43 フラグ立ちぬ
「はっ!!」
跳ね起きるように私はベッドの上で体を起こした。朝日が差し込む窓を見つめて状況を整理する。
昨日、仕事の後に酒場へ寄ったところまでは覚えている。けれど、そこからの記憶があいまいだ。いつの間にか自分の部屋まで戻ってきていたらしい。
「やばっ! 仕事に行かなきゃ!」
反射的に布団をはねのける――が、
「……って、今日は休日だった……」
数秒固まり、ほっと胸を撫で下ろすと全身から力が抜けた。こういう寝起きの勘違いは本当に心臓に悪い。今のでヒットポイントが半分くらい削られた気がする。
アルタイルはまだ試験運用中で、休日は世間一般と同じサイクルだと説明を受けている。本格運用に入れば泊まりの当直勤務も始まるらしいけど――。
ま、そのとき私はいないから関係のない話だ。このまま二度寝したいところ、しかし居候の分際でカティアちゃんにばかり家事を任せてはいられない。
名残惜しくも私はベッドから降りた。簡単に身支度を整え、髪をまとめる。鏡の中の自分は、まだ少しだけ寝ぼけ顔だ。
部屋を出て台所へ向かうと、スープの湯気が立ちのぼり、焼きたてのパンの香りが漂っていた。
どうやら朝食の準備はほとんど終わっているようだ。
「おはようございます」
振り向いたカティアが、いつもの落ち着いた声で言う。
「おはようございます。ごめんなさい、寝坊しちゃって」
「いいえ、お疲れのようですのでゆっくり休んでください」
「ありがとう。でも大丈夫です」
そう答えると彼女は小さくうなずき、料理が盛られたトレイを差し出した。
「では、こちらをテーブルまでお願いできますか? パパと先に召し上がっていてください」
おろ? 今まではそんなこと言われたことなかったのに、彼女の警戒ランクが下がったような気がする。なぜだろう?
「了解です」
トレイを持ってリビングへ向かうと、テーブルではチーフがコーヒーを飲みながら新聞を広げていた。
「おはようございます、チーフ」
「おはよう、チドリ」
新聞から目を上げたチーフは、なぜか含みのある笑みを浮かべている。
「な、なんですかチーフ、その顔は……」
二人分のトレイをテーブルに置いて、私は椅子に腰掛ける。
「いや、新しい職場は大変そうだな」
「えっ!?」思わず声が裏返る。
ここ数日は「所用で出かける」としか言っていない。なのに、なんでチーフが知っているの??
「クラウディオの実家の酒場で働き出したんだろ?」
「え……?」
「なんだ? 違うのか? 昨日、ヤツがお前を運んできたときにそう聞いたぞ」
「運んできた? クラウディオが? 私を? なんで?」
「なんでって……」
チーフは言葉を濁して新聞を折りたたみ、トレイの横に置いた。
「……覚えていないならその方がいいか」
「はあ……」
「なんにせよ、良かったな。お前の経験が活かせる仕事に就けたんだから」
よく分からないうちに酒場で働いていることになってる。クラウディオがそう説明してくれたみたいだけど、これは結果的に好都合だ。これなら出勤する度に、不自然な言い訳を考えなくて済む。
「家事のことは気にしないで今日はゆっくりしろ。リリアでも誘って出かけたらどうだ? 俺は野暮用があるからカティアに同行させよう」
「そんな、悪いですよ。カティアちゃんだってやりたいことがあるでしょうし、ここ最近は何も起こっていないじゃないですか。それにいつまでもどこへ行くにもチーフたちに見守ってもらうわけにはいきません」
チーフはじっと私を見つめ、それから小さく息を吐いた。
「……そうか。だが、あまり遅くなるなよ」




