでも便利だけど。しかしながら傍から見たら、ただの独り言だよね……。
実際、さっき通り過ぎたおじさんに怪訝な目で見られた気がする。事情を知らない人からしたら、ぶつぶつ喋りながら歩く怪しい人だ。
私は小さく息をついた。
少し帰りが遅くなってしまったけど、もうすぐチーフの家に着く。歩くスピードを少し上げたそのとき、背中にねっとりと絡みつくような視線を感じた。
私はぴたりと足を止めて、ゆっくりと振り返る。
――誰もいない……。
人影はなく、ガス灯の光だけが石畳の上にぼんやりと広がっている。
……気のせいか。
そう思い、再び歩き出した。だけど数歩も進まないうちにさっきの気配が、はっきりと背中に戻ってきた。今度は立ち止まらずに、耳を澄ませて歩き続ける。
すると足音に混じって、かすかな呼吸音が聞こえた。はぁ、はぁ、はぁ――と。
間違いない。誰かがいる。誰かが、後ろをついてきている。
背筋がぞくりと冷えた。私は堪えきれず走り出した。石畳を打つ自分の足音、そしてそれを追うように響く、もう一つの足音。どんどん距離が詰まってくる。心臓が激しく脈を打つ。息が切れそうになる。足がもつれて転びそうになる。
しかし次の瞬間、ふっと背後の足音も気配も、まるで霧のように消えた。
振り返らずに走り続けてチーフの家に帰ってきた私は玄関の扉を閉めると、そのまま背中を預けた。胸を押さえて荒い呼吸を整える。
怖かった……、一体なんだったの? 幽霊? はは……、まさかね。
そんなことを考えていると、
「おかえりなさい、チドリさん。どうかしましたか?」
台所からカティアちゃんが顔をのぞかせた。
「ううん、なんでもないの」
なるべく平静を装ってそう答えた直後、コンコンと玄関のドアがノックされた。背中越しに鈍い衝撃が伝わる。
「ひっ!」と思わず声が漏れる。
「こんばんは。国務室のディビットと申します」
扉の向こうから、落ち着いた男の声が聞こえてくる。
「ミス・チドリはご在宅でしょうか? お伝えしたいことがあり参りました」
私は息を呑んだ。
あのクレーマー補佐官が、私を訪ねてきた?




